初めてなら何を観る?席はどこがお得?今さら人に聞けない歌舞伎の楽しみ方

2023年9月1日(金)12時0分 JBpress

興味はありながらも、今まで歌舞伎を観始めるきっかけがなかったという人は少なくありません。今回は歌舞伎歴の長い先達に「どんな演目を選ぶか」「チケットをどう買うか」を、アドバイスしてもらいました。

文=新田由紀子 画像提供=PIXTA


【その1】どんな演目を選ぶか

(1)「3点セット」で観る

 歌舞伎の演目は、時代物、所作事、世話物という大きく3つのカテゴリーに分けられる。さらに、これとは別に、明治以降や第二次世界大戦以降に書かれた新しい演目として、新歌舞伎、新作歌舞伎といったものも人気だ。

 初めて観るときは、3つのカテゴリー、あるいは世話物の代わりに新歌舞伎か新作歌舞伎を組み合わせて観るといいと語るのは、若いころから歌舞伎を観続けている小林正史さん(50代男性、仮名)だ。

「レストランで、海老フライだけ食べるのではなく、ハンバーグとコロッケとの盛り合わせランチを食べるようなものですね。9月の歌舞伎座公演は、ちょうど昼夜とも、バランスよくこれらが並んでいますから、『ミックスランチ』を試すのにいいですよ」

・時代物

 武士や公家の社会を取り上げた演目。ダイナミックだが格式張っていて話の運びが遅かったりするし、セリフがわかりにくいことも多い。

「義経とか曽我兄弟とか、お家騒動とかかたき討ちとか。江戸の庶民にとっても、自分たちとは離れた世界のことを扱っているものだったわけです。私もそうですが、時代物は、ずっと観ている人だってわかってない。よくわかっている人は少ないはずですよ。まずは迫力があるなあとか、役になりきっている役者が大きく見えるなあとか感じるだけでもいい」(小林さん 以下同)

 代表的な演目として「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ」「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」などがある。

・所作事

 舞踊のこと。主に長唄の伴奏とともに役者が踊る。踊りを中心に芝居が進むものを舞踊劇という。

 代表的な演目として「春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」「娘道成寺」「連獅子」「黒塚」など。

・世話物

 江戸時代に書かれ、庶民の生活を描いたもの。当時の観客にとっては現代劇であり、ホームドラマだった。恋愛、殺人、心中などをテーマにしているのが世話物。せりふが庶民の言葉なのでわかりやすい。

 代表的な演目に「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」「東海道四谷怪談」「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」など。

・新歌舞伎、新作歌舞伎

 明治後期から昭和初期に書かれたものを新歌舞伎、第二次世界大戦以降に書かれたものを新作歌舞伎という。せりふが現代の言葉で、ストーリーもわかりやすい。

 代表的な演目に「松浦の太鼓」「一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)」「元禄忠臣蔵」など。「ファイナルファンタジーX」「刀剣乱舞」なども新作歌舞伎の一つ。

 なお、2023年9月の歌舞伎座公演は、

[昼の部(11時開演)]
・「祇園祭礼信仰記 金閣寺」・・・戦国時代を舞台とした時代物
・「土蜘蛛」・・・僧の本性が実は土蜘蛛で、大立ち廻りを見せる舞踊劇
・「二條城の清正」・・・加藤清正と豊臣秀頼を主人公にした新歌舞伎

[夜の部(16時半開演)]
・「菅原伝授手習鑑 車引」・・・時代物。歌舞伎三大名作のひとつ
・「連獅子」・・・能の「石橋(しゃっきょう)」をもとにした長唄の舞踊
・「一本刀土俵入」・・・横綱を夢見た男を主人公にした新歌舞伎

 と、昼夜ともに、よく知られた時代物・舞踊劇・新歌舞伎が並んでいる。

「時代物である昼の『金閣寺』は、歌舞伎でいう“三姫”のひとつ、雪姫が登場するけど、そんなにテンポよく面白いというものでもない。夜の『車引』は、全編演じると一日中かかる『菅原伝授手習鑑』の中の一幕だけを取り出したものだから、登場人物のこともよくわからなくて当然です。

