「蛇口を締め忘れたかも」賃貸マンションが水浸しに→階下の部屋にも水漏れが…住宅トラブル“加害者”になってしまった人たちの苦悩
2024年11月7日(木)12時0分 文春オンライン
さまざまな住人が同じ建物に住む集合住宅は、住人同士のトラブルが発生しやすい環境だ。故意に迷惑行為を行うのはもってのほかだが、意図せず加害者になるケースも珍しくない。集合住宅に住み、気づかぬ間にトラブルの種を蒔いてしまった人々に話を聞いた。
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入居者が漏水を発生させた場合、補償金を払うのは加害者本人
集合住宅でよくあるトラブルのひとつに“漏水”がある。居住スペースの水漏れの原因が配管の故障や老朽化など共用部にある場合は、賃貸物件の貸主が被害に遭った住人に補償金を支払う。しかし、賃貸の部屋の入居者が漏水を発生させると、その加害者本人が補償金を払わなければならない。
会社員の村瀬隆さん(仮名・37歳)は、自室のワンルームが漏水の発生源になってしまった経験を持つ。
「5年ほど前、仕事中に水道局から電話がかかってきて『あなたの部屋で漏水が発生している可能性がある』と言われたんです。まったく身に覚えがなかったのですが、急いで家に帰ると部屋の床が水浸しになっていました」
水道局からは、同じ物件に住む住人から「水が天井から滴り落ちてくる」との連絡が入り、その部屋の上に位置する村瀬さん宅の水道を止めたところ、水漏れも収まったとの説明を受けた。漏水被害は、真下の部屋だけでなく、その両隣の部屋にも及んでいたという。
泊まりに来ていた彼女が「蛇口を締め忘れたかも」
村瀬さんは「真偽は定かではないので、断定はできない」としながら、漏水の原因についてこう話す。
「水漏れが起きた日は、交際中の彼女がうちに泊まりに来ていたんです。その日はちょうど点検のためにマンション全体が断水する予定があり、彼女が洗い物をしている最中に水が止まってしまったとか。彼女曰く『もしかしたら、そのときに蛇口を締め忘れたかもしれない……』とのことでした。ただ、これも僕らの推測に過ぎないので、今でも原因は謎のままです」
知人からは「そもそも1室の水漏れで3部屋も漏水するのはおかしい。マンションの構造に問題があるのでは?」との見解もあり、個人的には納得がいかない部分も多々あった。しかし当時は、原因を解明するほどの気持ちの余裕も時間の猶予もなかったという。
日が経つほど補償額が上がっていく
「当時住んでいたマンションは分譲賃貸だったので、部屋ごとにオーナーと管理会社がバラバラ。日中は各部屋の担当者から今後についての連絡があり、状況が複雑化していました。また、日が経つほど補償額が上がると言われたので、かなり焦りましたね。唯一の救いは階下の人々は誰も怒っていなかったこと。菓子折りを持って謝罪に行くと『大変ですね……』と声をかけてもらい、泣きそうになりました」
その後、入居時に加入した火災保険で被害者に補償金を支払うことになり、保険の担当者が被害状況の確認に訪れた。
「見積もりの結果、総額で800万円ほどの金額になっていたような気がします……。正直、あまり見たくなかったので金額はうろ覚えなんです(苦笑)」
補償金額の見積もりも出てひと安心……と思いきや、さらなる困難が村瀬さんを襲う——。
住人以外が起こした漏水は補償の対象外⁉
「見積もりを出した保険会社の担当者に『漏水を発生させたのは村瀬さんではなく、彼女さんですよね? この条件では、補償金を支払えません』と告げられたんです。彼女は時折泊まりにきていただけで、住んでいるわけではないし、そもそも1人暮らしで契約している部屋なので、誰かと一緒に住んではいけない。初めから自分がやったといえばよかったのですが、混乱していたのもあり、全部正直に話してしまったのが運の尽きでした」
村瀬さんが加入していた保険では、住人以外が起こした漏水は補償の対象外だったのだ。そうは言っても、いきなり800万円もの大金を用意できるはずもない。
「なりふりかまっていられなかったので、彼女のお父さんが加入している保険の補償内容を見せてもらいました。すると、今の状況でも補償金が支払われる火災保険に入っていたんです。ちなみに、それが彼女のご両親との初対面になりました(笑)」
「補償金は出ない」一点張りの担当者
「この保険を使うしかない!」と、彼女の父親経由で保険会社に連絡を入れると、担当者が「補償金は出ない」と言い放ったという。
「まったく聞き入れてもらえない様子だったので、途中から僕が保険会社と直接やりとりすることになりました。『保険約款にも書いてある』と話しても、担当者は“払えない”の一点張りでしたね」
途方に暮れた村瀬さんは、金融庁の「金融サービス利用者相談室」に相談。そこでも「補償金は出るはず」との回答を得て担当者に伝えても「そんなわけがない!」とけんか腰でまくしたてられたという。
かくなる上は……と、村瀬さんと彼女は弁護士事務所に駆け込んだ。担当の弁護士は、親身になって話を聞いてくれたという。
「弁護士さんも『この条件なら確実に補償金が支払われますよ。保険会社の主張が明らかにおかしいです』と言ってくれて、あとはすべてお任せしました。弁護士さんが交渉に入ると、すぐに補償金が支払われたんです。それまでの苦労が嘘のようでした。まさかここまでおおごとになるとは全く思っていなかったんですけどね……」
漏水が発生してから約2週間、毎日仕事をしながら保険会社との攻防戦に明け暮れた村瀬さんは「人生一辛い時期だった」と、当時を振り返る。ちなみに、その後彼女さんとのご関係は……?
