スポーツ通訳者が痛感する、政治、ビジネスにおける「日本の外交力」の課題

2023年8月31日(木)12時0分 JBpress

文=松原孝臣 写真=積紫乃


まずは「繋がりを築くか」が重要

 記者会見をはじめとする試合の場での通訳をはじめ、スケート関係の会議にも参加するなど、通訳という立場からフィギュアスケートにまつわるさまざまな活動を、平井美樹は担ってきた。

 それにとどまらず、これまで数々のスポーツにも携わってきた。その経験からスポーツの世界について知ったことがある。

「スポーツ外交はすごいです。すべてのスポーツのNF(国内を統括する競技団体)にあてはまる課題なのですが、IF(国際競技団体)やIOC(国際オリンピック委員会)レベルの横のつながりはすごく密なんです。そこにどう入っていって、つながりを築くかがまずは重要で、情報をとってくることすら難しい状況があります。

 もう1つは、各国のNFの代表として来られる方は、弁護士や会計士、事業をやっている方などもけっこういらっしゃいます。そうなると話についていくのも精一杯になって、発言するのも簡単ではない面もありますね」

 そしてスポーツにおける日本の外交力に課題があることを痛感する。

 外交力は、ひいては選手にも跳ね返ってくる。例えば、スキー・ジャンプや競泳などでは、日本の選手が活躍すると、それをおさえつけるためであるかのように推測されるルール改正が起きたことがある。そのたびに、議論を呼び波紋を投げかけた。

 では、フィギュアスケートではどうだったか。具体的に特定の選手を狙い撃ちすることは表向きなくても、そのルール改正が、少なくとも日本の選手に不利益をもたらすことになる——そのようにとれる、考える余地がある改正もあった。

 しかも露骨に行われるわけではなく、なんらかの大義名分を掲げて、そうした動きは進む、つまりオブラートに包むように進行する。だから、対抗する手立ても容易ではない。それでもフィギュアスケートの場合、発言して意思を表明していくことの重要性を認識し、時間をかけて発言の機会をつくり、外交にも尽力してきた。日本の競技団体の中ではそこにかけるエネルギーは強い。行動も起こしている。ただ、課題は残されている。

 実は平井が「外交力の課題」を感じるのは、スポーツに限らない。政治、ビジネスなど幅広い分野で活動してきて得た経験や蓄積から感じることがある。

「日本の国際関係をやっていた人間としては、どのジャンルに行っても同じ構図があることが分かります。だから、そこを変えていきたい、と思っていますし、ライフワークになっています。やっぱり通訳とは、伝わるものにしないといけないと思っていますし、伝わらないなら通訳はいらないです。ですから、プレゼンテーションなりスピーチなりするときの、アドバイザーとしての活動も行っています。

 いろいろな分野に携わる中で共通の課題は見えたし、自分自身も悔しい思いをして、悔しい思いをしている方も見てきましたから」

 フィギュアスケートもそこに含まれている。そしてフィギュアスケートのために、という強いも思いがある。


生き方を教わったフィギュアスケート

 フィギュアスケートへの思い入れは、次の言葉にもうかがえる。

「だからフィギュアスケートには、ほんとうに生き方を教わっている感じがしますね。小さい頃のお友達作りから、日本でいじめに会っていたときにリンクに行ったり、そうした体験も大きかったですし、自分の力で上達して、でも自分の力ではここまでしかできないんだっていう挫折を人間として味わうのもフィギュアでした」

 なによりも通訳としてかかわって、気づいたこと、知ったことがある。

「フィギュアスケートを見て楽しんでいる中で、仕事でかかわるようになって、連盟の方々が皆さん、スケートが好きで、自分のプライベートを犠牲にして、力を尽くしている姿も見てきました。

 そして、選手のストイックさには、毎回、大会に行くたびに身が引き締まる思いがします。だから私にはこれが必要なんだなと思っています。実は繁忙期で忙しい時期なんですけれど、必ずNHK杯だけは行くようにしています。

 ストイックにトレーニングしてきて、最後に選手たちがリンクに出し切ったものだけが残ります。私たちも出し切ったものだけが問われますが、いかに前もっての準備が大切か、そこは共通しているんです。『平井さんに頼んでよかったよ』と言われたらGOE(出来栄え点)がアップしているようなものです。いい通訳だったと言ってもらえるためには何が必要なんだろうと思うと、選手たちの姿勢が浮かんできます。原点回帰の場だなと思っています」

 選手や選手を支える人々の姿も見てきた。自身のスケートとのかかわりもあいまって、フィギュアスケートでの活動にも熱をこめる。

 大会の現場での通訳という仕事、国際会議などへの参加。さまざまな活動を通して、選手のために、日本の地位向上のために、力を尽くしている。

平井美樹(ひらいみき) 放送・会議通訳者として国際会議やビジネスの場で活躍。またスポーツでも活躍し2002年サッカー日韓ワールドカップ、2019年ラグビーワールドカップ、2021年に開催された東京オリンピックなどにも携わる。フィギュアスケートでは2007年より通訳として活動している。

筆者:松原 孝臣

JBpress

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