「この図式こそ“ガンダム・サーガ”の面白さ」小泉悠・高橋杉雄・太田啓之が〈アニメの中の政治〉を大激論

2025年4月21日(月)18時0分 文春オンライン


なぜアニメの中の「政治」はリアルでないのかーー。東京大学先端科学技術研究センター准教授の小泉悠氏、防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄、朝日新聞記者の太田啓之氏の対談「 ガンダムが描いた戦争の『虚と実』 」から一部紹介します。



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「避難とは生活を捨てさせること」


 小泉 アニメオタクは、メカとか戦闘とか陣形がリアルといったことは、すごく評価するけど、政治や外交がリアルだという評論はあまり聞かないですよね。


 太田 政治を描いたのは、庵野監督の『シン・ゴジラ』でしょうか。国連の核攻撃を止めるためにフランスに手を回したり、米国を牽制したりする場面がありますね。アニメではなく、特撮映画ですが。



大阪万博で展示された実物大のガンダム ©CFoto/時事通信フォト


 小泉 あの場面は、軍事用語で言うところの「大戦略」だと思います。外交ではあるし、ハイレベルな政治的営みではあるんですけど、イデオロギー的ではない。僕が思い出すのは、最後に昼行灯みたいな農水大臣が総理大臣代理になって、「避難とは住民に生活を根こそぎ捨てさせることだ。簡単に言わないで欲しいなぁ」って言うセリフ。ああいう言葉には政治の匂いを感じます。


 高橋 政治家を登場させることで政治を描いた気分になってはいけません。『シン・ゴジラ』では政治家は登場しても政治は描かれていない。戦争における政治の役割とは軍事力の目的を設定すること。しかし政治的合理性と軍事的合理性のせめぎ合いは現実の戦争でしばしば起こる。「クルスクに残っているウクライナ軍を下げるのか、現地を死守させるのか」といったことです。こうしたジレンマがアニメや映画で描かれることはほとんどないんです。


 小泉 大体、アニメの中の政治家ってチープなんですよ(笑)。


 高橋 そもそも政策決定過程への理解が浅い。『シン・ゴジラ』でも「総理レク、始まります」って閣僚同士で話し合いを始める。あれは総理レクとは言わないので戸惑いました。レクとは総理に官僚が説明することだから。そういう雑な描かれ方にはちょっとげんなりしてしまう。


 小泉 ただ、僕はゴジラが現れて、「巨大不明生物特設災害対策本部」が設置されたときに、真っ先にやるのがコピー機の運び込みだったところに痺れました。いろいろな役所から集められたメンバーがまず名刺交換するところもいい。あんな非日常の中でも、たぶん我々はああいうことをするから。


 太田 あそこの椅子は貼られたシールにまでこだわったそうですよ。


 高橋 あれには異論ありません。当時役人仲間で観に行ったんですけど、本当にああいう椅子使うよねって言っていました。でも、やっぱり品川でヘリがアボート(攻撃中止)したのは理解できないけど……このへんは 新書 でも書いているので、読んでいただければ(笑)。


「貴公はヒットラーの尻尾だな」


 小泉 アニメの中の政治といえば、ガンダムですかね。ファーストガンダムで、ジオン公国のロイヤルファミリーであるザビ家の末っ子ガルマが死んで、国葬となるシーンがありますよね。そこで兄ギレン総帥が追悼演説するじゃないですか。「国民よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!」とか。あれって政治じゃないですか。国民を煽動しているし。アニメの作中で追悼演説するって発想はそれまでなかったんじゃないかしら。


 高橋 そこはそうですね。一方で地球連邦政府の政策決定システムは全くわからないんです。議院内閣制だと思われる描写が数回出てくるんですが正確な事は一切出てこない。昨年、監督の富野由悠季さんと対談する機会があったんですが、どうやら敢えて描いていないようですね。


 小泉 たしかに主人公が所属する連邦側のほうが政治の影が不在で、敵であるジオン公国のほうが、はっきりと政治体制がわかります。


 太田 ジオン・ダイクンがジオン公国を建国し、それをザビ家が簒奪したという経緯も描かれています。


 ——ギレンといえば、自らが手に掛ける父デギン公王から「貴公はヒットラーの尻尾だな」と言われて「ヒットラー? 中世期の人物ですな」と返すシーンもありましたね。


 高橋 ジオン政界は細かく描写される一方で、地球連邦軍は戦争という手段に出てまで「スペースノイド(宇宙居住者)の自治を阻止する」という過激な政策をとっている。これを誰が指導しているのか、全くわからない。ポピュリズムの指導者でもいるのかな。


——アメリカ独立戦争の歴史が反映されているのでしょうか。


 高橋 もちろん反映されていると思いますが、富野監督はあえて転倒させている気がしますね。ガンダムでは独立する側が民主主義ではなく独裁的で、独立を抑圧する側が民主主義なんです。これはアメリカ独立戦争と逆の構図ですよね。このねじれを『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』に至るまで描き続けている。一方的に「戦争犯罪を犯したザビ家」という烙印を押され、ザビ家側はそのスティグマによって、ずっと縛られ続けていく。この図式こそ、“ガンダム・サーガ”の面白さだと思います。



※本記事の全文(約7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「 文藝春秋PLUS 」と「文藝春秋」2025年5月号に掲載されています(小泉悠×高橋杉雄×太田啓之「 ガンダムが描いた戦争の「虚と実」 」)。全文では下記の内容をお読みいただけます。
・平和ボケへの苛立ち
・アニオタと軍事オタクは重なる
・日本アニメは補給軽視で決戦主義
・兵器のロマン性が役立つことも



(小泉 悠,高橋 杉雄,太田 啓之/文藝春秋 2025年5月号)

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