『源氏物語』だけじゃない、時代を超えて愛される「平安文学」の魅力と影響、当時の批評から国宝の屏風、現代作品も
2024年11月22日(金)6時0分 JBpress
(ライター、構成作家:川岸 徹)
NHK大河ドラマ『光る君へ』の放映もあり、今年大きな注目を集めた平安時代の文芸。古写本や版本、絵画、絵巻、書跡などを通して平安文学の魅力を探る展覧会「平安文学、いとをかし—国宝「源氏物語関屋澪標図屏風」と王朝美のあゆみ」が東京・静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)にて開幕した。
今も読み継がれる名作が誕生
日本文学の黄金時代はいつか? その答えは、「平安時代」が筆頭候補だろう。905(延喜5)年に『古今和歌集』が撰集され、和歌が公的な文学として宮廷社会に浸透。和歌を美しく記すために平仮名が発展し、平安時代中期から後期にかけて仮名文学は一大カルチャーとして盛り上がりを見せた。随筆、日記文学、物語文学、歴史文学など、様々な分野で数多くの名作が誕生している。
静嘉堂文庫美術館で開幕した展覧会「平安文学、いとをかし—国宝「源氏物語関屋澪標図屏風」と王朝美のあゆみ」。平安文学の古写本や版本、さらに作品を題材にした絵画や書跡などを紹介する内容。『枕草子』『源氏物語』を筆頭におなじみの名作が次々に現れ、「平安時代は名作の宝庫だ」と改めて感じさせられる。
展覧会に登場する主な作品を成立年順に並べてみた。
・『伊勢物語』 成立/9〜10世紀。在原業平をモデルにした「昔男」の一代記。貴族の間で広く読まれた。
・『古今和歌集』 成立/905(延喜5)年頃。醍醐天皇の勅命により編纂された日本最初の勅撰和歌集。
・『平中物語』 成立/960〜965(天徳4〜康保2)年頃。貴族・平貞文と様々な女性の恋愛譚を記した歌物語。
・『蜻蛉日記』 成立/974(天延2)年以降。藤原兼家の妻・藤原道綱母による結婚生活を中心にした回想録。
・『うつほ物語』 成立/10世紀末期。藤原俊蔭が天人から授けられた琴とその奏法に関する日本初の長編物語。
・『枕草子』 成立/1001(長保3)年頃。中宮・藤原定子に仕えた清少納言による日本最古の随筆。
・『紫式部日記』 成立/1008(寛弘5)年頃 紫式部による宮仕えの回顧録。『源氏物語』に関する記述が複数。
・『源氏物語』 成立/11世紀初頭 作者は紫式部。光源氏を主人公とする全54帖から成る物語。
・『和漢朗詠集』 成立/1018(寛仁2)年頃。漢詩・和歌・管絃に優れた藤原公任撰集の詞華集。
・『栄花物語』 成立/正編:1028〜37(長元年間)年頃、続編:1092(寛治6)年頃。宇多天皇から堀河天皇まで約200年間の宮廷の歴史を記した日本最古の歴史物語。
・『更級日記』 成立/1060(康平3)年頃。上総国と常陸国の国司を勤めた菅原孝標の娘による回想録。
・『狭衣物語』 成立/11世紀後半。『源氏物語』に次ぐ秀作として広く読まれ、後世の作品に大きな影響を与えた。
・『大鏡』 成立/11世紀後半〜12世紀初頭。文徳天皇から後一条天皇までの歴史を、藤原道長の栄華を中心に記す。
・『今昔物語集』 成立/12世紀初頭。平安時代末期に成立した日本最大の説話集。短編説話1000本以上を収録。
これらの作品はすべて現在でも入手が可能。現代語に訳され、難解な箇所もあるが、手軽に親しむことができる。約1000年にもわたって読み継がれている作品がこれほど多い平安時代は、やはり文学の黄金時代と言っていいだろう。
『狭衣物語』VS『源氏物語』
文学が盛り上がるとともに、批評本も登場した。展覧会には『無名草子』が出展されており、内容の一部を現代語で紹介している。鎌倉時代初期に成立した史上最古の批評文学で、若くして皇嘉門院の母・北政所(藤原宗子)に仕えた老尼と若い女房たちが、平安時代の物語について思うところを述べるというスタイル。これが、意外なほど辛辣で、おもしろい。
例えば、老尼が『狭衣物語』について批評するくだり。「『狭衣物語』は『源氏物語』に次いで素晴らしい作品だと思います。物語冒頭が「少年の春は—」ではじまるのも良く、言葉遣いはどことなく優美で、とても上品ですけど、取り立ててある場面が心に染み入るほど感動的だということもありません。また、そんな筋立てにせずともよいのに…、と思われる箇所もたくさんあります。」
持ち上げて、突き落とす。老尼の言葉がなんとも手厳しい。一方、『源氏物語』については大絶賛だ。「『源氏物語』以降に物語を書く人は、とても簡単でしょうね。『源氏物語』を頭に入れておけば、『源氏物語』よりも優れた物語を書ける人もいるかもしれません。紫式部は『うつほ物語』、『竹取物語』、『住吉物語』などの物語を見ていただけのはずなのに、あれほどまでの物語を書くことができたのは、常人の仕業とは思えません。」
『源氏物語』は書かれた当時から、「別格の扱いだったのだな」と改めて実感。この展覧会でも『源氏物語』の美術を特集した1室が設けられている。国宝 俵屋宗達『源氏物語関屋澪標図屏風』を筆頭に名品がずらりと並ぶが、今回は近年新たに発見され本展が初公開となる土佐光起『紫式部図』が目を引いた。やまと絵の名手・土佐光起が紫式部の肖像を描いた作品で、紫式部が石山寺で琵琶湖に映る月を見て、手に筆をとり『源氏物語』を書き始めたという伝承に基づいている。
時代を超えて愛される平安文学
展覧会では現代の截金ガラス作家・山本茜による「源氏物語シリーズ」も特別陳列。「中学2年の時に古典の授業で『源氏物語』に出会い、“いずれのおほんときにか〜”で始まる文章の美しさに夢中になった。現在は『源氏物語』54帖の各帖から得たイメージを造形化する源氏物語シリーズに取り組んでいて、これまでに22帖を制作。生きているうちに(笑)、54帖を完成させたいんです」と山本さん。
制作には透明なガラスの中に截金を封じ込める「截金ガラス」という独自の技法が用いられ、完成した作品は大英博物館に収蔵されるなど、高い評価を受けている。会場では制作の工程を撮り下ろした映像も公開。息をのんで見守りたくなるような細やかな手仕事に見入ってしまうばかり。
時代を超えて人々を夢中にする『源氏物語』、そして平安文学。NHK大河ドラマはまもなく最終回を迎えるが、その“いとをかし”な王朝美の世界はこれからも輝き続けるのだろう。
「平安文学、いとをかし—国宝「源氏物語関屋澪標図屏風」と王朝美のあゆみ」
会期:開催中〜2025年1月13日(月・祝)
会場:静嘉堂@丸の内
開館時間:10:00〜17:00(土曜日は〜18:00、第3水曜日は〜20:00) ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(1月13日は開館)、12月28日〜1月1日
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://www.seikado.or.jp/
筆者:川岸 徹