伝統の花を枯らさぬように 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】

2024年4月6日(土)10時0分 OVO[オーヴォ]

 国立劇場(東京都千代田区)の建て替え問題で、伝統芸能界が揺れている。老朽化による建て直しの計画を受け昨年10月に閉場したものの、再整備事業の入札が2度も決まらず、当初5年後の秋としていた再開時期の見通しが立たない事態となっているのだ。

 これを問題視した早稲田大学演劇博物館の館長、児玉竜一氏が2月に会見を行った。「きら星のごとく、お集まりいただいた」と児玉氏が表現するように、列席したのはいずれも日本の伝統芸能各界を代表する実演家。歌舞伎、日本舞踊、そして雅楽など、それぞれの分野から現在の窮状を訴えた。

 国立劇場はもともと、高度経済成長に伴う社会の変化により伝統文化が衰退したことを危惧し、児玉氏の言を借りれば「近代日本の悲願」として、伝統芸能の保存と振興を目的に設立された。雅楽に関して言えば、歴史の中で失われてしまった廃絶曲の復元や、武満徹や黛敏郎ら現代音楽作曲家による新曲創作など、宮中や寺社仏閣の儀式では行われないような意欲的なプログラムに取り組んできた。「鑑賞音楽」として雅楽が普及する大きな後押しとなった存在であることは言うまでもない。また、正倉院に残存するばかりで現行の雅楽では使用されなくなっていた雅楽器の復元という面でも、果たした役割は大きい。国立劇場は、雅楽の現在と過去、そして未来を一つの場所で照らす稀有(けう)で貴重な場であったのだ。

 生涯現役をうたい、80歳、90歳を過ぎても活躍される方の多い伝統芸能界で、8年も9年も劇場が閉まってしまうというのは大変由々しき事態である。達人の芸を見られるうちに少しでも多く見ておきたいというのは多くの人にとって切なる願いだ。また、演者が大御所であれば客にもベテランが多い。空白期間が長引けばどれだけの人が劇場から離れてしまうのか、想像に難くはないだろう。

 会見の中では、世阿弥の「寿福増長の基(もとい)、遐齢延年(かれいえんねん)の法なるべし(芸能は幸福を増進し寿命を延ばす基となるべきものだ)」「若(もし)欲心に住せば、これ、第一、道の廃るべき因縁なり(もし欲にとらわれれば、道が廃れることになる)」という言葉が引用され、伝統芸能の保存・普及は演者ばかりのためではなく、国民一人一人のためなのだと繰り返し訴えられた。

 その時々にありし花のままにて、種なければ、手折(たお)れる枝の花のごとし。芸能の種を伝え花を咲かせ続けるために、国立劇場がまた豊かな土壌を育んでほしい。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 14からの転載】



かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。

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