井上尚弥が見せた感情の赴くままの姿 ネリとの激闘で初ダウンを喫したからこそ見えた“モンスター”の魅力【現地発】

2024年5月19日(日)12時0分 ココカラネクスト

ネリとの派手な攻防を制した井上。日本列島を沸かせた激闘は世界でも高く評価された。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

“井上もやっぱり人間なんだな”という声が盛んに

 ボクシング世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)と、世界2階級制覇王者の挑戦者ルイス・ネリ(メキシコ)が東京ドームで演じたダイナミックな激闘は、欧米のファン、そして関係者の間でも話題だった。

 初回に井上がまさかのダウンを喫するも、2、5、6回に痛烈なダウンを奪い返した“モンスター”が破壊的なKO勝利——。そんな一戦を5月6日に日本で取材した筆者は、ほどなくしてアメリカに戻り、同10日(現地時間)にフィラデルフィア、同13日にニューヨークで開かれたボクシング関係の記者会見に出席した。やはりというべきか、そこでも多くの関係者が井上対ネリの話をしていたのが印象的だった。

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「エキサイティングな興行だったね。トーキョードームはいい雰囲気に見えたし、メインは素晴らしい内容の戦いだったと思う」

 英興行大手『Matchroom Sportの大物プロモーター、エディ・ハーン氏もそう述べ、日本の熱気に感銘を受けた様子だった。

 序盤からダウンの応酬、そして最後に訪れる壮絶なKO劇。さらに勧善懲悪の要素(欧米でのネリに“問題児”の認識は薄いが、日本ボクシング界とネリの過去の因縁は知られている)があったことも含め、理想的なエンターテイメントだったという評価なのだろう。

 試合直後に米老舗専門誌『The RING』が発表したパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングでも1位に復帰した結果が示す通り、初のダウンを奪われたとしても、井上の力量に対する評価は下がっていない。

 完璧であるのもいいが、いわゆる“セカンドチャンス”も同等に大切にするのがアメリカ社会。ダウンを喫した後、すぐに適応した井上が、数倍返しで巻き返した意味は大きかった。「これまで証明されなかった一面を見せた」という声も少なくなく、ネリ戦の内容と結果は様々な意味で好意的に捉えられている感がある。

 これまでとは違う一面を示したのは確かでも、キャリア最高級の出来でなかったのも、また事実でもある。フィラデルフィア在住の実力派トレーナー、スティーブン・エドワーズ氏は、井上対ネリ戦の最中に、自身のSNSにこう記していた。

「イノウエはディフェンス面で少々不注意になっている。リベンジという要素がゆえにより感情的になっているように思える」

 実際に入場の段階から“入れ込み過ぎ”の兆候が見られた。試合開始直後のスイングも力みがあるように感じられた。実に34年ぶりの東京ドーム興行というビッグステージ、さらに挑発を繰り返したネリへの感情といった要素が影響していたのだろう。それゆえに、ネリにパンチを引っ掛けられた形の初回のダウンは衝撃的ではあっても、腰を抜かすほどのサプライズだったわけではなかった。この点に関して、現場では“井上もやっぱり人間なんだな”という声が盛んに聞かれた。

ネリと打ち合い、初回にダウンを喫した井上。しかし、そこからの挽回はまさに圧巻だった。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

積極的に仕掛けても負けることはないという確信があったからこそ

 もっとも、改めて振り返ってみると、井上は自身に昂りがあることを理解したうえで、それを必要以上に抑えようとせず、感情の赴くままの姿で戦いに臨んだ印象もあった。リング上で「気負いがあったが、ダウンで立て直せた」と話したが、その点を特別に反省材料と考えている風でもない。

 試合翌日の“一夜明け会見”のコメントを聞いても、自身もファン同様にビッグイベントを満喫したかのようだった。

「1ラウンドのダウンも含め、(映像で)6ラウンドをしっかり見たんですけども、内容的にも満足のいく内容。すごくいい試合だったなという感想を受けます。陣営の方々はすごくヒヤヒヤしたと思うんですけど、昨日、来て頂いた4万人のお客さん、すべての方が満足して帰っていただけたんじゃないかなと思います」

 ひとしきりそう語ったうえで、井上はダウン応酬となった戦いを「なんか楽しかったな」とすら述べていた。莫大なプレッシャーを背負い、そのすべてをリング上で発散させるような戦い。初めてのピンチを迎えただけでなく、普段はあまり見せない挑発行為もあり、試合後も興奮状態だった。

 超ハイレベルの技術的な裏付けがあり、積極的に仕掛けても負けることはないという確信があったからこそだとは思うが、大舞台で行ったハイテンションな打撃戦に、井上自身もカタルシスを感じていたのではないかと思えてくる。

 おそらくは想定内の感情的な戦い方だった。だからこそ、人によっては屈辱に感じるかもしれないダウンを取られた後でも、「昨日は本当に自分自身、歴史に残るいい日になったと思います」と言い切れたのだ。

 9月に予定される次戦では、周囲からはディフェンス面をより厳しく見られるのかもしれない。ネリ戦でも実際には初回のダウン後は相手の攻撃を見切り、守備面でもほぼ完璧ではあったのだが、次はそれをフルにやることを求められる。激しい被弾を2戦続けて経験するようなことがあれば、今ある最高級の評価も曇りかねない。

 ただ、繰り返しになるが、今回のネリ戦に関して言えば、少々力み過ぎの派手な戦いも、良かったのではないかと思える。

 マイク・タイソン(米国)が戦って以来、34年ぶりの東京ドーム興行は、日本ボクシングが世界に向けてメッセージを発信する舞台だった。そのメインイベントはダイナミックな試合が求められ、“モンスター”の双肩に莫大な期待感がのしかかっていた。

 これほどのお膳立てを受け、井上が4万3000人に提供したのは、最高級のスペクタクル。ボクシングの魅力を存分に感じさせた後、最後は、いわば日本ボクシング界の“仇敵”であるネリに対して日本中のファンが望んでいたであろう怪物的なフィニッシュを演出してみせた。これこそが、モンスターの凄みと魅力を改めて感じさせたのである。

[取材・文:杉浦大介]

ココカラネクスト

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