炭水化物を毎日食べるほうが長生きする…管理栄養士が「100歳まで歩きたいなら糖質制限はやるな」と警告するワケ

2024年1月30日(火)14時15分 プレジデント社

大妻女子大学家政学部の川口美喜子教授は「高齢者がご飯やパンを断つことはむしろ健康を損ねる」と指摘する〔引用=『100年栄養』(サンマーク出版)〕

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100歳まで元気に過ごすはどうすればいいか。管理栄養士で大妻女子大学家政学部の川口美喜子教授は「最近は糖質を控える人が増えているが、過度な糖質制限はむしろ体を弱らせてしまう」という——。

※本稿は、川口美喜子『100年栄養』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。


大妻女子大学家政学部の川口美喜子教授は「高齢者がご飯やパンを断つことはむしろ健康を損ねる」と指摘する〔引用=『100年栄養』(サンマーク出版)〕

■健康で長寿な人の共通点は「好き嫌いがない」


私は仕事柄、たくさんの人の食生活をくわしく知る機会に恵まれています。


管理栄養士として関わるのは、病気やけがで治療中の人、比較的、お元気な高齢の人、ちょっと健康問題のきざしが見えてきた中高年以上の人が多いですが、それだけではありません。


これまで「スポーツ栄養」や「妊娠・出産を望むカップルの栄養」などもテーマにして活動してきたので、老若男女の日々のごはんについて、知るチャンスがありました。


その経験から、栄養について「昔の人はうまいことを言ったものだなぁ」と感心する格言が「健啖家は長生き」という言葉です。


健啖家とは単に「大食らい」の意味ではなく、より好みをせず、なんでも舌つづみを打って食事を楽しみ、しっかり食べることができる人のこと。私が出会ってきた、健康でご長寿な人の「素質」にぴったりです。短い入院期間で治療を卒業していく人、持病の生活習慣病のコントロールがうまくできる人、ケガを予防し、故障中でも目標に向け練習を積めるアスリート、赤ちゃんを授かったカップルなどにも、当てはまる点があります。


■サプリメントを飲む人は栄養素の偏りに注意


やはり、あれはいや、これは苦手と制限が多いと、そもそも食事を楽しめなくなるのでしょう。おいしく食べられる機会が少なく、どちらかと言えば食べることが負担になっていて食も進みません。サプリメントなどで栄養素を補っても、口から食べ、消化管を使う栄養の営みとは違い、気をつけていても、栄養素の偏りが生じやすいものなのです。


私たちの体や心は、食べたものの栄養をエネルギーにして“活動”するので、食事の偏りは活動とその結果に直に反映されます。


健啖家は栄養の偏りが起こりにくい。そのため元気に活動し、それぞれの目標や長寿をかなえる近道を歩める、そんなふうにご理解ください。


そもそも、「食べる」ということは体力を要する営みです。とくに高齢になってからも「きちんと食べられる」というのは元気な証拠と言えると感じています。


食欲がきちんとあってこそ、「食べる」ことについて考えられ、買い物や調理、外食をする行動力があり、食べたいものを食べて、消化吸収でき、排泄にも問題がない。そうでなければ、健啖家ではいられません。


■「タンパク質のとりすぎ」&「糖質の控えすぎ」が実に多い


出前を頼むとしても、判断力と行動力、経済力、人と関わる意欲、コミュニケーション能力など、実にたくさんのパワーが必要です。


80代、90代の方から「孫が遊びに来るから、上等なステーキを食べに連れていく」「土用だからいつもの店からうな重をとる」などと聞くと、私はうれしく、うきうき、食欲がわいてきてしまう。ずっとそのように、しっかり食べてこられたのがわかって、尊敬の気持ちでいっぱいになります。


健啖家は、一朝一夕にして成らず。すこやかな食習慣の賜物なのです。


ところが最近、健康を守ろうと思ってしている食生活が「偏食」に傾き、栄養が偏ってしまう状態をまねいている中高年が増えています。


とりわけ目立つのは「タンパク質のとりすぎ」と「糖質の控えすぎ」の重なり。


この困った現象は、次のような情報がマスコミなどからたくさん発信されることで、みなさんの記憶に刻まれていることが原因のようです。


・中高年になっても筋肉を維持するために「タンパク質」をとらなければいけない。
・糖質をとりすぎている人が多く、肥満の原因になっている。
・糖質のとりすぎで起こる「糖化」「炎症」は多くの病気の原因になっているので、糖質を控えたほうがいい。

