いま注目される「弥助」、織田信長に召し抱えられた黒人は何者だったのか?
(歴史家:乃至政彦)
弥助騒動から離れて
SNSで、織田信長に召し抱えられた黒人の「弥助」が注目を集めている。
発端は「アサシンクリードシャドウズ」(ユービーアイソフト、2024)という弥助をメインキャラとするゲームだが、詳細はインターネット検索すればいくらでも出てくるので割愛したい。
弥助の史料について、現在多くの識者が知見を披露しておられるが、まだ終着点は見えない。議論は、弥助が侍だったかどうかに重点が置かれがちである。
私は当初この問題に白黒つける必要はないと考えていたが、学説の
多方面が互いを敵視している現状を遺憾に思う。このため、「
それはさておき、日本の歴史人物でも「
それよりも重要なのは、「弥助をはじめとして日本に黒人奴隷が一般化した」「弥助は大黒天のように崇敬された」などといった海外で広まっている珍説を否定することであって、新たな問題を作り出し、主導権の握り合いをすることではない。
私は無学不才の身であるので、この議論に参加するつもりはなく、頭のいい皆さんに任せたいと思う。とはいえせっかくの機会なので、息抜きまでに、弥助に関して、誰にでも当たれる史料を使って、あまり役に立ちそうにない独自の見解を提示してみたい。
太田牛一自筆の『信長公記』と弥助
まずは皆さんご存知、織田信長の家臣・太田牛一が書いた『信長公記』(原題『信長記』)から当たってみよう。同書には多数の写本があって、どれも微妙に文章が異なる。
参考にするのは、そのうちでも今回なぜか注目されていない池田本(太田牛一が姫田城主・池田輝政に献呈したもの。岡山大学付属図書館池田家文庫蔵)である。『信長公記』は写本同士も違っているが、いうまでもなく牛一本人が書いたものを最重視するべきだ。
写本の多くは、明智光秀後年の名字「維任」を「惟任」と書いている。だが牛一自筆本では「維任」と書いており、こうした違いを探っていくと意外な発見があったりするのだ。
早速ながら弥助の箇所に目を向けてみよう。『信長公記』巻第14の天正9年(1581)2月23日条に、宣教師が信長に弥助に該当する黒人を紹介したときの記録がある。
そこでは写本・自筆本ともに弥助が「十之人」に優越する力があったと記されている。この一文から「弥助は10人分の腕力を誇った」と見られている。これは日本も海外も同じ認識のようである。
周知のとおり、牛一は文章に誇張を挟まないタイプなので、書いたことは基本的に信用できそうだ。だが、10人相手に勝てるぐらいの力というのはいくらなんでも強すぎないだろうか?
これが事実なら、ゲームで超人ヒーローにされてしまうのも納得だが、とりあえず池田本の原文から見てみよう。そこには写本にない情報が載っている。
二月廿三日、きりしたん国より黒坊主参候、年の齢(ヨワイ)廿六七と見し、惣の身の黒き事、牛の如く、彼男健(スク)やかに器量也、しかも強力十之(ツヽノ)人に勝(スグレ)たる由、
(池田家本『信長記』巻十四 天正九年辛巳)
弥助と思われる「黒坊主」は、「26〜7歳ぐらいで、牛のように全身が黒く、健康的であった」と記されている。そして「しかも力強さは『十之人』に勝る様子であった」とある。
ここで注目したいのはルビである。
牛一は、「十人之」に「ツヽノ」とルビを付している。十人をどうやったらそう読めるのか不思議だと思ったが、友人の指摘でこれは「十」の音読みで、「つづ」と読むらしい。そうすると、『総見記』にはこの一文から派生しただろう同記事に「強力庸並ノ人」と書いてあるのにも納得がいく。
こうして現代ではあまり使われない「十人之」は、「常の」と同義に解釈できる言葉で、今でいう「十人並みの」という意味であるとわかってくる。
弥助の現実的な強さが見える一文
つまり太田牛一は、ここで「(弥助は)26〜7歳ぐらいで、牛のように全身が黒く、健康的であった。しかも力強さは、普通の人に勝る様子であった」と書いているのである。
なんのことはない。弥助はファンタジックに強かったわけではなく、普通の人になら余裕で勝てるぐらい強そうだったと、現実的なことを書いていたのである。
