貧困のため旅行に縁がなかった。恩人の結婚式に出るための、人生初旅行で待っていた一期一会

2024年4月26日(金)12時30分 婦人公論.jp


レトロなものがたくさんある商店街(写真提供◎ヒオカさん 以下同)

貧困家庭に生まれ、いじめや不登校を経験しながらも奨学金で高校、大学に進学、上京して書くという仕事についたヒオカさん。現在もアルバイトを続けながら、「無いものにされる痛みに想像力を」をモットーにライターとして活動をしている。ヒオカさんの父は定職に就くことも、人と関係を築くこともできなかったそうで、苦しんでいる姿を見るたび、胸が痛かったという。第65回は「思い切って出かけた人生初の旅行で待っていた一期一会」です。

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人生で初めての旅行


先日、親友の結婚式で四国を訪れた。思えば、修学旅行やゼミの合宿等以外で、プライベートの「旅行」は人生で一度も経験がない。仕事で出張に行くことはあったが、いつもとんぼ返りで、観光する余裕はなかった。今回が人生で初めての旅行、と言えるのかもしれない。

旅行は私にとってはめちゃくちゃハードルが高い。もちろん家族で旅行には行ったことがない。祖母のお葬式にも交通費がなくて行けなかったくらいだ。大学の友達に海外に卒業旅行に行かないかと誘われたが、そんなお金もなかった。


始発で空港に向かう

旅行をするためには、交通費や宿泊代がかかるのはもちろん、その期間休まなければ働けた分の給料のマイナスだって考えなければならない。とんでもない贅沢なのだ。

一度も旅行に行ったことがない、と友達に言うと、「コスパが悪いから?」と聞かれた。「シンプルにお金がないから」と言いたかったが、喉で耐えた。周囲の人たちはカジュアルに旅行に出かけている。お金がないから旅行に行けない、というのが想像できないのかもしれない。

今まで結婚式に招待されたことはあったが、当時経済的にとても苦しかったので、泣く泣くお断りした。しかし、今回は、どうしても行きたい理由があった。結婚する友達が、恩人だったからだ。彼女とは中高が一緒だった。パーンと、太陽のように明るく、細かいことを気にしない性格の彼女は、クラスの1軍にいるような子たちとも対等に関わったし、クラスの端にいるような子にも平等に接した。

忘れられない出来事


忘れられない出来事がある。成人式でのことだ。私は黒いリクルートスーツで参加した。振袖をレンタルするお金がなかったのだ。当然私以外は皆振袖を着ていた。振袖を着た彼女はずっと私の隣にいてくれた。彼女は私がスーツであることなど全く気にせず、そのことに触れることもなかった。最後まで明るくいろんな話をしながらそばにいてくれた。

彼女は友達も多いし、私が中学で不登校だった時、私をよく思っていなかった子たちとも仲がいいはずだ。それに、真っ黒のリクルートスーツの私と一緒にいたら、好奇の目で見られるかもしれない。でも、そんなことはまったく気にしていない様子だった。それに、どれだけ救われたことだろう。人目は気になっても、彼女が隣にいてくれたから、そこにいることができた。

きっと、彼女は特別なことをしているつもりはなかったのだろう。でも、私にとっては、一生忘れられない恩なのだ。そんな彼女の結婚式。一生に一度の晴れの日を祝いに行きたい。そう思い、もう1人の高校の友達と参加することにした。


『死ねない理由』(著:ヒオカ/中央公論新社)

初めて参加する結婚式は、想像以上に幸せな空気に満ち満ちていた。その場を包むオーラ、エネルギーがもう、幸せ一色。多幸感が凄まじい。新郎が泣いているのをみてもらい泣き。ご両親が泣いている姿を見て号泣。「未熟なふたりですが、これからもご指導よろしくお願いします」という言葉に、これからも応援する! と親戚のような気持ちになった。

結婚式は、ゲストとして参加するにも、ご祝儀、ドレス、ヘアセット、交通費など、とにかくお金がかかる。だから、宿はとにかく一番安いところで探した。見つかったのは、会場からは少し離れたゲストハウスだった。底値ではあったが、昨年オープンしたばかりだと言う、飲食店をフルリノベしたゲストハウスは小綺麗だった。

直前までずっと仕事に追われていて、現地に着いてからの目的地までの交通機関の乗り換えなどは詳しく調べていなかった。ヘアセットが終わってゲストハウスに戻ると、女性のオーナーさんが、「結婚式に参加されるんですか?会場はどこ?」と聞いてきた。「**というホテルです」と言うと、「車で行くと5分だから、乗って」と申し出てくれたのだ。

情緒ある街並み


その日は、数日前までの春を先取りしたような陽気は息を潜め、しとしとと冷たい雨が降り、3月だというのに真冬のように冷え込んだ。風も強く、ドレスとヒールで寒空の中歩くのはしんどい。お言葉に甘え、送ってもらった。

