江戸前とは何か、歴史と風情を知ると釣りが一層楽しくなる

2023年7月6日(木)6時0分 JBpress


「江戸前」の出会いとあこがれ

 関東では「江戸前」という言葉をよく見聞きします。

 以前は何となく昔ながらの地域やお鮨の調理技法などを指しているとぼんやりと理解していました。

 まだ沖釣りに夢中だった頃、釣りの師匠から東京湾での陸釣りに誘われたのをきっかけに、再び陸釣りを始めました。

 そんな時、たまたま本のタイトルが気になり購入した三代目三遊亭金馬著の「江戸前の釣り」。

 これを読み進めると、師匠の子供の頃の体験談とも似て、より具体的に書かれていたこともあり、それをなぞって体感するうちに見事にハマってしまいました。

 今回は、多くは書物などでしか知り得ない「江戸前」の原風景にある定義や価値観について、現代の環境にも触れながら、背景や文化とともに遊ぶ釣りの楽しさについてお伝えできればと思います。


今の東京湾

 現在の東京湾は、その河川とともにその流域に東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県の大都市圏があり、流域人口は約3100万人。

 工業生産力は全国の約16%、約51兆円(2019年)。国土面積の割合がわずか約2%のこの流域に日本の総人口の約24%が集中しています。

 人間活動が盛んであるにもかかわらず、多くの人の努力によって東京湾には今も野生があります。

 江戸時代は当時、世界でも例を見ない100万人都市と言われてきましたが、現代の人口規模との比較、戦後の水質悪化の時期を経て現在があることなど、断片的な数値や経緯からみても大変な努力の結果に思います。

 何より自身の体感としても、今の東京湾で釣れる魚はとても美味しいと感じます(参考:「東京湾」小倉紀雄・風間真理・小泉正行著)。


江戸前の釣り

 先に触れた著書「江戸前の釣り」。

 戦後、江戸前の原風景がまだ残っていた時代の釣りの情景やコツを綴っており、少し読み進めるだけで体験したくて堪らなくなる内容です。

 なかでも5月の釣りとして紹介され、本の表紙にもなっている「脚立釣り」。

 遠浅と思われる海で脚立に座り、のべ竿で魚を釣り上げている風景版画に私は魅了され、釣りに「味わい」というものを初めて感じました。

 調べてみるとその版画名は「品川沖蒸気船鉄道遠望」(推定1865年・一曜斎国輝作)。

 明治の初め頃の江戸前の原風景です。

 釣り上げている魚は、今の東京湾では幻となったアオギス。体長は30センチにもなるといわれます。

 金馬氏が子供の頃には既に東京湾対岸の千葉県の姉ヶ崎方面でしかその風景が見られなくなっていたようです。

 私は、私の心を動かしたこの版画がどうしても直接見たくなり、数年かけて著名釣り史研究家が保有していた版画をお引き受けするご縁をいただきました(参考:「江戸前の釣り」三遊亭金馬著)。


「江戸前」は愉しむ人の心の中に

「江戸前」の定義を地域から確認してみます。

 江戸時代においては「江戸市中」とされる深川から品川までを直線で結んだ内海を指していました。

 明治時代になると「東京府」の誕生で行政区域に合わせて少し広い江戸川河口(旧江戸川)から多摩川河口を結んだ直線の内海までとされたようです。

 近年(2005年)になって、水産庁によって三浦半島の剱崎(つるぎざき)と房総半島の須崎までを直線で結んだ内海、つまり東京湾全体を江戸前と改めて定義づけられました。

 この江戸・明治時代の「江戸前の定義」には一級河川が複数流れこむ肥沃な干潟域を背景に、エサが豊富で魚がうまい「江戸前の魚」という一種のブランドを示していたように思われます。

 水産庁の「豊かな東京湾再生検討委員会食文化分科会」が2005年に江戸前の定義を変更した背景には、水産資源を東京湾全体で保全・ブランド化していきたいという意図も読み取れます。

 各時代において魚とその食に関する嗜好や価値観が「江戸前の本質」に感じられます(参考:「江戸前魚食大全」冨岡一成著)。

 現在の「江戸前」の範囲について賛否いろいろとあるようです。

 私の場合は、それらを垣間見ることができる書物や浮世絵、その原風景を知る人の知見などを通じ、食や釣り、職人が作った道具などで「江戸前という価値観」を体感しています。

「醍醐味」を楽しむ沖釣りとは異なり、「味わい」を愉しむ時間としても充実しています。


今回の釣行

 例年6月も後半に入るになると、東京湾沿岸は賑やかになってきます。

 産卵のために浅場に上がってくるキスやマゴチ、イシモチなどの魚もいれば、アジなどのように沖で生まれた幼魚がプランクトンなどのエサを求めて岸壁などに大挙して集まり、まるでスクランブル交差点のような状況になります。

