スーパーGT:開発ドライバー平川亮の本音。実は「乗りづらい」スープラで獲った新車デビューウィン
後半担当の平川亮を、実質トップで送り出したわずか2、3周。KeePer TOM’S GRスープラのエンジニアを務める小枝正樹氏は「やばい」と思った。平川から「フラットスポットができている」という無線が入ったからだ。じつは前日の公式練習でニック・キャシディが1コーナーでオーバーランした際に、左フロントタイヤを軽くロックさせていたのだ。しかし、そのトレッド面は目視ではきれいに見えたため、「問題なし」と踏んでいた。ところが乗り始めてすぐに平川は微振動を感じ取る。
フラットスポットは、最初は小さくとも、そこでブレーキングを繰り返しているとさらに悪化する傾向にある。とくにタイヤが冷えているときは注意が必要だ。そんなときに限ってセーフティカーが入り、せっかく温まったタイヤが再び冷えていく。鋭い突っ込みこそが平川の武器だが、それが発揮できない。ブレーキバランスも含めて細心の注意を払いながら、なんとかトップを守っていた。
さらにもうひとつ苦難が平川を襲う。パワーステアリングのトラブルが発生していた。これは、開幕戦の時点から多くのマシンに共通して出ている症状だった。とくに100Rでステアリングの重さが断続的に変化して、マシンをふらつかせてしまう。その瞬間は、2番手のau TOM’S GRスープラが約1秒差までグッと近づく。それでも平川には、大きなミスさえしなければ抜かれないという確信はあった。タイヤ選択が当たっていたという要素も、その思いを強くさせていた。
今回各車が装着したタイヤは、スープラ勢のなかでも選択が分かれていた。その理由は、事前に行なわれた公式テストのコンディションが悪く、十分な判断ができなかったからだ。KKeePer TOM’S GRスープラとau TOM’S GRスープラは同じ“ハード”を履いていたが、厳密には違った。温度レンジで言えば“ハード”という同一スペックだが、細かい仕様が違い、当日のコンディションはKeePer TOM’S GRスープラ側に味方してくれた。これが逆の選択だったら、レースの展開はさらにもつれたことだろう。
また、スタートタイヤがQ1で使用したタイヤだったら、レースはまったく違う展開になっていたかもしれない。スーパーGTではスタートタイヤは予選時に履いたタイヤでなければならないが、それがQ1時のものかQ2時のものかは抽選で決まる。予選時はQ2にかけてコンディション変化が大きかったため、ブリヂストンユーザーの多くが別スペックに変えている。KeePer TOM’S GRスープラもそのうちの1台で、Q1でソフト、Q2でハードという選択をしていた。決勝スタート時は、Q2使用タイヤのほうに適合しており、もしこれがソフトでのスタートだったら、「難しかったかもしれない」と小枝氏は言う。
一見するとイージーに見えたレース展開だったが、その実体はいくつもの小さなピンチとラッキーが重なった結果であった。
現在、トヨタの開発陣には、特別な指令が出ている。それは「新車の初戦を獲れ」と「新車初年度を獲れ」だ。TRDのスタッフは、ふたつの指令のうちのひとつをクリアできて、肩の荷は半分下りた。平川はそれについて「知らなかった」と笑うが、今回の勝利は「自分がうれしいというより、TRDやブリヂストンのみなさんが苦労しているのを間近で見ているので、その人たちのためになったことがうれしい」と語っている。このオフ、平川はトヨタ陣営の開発ドライバーに抜擢されている。その責任を果たせた喜びが、勝利の喜びを上回っているのだ。
“自分が作った”スープラの特性を聞くと、平川は意外な言葉を返してくる。「乗りづらい」というのだ。じつは他のドライバーやエンジニアに聞くと、「乗りやすい」という声が少なくない。平川によれば、LC500と比較すると「低速コーナーでリヤが抜けるときがあるし、跳ねもある。LC500のほうがアンダー気味で、スープラはアグレッシブ」というのだ。もしかすると、それはセッティングに起因する面もあるのかもしれない。
問題を抱えながら、乗りづらいマシンでトップチェッカーを受けた平川は、その喜びを周囲のスタッフをねぎらう言葉に変えた。責任感の強いこの男は、今オフはさらに体調管理に取り組み、5kgの減量に成功した。「ハード面が同じなら、ドライバーとして負けない」という自信も言葉の端々にうかがえる。
過去を振り返れば、2006年のSC430、2014年のRC F、2017年のLC500、そして今季のスープラと、トヨタ(レクサス)は新車投入の初戦は必ず獲ってきた。そしてそのすべてはトムスの手によるものだ。トムスは「新車に強い」のだ。しかも新車初戦に強いだけでなく、新車デビューイヤー過去3回のうち2回タイトルも獲得している。そのチームで、速くて若くて責任感の強い男が、2度目の栄冠を狙っている。
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