カルソニック平峰一貴を襲った残酷な結末。チェッカー後の涙と掛け替えのない貴重な経験【第7戦GT500決勝】

2021年11月8日(月)13時32分 AUTOSPORT web

 スーパーGT第7戦もてぎ決勝、63周目のファイナルラップをトップで迎えたカルソニック IMPUL GT-R。しかし、その最終周に悲劇が起きた。まさかのガス欠でスローダウン。背後に付けていたARTA NSX-GTが大逆転して、カルソニックはスローダウンしながら3位でチェッカーを受けることになった。レースで後半スティントのステアリングを握っていた平峰一貴はマシンを降りた後、言葉にならない涙が止まらなかった。


 ツインリンクもてぎでのスーパーGT第7戦。土曜日に予選4番手を獲得したカルソニックは平峰がQ1を担当し、トップとコンマ2秒差の4番手でQ1を突破していた。平峰がそのアタックを振り返る。


「振り返ってみればいろいろあるのですけど、とりあえずアタックをまとめられて良かったかなと思います。自分に限界を作りたくないですし、自分に厳しく行きたいので、これからいろいろ見直して分析して、またさらに自分を磨いていかないといけないですね」


 予選4番手のカルソニックにとって、決勝のターゲットは当然、優勝。平峰にとっては今季第5戦SUGOでのGT500初優勝に続く、2勝目を目指す戦いとなった。GT500にステップアップして今年で2年目、SUGOで念願の勝利を挙げた平峰だったが、その貪欲な姿勢は変わらなかった。


「GT500の優勝は自分が夢見てきたことで、自分のターゲットをひとつクリアできた。これまでニスモの契約ドライバーになること、GT300で結果を残すこと、その次はGT500に乗ること、GT500で表彰台に乗ること、そして優勝することとダーゲットをひとつずつクリアできて、まだまだこれからも何回も優勝の喜びを味わえるように頑張りたいです」


 平峰は自分のレースキャリアに具体的な目標を持って臨んでいるとともに、もうひとつ、大きなコンプレックスとも言える特徴がある。それは、星野一義監督が「苦い飯を食ってきた」と表現する、GT500までのステップアップの経緯についてだ。


 ホンダ系のSRS-Fを卒業した後、平峰はFCJ(フォーミュラチャレンジ・ジャパン)を2年、全日本F3を1年戦ったのみでフォーミュラのキャリアは途絶え、その後は7年、スーパー耐久、GT300などのハコ車で実績を重ねて昨年、ニッサンの契約ドライバーとして国内最高峰のGT500にステップアップしてきた。スーパーフォーミュラやFIA-F2などトップフォーミュラを経験している、いわゆるメーカー系のエリートドライバーとは出自が明確に違う、今では珍しいハコ車育ちの叩き上げドライバーである。


「GT500で優勝して、気持ちが楽になったことはないです。優勝してすごくうれしかったですけど、次の1勝に向けて頑張りたいし、自分を磨きたい。やっぱり、僕は他のGT500のドライバーと比べたらフォーミュラの経験が全然少ないですし、そこを他の部分で補って経験を積んで磨いていかないといけない。優勝できてよかったですけど、次に向けてさらに自分に厳しくやっていきたいです」


 他のメーカー系エリートドライバーとのギャップを意識している平峰にとって、今年チームメイトとなった松下信治の存在は大きかった。2歳年下ながら、ホンダのF1候補として早くから海外を主戦場にフォーミュラの経験が豊富な松下のドライビングは平峰に大きな刺激を与えた。松下の走行データ、クルマの感じ方、エンジニアとのやりとり、そのすべてが平峰の学びにつながった。


「僕はどちらかと言うとガンガン動かしてしまうタイプ。そこを抑えたり、限界を探るようなところを勉強しています。彼(松下)はそういうところのセンスがすごく長けている。『こんなスムースな走り方もあるんだ』『この次元で行けるんだ』とすごく勉強になります」と、今年の春先に話していた平峰。


 そして今回、そのチームメイト、松下がもてぎの決勝ではスタートドライバーを務め、大きなチャンスを作った。4番グリッドのカルソニック IMPUL GT-Rと松下はスタートで大外にマシンを振ると、そこからオープニングラップで2台を交わして2番手にポジションアップを果たした。松下が振り返る。



●シーズン2勝目を掛けた、スーパーGT第7戦決勝でのARTA野尻智紀と平峰のトップバトル



「普通にブレーキを我慢して奥まで突っ込んだだけですけど、そこはもう、勝負魂というかね」と、さらりと話す松下。そのまま、トップのWedsSport ADVAN GRスープラの後ろの2番手で様子を見つつ、21周目のチャンスを逃さなかった。