オーナーさんの優しさは、それでは終わらなかった。宿はシャワーだけしかないため、結婚式の会場から近い温泉と、その行き方、宿までの帰り方を教えてくれた。そのおかげで、結婚式が終わった後、冷えた身体を温め、雨の中を最短ルートで帰ることができた。帰りの道中、翌朝のご飯を買う余裕もなく、早朝飛行機に乗るために朝2時に起きた疲れがたまり、帰ったらすぐに死んだように眠った。そして、翌日昼前に起きた私たちは、カフェスペースのあるパン屋をネットで探した。しかし、行列ができる店はたまたま定休日でやっていないという。すると、オーナーさんが、ここから歩いて2分のところに、クロワッサンとシュークリームが有名で、昼過ぎには売り切れるお店があると教えてくれた。

言われた通り小道を歩くと、昔の建物がたくさん残っている情緒ある街並みの中に、リノベされて命が吹き込まれた新しいお店もたくさんある。昔と現代、その折衷がなんとも美しい。街の中心地から外れたところだが、だからこそ静かで落ち着いていて、風情がある。

教えてもらったお店は、注意しないと通り過ぎるような小さな看板がある入口だった。扉を開けると、レトロでお洒落な店内に、まるで絵本から飛び出してきたような焼き菓子が並んでいる。なんとも渋いルックスの店主が色々と説明してくれた。そこで名物だというクロワッサンとスコーンを買い、ゲストハウスに戻ってトースターで焼いた。オーナーさんが、そのトースターは火力が強くて焦げるから気を付けて、と言ったので中を見ると、いい焼け具合で、もう少しで焦げる寸前。おかげでめちゃくちゃいい焼き色が付いた状態で食べることができた。クロワッサンは一口食べるとバターの香りが口いっぱいに広がり、サクッの後にもっちりとした触感がある。サクッだけだと思っていたクロワッサンの概念がたった今更新された。あまりにおいしくて、友達と思わず唸る。


クロワッサンとスコーン

そこから夕方のフライトまでの予定は決めていなかったが、道後温泉には行きたい、と漠然と思っていた。オーナーさんに、今日はどちらへ?と聞かれたので、「道後温泉に行こうかなと」と言うと、「そっちの方面に用事があるから、ついでに送っていきますよ」と言う。調べると電車と徒歩で行けば1時間近くかかる。送ってもらったおかげで、随分と早く着くことができた。

昔からタイムスリップしてきたよう


お別れの時、お礼と共に朝買ったクロワッサンを渡した。オーナーさんは、「この前買いにいった時には売り切れていたので嬉しい」と喜んでくれ、「お気をつけて」と言うと、ものすごいスピードで車を走らせ、一瞬で見えなくなった。

料金比較をして、一番安いところ、という理由でそのゲストハウスにしたが、ビジネスホテルにしていれば、あの街を訪れることも、この出会いもなかっただろう。初めての旅行で、旅に出るからこそ待っている一期一会の素晴らしさを噛み締めた。


曇天と改修工事中の道後温泉

おかげで無事、温泉に入ることができた。日本最古という道後温泉の佇まいは、昔からタイムスリップしてきたよう。道後温泉の周辺の商店街の活気には、圧倒されっぱなしだった。

地元の観光地とは比べ物にならない広さと規模、活気!人力車が通り、あちこちから香ばしい香りがただよっている。情緒を味わえる古き良き街並み、いろとりどりのお土産、地元名物を味わえるグルメの数々。お土産を扱うお店に入ると、あまりの広さで、端から端まで見たら結構時間がかかる。格安航空だから、荷物は増やせない!と思いつつ、物珍しいものばかりで、ついつい手が伸びてしまう。たった数時間しか滞在していないのに、すっかりこの地に愛着が沸いて、思わず道後温泉と書かれたTシャツを買いそうになった。

私は西日本の生まれなので、やはりどこか街の空気が懐かしく感じられた。上手く言い表せないが、気候や方言、人々の雰囲気などが、東と西では違いがある。方々から聞こえてくる方言に、懐かしさを覚えた。

温泉にじっくり入ったおかげか、帰りの飛行機で友達が「なんか腰が痛くない!」と言う。言われてみれば、行きはフライト中「腰痛い」しか考えていなかったのに、帰りは全く痛くない……!

出会った人や土地の空気、においを思い出す


東京に帰った後もしばらくなんだか夢見心地。余韻がすごい。お土産を家族に送り、仕事関係の人に配った。ものはかさばるので、自分用のお土産は愛媛の街並みを描いた絵葉書を1枚。机のうえに飾り、見るたびに出会った人や土地の空気、においを思い出す。

旅って、自分には縁遠くて、わざわざ高い交通費や宿泊代を出してまで行くものなのか?と思っていた。でも今回で、一期一会や、その土地に行かないと見れない景色、味わえない風土や特産品、その全てが、他には代えがたい、人生の大切な思い出になると知った。

次はいつになるか分からないが、いつかまた、旅にでかけたいと思う。

先日、今回訪れた愛媛で大きな地震があった。被災された方々に心よりお見舞い申し上げると共に、1日も早く、平穏な生活が戻るように、祈っています。

前回「内申点が低いと高校受験で不利になる。私が不登校から高校に合格できたのは保健室登校のおかげ」はこちら

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