【人形町・酒喰洲】魚は天然国産鮮魚だけ、痛快正直な店主とその仕事に惚れ込んで通い続ける店

2025年4月25日(金)6時0分 JBpress

 (太田 和彦:デザイナー・作家)

日本全国を訪ね歩き、「いい酒いい人いい肴」を知り尽くし、テレビなどでも活躍中の太田和彦さん。居酒屋の達人が厳選した東京の名店を紹介します。おいしい酒と肴を求めに出かけてみませんか?(JBpress)


カウンターの白木が映える初々しい店内

 昨年暮、人形町に移転したと知り再訪を楽しみにしていた。粋な人形町は何度も来ているが方向音痴ゆえ、甘酒横丁を頼りに探したが見つからない。酒屋の人に聞いてたどりつくと、あの風格ある構えの老舗「喜寿司」の真向かい。東京屈指の名店揃いの町の超一等地。これはまた覚悟して構えたな、大丈夫かいの気持ちもあって玄関を開けた店内は奥に深く、机いくつかの先がカウンター。まっさらな白壁に白木が清潔に映え、若妻のような初々しさがある。これはいいな。

「太田さん、どうも」早速店主がこちらへ。「一等地に構えたね」「家賃高いっすよ」。櫻井さんとは二十年来の仲。いろいろ話したそうだがまずは新店の居心地を知ろう。その前に玄関外にある貼り紙を長いが引用。

〈口上 当店の鮮魚は全て天然国産鮮魚を使用し養殖輸入冷凍は一切使用しておりません。又調味料は自然の物を使用し、化学調味料は一切使用しておりません。又特に地方からの直送を出来るだけ多用して旬の素材を大切に致しております。料理は全て店内にて調理したものを提供致しております。当店の「わさび」は天城産本ワサビを使用しておろしたてを提供しております。香りと供に辛みさわやかさをお楽しみくださいませ。なお刺身は各々一枚から提供し、一回の御注文は一種類三枚又は三種類一枚づつでの御注文をお願いします。又天ぷらは全種類一ヶづつ注文していただけます。尚一回の注文が三ヶ毎に五拾円サービス致します。日本橋に創業して二十年、更に精心致します 酒喰洲店主敬白〉

 酒喰洲(しゅくず)ファンなら先刻承知のことを、新しい場所でまずはご挨拶と、素朴な手書きで貼り出す正直さはこの店らしい。

 さてゆっくりやろう。まずはグラス生ビール。そのお通し、白い釜揚げシラスをのせた〈沖繩の黒モズク〉がうまく出足好調。

 さあ刺身。品書き「本日の目に云う」をじっくり読み〈北海道産天然活〆松皮かれい二枚、静岡黒むつ二枚、兵庫とり貝一枚〉の一皿盛り。

 刺身一枚ずつの注文をケチと言うなかれ。その一枚は十センチもある大切りで、それは魚は丸一尾を仕入れるから刺身も大きくなる。店主が「今日のむつなんか、こんなでかいんですよ」と手をひろげた〈むつ〉のうまいこと。

 選んだ酒は〈長野 和田龍 登水 純米生〉のお燗。長野出身の私は信州酒をいっぱい取り寄せているがこれは珍しい方だ。

 ツイー……たまらんのう。


初かつおとふっくら美味のさより天ぷら

 カウンター私の隣に座ったスーツ姿の大柄男性一人はじっと品書き見ていたが右から矢継ぎ早やに刺身八品ほどをすべて一枚で注文。私は一枚じゃワルイかなと思ったが、なるほどこれでいいんだ。ならば〈こはだ酢〆〉三枚(=名物のこれは一枚百八十円の超安)〈初かつお・あじ・さより〉各一枚。

