「待ってくれ。日本の威信が傷ついてしまう」会議の裏でチャットが飛び交い…神田前財務官が頭を抱えた“G7の舞台裏”
2024年12月13日(金)7時0分 文春オンライン
歴史的な円安の対応に奔走し、「令和のミスター円」と呼ばれた神田眞人前財務官が、在任当時の激動の日々を振り返る。
2023年10月に開かれたG7財務大臣・中央銀行総裁会議は成功裏に終わるはずだった。しかし、ハマスのイスラエル攻撃で各国の大臣や財務官がざわつき始め……。
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会議の裏で飛び交うチャット
一所懸命、事前調整をし、鈴木財務大臣に円滑かつ成功裏に会議を締めて頂けることを想定していたが、会議の終わりが近づくにつれ、不穏な雰囲気となった。
淡々と別の議題の議論が進む中、各国大臣と財務官が頻繁にひそひそ話で相談をしたり、突然、財務官が立ち上がって、携帯電話片手に離室したり、どうも変だと思っていたら、これまた各国財務官から「本当に悪い。ハマスの攻撃で本国の方針が変わり、突如、今の案文では持たなくなりそうになった。一旦、合意したのは事実であり、申し訳ないが、中東情勢の急変という異例の事態なので、大臣が声明文に反対の発言を求めたとしても、海容されたい。最後まで本国と折衝するが」といったチャットが相次ぐ。
議場という平場(おもて)では挙手して話すことができないような本音を、WhatsAppのようなショートメッセージでやり取りするのはここ数年の新現象だ。机の下で目立たぬようにスマホを確認すると、数分のうちに数十本ものチャットが飛び込んできている。変なメッセージが来ないようにと祈りながらスマホを見るときに限って、とても調整できそうにない悲報に絶望する。
「待ってくれ。それじゃあコミュニケ(共同声明)が出せなくなってしまう。G7が分裂するとの誤解を世界に与えるし、正直、議長国日本の威信が傷ついてしまう。何週間もかけた折衝の結果、先刻、しっかり合意に至ったじゃないか」と抵抗しつつ、万が一に備え、代替の案文を検討した。
すると、最後の最後になって、ある国の財務大臣の発言を契機に、G7各国大臣から「既に一旦、合意しているし、このような最後の段階になって申し訳ないが、本国からの指示で、今の案文では飲めなくなった。ハマスの攻撃による政策変更なのでやむをえない。修正を求める」といった発言が続いた。
鈴木財務大臣の判断を仰ぎつつ、何度か、無難な代替案を提示して収束を図ったが、誰もおりてくれない。仕方ないので、暫時休会とし、各国大臣や財務官と私で調整に当たった。
なぜこんな事態になったのか。ハマスとパレスチナ過激派組織によるイスラエル攻撃は10月7日の早朝であった。まさにマラケシュでのG20や日本が議長を務めたG7の予備交渉の最中。しかし、中東情勢については私から藪蛇覚悟で探りを入れても各国から議論の要望はみられず、部下たちからは、明確に、外交当局の判断は、中東への言及なしで議論が纏まるはずなので敢えて言及する必要はなく、静観でよしとしているといった報告が続いた。実際、別の様々な論点では激論となったものの、本件については誰からも問題提起はなく、コミュニケはG7本会合開催前に無事、完全合意されていた(はずだった)。
難航する交渉に頭を抱えた
結局、ハマスの攻撃後、G7で共通認識を合意、公表することがないまま、G7の最初の対面会合、特に、成果文書をまとめなくてはならない会議が、我々のG7財務大臣・中央銀行総裁会議になってしまったことが不運であった。
外交に関わる大きな問題なので、ガザ関係の文言の交渉にあたって我が国外務省の見解を正規ルートで何度も求めたが、残念ながら、何の助言も得られなかった。官邸を煩わすのも躊躇されたし、仕方なく、日本時間の深夜に申し訳なかったが、ワシントンDCで同勤した頃から敬愛している国家安全保障局のA氏に相談し、そのアドバイスも踏まえ、各国大臣、財務官との交渉にあたった。
ある国の要望を踏まえてある案を出すと、別の国は、それではダメだ、元の方がマシだ。じゃあこれでどうだ。それなら、さっきのOKは撤回だ。そうすると公平な妥協案はこんなところではないか。すると、双方から、話が違う、と反対。頭を抱えた。
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本記事の全文は「文藝春秋」2025年1月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(神田眞人「 ミスター円、世界を駆ける 第1回 」)。
記事全文(約1万2000字)では、下記の内容をお読みいただけます。
・恐る恐る為替介入について議論
・ウクライナ侵略当日の決断
・「ロシアの参加は認められない」
・会議の裏で飛び交うチャット
・ラガルドの作ったスライドショー
・アカデミアとの答えなき議論
・人類の退化が社会運営を困難に
・中東の導火線に火が付いた
(神田 眞人/文藝春秋 2025年1月号)