ネイチャーガイド・佐藤雅子さんに聞く、冬の知床・原生林の魅力

2024年2月25日(日)8時0分 ソトコト


2005年に世界自然遺産に指定された北海道「知床」。以来、その雄大な自然に惹きつけられて、世界各地から多くの人が斜里町のウトロ地区を訪れています。そのウトロ地区へ、20年以上前に移住してきた一人の女性がいます。


北海道伊達市から身ひとつで知床にやってきたのは佐藤雅子さん。休日はもちろん、仕事がある日の出勤前も出勤後も時間の許す限り知床の森に通い続け、還暦を迎えた2023年に知床原生林の自然ガイドを始めました。今回はそんな佐藤さんが案内する「厳冬期ガイドツアー」に同行する機会を得ました。厳冬期の知床の魅力を写真も交えながら紹介します。


「知床峠から昇る朝日を見て、運命の赤い糸を感じた」


佐藤雅子(さとう まさこ)さん。北海道・伊達市出身。

佐藤さんが知床に興味を持つきっかけになったのは、小学生のころにテレビから流れて来た『知床旅情』(作詞・作曲:森繁久彌)でした。『知床旅情』を聴いた佐藤さんは「歌詞の情景をこの眼で見てみたい」と漠然とした憧れを抱くようになります。その気持ちは、成人になっても薄れることはありませんでした。


札幌で会社勤めをしていた20代の頃から、長年憧れの地であった知床に足を運ぶようになります。


知床岬は国立公園内の特別保護地区として厳重な管理下に置かれていて、アクセス道路も無いため一般観光客の立ち入りは事実上できないなど、知床に通うようになって知ることも少なくなかったそうです。


佐藤さんは土曜日の午後に仕事を終えてから札幌を出発し、自家用車で400キロメートル以上離れた知床まで8時間以上をかけて通い、知床峠の駐車場で仮眠を取り、朝日が昇るのを見てから札幌に戻るという週末を過ごすようになるのでした。


ある日曜日の朝、知床峠から見る朝日がいつもと違って見え、何度も見たはずの朝陽が、その日は特別なまばゆい光を放っていました。このとき、佐藤さんは心を揺さぶられ、知床に運命を感じたのです。


9月。知床峠から見る神々しい朝日(佐藤さん撮影)。

佐藤さんは昭和38年生まれ。折しもその年は国道334号線、通称「知床横断道路」の工事が着工され、「知床岬灯台」が完成した年です。翌年には「知床国立公園」として国から指定を受けました。


「これはもう、知床に住まなきゃダメだ」


知床への思いが心から離れなくなった佐藤さんが、ウトロで生活を始めたのは38歳の時。札幌で築いたものを失うことも多く、かなりの決意と覚悟を決めて知床に来たのでした。



佐藤さんは従業員寮のある観光ホテルで事務職の仕事を得て、休日になると知床の原生林を歩く日々を送ります。


4月、冬眠から目覚めて間もないヒグマの親子。まだ眠そうな表情を見せている(佐藤さん撮影)。

「四季折々で違う表情を見せる知床の原生林の虜になりました。動植物の生命の力強さ、美しさ、厳しさ。すべて自然なんだな、と。ウトロには開発の手から原生林を守ろうと、大の大人が大木を中心にして手を繋いで伐採から守った歴史(「しれとこ100平方メートル運動」)がありますが、先人たちが命を張って守ったこの営みの素晴らしさと、知床の原生林の偉大さを今も感じながら生活しています」


参考:『しれとこ100平方メートル運動の森・トラスト』


現在は自然ガイドとして活躍する佐藤さんですが、最初からこの原生林を思うように歩けたわけではありません。ひとりで原生林に入って迷い、怖くて思うように歩けなかった時期もありました。不注意から骨折する怪我を負い、周囲に心配をかけてしまったこともあったそうです。


「好きな場所を、好きに歩けるようになりたい」と痛感した佐藤さんは、知床の原生林で当時活躍していた自然ガイドにコンパスの見方や太陽の位置、風向きなど五感を使った歩き方を教わり習得しました。


