「ブルーシートが、血まみれの人たちで埋められて…」107人が死亡した“凄惨な電車事故”生存者の女子大生が語った、事故直後の壮絶すぎる状況

2025年4月25日(金)7時0分 文春オンライン

〈 「うわー、ぺしゃんこだ」脱線した電車がマンションに激突→107人死亡…“史上最悪の電車事故”で助かった女子大生が語る、事故現場の凄惨な光景 〉から続く


 乗員乗客107人の死者を出した、JR史上最悪の惨事・福知山線脱線事故から20年。脱線・転覆の10秒間に、いったい何が起きていたのか。生死を分けたものは何だったのか。重傷を負った生存者にふりかかった様々な苦悩と、再生への歩みとは——。


 ここでは、遺族、重傷を負った被害者たち、医療従事者、企業の対応など、多角的な取材を重ねてきたノンフィクション作家・柳田邦男氏の著書 『それでも人生にYesと言うために JR福知山線事故の真因と被害者の20年』 (文藝春秋)より一部を抜粋。1両目に乗っていた女子大生の証言を紹介する。(全4回の2回目/ 1回目 から続く)



福知山線の列車脱線現場 ©時事通信社


◆◆◆


引きちぎられ、窓から飛び込んできたフェンスをよじ登り


 人の山の上にいることに気づいた仁美は、このままでは下の人が動けない、申しわけないという思いで、暗くてよくわからないが、ともかく立ち上がった。倒れている人をうっかり靴で踏んで怪我をさせてはいけないと、ハイヒールを脱いだ。パンストがびりびりに破れていた。薄暗い中を見回したが、裕子はどこへ飛ばされたのか、姿が見えない。


 車両がめちゃめちゃに壊れているので、車両の姿勢がどうなっているのかもわからないが、進行方向の左上のほうに開口部があるのがわかった。開いている穴は、縦横1メートルもなさそうだが、その穴からなぜか、引きちぎられた黒いフェンスが斜めに垂れ下がっている。なぜそれがあるのかは、わからなかった。(車両にはそんなものはないから、おそらくマンション駐車場のフェンスが突っ込んできた電車によって破壊され、その一部が1両目の車両の窓から飛びこんだのだろう。)


《あのフェンスを梯子代わりにしてよじ登れば脱出できそうだ》


 気がつくと、すぐそばに、スプリングコートの女性と茶色っぽいスーツに眼鏡をかけた髪の薄い会社員風の中年男性と、もう1人、乗車した時からドアのところに座っていた2人組の高校生のうちの金髪の方の男子の3人が立ち上がっていて、上方に見える脱出できそうな穴の下に集まっていた。


 3人は無言だった。スプリングコートの女性が真先に、穴から下ろされたらしい黒いフェンスをよじ上り始めた。上のほうから白い作業服の男の人が下を覗くようにして姿を現し、手を差し伸ばした。女性の手が届くと、すーっと引き上げられた。(白い作業服の男たちは、いちはやく救助に駆けつけた近くの日本スピンドル製造会社の従業員たちだったと思われる。)


 フェンスの下には、やや昂奮気味の会社員風の中年男性がいて、「次はおれだ」と言わんばかりに、フェンスに手をかけて、我先にと必死の形相で登っていった。


 それを待っていた仁美は、最後まで手放さなかったリクルート鞄を右肩にかけ、フェンスに足をかけたが、フェンスは1人以上乗ったらずり落ちそうに思えたので、背後の高校生に、「1人ずつ、ゆっくりね」と声をかけた。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」みたいに、全員が地獄に落ちたらおしまいだ。


 黒いフェンスを這い上がると、別の白いフェンスが突き出ていて、それをまたがないと、上に出られない。先に上った女性がどうやってまたいだかは見ていなかった。


 下からは、金髪の高校生が見上げている。


「ごめんな」


 仁美は高校生を見て口の中だけでそうつぶやくと、スカートがずり上がるのもかまわずに、大開脚をしてようやく白いフェンスをまたいだ。


 上から白い作業服の男性が手を出してくれた。仁美は右肩から鞄をはずして男に受け取ってもらうと、自力でフェンスを上り切り、外に出たが、辺りは舞い上がった砂塵で薄暗く感じるほどだった。靴をぬいでいたので、大地を歩くと、足の裏にガラスの破片が突き刺さった。


目の当たりにした車両の惨状


 そこではじめて電車の惨状を見た。自分が閉じこめられていた1両目は、マンション中地下の車庫に飛び込んで潰れていたこともわかった。どうりで暗かったわけだ。


 気がつくと、口の中がじゃりじゃりしている。唾を含んでは地面に吐き捨てると、勝手に汚ない言葉が飛び出してくる。


「くそっ」


 何度も同じことを繰り返して、口の中の異物をすべて吐き出した。


 マンションの壁には、ぺしゃんこに潰れた車両がへばり付いて浮いている。


「あれは2両目かな」


 などと思いながらぼーっと見ているうちに、気持ちも落ち着いてきた。作業着の男性が大勢いて、乗客の救出や救助作業をしていた。まだ、消防署の救急隊や警察署員らは来ていない様子だった。


