【レースフォーカス】クアルタラロをチャンピオンへ導いた成長と、その礎/MotoGP第16戦エミリア・ロマーニャGP

2021年10月26日(火)9時10分 AUTOSPORT web

 トップを走り続けていたフランセスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)のまさかの転倒は、衝撃とともにタイトル争いの決着を示していた。ファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)がミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリのフィニッシュラインを駆け抜ける。新たなMotoGPチャンピオンが誕生した瞬間だった。
 
 MotoGP第16戦エミリア・ロマーニャGPを、チャンピオンシップでランキングトップにつけるクアルタラロは254ポイントで迎えていた。クアルタラロと唯一、タイトルを争うバニャイアは、202ポイント。その差は52ポイントである。クアルタラロがバニャイアよりも前のポジションでチェッカーを受ければタイトル争いが決する、圧倒的にクアルタラロに有利な状況だった。
 
 しかし、ほとんどがウエットコンディションでの走行となった金曜日、土曜日のセッションで、クアルタラロは大いに苦戦を強いられる。初日は総合16番手。ヤマハが積年の課題とするフルウエットとも言えない濡れた路面状況に苦しんだ。土曜日の予選はスリックタイヤでのアタックとなったが、路面には濡れた部分が残っており、クアルタラロはMotoGPクラスで自己ワーストグリッド、5列目15番グリッドに沈んだ。対するバニャイアはポールポジションを獲得。このレースに関しては、バニャイアが優勢な状況で決勝を迎えることになる。クアルタラロ自身、「チャンピオン争いはポルティマオ(第17戦アルガルベGP)に持ち越されるだろうと思っていた」という。
 
 決勝レースはこのレースウイークで初めての完全なドライコンディション。15番グリッドからスタートしたクアルタラロは、序盤からオーバーテイクを連発した。レース中盤に5番手争いの集団に追いつくと、19周目には5番手に浮上する。一方、バニャイアはポールポジションスタートからトップを走行し、2番手を走るマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)と僅差のままレースをリードしていた。
 
 2021年シーズンのチャンピオンシップが決したのは残り5周だ。バニャイアが15コーナー進入でフロントをスリップダウンを喫したのだ。転倒したバニャイアは、バイクとともにアウト側のグラベルにすべっていく……。この瞬間、クアルタラロのチャンピオンが決定した。
 
 ファステストラップのレコードを更新するラップタイムを叩き出し、終盤にはマルケスを引き離し始めていたバニャイア。「今日は、勝つか、転倒するかだったんだ。勝つためにあらゆることをした。でも、転倒してしまった」と、極限でのレースだったことを語った。
 
「フロントにハードタイヤを履くのは賭けだった。選択としてはよかったけれど、すべての周でプッシュしないといけないものだった。もし1周でも攻めなかったら、フロントタイヤが冷えて、転倒しやすくなってしまう。でも、全力は尽くした。また優勝争いができたし、すごく強い走りができたんだ。今日のパフォーマンスには満足しているよ」


 そしてまた、バニャイアは「ファビオはタイトルにふさわしい」とライバルを称えた。バニャイアはレースを終えたクアルタラロの元へ向かい、健闘を称えるようにハグを交わしていた。
 
 クアルタラロは15番グリッドから11ものポジションを上げて、4位でフィニッシュ。フィニッシュラインを通過する22歳の若きチャンピオンの頭上に、チェッカーフラッグがはためいた。ヤマハに2015年以来のライダーズタイトルをもたらし、フランス人として初めてMotoGPクラスのタイトルを獲得したライダーとなったのである。
 
「たくさん泣いて叫んだものだから、もういつもの声じゃないよ」


 チャンピオン会見に姿を現したクアルタラロは、いつもよりも少し枯れた声で笑った。その目は歓喜の涙を流した後で、少し赤くなっているようだった。
 
「フィニッシュラインを通過した時に、これまでの厳しかった時間がよみがえってきた。MotoGPチャンピオンになるなんて、数年前、ひどい状況にいたときには考えられなかった。今は夢の中にいるような気分なんだ」