「3年前に結婚して、彼女から妻になりました。当時、僕はかなりテンパっていたのですが、お義父さんには『頼りになる男だ』と気に入ってもらえたようです(笑)。彼女は水浸しの部屋をキレイに掃除してくれたり、弁護士探しに奔走したり、いろいろとサポートをしてくれて助かりました。逃げてしまってもおかしくない状況なのに、一緒に解決してくれて本当に感謝しています」
漏水事件は、奇しくもふたりの絆を深める出来事となったようだ。
玄関の外に私物を置きっぱなしにしてしまった
騒音やゴミの捨て方など、集合住宅内で問題が起きると、全世帯のポストに「注意喚起」が記された紙が投函されることも。夫と3歳の息子の3人で暮らしている深谷優子さん(仮名・27歳)一家は、ひょんなことから“注意書き”の当事者になってしまったという。
「5階建て最上階の角部屋に住んでいたのですが、子ども用のスコップやバケツ、ベビーカーなどの私物を玄関の外に置きっぱなしにしていたんです。部屋の位置的に誰も通らないし、廊下にモノを出していても大丈夫だと思ったんですよね」
数カ月のあいだ、廊下に私物を置いていた深谷さん。するとある日「共用部利用時のお願い」と書かれた紙がポストに投函されたそう。
「そこには『共用部に私物を置かないでください』という内容が書かれていました。注意書きを読んだ夫が『これ、絶対うちのことじゃん』と言い出しまして……。念のため、ほかの階の廊下も確認したところ、どの階も廊下に私物は置かれていませんでした。夫はそれ以来、ベビーカーを玄関の中に入れるようになりましたね」
「どうして誰も使わないんだろう?」と思っていた場所
大きなトラブルにはならなかったが、深谷さん宅に封筒が届いたのはこれだけでは終わらなかった。2度目もきっかけはほんの些細なことだったという。
「なにかのタイミングで、屋上に続く扉にカギがかかってないことがわかったんです。それからは、ときどき部屋で淹れたコーヒーを屋上に持って行き、チルタイムを楽しんでいました」
そのほかにも、キャンプで使ったテントを天日干ししたり、サンドイッチを作って屋上ピクニックをしたりと、日常的に屋上を利用。「とても便利なのに、どうしてみんな屋上を使わないんだろう、と不思議に思っていました」と深谷さん。そんななか、再びポストに“注意書き”が投函された。
もしカギが開いていても使用しないのが得策
「これも全世帯向けにはなっていましたが『屋上は使用しないでください』と書かれていました。今まで一度もほかの住人と屋上で鉢合わせした記憶がないので、この注意喚起も間違いなく私たち家族宛でしたね。契約のときに言ってくれれば使わなかったのにと今では反省しています」
一般的に、マンションの屋上は安全確保のため「立ち入り禁止」になっている。もしカギが開いていても使用しないのが得策だ。ちなみに現在、深谷家はそのマンションには住んでいないという。
「更新のタイミングで、賃貸の小さな一軒家に引っ越しました。庭が付いているので、誰にも怒られることなく快適にチルってます」
生活スタイルに合った家選びに成功したようだ。
誰しも加害者になってしまう可能性がある、集合住宅の隣人トラブル。すべてを未然に防ぐのは難しいかもしれないが、多少の心得は必要なのかもしれない。
(清談社)