知床の原生林の、ありのままを知ってもらいたい


季節ごとに変わる森や山の美しさ。森に暮らす動物の営み。そのすべてがいとおしく、飽きることのない知床の原生林。


「私の愛する知床の自然の、ありのままを多くの人に感じてほしい」


佐藤さんの想いは、ホテル宿泊客に知床の自然を伝える「ネイチャーデスク」専任スタッフへの着任という形で叶うことになります。夕食の終わるころ、宿泊客にロビーに集まってもらい、映像や写真を用いながら佐藤さんが講和をする「ネイチャーガイド」企画が設けられたのです。


「ネイチャーガイド」の様子。毎回大盛況で「佐藤さんの話を聞きたくて」と話すファンも多かった(写真は佐藤さん提供)。

その後、コロナ禍の影響で「ネイチャーデスク」の企画は終えることになりました。現在は売店での接客を通じ、知床を訪れる観光客と「いちばん近い位置」で触れ合うなか、佐藤さんの「たくさんの人にもっと知床の魅力を伝えたい!」という気持ちは増していくばかりでした。


「私の人生を変えた知床の森の楽しさを、訪れる人に直接伝えたい」


その夢を叶えるべく2023年11月、還暦を迎えた日に自然ガイド『知床とこぼうず』」の開業に至ったのです。


『知床とこぼうず』の原生林ツアーに同行しました!


ツアー当日の天候は時折雪。ツアー参加者と一緒に楽しく同行させてもらいました。

2024年1月23日。『知床とこぼうず』原生林ツアー同行の機会を得ました。同行させていただいたのは20代の3人グループ。知床には何度か来ているけど、原生林を歩くのは初めてというみなさんです。知床ウォーキングの拠点になる「知床自然センター」から「フレぺの滝」までのコースを歩きます。途中までは遊歩道ですが、そこから二次林、そして原生林に入っていきます。


参考:知床自然センターHP「遊歩道・散策コースを楽しむ」


注:二次林とは、その土地に本来あった森林が、伐採や自然災害などによって失われた後、自然に再生した森林のこと。


雪深い原生林を歩くための道具「スノーシュー」を参加者に準備する佐藤さん。非日常的な装備は、装着するだけで楽しい気分になる。

「トドマツの葉をこすると自動車の芳香剤、森の香りがします」と佐藤さん。知床の原生林はいい香りがする。

樹皮をエゾシカの食害から守るネット。昔は金属製ネットを用いていたが、樹木の成長を妨げることから、素材も変化しているそう。冬に雪が積もることを想定して、高い位置まで張られている。

自身で撮った写真やガイドブックを用いながら、ユーモアも交えて動植物の説明する佐藤さん。

天然記念物のクマゲラが飛び立ったあとの樹木を観察。クマゲラが削った樹木の中には、餌になる昆虫の幼虫が。厳冬期でも動物たちの営みを感じられる。

モモンガの食痕を見つけ説明する佐藤さん。自分だけでは見つけられない、動物の息遣いを感じられるのもツアーの醍醐味。

モモンガ。夜行性と言われているが「冬季間は昼も活動しています。気温が低いからとか、繁殖期に入るからとか、フクロウがいるからとか、いろいろ言われてますが、本当のところはモモンガに聞いてみないとです」と話す佐藤さん(佐藤さん撮影)。

散策中に見つけたヒグマの爪跡。その生々しさを前に、見入っていしまうツアー参加者。

遊歩道だと片道30分ほどのコースを、約2時間半かけて「フレぺの滝展望台」に到着。

ツアーに参加したみなさんは、


「雪の中を歩くことが、思った以上に楽しかった」
「探検のようで、こんなにワクワクして歩いたのは久しぶりの経験」
「こんなに身近に、動物たちが暮らしている姿を見られると思っていなかった」


と笑顔で感想を述べてくれた後、佐藤さんとともに次のコースへ向かっていきました。


知床の大自然は、いつもきらめく


カメラを構える佐藤さん。「原生林のなかで感じる息吹をおさめたくて、年々カメラが大型化していきます」と笑う。自費出版で販売するカレンダーは、毎年即完売するほどの人気ぶりだ。