 今季のクアルタラロは、成績の安定感はもちろんのこととして、精神的な安定感が増したように見えた。彼自身、これまでしばしば「2020年シーズンの経験を糧にしている」と語ってきた。今回のチャンピオン会見ではさらに、感情の制御を昨年からの変化として挙げた。


■クルーチーフの言葉が変化のきっかけ


「今年は本当に怒らなくなった。昨年、(第14戦)バレンシアではバイクがまったく走らず、ピットに戻ってきたときにはクルーチーフのディエゴ(・グベリーニ)に『ブレーキできない! 曲がらない! 加速しない!』って怒りにまかせて叫んだんだ。でも、彼は僕に『わかった。君は今、怒っている。でもね、君は何が起こっているのかを僕に説明しないといけない。改善するためにはね』と伝えてくれたんだ。僕はそれを理解した。彼は正しい」


「今は、怒っているときでも、何が問題なのかを説明できる。今年、アッセン(第9戦オランダGP)でマーべリック(・ビニャーレス)がフリー走行2回目で僕たちよりも0.5秒速かったときがあったけれど、僕は落ち着いていた。そして、レースでは勝ったんだ。そういう結果をもたらすのだとわかるから、悪い状況であっても、落ち着いて改善に努めていたんだ。平静であることが、僕をすごく成長させてくれたと思う」


 確かに、チャンピオンという途方もなく大きな目標を達成するためには、感情でさえ己のコントロール下におかなければならないのだろう。とは言え、感情という御しがたいものを思うように抑えることは、意図して試みたとしてもそう簡単ではないはずだ。
 
 彼が会見のなかで語った経験は、そうしたクアルタラロの自身を成長させる術を裏付けるもののように思えた。キャリアのなかで最も困難な時期について聞かれると、クアルタラロは2016年から2017年について挙げている。2016年はMoto3クラスに、2017年はMoto2クラスに参戦していたが、クアルタラロはこの2シーズン、優勝も表彰台を獲得することもできなかった。2013年、2014年にCEVレプソルのMoto3ジュニア世界選手権で2連覇を果たして将来を嘱望されるライダーとしてMotoGPにやってきたはずが、このころ、クアルタラロの活躍はなりをひそめていたと言っていい。ただ、2018年にはチームを移籍し、さらにもう一つの転機があったのだ。
 
「思い出すのは2018年のアルゼンチンのレースだ。28番グリッド、セーフティカーに近いところからのスタートだった(苦笑)。そのときに、『僕のライディングスタイルは、Moto2であまりうまくいっていない』と考えたんだ。それで、チームと話をして、『次の2レースでは結果はよくないだろうけれど、変えたいことがある』と言ったんだ。それ以来、僕たちは大きく飛躍した。優勝し、表彰台を獲得して、2019年からMotoGPに昇格した。2018年のアルゼンチンは最低の時間だったけれど、そこから立ち直って、MotoGPチャンピオンにまでなったんだ」


 そしてもう一つ、クアルタラロが語った幼少期の話にも触れたい。このチャンピオンという栄冠を手にするために犠牲にしたことを尋ねられると、クアルタラロは「とてもたくさんのことだよ」と答えた。
 
「特に、両親にとってはね。僕が子供の頃、父はいつも僕をトレーニングに連れていってくれた。僕は子供のころ太っていたので、マクドナルドに行くのをやめないといけない時期もあった。それから、僕は(レースのために)スペインに移住した。とても厳しいことだった。普通の子供時代ではなかったんだ。ただ、今日の自分を見れば、子供のときに正しいやり方で進んできたんだと思える。僕はこの経験を通して成熟してきた。僕は今、22歳だけど、精神的にはもっと成熟していると思うよ」


 これまでに過ごしてきた環境と時間が、そしてそうした経験を元にした柔軟な行動力が、ファビオ・クアルタラロをMotoGPの頂点に導いたのだろう。必要な変化によって、クアルタラロはMotoGPのタイトル獲得を達成した。

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