「マスターズ優勝より大事なもの」が“グリーンジャケット”を運んだ【舩越園子コラム】

2024年4月15日(月)12時0分 ALBA Net

2022年に続く大会2勝目を達成したスコッティ・シェフラー(写真:大会提供)

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ゴルフの祭典と呼ばれる「マスターズ」の最終日、2位に4打も引き離し、2022年に続く大会2勝目を達成したスコッティ・シェフラー(米国)の圧勝ぶりを眺めながら、人間はたった2年間でこんなにも変われるものかと、あらためて驚かされた。


振り返れば、2年前のシェフラーはなんとも弱々しい若者だった。最終日を最終組で回ることが決まった土曜日の夜には、緊張とプレッシャーから、食べたばかりの夕食を吐き出してしまった。日曜日の朝には、愛妻メレディスの胸の中で、「僕にはマスターズで優勝争いをする準備なんて、まだできていないんだ」と言いながら、幼い子どものように泣いていた。

それほど気弱になっていたシェフラーは、気丈な愛妻から「勝っても崩れてもアナタはアナタ。私がアナタを愛していることに変わりはないのよ。すべては神の定めなのよ」と励まされ、なんとかオーガスタ・ナショナルにやってきた。

震えながら1番ティに立ったシェフラーは、コース上では愛妻ではなく相棒キャディのテッド・スコットに励まされ、少しずつ自分と自分のゴルフを取り戻し、そうやって彼はマスターズ初優勝を挙げた。あの日からきょうまでのわずか2年の歳月のなかで、シェフラーは次々に勝利を重ね、通算8勝を誇る世界ランキング1位の王者となって今年のオーガスタにやってきた。

最終日を最終組で回ることは、2年前も今年も同じだった。だが、2年前と大きく異なっていたのは、彼の傍らに愛する妻の姿がなかったこと。初産を間近に控えているメレディスは、今週はテキサス州の自宅に留まっており、シェフラーはオーガスタ・ナショナルのそばに借りたレンタルハウスに1人で滞在していた。

「でも、本当に一人は嫌だから、友人たちを呼んで一緒に滞在してもらっている」。寂しがり屋なところはシェフラーの性格ゆえに今後もきっと変わらないと思われるのだが、シェフラー自身、2年前と今とでは「いろんなことが大きく変わっている」ことを実感していた。



「2年前は春先から突然、フェニックスオープンやマッチプレー、アーノルド・パーマー招待で優勝し、僕もメレディスも、自分たちの人生が急激に変化していることを感じながらオーガスタにやってきて、とてもエモーショナルになっていた。でも今は僕も妻も、以前よりずっと成熟している。そして、マスターズで勝つことより、僕たちの初めてのベイビーがこの世に誕生することを、より一層、楽しみにしている」

オーガスタ・ナショナルのサンデー・アフタヌーンに勝利を目前にしながら戦うとなれば、誰だって気持ちは前のめりになり、その気持ちが集中力や思考、ひいてはパフォーマンスを阻害する。栄えあるマスターズ2勝目をかけて戦うとなれば、なおさらである。しかし、シェフラーはグリーンジャケットより、まだ見ぬベイビーに想いを馳せていた。だからこそ、その想いが、前のめりになりがちな彼の心を適度に引き戻し、心の火をいい具合に中庸に保ってくれたのではないだろうか。

マスターズ2勝を挙げたのは史上18人目、世界ランキング1位の立場でグリーンジャケットを羽織ったのは史上5人目。そんな大記録がかかっていた今年のマスターズと愛妻の初産の時期が重なったことで、シェフラーは本来なら重くのしかかるはずのプレッシャーを、結果的に吹き飛ばすことができた。

「無欲の勝利」とまでは言わないが、勝利を意識しすぎずに戦うことができた。「マスターズ優勝より大事なもの」が、彼にグリーンジャケットを羽織らせた。「それも、すべては神の定めなのよ」。愛妻メレディスは、きっとそう思っているのではないだろうか。

文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)


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