 靴がないので、やたらに動かないことにした。脱出した1両目の近くにいたので、1両目と2両目の潰れた残骸が間近にあって視界を遮り、列車の全体がどうなっているかはわからなかった。


《何時だろう》と、腕時計を見ようとしたが、どこではずれてしまったのか、なくなっていた。携帯電話を鞄から取り出し、110番にかけたが、話し中で通じなかった。


 通りがかりだったらしい会社員風の男性がすぐ側で、警察に携帯で知らせているのが聞こえた。


「もう大変ですわ。とにかくすぐ来てください」


 仁美が後で携帯の発信記録を調べると、110番にかけた発信時刻は、午前9時30分になっていた。仁美の携帯の時計は約8分進んでいたので、正確な発信時刻は、午前9時22分頃だったことになる。


 電車がマンションに突っ込んだ時刻は、9時19分頃だったから、仁美は事故発生から3〜4分後には脱出していたことになる。暗い潰れた車内での様子を回想で辿ると、10分も15分も経っていたように感じられるが、実際にはわずか3〜4分にしか過ぎなかったのだ。1〜2分の誤差はあるにしても、仁美は一番早い自力脱出者たちの1人であったことは確かだ。


「今日は行けそうにないんです」「そうですか、明日でもいいですよ」


 仁美は自分が110番に通報しなくても大丈夫だとわかると、何はともあれ会社訪問先の面接係やバイト先に連絡しなければと、まず携帯で約束していた会社に電話を入れた。


「あの、乗っていた電車が事故を起こして大変なので、今日は行けそうにないんです」


 かなり昂奮気味に伝えたのだが、相手は重大な事態になっていることなど想像を超えたことなのか、あっけらかんとした感じで、


「そうですか、明日でもいいですよ」


 と言った。


 あまりにも平和な声のトーンに、仁美は自分がいかに超現実的な状況に置かれているかを実感させられた。


 仁美は、今度は裕子の携帯にかけた。何度かけてもつながらない。不安がつのる。裕子の母親に大変な事態になっていることだけでも伝えようと思ったが、自宅の電話番号を聞いていなかった。平常時なら本人の携帯さえ通じれば用が足りてしまう時代の落とし穴だった。そこで裕子と親しい共通の友人3人に次々に電話をかけた。


「裕子さんと一緒に乗っていた電車が事故を起こして凄いことになってるねん。わたしは何とか車内から這い出したんやけど、裕子さんがどうなってるかわからへんねん。裕子さんの自宅に電話をして、お母さんに知らせてほしい。無事かどうかわからないのに連絡してよいのか迷うんやけど、でもやっぱり知らせないといけないと思うねん」


 破れたストッキングだけで靴もはかずに恐る恐る歩く仁美に、近所から駆けつけたのだろう、おばさんが黒い靴下を提供してくれた。裕子の行方が心配で、自分だけ避難することができない。仁美は抜け出した1両目の穴から10メートルくらいのところで、裕子が出てくるのを待つことにした。


ブルーシートが、たちまち血まみれの人たちで埋められて


《あ、彼だ》——自分に続いて出てきたのだろう、金髪の高校生が呆然と立ちつくしているのに気づいた。出て来た穴を見つめている。


 仁美は近寄って声をかけた。


「友だちは?」


 返事がない。


「中?」


 やっと小さく頷いた。


「私もやねん」


 仁美は小声で呟くように言って、「携帯貸そうか?」と、携帯を差し出したが、高校生は首を横に振った。


 仁美は携帯でバイト先、大学などにかけ続けた。事故発生から10分くらい経った頃だろうか、ヘリコプターの最初の1機が、轟音を響かせて頭上に現れた。すぐに2機目、3機目が続いて来た。救助に当たっている作業着の人たちやおばさんたちの声も、救助された女性の叫び声もかき消されがちになる。


 無残な状態をさらす車両のあちこちから、自力で出てくる人、背負われて出てくる人、担架代わりの板や車内の座席シートに横になって運び出される人などで、周囲はまるで戦場のようになってきた。


 作業服の人たちが近くに敷いた2枚のブルーシートが、たちまち血まみれの人たちで埋められていった。体格のいい男性が大声で指揮している白い作業服の集団は、実に冷静で、邪魔な残骸や潰れた自動車などを取りけて救出の通路を作ったり、動けない人を慎重に運び出したりしている。その姿は、実に頼もしく見えた。


20分ほど経つと、ようやく救急車とレスキュー隊が到着


 仁美は不思議なほどどこにも重傷を負わなかったばかりか、驚くほど冷静に直後の現場の状況を目撃し続けた。


 近くの会社から来たのだろう、事務職の制服を着たおばさんたちや近所の住民らしい人たちが、あちこちに座り込んだり寝ころがったりしている負傷者を懸命に介抱している。男性たちが車内から座席シートを運び出してきて、負傷者が座る場所を設ける。


