アパートの巨人女、マッサージ嬢の呪い 「タイぐるり怪談紀行」著者インタビュー(前編)

2022年10月8日(土)11時30分 tocana

 2021年、トカナで「タイホラー通信」を連載したタイ在住歴20年のバンナー星人が、10月8日にタイならではの怪談39本を収録した『タイぐるり怪談紀行』(アプレミディ)を上梓した。一体どんな恐ろしい話が収録されているのだろうか? 緊急でインタビューを行った。


——39話で惨苦の怪談ですか……


(バンナー星人) いえ、そういう意味では(笑) 言われてみれば、たしかに惨苦ですね。実はタイでは「9」は良い数字なんです。「カオ」といって、前進/進歩する、といった言葉と同じ発音なので、縁起のよい数字とみなされています。


——なるほど、そういう意味でしたか(笑)。「ぐるり」というのはタイを一周するということですか?


(バンナー星人) まず首都バンコクから始めて、世界遺産アユタヤ遺跡のある中央部・西部、チェンマイなどのある北部、メコン川沿岸部をふくむ東北部、リゾート地パタヤのある東部、そして南部プーケットなど、タイの怪談を集めて収録しています。


 どれもタイらしい話ですが「マッサージパーラー嬢と呪術」は、タイにセクシャルな遊び目的で来たことがある人には読んでもらいたい話です。そこまで可愛くもキレイでもないのに、なぜか金持ち欧米人の客がつく女性の話です。秘密は呪術なんですよ。身に覚えのある人は、「もしかして呪術の罠にハメめられていた?」と感じられるかもしれません。


——タイホラーはNetflixでも注目されていますね。


(バンナー星人) 話題になった映画『女神の継承』でも描かれたように、タイでは「目に見えるもの/そうでないもの」の境界線が日本より曖昧なんです。心霊、呪術、前世のカルマといった話が日常生活に溶け込んでいる。「前世のカルマのせいで恋人ができないと占い師に言われたから、お寺でタンブン(喜捨による徳積み)しなくちゃ」「昨日もまた霊を見てしまって」なんて話をランチ食べながら当たり前にしてしまう。私の勤務先である高校の職員室もそんな感じですよ。欧米や日本とは違う社会的状況が根底にあること、それがタイホラーの魅力かもしれませんね。


——日本とタイで怪談に違いはありますか?


(バンナー星人) タイの心霊現象は「圧倒的物理!」なんですよ。蹴とばしたら感覚があるくらい物理的です。先日テレビのニュースにも取り上げられましたが、駐車場のレスキュー隊ワゴンが、勝手に前進して他の乗用車を押しのけた話があります。車内は無人で、傾斜のない土地、ブレーキもしていたと。タイの心霊現象って、これくらい物理的なんですよね。


 また日本との違いは、タイでは霊感のある人や宝くじが当たる人の話が本当に多いことです。クラスに一人は霊感のある子、視える子がいる。宝くじがよく当たる人も、知り合いレベルでは何人もいる。たとえば、友人が事故に遭う夢を見た。すると彼はその友人に「夢でみた、お前のバイクのナンバーを教えてくれ」と電話をして、なんとそのナンバーで宝くじを当ててしまう。「事故の心配をするんじゃないんかい!」とツッコミたくなる話ですが、そんな小話はタイ人ならば誰でもいくつか持っているんです。


——なんだか煩悩まみれですが仏教とは共存できているんですか?



(バンナー星人) 宝くじについては、だいたいバラモン教の祠やガネーシャ像などに即効性があると信じられていて、そこで願掛けします。お釈迦様の前では、あまりがめついことは言わずに「健康で幸せでいられますように」ぐらいで留めておくそうです。


 タイの学校にはどこでもお釈迦様の仏像があり、朝礼時にはそちらに向かって手を合わせて一斉にお経を唱える時間があります。勤務先には、その横にバラモン教の祠もある。霊験あらたかなもの、祈りを聞いてくれるものなら、すべてに祈ってしまおうという素直さと強欲さがあるんです。ある日、夜遅くまで残業した同僚が、誰もいないはずの校舎の廊下で女の霊を見てしまった。その方も、次の日、お釈迦様にがっつり手を合わせたあとで、横の祠にもお供え物をしていました。


——お気に入りの怪談は?


(バンナー星人) 今回収録したもので個人的に気に入っているのは「アパートの巨人女」です。田舎から出て来た男性がバンコクで借りたアパートで遭遇する怪奇現象ですが、この話も先ほど言った「物理エネルギー」満載なお話です。しっとりとした怪談とは対極にある、「パワフルな怪談」とでもいいましょうか(笑)。怖いのかおかしいのかわからない話が、本当にタイらしいんですよね。「滝に潜むもの」では観光客のロシア人が良い味を出していますし、「エアコンの隙間に潜むもの」ではJホラーの貞子を彷彿とさせる怪異が出てきます。一方、プーケットの「津波被災地の不思議な話」は、3.11の日本の話にも共通する物悲しい話です。


 あらゆるものが混在しながら雑多に同居する様子は、タイ料理に似ているかもしれません。ときに辛くてしょっぱい、酸っぱいのに甘い「タイぐるり怪談紀行」を、ぜひ皆さんにも味わっていただきたいです。



バンナー星人


2004年よりタイ在住。バンコクの公立学校にてタイの高校生に日本語を教える傍ら、2017年に、高野山大学院通信課程密教学修士号取得。仏教とオカルトが織りなすアメイジングなタイの魅力にとりつかれている。


Twitter : @berialshunnya

tocana

「タイ」をもっと詳しく

「タイ」のニュース

「タイ」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