思わず「WOW!」と驚くこと間違いなし。ぺんてるが7年かけて開発した新ボールペン「FLOATUNE」の秘密

2024年8月13日(火)21時50分 All About

ぺんてるの「FLOATUNE」は、油性ボールペンなのにドバドバとインキが出て、滑るように書ける個性的なボールペンです。この新しい書き味を実現するために、専門の開発チームを作って完成には7年の月日がかかっています。

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ぺんてるの「FLOATUNE(フローチューン)」は、ボールペンの種類としては、三菱鉛筆の「ジェットストリーム」や、パイロットの「アクロボール」などと同様のいわゆる「低粘度油性ボールペン」です。
粘度が低い油性インキのボールペンといっても、粘度が低いだけでは、なめらかで軽く心地よい書き味になるわけではありません。書き味には、ペン先の「チップ」と呼ばれる部分の構造や軸のデザインなども影響します。
そのため、それぞれのペンに個性があり、低粘度油性ボールペンと一言でまとめるのは無理があるくらい、違うコンセプトや狙いを持って作られています。
ぺんてるが「FLOATUNE」の開発をスタートしたのは2017年ですから、発売まで7年かかっています。
すでにぺんてるには「エナージェル」という独自のゲルインキを使った人気商品もあり、なめらかでインキがたっぷり出るボールペンとして多くの人に愛用されているのですが、その次にくる新しいペンを作るというのが、開発の一番最初のコンセプトだったそうです。

「WOW!」というキーワードに向かって開発が進む


「元々は自社のゲルインキボールペン『エナージェル』の後継となるボールペンを作ろうというところから始まったのですが、その時点では、“驚きのあるボールペン”というくらいの緩いくくりで始まって、実は油性、水性、ゲルのどのボールペンにするかということも決まっていませんでした。
とにかく、何か新しい驚きがあるものをと、いろいろ試している中で『WOW!』というキーワードが出てきました」
と話してくださったのは、プロジェクトが立ち上がった最初からデザイン担当として携わっている製品戦略部 デザイン課の柴田智明さん。
筆者は、2017年に「オレンズネロ」のデザイナーとして柴田さんにインタビューしていたのですが、そのときには、すでに「FLOATUNE」のプロジェクトは始まっていたわけです。
プロジェクトには、最初からインキの開発担当者も、ボールペンのチップなどの開発者もデザイナーも、ネーミングなどのコンセプトを立てるスタッフも参加し、専用の開発室まで与えられていました。
「デザインも『エナージェル』のリニューアルという方向で考えていたのですが、いろいろやっているうちに『WOW!』というキーワードが生まれて、さらにそのキーワードにぴったりの『ヌル3』という面白いインキが出来てきました。
これはもう『エナージェル』じゃないよね、ということになって、そこから新しくデザインを考え始めました」と柴田さんが言います。
全部を一度に進めようというプロジェクトは、製品開発の手法としてもかなり珍しいものだと思います。
「どんどん変更があるのはある程度覚悟していましたが、ここまでとは思ってませんでした」と柴田さんは笑います。

「WOW!」を生んだ試作インキ「ヌル3」


さまざまな『WOW!』を探っていく中で、この通称「ヌル3」と呼ばれるインキの試作品ができて、それを試したアメリカ人が、本当に「WOW!」と言ったというのは、公式サイトなどでも書かれているエピソードです。
「でも、この『ヌル3』にたどりつくまでに、方向性自体も違うサンプルを多数作っています。
とにかく、『書いた瞬間に皆さんが驚く』ということを大事にしていたので、ずっと『驚きって何だろう』というところを探していった感じなんです」
と、インキの開発に携わった研究開発本部 技術研究所の山崎あかりさん。
「インキも水性、ゲル、油性を全部試作で作って、それぞれに油性っぽいチップや水性用のようなチップなどを全て組み合わせて、その結果、一番驚きがあったのが『ヌル3』という油性インキとゲル用のようなチップの組み合わせでした」
と、チップの開発に携わった研究開発本部 開発部の太田直樹さん。
「ヌル3」という名前も、3番目に出来たという意味ではなく、何百という試作を重ねたうえで3番目に最終候補に残ったインキという意味だそうです。
そして、外国人が本当に「WOW! WOW!」と言ったことで、この方向は間違っていないという地点にたどりつきました。

低粘度インキでたっぷりインキを出すことの困難


「インキがドバドバ出るという方向が良さそうだというのは、『ヌル3』のころにはすでにつかんでいて、『ヌル3』はかなり粘度が低くて、実際の量産化仕様に比べると、インキが出る量も多かったんです。
ただ、それだと使っていて、最初はいいのですが、書き続けているとインキがボールにうまく絡まなくなるといいますか、最後まで摩擦の少ない状態が持続しないんです。
そこで、ボールの小口とボール部分の摩擦がインキを止めてしまうのではないかと思い、その間に入るものを考えていった結果、『クッション成分配合インキ』が生まれました」と山崎さん。
インキをたくさん出すための低粘度インキを実現するには、インキとボール部分をつなぐ成分が必要だということなのでしょう。
そして、当然ですが、クッション成分のような新しい成分を入れると、その分、粘度が上がってしまったりもします。
また、低い粘度のインキを大量に流すと、従来のチップではインキの特性が引き出せずに、かえって書き味が悪くなってしまうということになります。

