感知できないことも罪、「知らなかった」では許されないハラスメントの実態

2023年6月14日(水)6時0分 JBpress

「知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした」

 大きな波紋を呼んだジャニーズ事務所社長の藤島ジュリー景子氏の発言。本当に知らなかったのか。知ることを恐れて、あえて知ろうとしなかったのか。


何百人もの実体験をもとにしたハラスメントの数々

 会社という大きなシステムの中で、多くの人が麻痺していく感覚。
映画『アシスタント』で、その恐ろしさを目の当たりにする。2017年、ハリウッドを発端に巻き起こった「#MeToo運動」を題材にした本作。現在、見るとどれもこれもアウトな働く人々の行動に#MeToo以前の私たちがいかに低いコンプライアンス意識の中で、働いていたか、驚かされる。

 監督はドキュメンタリー映画作家のキティ・グリーン。本作はフィクションであり、ヒロインのジェーンは架空の人物。だが、ジェーンは監督が実際に何百人という労働者にリサーチとインタビューを行って作り上げたキャラクターであり、彼女が経験する一つ一つのハラスメントは全て「現場の証言」だと言える。

 名門大学を卒業したジェーンは、映画プロデューサーになるという夢を抱いて、就活を勝ち抜き、有名エンターテインメント企業に就職した。業界の大物である会長のもと、ジュニア・アシスタントとして働き始めた彼女は、まだ暗いうちから、誰よりも早く出社し、真夜中になっても帰れない。


華やかな業界で起きやすい「やりがい搾取」

 自分の時間はほとんどなく、与えられた仕事はただの雑用係。それでも、将来のために今は辛抱のしどきとふん張っている。ところが、その日、会長から頼まれた仕事は明らかにおかしなものだった。彼女は疑問に思うが、周囲の社員は気にしておらず、誰にも相談できない……。

 好きなことを仕事にしたい。夢を売る業界こそ、劣悪な環境に陥りやすい。働く側が頑張ることを厭わず、長時間労働になってしまう。

 ジェーンは座って食事する時間すら、ほとんどない。仕事の内容も決まっていないため、やることにキリがない。しかも彼女が「進んで」やっているように思い込まされている。「代わりなんて、いつでもいる」という社内のムードが彼女をさらに頑張らせてしまう。

 実際、彼女が働くまで何人もの人が代わってきたのだろう。会社側は自分たちに問題があるとは気づこうともせず、誰かが辞めれば、すぐに次の「夢見る若者」を据えるだけで済ませてきたはずだ。それでは何の解決にもならないのに。

 パワハラだけでなく、セクハラも横行している。日本でも昨年、映画業界の俳優、監督、スタッフらによるハラスメントが次々と暴露、報道されたが、ハリウッドの映画業界もまだまだ男性優位社会で、ジェンダー平等は進んでいない。改革中とはいえ、アカデミー賞の監督賞は未だ、3人しか女性が受賞していないし、ノミネートされる監督は毎回、ほぼ男性。主演映画を作られるのも当然のように、男優がメインで、ギャラも女優とは桁がちがう。

 ジェーンの職場も男性社員ばかりで、頼りの女性社員たちも協力的どころか、男性の仲間入りすることに必死。男性たちがヒソヒソと下ネタジョークを交わしている間に入っていき、一緒に笑い合うくらいでなければ、会社ではやっていけない。

 ジェーンが会長室を掃除していて、女性のイヤリングが片方、落ちているのを見つけて違和感を感じた時、「あなたは会長の好みでないから大丈夫」と言ったのは女性だったか。

 何が大丈夫なのか。自分の身さえ安全ならいいのか。一体、会長室で何が行われているか。誰も知りたくない、知ろうとしない。けれど、まだ若いジェーンは見逃せない、見逃したくない。トラブルに巻き込まれ、クビになれば、職を失うだけでなく、業界全体に影響力を持つ会長の恨みを買って別の会社でもやっていけないだろう。


信じられないほど、シビアな米国人ビジネスマンの生き残りレース

 ジェーンに求められる、空気を読むということ。英語には忖度にあたる言葉はないはずなのに。

 アメリカ人は時間内しか働かない。決められた仕事だけをする。年功序列、終身雇用が当たり前だった昔の日本人から見ると、とても信じられなかった、アメリカ流の働き方。さまざまな人々が暮らすアメリカでは、それが労働者の勝ち取った権利であったはずだ。

 ところが『アシスタント』に登場する社員は皆、会長の鶴の一声で右にも左にも流されてゆく猛烈サラリーマン。会長の理不尽な要求や態度に少しでも不満を示せば、恫喝され、謝罪メールを書かされる。土下座させられないだけまだマシか。浮気のアリバイ作りに加担させられ、会長の妻から罵倒されるのも日常茶飯事。『社長漫遊記』時代なら笑い事でも、現代では心すり減るルーティンワークはスリラーへと形を変える。


一見「普通」に見えることが実は「異常」であることも

 果たして、「知らなかったでは決してすまされない話だと思った」ジェーンは一体、どんな行動をとるのか。

 目覚めてしまった#MeToo以降の私たち。たった数年で人々の意識は大きく変わった。あなたはこの映画でどれだけのハラスメントに気づけるだろう。普通と思わされていたことが異常だと知る。

 知らなかったでは決してすまされない話なのである。

『アシスタント』

6.16 fri新宿シネマカリテ、恵比寿ガーデンシネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

監督・脚本・製作・共同編集:キティ・グリーン

出演:ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファディン、マッケンジー・リー

製作:スコット・マコーリー、ジェームズ・シェイマス、P・ジェニファー・デイナ、ロス・ジェイコブソン

原題:The Assistant

© 2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.

配給・宣伝:サンリスフィルム

■公式サイト https://senlisfilms.jp/assistant/
■公式Twitter  @theassistant_jp
■公式Instagram https://www.instagram.com/senlisfilms/

筆者:髙山 亜紀

JBpress

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