 若手女形の演じるお姫様のしばられているのがきれいだなあとか、隈取をして大きな衣装でにらみあう立役が迫力あるなあとか、まずはそれを感じてもらえばいいと思います」

 舞踊劇の「土蜘蛛」はおどろおどろしい化け物ぶり、「連獅子」は、初めに狂言師として踊った二人が後半で獅子となって現れて見せる毛振りの迫力をみればいいという。

「昼も夜も、1幕目と2幕目はよくわからないところがあるだろうけど、3幕目の新歌舞伎はせりふも普通にわれわれが話しているのと同じ口語だし、テレビの時代劇のような感じで誰でもわかりやすくて楽しめるはずです」

(2)名作から観る

 どのジャンルのエンターテインメントでも同様だが、歌舞伎にもあたりはずれはある。だからこそ、特に観始めの頃は、予備知識なしでも面白く、はずれの少ない演目からトライしたいもの。

 鉄板といえるのは「義経千本桜」の「四の切(しのきり)」、「勧進帳」、「助六」といったあたり。これらの名作が公演案内に出ていたら、チケットを買ってみるというのもひとつの方法だと小林さんは言う。

 こういう演目には、いい役者が出ている。例えば「勧進帳」の主役である弁慶は、限られた役者にしかつとめられないからだ。

(3)テレビで気になった役者の舞台を観る 

 テレビや映画で気になっている役者が出ているものを劇場に観に行くというのも、取っ掛かりとしてはいいだろう。

 せっかく観に行ったのに、お目当ての役者がほんのちょっとしか出ないということにならないためには、配役表に注意を。一人目に書かれているのが主演、その次が準主役、そして最後に記載されているのも重要な役であることが多いのは、テレビドラマなどと同じ。

 そうでない5番目、6番目といったところに名前が出ているときには、ちょっと出てきただけで引っ込んでしまったりすることもある。

「テレビでもおなじみの松本幸四郎中村勘九郎中村七之助中村獅童尾上松也あたりが主役や準主役で出る演目を狙っていけば、それなりの見応えがある確率は高いでしょう」

(4)人気のニザタマを観ておく 

 ここ数年の歌舞伎で、最もチケットが取れないのは、「ニザタマ」。片岡仁左衛門と坂東玉三郎の名前の頭を取って、こう呼ばれ、二人が主演する演目はことごとく大人気となっている。

 この二人の顔合わせは、仁左衛門がその名前を襲名する前に、片岡孝夫と名乗っていた時代から「タカタマ」と呼ばれて人気だった。今でいう「カップル萌え」だ。 

「どちらも細面で細身、背格好も釣り合ったいい男にいい女できれいなんだけど、それだけではない。玉三郎が仁左衛門にしなだれかかるときには、他の役者と組んだのでは感じられない独特の媚態があり、それを受ける仁左衛門は危ないほどの男の色気を発する、というわけなんです」

 その二人が、芸を磨き長年の共演を経て、ぴたりと呼吸の合った演技を見せる。

 仁左衛門79才、玉三郎73才。往時の輝くような美しさはないかもしれないが、それに代わるものがある。さらに先日、玉三郎は、大劇場でおこなわれる歌舞伎公演から引退する意向も口にした。二人が作り上げる男女の濃密な世界を生の舞台で観られるのは、今しかない・・・・というわけで、チケットが即完売となるのだ。

「歌舞伎を観始めるかたは、もっと若い役者どうしが恋人を演じるほうをきれいだと感じるかもしれません。しかし、舞台を観続けて何年かのちに、あの時のニザタマはすごかった!観ておいてよかった!と思い出すのが、歌舞伎の不思議な奥深さなんですね」