ツアーに同行した後日、佐藤さんに「知床に来られる方におすすめしたい季節や場所」を尋ねてみました。


「知床峠で見る朝陽も星空も最高ですし、プユニ岬で見る夕景も、そして、知床五湖やフレぺの滝、羅臼湖…どれもこれもが美しく、とてもしぼりきれないです。雪解けが進む清々しい春、命の勢いを感じる夏、色づく森と冠雪、植物も動物も冬支度に忙しくする秋、そして雪や氷、厳しい寒さがゆえの出会いに恵まれる冬、それぞれの季節ならではの魅力があります。季節を変え、何度も何度も足を運んでいただいて森を歩いて、おひさまや風を感じ、森の音に耳を傾け、知床の自然の豊かさや、その豊かな自然に育まれる植物や動物の営みを肌で感じていただきたいです。」


2月。プユニ岬から流氷を見下ろす。取材を終えた数日後、流氷の便りが届いた(佐藤さん撮影)。

5月。新しい生命の誕生。春先に産まれたエゾシカの赤ちゃん。まだ歩くのもままならず、近寄っても逃げることは無い。「怖い思いをさせることになるので、怖がらせない距離で観察する」「春、冬眠から覚めたヒグマの、貴重な栄養源にもなる」など、自然との接し方、見方もツアーで学べる(佐藤さん撮影)。

8月。フレぺの滝。別名「乙女の涙」の由来は、川がなく地下水層からの湧水が静かに流れるさまが、涙を流しているように見えるから(佐藤さん撮影)。

「知床の遊び方を教えて下さった方や、移り住んだ時に出逢い関わって下さった方々、たくさんの方々との繋がりの中で今の自分があると思っています。皆さんと知床との出逢いに感謝の気持ちを忘れることなく、これからも知床で暮らします。」


10月。深まりゆく秋の知床(佐藤さん撮影)。

11月。冬を迎える知床のシマエナガ(佐藤さん撮影)。

2月。流氷の上で舞うオオワシ。流氷が疎らになると、春が近いことを感じさせてくれる(佐藤さん撮影)。

「少人数で、ゆっくり知床を感じてもらえるツアーを提供したい」


写真を見てわかるように、その魅力は季節や見る人を選ばないのが知床原生林・知床の営みです。


「ガイドを行う者として、写真に思い出を残すのが好きな人、ゆっくり森を感じながら歩く人、動物との出会いを求める人、ひとりマイペースでは心配なのでという人、家族旅行で子どもたちと一緒にという人、みんなそれぞれ違うことも理解しています。楽しむスタイルが違う人々を同じグループにして、大人数で歩くスタイルのガイドではなく、私が行うのは1グループ多くても3.4人の少人数。私自身も、無理のできない年齢になっていますので、距離を歩くアクティブなガイドツアーは控えているのですが、その方の好みやペースに合わせた『20年以上の経験で得た楽しさをお伝えするプライベートなガイド』を提供したいと考えています。おひとり様も大歓迎です。」


佐藤さんの熱い想いは、今後も冷めそうにありません。


編集後記


ウトロから知床自然センターに向かう国道334号線沿いの標識。筆者も道内各地を巡ったが、親子クマの標識はここ以外で目にしたことはない。

私自身も知床を散策したことは何度もありましたが、遊歩道を歩きながら景色を楽しむ程度のものでした。今回歩いた「フレぺの森」コースでは、はじめて原生林の中をゆっくり歩きました。雪が吹き抜ける、木々の向こうに見える動物たちの営みを感じるのは新鮮そのもので、知床の歴史や動植物の話を聞きながら、たいへん趣深い散策の貴重な経験ができました。熟練したガイドさんの案内を受けることで、旅行ガイドブックやパンフレット類に載っているだけの内容では知ることのできない「知床の原生林」を感じられるかと思います。


知床とこぼうず


https://tokoboz.com


tokoboz2023@gmail.com


料金:4時間まで 1人5,000円(税込)
   9時間まで 1人8,000円(税込)
定員:1名から4名程度
時間:応相談
ガイド実施日:前月末日に、Facebookで公表


https://www.facebook.com/profile.php?id=100010276247070&locale=ja_JP


https://www.instagram.com/masako.sato_shiretoko/

ソトコト

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