 ところがあじ・さよりは三枚が盛られ、何たるサービス精神か。

〈初かつお〉は味が乗り、〈さより〉は処女の自覚しない色気という不謹慎な感想。たっぷりの卸しワサビは、いま静岡ワサビは指幅「こんなので二万円」と超高騰で刺身よりも高いので、北海道の山ワサビを手に入れて混ぜたところツンツンと香りのミックスが案外いけ、「残さないでくださいよ」と言う通り新発明だ。酒は岩手の新米新酒〈月の輪純米無濾過生原酒〉そのお燗。

 ツイー…たまらんわい。こればかりだ。

 店は店主も含め総勢六人がそろいの派手柄鯉口ねじり鉢巻で、さあ来いだ。目の前には仕入れた魚の巨大なカマが山盛りされて迫力。これ頼まなきゃ帰れないな、でもその前に。

 多くの居酒屋は常に油を温めておかねばならない天ぷらはやりたがらないが、ここは常時揚げる。そのネタ各種から必殺〈ふきのとう・ほたるいか・さより〉を。小百合様、ではないさよりは天ぷらでもふっくらと美味で、揚げ方がうまいんだな。酒は高知の〈美丈夫特別本醸造〉燗。


通い続ける居酒屋がある幸せ

 昔私はテレビ番組でお世話になった。「太田さんの番組放送のあと、ドッと客が来たが、みんな真剣に味わってくれたのがうれしかった。よその番組とちがいますね」の感想がうれしい。

 さあていよいよもう一枚の品書き「本日の直送」から〈長崎天然石鯛カブト焼〉だ。超特大の頭カブトは一尾に一つしかないから注文しなきゃ損。その半身の皮は焦げ、脂はほどよく溶け、身はふんわりの焼き加減のすばらしさは、何年もの女将さんの腕だ。

 何もかもすばらしい。「太田さんより一つ下ですよ」と言う店主は七十八歳。ここで始めるとき大家さんから「妙な店つくるんじゃないよ」とこんこんと言われたが、でき上がると「満点です」と喜ばれたとか。私もその通り、正直に真っ当に良いものをめざしてきた集大成だ。

 櫻井さんは北海道出身。札幌で海上自衛隊の人に誘われ、本土に渡れるとついてゆき、横須賀で料理班に配属され、幹部用のフランス料理で腕をみがく。そこから始まる青森、札幌、仙台の一代記は、屋台引きも、腕を見込まれた高級レストランシェフも、インスタントスープを使えという司厨士への断わり啖呵も、はたまたシャンソンレストランの経営もなどあれこれやって、江東区大島でレストランを開いていた自衛隊の恩師に再会。その方の世話で大島に居酒屋を開いた。私は二十年前にそこに入ったのが最初の縁だ。

 しかしそこも倒産。魚仕入れの腕を生かし「櫻井水産」としてワンボックスカーで行商をはじめ、日本橋はずれに空き店舗をみつけ居酒屋を始めることにし、ここを六十五歳を過ぎた自分の人生の縮図にしようと店名を決め、その当て字に「酒」「喰」はすぐ決まったがその後がない。

 ある時「洲」は流れる川がおのずと作る地と知り、これだと決めた。天井に投網を巡らせた店は大人気となり、壁をぶちぬいて三部屋にまでなったが、再開発で人形町水天宮に移転。そこもまた五年で再開発になり、昨年ここに来た。大島⇒日本橋⇒水天宮⇒人形町、私はそのどこも知っている。

 痛快正直な人物と仕事に惚れ込んで通い続ける店のある幸せよ。これぞ居酒屋の究極の楽しみだ。長年の当店ファンは多く、毎年の「酒喰洲会」は今年で十六回め。櫻井さんは「太田さん、来て下さいよ」と案内状をポケットに突っ込む。

「行くとも!」返事はこれしかない。きっと得意のバンド演奏もするだろう。

「酒喰洲」
住所:東京都中央区日本橋人形町2-8-5 第5篠原ビル1F
TEL:03-3249-7386
営業時間:15時〜22時30分(入店は21時30分まで)
定休日:日曜日

(編集協力:春燈社 小西眞由美)

筆者:太田和彦

JBpress

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