 10月には御園座(名古屋)で「片岡仁左衛門 坂東玉三郎 錦秋特別公演」を控える。


【その2】チケットをどう買うか

 劇場の窓口や電話での受付も行っているが、松竹の運営する歌舞伎公式サイト「歌舞伎美人(かぶきびと)」で購入するのが簡単で便利だ。歌舞伎座(東京)だけでなく、新橋演舞場(東京)、大阪松竹座(大阪)、南座(京都)、御園座(名古屋)、博多座(福岡)をはじめ、地方巡業も含め、全国の劇場で公演される歌舞伎チケットが購入可能。

 サイトから「チケットWeb松竹」に入って、ユーザー登録し、指示に従って購入することができる。また、同サイトは、オンデマンド配信や歌舞伎に関するさまざまな情報を発信しているので、歌舞伎ビギナーは要チェックだ。

 どんな席のチケットを購入したらいいかも迷うところ。

 例えば、9月の歌舞伎座公演では

 1等席 18,000円
 2等席 14,000円
 3階A席 6,000円
 3階B席 4,000円
 1階桟敷席 20,000円

 となっている。

 一番いい席とされるのは一等席の「とちり」。

 歌舞伎座の座席は、以前は前方から順に「いろはにほへと」、という番号がつけられていた。

 1列目が「い」2列目が「ろ」となる。そして昔からいいと言われてきたのは「とちり」つまり7列目から9列目だ。

 もちろん、舞台に近いのにこしたことはないが、前すぎると全体が見えないというわけだ。

 しかし、歌舞伎通の小林さんは、かならずしも一等席がいいというだけではないという。

「もちろん、前の席で観ると迫力があるわけですよ。役者の息遣いまで聞こえるのは生の舞台ならではです。

 ただし、あんまり前すぎると、年をとった役者のしわが見えて現実に引き戻されるなんていうとこもある」

 もともと江戸時代の芝居小屋は暗かったので、当時と変わらない化粧を今の歌舞伎座の明るい照明の下で観なくてもいいというのだ。

 歌舞伎では、舞台下手から後方に向かって、幅1.3メートルほどの「花道」という舞台があり、ここも大事な見せ場になることが多い。

 2階席、3階席では、花道に出てくる瞬間は観ることができない。

「でも、私は2階の7列目までの1等席か、その後ろの2等席で観ることも多いんです。ヨーロッパの劇場でも、1階は庶民たちと決まっていて、貴族たちは2階席で観ていたわけですしね(笑)。1階の後方より2階の2等席のほうが、コスパもいいと思いますし」

 歌舞伎座には、一幕だけを1,000円前後の手ごろな料金から見られる、お試しやリピートにうってつけな「一幕見席」というものもある。従来は当日販売の自由席のみだったが、2023年6月から指定席が新設され、前日からインターネットで購入できるようになったので、チェックしてみるのもいい。ただ、まだ慣れないうちは、ある程度よく見える舞台に近い席がおすすめだという。

 最後に、小林さんの考える、パートナーや友人を連れて行っていいところを見せるなら、という方法を聞いた。

「パートナーなどを連れていく数日前に、あらかじめ2階の真ん中あたりで観ておく。その時にイヤホンガイド(使用料700円+保証金1,000円:保証金は機械返却時に返金)や筋書(公演パンフレット。2,000円前後)を使って知識を仕入れておくとなおいい。そして、一緒に行くときには、1階の『とちり』周辺の一等席の前のほうで観る。

 この時には、前もって仕入れた知識をもとに、『最後に、弁慶が花道の七三(しちさん。すっぽんと呼ばれるせり上がりがある辺り)で六法(ろっぽう。花道を戻る際の独特の動き)を踏んで引っ込むんだけど、そこがさすが團十郎という迫力の見せどころなんだよ』とか、話してあげるというのはどうでしょうかね」

※情報は記事公開時点(2023年9月1日現在)。

筆者:新田 由紀子

JBpress

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