 20分くらい経ってからだろうか、ようやく救急車が相次いで3台到着した。さらに10分ほど経つと、消防署の文字の入った揃いのオレンジの作業服を着たレスキュー隊がやってきて、救出活動が一段と本格化した。


 仁美ははじめのうちは、白い作業服の人たちがきびきびと作業をしているので、彼らをレスキュー隊だと思い込んでいたが、彼らはすぐ近くの工場から駆けつけた社員たちであることを知った。


「お前は生きとるん?」「生きているから電話してるんやん」


 仁美は、母と弟のそれぞれに何度も携帯電話をかけていたが、ずっとつながらず、やっと弟のほうにつながったのは、事故から20数分経ってからだった。自宅にいて事故を知らなかった弟は、


「なんや」


 と、さも迷惑そうに言った。


「電車事故に遭うたんや。ヘリが飛んでるから、テレビに映ってると思うわ。多分NHKとちゃうかな。テレビつけてみて」


 仁美が淡々とした口調で言うと、弟は電話を切らずに、すぐにテレビをつけた。


「おお、なんかすごいことになってるやん」


「そうやろ、私そこにいるから、お母さんに言っといて」


「お前は生きとるん?」


 弟にはまだ現実感がないのか、少しずれた感じだった。


「生きているから電話してるんやん」


 そう言う仁美も、テレビに映し出されたような事故の全体像をまだつかめてはいなかった。事故や災害の真只中にいる被害者は、自分のいる局所しか見えないため、事態の全容はわからないものだ。


 これは、報道に携わる取材者についても言えることだ。現場に入った記者は、リアルな現場の状況をレポートすることができても、全体の状況となると、むしろ中央のデスクのほうが多方面からの情報が集まるので把握しやすくなるのだ。それでもまず重要なのは、リアルな現場の状況なのだ。


 弟との電話を切ってしばらくすると、母親から電話がかかってきた。母も自宅にいたのだが、固定電話で祖父と話していて、仁美からの携帯への電話に出られなかったのだ。しかし弟から事故のことを教えられると、驚いて仁美に電話をかけてきたのだった。


「おまえ、生きてるの」


 母親も弟と同じような反応だった。


「生きてるから電話に出てるのよ」


「怪我はないの」


「大丈夫」


「とにかく迎えに行ってあげる」


「来んといて、大変な人でごった返してるから」


「着換えを持っていかないと困るでしょ」


「ここは緊急車両などでいっぱいになるから、一般人が来たら邪魔になるよ。来んといて」


 仁美は、まだ21歳の学生だったが、自立心の強い娘だった。


ひりひりする顔には切り傷が


 1時間が経つ頃には、もう自分で動ける人は残っていないのだろう、時々板やはずした座席に乗せられて運び出される人は頭まで毛布をかけられていて、生きているのかどうかは、わからなかった。1両目のすぐ側に、救急車が待機していて、毛布をかけた人を収容する。


 砂塵がすっかりおさまった後は、青空がやけに高く広がっていた。陽射しがきつくなり、座っていた仁美の顔の右半分の肌がヒリヒリするほどだった。


「これで顔、冷やしぃ。顔の傷、痛いやろ」


 声をかけられたので、見上げると、白い作業服のおじさんが、氷水の入ったビニール袋を差し出している。「ありがとう」と言って受け取った。顔がひりひりするので、ビニール袋をあてたが、この時は顔に数カ所、切り傷があることに気づかなかった。周囲の状況があまりに凄惨だったからだろう。気づいたのは、帰宅して鏡を見てからだった。


「ねえちゃん、病院に行かんのか」


 白い作業服のおじさんたちに、何度も勧められたが、裕子の安否を考えると、それどころではなかったから、その都度、「大丈夫です」と言って断った。


毛布から投げ出された裕子の右手


 新聞記者が近寄って来て、「お話を伺ってもいいですか」と声をかけてきた。煩わしかったが、断る気にもなれず、1両目に乗っていて起きたことを話しているうちに、1両目から新たに1人が座席に乗せられて運び出されてきた。毛布が胸元までかけられている。真上を見ているようだ。毛布から投げ出された右手に、白いサポーターが着けてある。裕子が湿疹の皮膚を保護するために巻いているサポーターだ。


「裕子さん!」


 大声で叫んで、仁美は走り寄ろうとした。しかし、裕子との間には、大勢の負傷者や救護者がいて近づけない。裕子を救出した一隊は、何台もの救急車が出入りしている道路のほうへ向かうように見えたので、仁美は先回りをしていようと、黒い靴下のまま走った、途中で見回すと、一隊がどこへ行ったのかわからなくなっていた。

〈 「苦しい! 痛い! 助けて!」脱線した電車で乗客が“生き埋め”に…107人死亡の“凄惨な電車事故”生存者の18歳大学生が、奇跡的に助かったワケ 〉へ続く


(柳田 邦男/ノンフィクション出版)

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