【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第6回】コースに慣れることが最優先。現状を逆手に取ったタイヤの使い方がカギに
2021年シーズンで6年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。第5戦モナコGPは、世界中で新型コロナウイルスの感染が広がるなかで初めての市街地レースとなった。モナコの独特なコースに慣れるため、ハースのふたりも初日から積極的に走り込んだが、タイヤの使い方は他のチームと異なるものだった。一体どうしてハースだけがそのような走り方を選択できたのか。現場の事情を小松エンジニアがお届けします。
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2021年F1第5戦モナコGP
#9 ニキータ・マゼピン 予選19番手/決勝17位
#47 ミック・シューマッハー 予選出走せず/決勝18位
2年ぶりのモナコGPは、パンデミック下での初の市街地レースとなりました。モナコに行く前は、食事はすべてホスピタリティで済ませ、モナコ国内でのテイクアウトも禁止、19時以降は外出禁止で、グランプリ期間中はホテルで缶詰状態になると聞いていました。ただ現地へ行く直前になって少し状況が変わり、レストランにも入れましたし、グランプリ前の水曜日からは外出禁止時間も21時以降になって、ホテルから半径10km以内なら外に走りに行ったりもできるようになりました。
ただレストランでは、モナコの住人でなければ、F1のパスを持っていないとお店には入れないなど制約がありました。バーやレストランは23時で閉めることになっていましたが、これまではモナコGP開催中にバーが23時で閉まるなんてことはなかったので、夜は静かで普段とは全然違った雰囲気でした。
ちなみに外出禁止の時間帯に外を歩く場合は、アプリをダウンロードして、出歩いている理由を記入した証明書とQRコードを発行することになっていました。もし警察に止められたらこのコードを見せるという仕組みです。制限は多かったものの、たくさんいた警官に止められることもなく、実際にはそれほど厳しくなかったという感想です。
さて2年ぶりの開催なので、グランプリに向けたデータは2年前のものしかありませんが、それで困ることは特にありませんでした。モナコは特殊なコースなので、ドライバーにとっては目や体を慣らすためにとにかく走ることが最優先です。ガレージでの作業を最低限にして、とにかくニキータとミックに周回を重ねてもらうという方針をとりました。
今年はグランプリ中に使える各タイヤの数が決められていて(ハードタイヤ:2セット、ミディアムタイヤ:3セット、ソフトタイヤ:8セット)、そのうちハード1セットとミディアム1セットはレース用、ソフトタイヤに関しては予選Q3用に1セット残さなければならないと決められています。残念ながら今年のウチのクルマではQ2には進めないので、予選についてはQ1のことしか考慮していません。そうすると週末を通して他チームとは異なるタイヤの使い方ができます。タイヤの使い方はレースと予選でどのタイヤが何セット必要になるかを考慮し、そこから逆算してフリー走行の割り当てを決めます。
2年前のデータを見ると、Q1ではソフトタイヤが2セット必要になるということがわかります。もちろんセッション中に赤旗が出た場合などに3セット目があれば便利ということもありますが、通常のセッションでしたら2セットで賄えるというのは明らかです。また予選練習が目的のFP3では2セット、そしてFP2での予選練習のために1セット(それに加えてロングラン用にハードかミディアムを使います)必要になります。ですからソフトタイヤ8セットのうち5セットの使い方がこれで決まります。残る3セットのうち、1セットはQ3以前に使うことは禁止されているのでレース用になり、残った2セットをFP1に投入することにしました。
通常は最もコンディションの悪いFP1で、レースや予選に必要のないタイヤを使ってしまいます。モナコのレースは1ストップになるので、2セット目のハードタイヤはレースに必要ありません。ですからFP1はウチ以外はみんなハードで走り始めました。唯一違ったのはカルロス・サインツ(フェラーリ)だけです。
ウチがソフトで走り始めた理由は新人ドライバーふたりに自信を持って走ってもらいたかったからです。市街地コースの走り始めは路面ができておらず全然グリップしないので、一番柔らかいタイヤで走らせたかったんです。ハードで走り出して、グリップが悪ければドライバーが自信を持って走ることはできませんし、下手したらクラッシュします。たとえクラッシュしなくても、ゆっくり走っていたらタイヤに熱も入れられなくて悪循環に陥ります。ですからFP1でソフトを2セット使うという、他のチームとは異なるアプローチで望みました。
レースではソフトとミディアムを使うことになると予想していたので、FP2ではこの2セットを使うことに。しかし実際に走ってみるとミディアムは想像以上に悪かったです。どうしてもクルマが安定せずにふたりともこのタイヤでとても苦労していました。これを受けて、レースではハードを使ったほうがいいかもしれない思ったので、FP1で使わなかったハードをFP3の最初に使って感触を確かめました。