「ちょうど向こうのアドバン(ヨコハマ)タイヤとこちらのブリヂストンタイヤのペースが交錯していくタイミングで、少し僕の方が速くなりつつあったタイミングだった。後ろについて、あまり時間を使わされるのが嫌だったので、早めに行っておこうと。一発で決めることができました」


 ストレートからスリップに入り、2コーナーの立ち上がりからアウトに並びかけ、3コーナーのアウトから大外刈りでトップのWedsSportをオーバーテイクし、カルソニック松下がトップを奪った。


 そのままカルソニックは23周目にドライバー交代のミニマム周回数でピットインし、松下から平峰にステアリングをチェンジ。そのままトップを守っていたが、後ろから8号車ARTA NSX-GTが迫ってきた。ドライバーは、今年スーパーフォーミュラ・チャンピオンになったばかりの野尻智紀。


「やったろやんけ!」


 相手が今年最強のドライバーだと分かった平峰に、叩き上げの魂に火が付いた。


「スーパーフォーミュラのチャンピオンと戦えるなんて、最高だなと思っていました」と、振り返る平峯。


「後半の最初、8号車が離れたなと一瞬思ったんですけど、途中から向こうのペースが上がってきて、向こうの方が速そうだなと思いましたね。ブロックして押さえれたのですけど、単独走行だったら、8号車の方がコンマ3〜4は速かもという感じでしたね」


 野尻の8号車はコーナリングからの立ち上がりとストレートで平峰との差を確実に詰めてきた。だが、平峰は気持ちはアツくも、頭は冷静に相手を分析していた。


「ブレーキングはこっちの方が良さそうな気配でした。ミラーで見ていても向こうの方がストレートが速いので、GT300が絡んだらワンチャン(もしかしたら)抜かれててしまうとは思っていました。そこは死ぬ気で抑えないと」


 逃げる平峰、追う野尻。50周目に2台のギャップは1秒を切ると、そこから63周目のファイナルラップまで0.1〜0.8秒差の戦いを繰り広げた。そして、平峰は僅差の戦いを続けながらも、野尻のスキルの高さに舌を巻いていた。


「後ろを気にしながら走っているなかで『やっぱ、野尻選手、すげえな』と。うまさを感じました。相手に常にいいプレッシャーを掛けてきました。プレッシャーのかけ方がとにかく上手で、そして追いかけながらドライビングでは無理をしていない。プレッシャーのかけ方がうまいので、そのプレッシャーを自分がどう受け入れるか。レース中に野尻選手と戦えたのは僕にとっていい経験になりました。野尻選手がどういう戦いをするのか、どういう走りをするのか、僕はすごく見ることができた。いい勉強させてもらいました」


 レース中でも冷静に、謙虚にライバルを見ていた平峰。その一方、ドライバーとしての本能と皮算用も忘れていなかった。


「野尻選手はすごかったです。でも『野尻選手に戦って勝てれば、めちゃええやん!』って思っていました」


 そして、迎えることになった終盤戦の悲劇。ピットガレージで平峰の走りを見ていた松下が振り返る。


「平峰選手は結構、後ろから攻められていましたけど、安心して見ていました。GT300が絡まなければ抜かれないだろなと思っていて、最後も残り2周を切ったところで前がクリアになって、ファイナルラップもクリアだったので、もう絶対大丈夫だなと思ったのですけど……」と松下。


 チームはピット作業で予定された給料を入れており、平峰も序盤は燃費をセーブして走行していた。平峰が振り返る。


「タイヤと燃費に気を遣っていましたが、後半スティントの中盤あたりから『もう行ってもいいよ』と言われて、後半勝負の作戦どおりに行っていたつもりだったんですけど、ちょっと……なかなか……ショックでした」


 ファイナルラップの1コーナーでガス欠の症状を感じ、2コーナーの立ち上がりですぐにスローダウンしてしまったカルソニックと平峰。その脇を、野尻が勢いよく駆け抜けていった。


 マシンを左右に振って、駆動が若干回復した平峰はスロー走行をしながら最終コーナーを立ち上がり、WedsSport ADVAN GRスープラにストレートでかわされて3位でフィニッシュ。そのまま5コーナー先のファーストアンダーブリッジ手前で止まり、平峰はマシンを降りた。


「言葉にできなかった。苦しい……悔しい……優勝が見えていたのに……」


 チェッカーを受けた瞬間に流れはじめた涙が止まらなかった。

レース後、涙が止まらない平峰をチーム、ニスモスタッフが労う。「チームも攻めてくれた結果なので」と、平峰もチームを責めなかった。

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