書道、陶芸、刀剣…総合芸術家・本阿弥光悦が「天才」と呼ばれる意外な理由

2024年2月7日(水)8時0分 JBpress

永禄元年(1558)、京都に生まれ、書、漆芸、作陶など多方面で活躍した芸術家・本阿弥光悦。その内面世界を探る特別展「本阿弥光悦の大宇宙」が東京国立博物館 平成館で開幕した。

文=川岸 徹 


本阿弥光悦とはいったい何者か?

「本阿弥光悦の代表作は?」と聞かれて、何を思い浮かべるだろう。中央がこんもりと盛り上がった大胆な意匠がユニークな国宝『舟橋蒔絵硯箱』、あるいは俵屋宗達との共作として名高い『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』だろうか。土の質感を活かした手捏ねによる茶碗を筆頭に挙げる声もあるかもしれない。

 戦乱の時代、刀剣三事(磨蠣、浄拭、鑑定)を家職にする名門一族「本阿弥家」に生まれた本阿弥光悦。書、漆芸、作陶、茶の湯など様々な芸術に関わり、革新的で傑出した品々を生み出し続けた。後代の日本文化に与えた影響も大きく、それが天才と称される理由なのだが、光悦の世界はあまりにも広大過ぎて全貌がつかみにくい。光悦の名を聞いても、その実像がいまいちイメージできないのだ。

 1月16日に東京国立博物館 平成館で開幕した本阿弥光悦の展覧会。タイトルは「本阿弥光悦の大宇宙」。キャッチコピーには「始めようか、天才観測。」とある。光悦の広大な世界はまさに大宇宙。その全貌がどこまで解明され、どれだけ光悦の実像に近づくことができるのか。展覧会を機に、光悦が身近な存在になることを期待したい。


戦乱の世に頭角を現した「法華町衆」

 さて、展覧会の会場へ。本阿弥光悦の全貌解明の足掛かりとして、用意されたキーワードが「法華町衆」だ。法華町衆とは日蓮法華宗に帰依した京の町衆のこと。彼らの中には裕福な商工業者が多く、洛中に店舗や工房を構え、それが広がってやがて自治体的組織である町を形成した。法華町衆は各種の商工座を支配し、そこから得られる富を背景に京全体の都市経済を掌握。茶の湯、猿楽能、囲碁、将棋などの文芸についても法華町衆が実権を握るようになったという。

 また、法華町衆は結束力の強さでも知られている。法華信徒は日蓮教団から夫婦、一家、一族すべてが「法華信徒であること」を求められ、そのため信徒は同族や檀家間での結婚を繰り返した。法華町衆は婚姻によって、強固で広範な地盤を築いていったのだ。

 まるで西洋のギルドのような職人集団。本阿弥家はその中でも名門旧家であり、さらに刀剣三事を家職にしていたことから武家ともつながりが深かった。そうした状況から本阿弥家は法華町衆のリーダー的な存在であったと考えられている。

 法華町衆の中心にいた本阿弥家は、様々な分野の職人とネットワークを構築。彫金の後藤、茶碗の樂、西陣織の紋屋井関、日本画の俵屋、蒔絵の五十嵐、織屋の喜多川、呉服師・貿易商の茶屋……。京を代表する名家が、本阿弥家と深い絆で結ばれていたのだ。


光悦は“マルチプロデューサー”の先駆け

 こうした背景を理解すると、本阿弥光悦という人物像が見えてくる。膨大な財力を元手に最高級の素材を集め、一流の職人たちが多彩なジャンルの作品を生み出していく。その中で光悦はプロデューサー兼アーティストとして作品の制作に関わった。

 光悦の指料と伝わる唯一の刀剣『短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見』は美濃国で活躍した刀工・志津兼氏の作。指裏に光悦の筆と伝わる「花形見」の金象嵌が施されている。

『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』は俵屋宗達との共作として名高い和歌巻。宗達は右から左へ群れをなして飛び行く鶴を金銀泥で描き、光悦はその上に三十六歌仙の和歌を記した。宗達の下絵、光悦のリズム感あふれる“散らし書き”ともに素晴らしいが、何より両者の調和のとれた一体感にプロの技を感じさせる。「絵と書を別々に制作したのではなく、光悦と宗達が同じ場で共同制作した」とする説もあるが、そう思いたくなるほど絵と書が美しく呼応している。


光悦の造形センスが光る「楽茶碗」

 展覧会の最終章「光悦茶碗ー土の刀剣」の展示では、アーティストとしての本阿弥光悦を堪能できる。光悦の茶碗は手捏ねで成形し、箆で削り込んでいく楽茶碗のスタイル。碗ひとつひとつ、形や釉調が異なり、際立った個性を醸し出している。展示室に並んだ十数点の茶碗、それぞれに見ごたえがあるが、光悦茶碗の中でも屈指の人気を誇る『黒楽茶碗 銘 時雨』はやはり素晴らしかった。

 黒い艶のある釉が使われているが、器の表面に釉がほとんどかかっていないザラザラとした部分があり、その土味が静かで緊張感ある景色を作っている。その静謐な景色を光悦は初冬の寒々とした「時雨」にたとえたのだろう。箆で水平に切られた口にも緊張感がみなぎる。刀の世界に生きてきた光悦ならではの鋭い造詣意識の表れといえるかもしれない。

 日蓮法華宗を厚く信仰し、法華町衆のリーダーとして広大な大宇宙を築き上げた本阿弥光悦。一度展覧会を見ただけで全貌が理解できたとはまったく思わない。ただ、その宇宙をもっと深く探っていきたい。そんな気持ちを抱かせる展覧会だった。

筆者:川岸 徹

JBpress

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