牛一が『信長公記』で誰か個人を「強力」と特記した例は、巻11における天正6年(1578)8月15日条「大相撲」シーンの「永田刑部少輔、阿閉孫五郎、強力の由」と書いてあるところだけだから、弥助もこれら無双の力士に匹敵するほど屈強な肉体を備えていたのだろう。
信長は初めて見た黒い肌の人間が日本人でも見ないぐらい屈強で、日本語もいくらか話せるようだったので、護衛に適していると思ったのだろう。ただ、実際にどれぐらい強かったのかは、戦績が何も伝わっていないので、よくわからない。
そこで我々の心を躍らせるのが、フィクションの仕事である。
異郷に流れ着いた孤独の勇者が、戦国時代トップクラスのウォーロードに気に入られ、日本の武士たちを相手に10人分の腕力をもって奮闘する姿は、どんな創作に繋げても絵になること間違いなしであるはずだった。
エンターテインメントは楽しむもの
そうした発想から、弥助が活躍するゲームが製作されることは、歓迎するべき出来事だった。それなのに、その「正しさ」をめぐって、政治や歴史の問題を口論する展開など、誰が求めていただろうか?
なかなか大変なことになったと思う。珍説を巧妙に広めた人々は罪深いが、これを無条件に持ち上げてしまった側はどうだろうか。そして、ここから取り返しのつかない溝が生まれたら、いったい誰が得をするというのだろうか。
ならばここで溝を生まないところに得をさせてしまおう。
戦国日本で弥助がカッコよく動いてくれるゲームを楽しみたいなら、ひとつの作品にこだわる必要などない。打ってつけの作品がある。歴史ゲーム会社の老舗コーエーテクモゲームスが提供する『戦国無双5』(2021)だ。
これこそ弥助を可能な範囲でリスペクトした日本製の歴史ゲームであると私は思う。
本作は従来のレギュラーキャラクターを一新したため、売れ行きは低調だったようだが、それでも無双ゲームとしての快適さはシリーズ随一といっていい。痛快アクション、気分のいい登場人物、味わいのあるストーリー、ここには全てが揃っている。
そして何より弥助をプレイアブルキャラクターにした世界初の歴史ゲームでもある。ここでの弥助は、《無双乱舞》のときに「士」、《無双奥義》のときに「侍」の一文字が大きく浮かび上がっているように、武士の精神を重んじる扱いである。だが、武士らしい武装と衣装と所作は整っておらず、心は武士だが、身は謎の異民族という印象が強い。大方の日本人はこの弥助を見て、何を思うだろうか。黒人への不快感や差別感を抱いたりはしないはずだ。
身分としての侍と美称としての侍
このゲームの弥助には、「身分としての侍」には似つかわしくないところもあるが、おのれを見失うことなく、信長や信忠に尽くす勇姿には、「精神としての侍」らしさが強く表されている。
弥助の面白さは、ここにある。
黒澤明監督の『七人の侍』や『用心棒』などでも「身分としての侍」と、「美称としての侍」が個別と概念として併存していた。これと同じように、見た目がそれらしくない弥助を、立派な「侍」として認めたくなるキャラクター造形がごく自然に噛み合っているのである。
無双シリーズのコンセプトは、「一騎当千の爽快感」にある。弥助で睨み合う必要はない。11月に日本語版が発売されるまでコーエーテクモゲームスの『戦国無双5』を楽しんでみたらどうか。みんな弥助で笑顔になってしまおう。
【乃至政彦】ないしまさひこ。歴史家。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。著書に『戦国大変 決断を迫られた武将たち』『謙信越山』(ともにJBpress)、『謙信×信長 手取川合戦の真実』(PHP新書)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)など。書籍監修や講演でも活動中。現在、戦国時代から世界史まで、著者独自の視点で歴史を読み解くコンテンツ企画『歴史ノ部屋』配信中。
筆者:乃至 政彦
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