 一方で、今回は2日ほど続いた比較的冷たい梅雨の雨の後になりますので、水温低下や浅場の塩分濃度低下など、若干渋めの予想のもと、本命イシモチが少し取れれば十分として臨みます。

 今回の釣りは以下の通りです。

1.時期:6月下旬

2.時間帯:4時〜12時頃まで

3.潮回りは中潮。上げ8分から下げ8分あたりまで

4.海況:北東の風、風速0〜1メートルのベタ凪

5.狙う魚種と釣り方の組み立て:

①のべ竿にコマセを使ったトリックサビキ釣りでアジを狙っていきます。

②一定時間様子を見てコマセ釣りは終了し、少し場所を移動してキスや夏限定のイシモチを本命として狙っていきます。
6.道具:

①5.3メートルの硬調の渓流竿(のべ竿)

②イシモチ用に9ft/約3メートルの胴調子のライトルアーロッドにPE1.5を巻いた2500番のリール

③キス用に10ft/約3.3メートルの先調子のシーバスロッドにPE1.5を巻いた2000番のリール

7.釣況

 今回は江戸前の魚としてはマイナーではあるものの、美味で真夏まで限定のイシモチをメインターゲットとしながら、おなじみのキスやアジなどを狙っていきます。

 1釣行で複数のターゲットを狙っていくため、今回も栄宝丸さんに木更津沖堤防へ渡してもらっての釣行です。

 ここは面白いところで、江戸前の魚と言われる魚種がよく釣れます。

 一方で風景としては、堤防に立ってみると、南側は製鉄所、北側は一部干潟を含む東京湾を一望でき、現代と過去が背中合わせのような面白いところです。

 まずは朝マズメ上げ8分からアジを狙っていきます。

 前日の肌寒い1日の影響が懸念されましたが、トリックサビキを入れるとすぐに反応があり、形の良いアジが上がってきます。

 コマセが効き始めると次第にマメアジやカタクチイワシが入ってきたため、少し工夫をして再び形の良いアジが掛かり始めますが、やはり時合続かず、わずか30分ほどで終了。

 しばらく様子を見ましたが、当日はコマセ釣り対象魚の活性は低いと判断し、早々に切り上げることにしました。

 堤防を少し移動し、まずはキス釣り仕掛けを80メートルほど投げ、30メートル付近までの範囲でサビキ釣りにて活性を確認していきます。

 当日は70メートル付近でしかアタリが出ず、やはり水温低下かキスは少し沖に出ています。

 途中、キス以外の強いアタリがあり、イシモチの存在を確信。

 キスは必要分取れていたため、イシモチ用の胴付き仕掛けを遠投するサビキ釣りに切り替えます。

 始めるとすぐに竿を絞り込むアタリがあり、型の良いイシモチが上がってきます。

 これで今日の「答え」が見えたことから、繰り返し続けると、ポツポツとアタリが出て、23センチから27センチと形の良いイシモチと形の良いキス混じりで釣れました。


今回の料理

 今回の釣果はいずれも脂が乗っておりますので、まずはお刺身に。

 特にこの時期のイシモチは皮を引かず、炙りにして皮目の脂も塩やワサビ醤油で楽しんでいきます。

 また塩焼も大変美味しいため、1品に加えます。

 そして江戸前料理ではありませんが、この時期からならではの冷や汁。

 焼きアジを味噌と混ぜ、キュウリ、ミョウガ、大葉を冷たいだし汁で溶いてご飯にかけ、炙りイシモチを乗せて完成。

 夏の逸品として楽しみました。
 今回は魚種賑わう活性の谷間で比較的低活性の日となりました。

 しかし、事前にある程度の期待値を調整し、現地でも様子を見て工夫しながら、何とか本命の美味しいイシモチをはじめ、江戸前の遊びや食を愉しむことができました。

これまでの連載一覧

第1回:ITが激変させた釣りの楽しみ方と釣果(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59294)

第2回:SNSを駆使して釣りの楽しみ10倍増(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59542)

第3回:ITを駆使してお金をかけずに釣りを楽しむ(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59827)

第4回:好奇心と予算コントロールで釣果を上げよう(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60091)

第5回:手軽に楽しめる「江戸前小物釣行」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60560)

第6回:シーズン到来、アジ釣りのタイプ別楽しみ方(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60891)

第7回:繊細な引きが病みつきに、河口の手長エビ釣り(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61369)

第8回:最盛期に入ったハゼ釣り、奥行きの深さを味わう(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62001)

第9回:洋上の格闘技、初秋のカツオとキハダマグロ釣り(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62186)

第10回:初心者もマニアも楽しいイナダ釣り(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62472)

第11回:多数魚賑わう陸っぱりで、カワハギと頭脳戦を楽しむ(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62687)

第12回:20センチの竿に釣りの奥義を知る(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63005)

第13回:忙しいあなたにお勧め、時短釣行とは(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64400)

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筆者:濱田 淳二

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