「結局、チップも新しいものを作ることになりました。なめらかさ、摩擦の少なさを維持するには、単に粘度が低いインキなら良いということはなくて、ボールとチップの間にあるインキの膜をいかに切れないようにするかというのが課題になっていました。
『ヌル3』系列のインキは、クッション成分を使っても、この膜が切れやすい性質でしたから。
インキの膜が切れやすいと、全然、書き味が悪くなるんですよ。ある程度ドバドバとインキを出した状態で書くほうが良さが出るインキなんです。
そういうことも、試作しては試して、また試作してを繰り返していて分かったことなんです」と太田さん。

インキ開発はアクセルを踏んで、チップ開発はブレーキを作る


低粘度のインキが大量に出ると、ボテなども起こりやすくなります。大量にインキを出しつつも、実用品として使えるようにするのは、未使用時には“インキをきちんと止める技術”も必要になるわけです。
「そこは苦労しました。今までの油性やゲルなどで培った知見を応用しても、何かうまくいかないし、こっちはいいけど、あっちでは悪くなるようなことを繰り返しながら作りました。
もう泥臭く、さまざまな策を書き出しては試して、このパターンではこれが一番効いたから、これと組み合わせて……といった具合に実験していきました」と太田さん。
このプロジェクトでは、書き味をよくするためにインキをドバドバ出すという方向で進みました。
ただ、インキを出しすぎるとボテという不具合につながるので、筆記時や未使用時に、チップによってインキをきちんと止める技術、つまりアクセルとブレーキのせめぎ合いのようなものでしょう。
「インキは、アクセル全開で作っているんです。ブレーキはチップでやってもらう。もちろん、多少はインキでもブレーキは考えるのですが、割合としては8:2くらいでアクセル主体です。
粘度が低ければ書き味が良いかというとそういうわけではないのですが、書き味の良さをだめにしてしまわないギリギリまではアクセル主体で行こう、インキがたくさん出るという点は大事にしようというのが、『ヌル3』からずっと続いている方針でした」と山崎さん。

そうして、インキとチップをお互いに改良しながら開発は進んだそうです。同時に、デザインも出来上がっていきます。
「方向が決まってからも、これをどういう特徴として売るのかとか、どうやって発信するのかといった具体案はありませんでした。
なので、とにかくメンバーで試し書きをして、まず言語情報をいっぱい出してもらおうとしたんです。そうしたら言葉では言い表せないという感じだったので、絵でもいいから表現してみようとなりました。
すると、海の中を泳ぐようだとか、グライダーで空を飛んでいる感じとか、スケートで滑ってるようだとか、自分から走っていくようにも感じるなど。あとオノマトペですね。
ヌルヌル、ズルズルするとか。とにかくいろいろな方向から表現をしてもらったものを集めて、その中から共通する要素を抽出するという感じで形にしていきました」と柴田さん。

低粘度インキが大量に出るという特徴の新しさ


面白いのは、インキもチップもデザインも、全てがイメージや言葉を基本に作られているということです。インタビューの中でも、柴田さんは「数値や機能ではない部分を大事にした製品」とおっしゃっていました。
達成目標が数値では表せないので、当然、作業はひたすら試作しては書いてみるの繰り返しになります。
その中で、発見した可能性を積み重ねた結果出てきた製品なので、とりあえず製品特徴として挙げられている「低摩擦」という言葉だけではくくれない、もっと感覚的な何かがあるというのは、筆者自身、使ってみて感じるものがありました。

これはあくまで私見なのですが、この「FLOATUNE」が他の低粘度油性ボールペンと最も違っているところは、“紙を選ばず気持ちよく書ける”という点ではないかと感じています。
販促品的に企画され、発表会で配られた、喫茶店の紙ナプキン入れに入ったメモがあるのですが、これは、「FLOATUNE」はどこでもさっとストレスなく書けることを表現したもの。
それを面白いと思った筆者は、実際にカフェの紙ナプキンでメモを取ってみたところ、筆圧をかけずにしっかり書けることもあって、普通のメモ帳に書いているようにスムーズに書けて、それこそ「WOW!」と思ったのです。

考えてみれば、低摩擦で筆圧をかけないほうが特徴が分かりやすく、インキがたっぷり出るペンですから、紙質に影響されにくいのはもっともなことです。
ボール径0.3mmなどの細字タイプがカリカリせずに書けるのも、このペンの特徴からすると当然かも知れません。
「書き味」というのは個人の好みですから、どれが最高というのはないと思っていますが、また面白いボールペンが出てきたのは、とてもうれしいことだなと思うのです。

納富 廉邦プロフィール

文房具やガジェット、革小物など小物系を中心に、さまざまな取材・執筆をこなす。『日経トレンディ』『夕刊フジ』『ITmedia NEWS』などで連載中。グッズの使いこなしや新しい視点でのモノの遊び方、選び方を伝える。All About 男のこだわりグッズガイド。
(文:納富 廉邦(ライター))

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