その後は当初の予定どおりソフトタイヤを2セット使って予選練習を行いました。通常FP3では2セットしか使いませんが、先にも書いた通りQ2、Q3で使うタイヤの心配をしなくていいので、それを逆手にとってFP1でもFP3でも他チームとは違うことをしました。
ちなみにQ1のみを考慮してソフトを使い切ってしまったうえでQ2に進めた場合は、Q2はミディアムか、Q1でつかった中古のソフトで走ります。モナコでは、中古のソフトでもタイムは出ていたので、仮にウチがQ2に残っていたら中古のソフトで走っていたと思います。
■青旗に左右されるレース戦略。“事実上の2ストップ”を回避することが重要に
レースでは、最後尾からスタートしたミックがターン6のヘアピンでニキータを追い抜いたものの、その後第1スティントでミディアムを履いていたウイリアムズについていくことはできませんでした。それでもまあまあよくやってくれたと思います。
30周目にふたりの順位が入れ替わったのは、ミックに燃料計のセンサートラブルが起きたからです。トラブルを解決するためにはステアリング上のスイッチをいろいろと操作しなければなりません。しかしこの難しい市街地サーキットで細かくスイッチをいじりながら速く走ることはできず、ミックは直ぐに30秒ほどタイムロスしてしまいました。
この後なんとか問題を解決して、37周目にピットインした後にフリーエアーで走った際は、安定しており、50周目以前には青旗に手こずっていたニキータに追いつきました。ただミックはこの週末すでに2回クラッシュしていましたし、これ以上クルマを壊せないので、ニキータとレースをせず、最後まで完走するよう指示を出しました。
以前にも書きましたが、今年はクルマが速くないので、レース戦略を決める際に青旗のタイミングをどうしても考慮しなければなりません。今回に関しては20周目以降にウチのクルマに対して青旗が出されると予測されていて、実際に最初に青旗を振られたのが21周目でした。
サーキットによりますが、5、6台のクルマを青旗で抜かせると約20秒ほどロスしてしまいます。つまりほぼピットストップ1回分に相当するタイムロスがあるので、せっかく1ストップ戦略を採っていても、2ストップと同じことになってしまいます。ニキータはミックより早めの34周目にピットインしましたが、これ以上引っ張るとまた青旗を掲示されてしまうので、その前のタイミングでハードタイヤに交換しました。
上述の通り、モナコは追い抜きがほぼ不可能なので1ストップ戦略を採ります。第1スティントをどこまで伸ばすかというと、ポイント圏外からのスタートならば本来は50周目辺りまで伸ばしたいんです。そうすればセーフティーカーを利用してのピットストップを行う可能性も増すわけです。しかし、今のウチのペースでそこまで伸ばすとかなりの数の青旗を処理しなければいけないのでタイムロスが大きくなります。ですから、そこまでに引っ張る意味がないんです。
これがソフトタイヤでスタートした大きな理由のひとつです。ソフトが限界を迎えるよりも前に青旗対策でピットインすることになるのは明白だったので、ソフトを履いてスタートや1周目でのポジションアップに賭けようと決めたのです。前のウイリアムズはミディアム、角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)選手はハードだったので、1周目にチャンスがあるかもと期待したのですが、残念ながらそうはならず……。この1周目とセーフティーカーが絶対的な速さに欠けるウチにとっての唯一のチャンスだったんですが、残念ながらセーフティーカーも出ず、為す術はありませんでした。
今回の収穫は初日からニキータが週末を通してスムーズに走ってくれたことです。ミックに大きく遅れることもなかったので、彼の自信にも繋がったと思います。FP1ではふたりとも徐々にタイムを上げていきましたが、ミックの場合は最速タイムを出した後にトラフィックにひっかかってそれ以上タイムを上げられなかったので、見かけ上はニキータが上にいますが、トラフィックを考慮しなければミックの方がやはり速かったです。
残念だったのは、ミックがFP3でクラッシュしたこと。ミックは攻めすぎたと認めていて、結構落ち込んでいました。クルマはかなり壊れていて、予選までに修復しようと思えばできたかもしれませんが、高いクオリティでそれができたかというとそうではありません。ギヤボックスも交換しないといけなかったので、5グリッド降格ペナルティを受けると結局最後尾になるので、予選を諦めて、きちんとクルマを修理することを優先しました。これはミックの今回の反省点です。
次戦はこれも市街地コースのバクーです。ここはモナコと違って追い抜きが可能ですし、最高速を稼ぐためにある程度グリップ(ダウンフォース)を減らしてでも空気抵抗を削らなければいけません。市街地コースのグリップしない路面でダウンフォースを削ったクルマで走るのは特に新人ふたりにとっては容易ではありません。とにかく今年はいろんな状況を経験して、どんどん成長していってほしいです。
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