■太りたくないからと「納豆、小魚、刺身」生活を続けていたら…


確かに、それぞれの理屈は間違いではありません。こうした情報が盛んに報道される背景にも、理解できる面はあります。


しかし、これらの理屈だけに着目し、タンパク質ばかり食べすぎ、糖質を控えすぎてしまう人が増え、偏食になって、体調に影響が出ています。


そのような食べ方では結果として、期待した「筋肉アップ」や「健康」にはつながらないことがあるとは知られないまま、「タンパク質増」「糖質オフ」だけが知れ渡っているのです。


先日、初老の女性が話しかけてくれました。


「朝や昼にはたまごを食べて、納豆や小魚を食べて、もうそれでお腹いっぱい。夜は刺身と豆腐を食べたら、主食のごはんは食べられない。でも、年をとったらタンパク質が大事で、ごはんは食べなくてもいいんですよね。筋肉を減らさないように、がんばっています」と。


そこで私は念のため、「あなたは、その食事がおいしいですか?」とうかがってみました。すると、「本当はごはんと一緒にお魚を食べるほうがおいしい。でも我慢しています。タンパク質を食べたら、食べられないから」というお返事でした。


聞けばご主人にもタンパク質優先で食事を出しているそうで、長年、「低脂肪の食事」も心がけてきたそう。おかげで夫婦そろって痩せ型で、メタボとは無縁でした。しかし、さらに体重が落ちてきたので、ちょっと心配になってきたとのことでした。


■炭水化物を抜くと、タンパク質も正しく吸収されなくなる


これは一大事! なぜならその体重低下は、彼女やご主人が危惧する筋肉の減少や、フレイル(加齢による虚弱)の始まりのサインかもしれないからです。


食生活を見直してもらうために、私は「お魚(タンパク質=タンパク源)」と「ごはん(炭水化物〈糖質〉=エネルギー源)」の栄養について説明をしました。タンパク質と炭水化物は、どちらも脂質・ビタミン・ミネラルとともに体にとって必要な5大栄養素に含まれます。


写真=iStock.com/chocophoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/chocophoto

彼女に「真っ先に伝えなければ!」と思ったことは、ごはんを食べないで、エネルギー源が不足した状態が続くと、せっかく食べたタンパク質が、本来のタンパク質のはたらきをしない、言わば「おばけタンパク」になってしまうこと。


体はなにより「エネルギー源の確保」を優先しますから、糖質のエネルギーが足りないと、まず脂質がエネルギー源として利用され、さらに足りなければ、タンパク質がエネルギー源として利用されるしくみがあるのです。


彼女ら夫婦の食生活の傾向と体型、体重変動、生活習慣などを聞いた結果、私は「タンパク質がエネルギーとして利用されてしまっている可能性が高い」と感じたのでした。


■食欲が落ちる年齢こそ「偏食」になりやすい


「おばけ」と言うのは、筋肉などさまざまな体の構成成分となるタンパク質が、そうはならずにエネルギー源として使われてしまうことを、理解しやすいようにこうお伝えしています。


体の構成成分になるべきタンパク質がエネルギー源として使われてしまうと、体の骨格や筋肉にも影響してしまいます。


先の彼女は、体の構成成分になるタンパク質を多くとるのが目的だったはずなのに、糖質が足りていないがゆえに、タンパク質が用をなしていなかったのです。


これは、彼女だけの話ではありません。いま、多くの人が、筋肉を維持するため、免疫力を高めるために、「タンパク質を食べなければ!」と思い、せっせと食べています。


しかしその結果、食生活が偏ると、タンパク質は思うような栄養になりません。とくに痩せ型の人の場合、タンパク質を削ってエネルギー生産することになります。


高齢期に入り、全体的に食べる量が減ったり、消化や吸収する能力が低下していたりする場合にも、偏食が思いもよらぬ悪影響を及ぼすことは多いです。


■ごはんやパンは普通に食べていい


「ね、だからごはんを食べよう! タンパク質はたまごでも、豆腐でも、お刺身でも、1品でいいから、ごはんを食べよう。○○さん夫妻なら、低脂肪にこだわることはないし、極端に脂質を増やす必要もない。とにかく、ごはんやパンを普通に食べて、毎日の食事がもっとおいしくなるように変えてみましょう」


私がそう説明すると、彼女は目に涙を浮かべて「ごはんとお刺身、一緒に食べたらおいしいですよね。ごはんを食べたかったです」と言い、うれしそうに微笑みました。


食生活を改めれば、おおむね3カ月でコンディションは変わっていきます。


実は、医療や介護の現場でも、同様の問題が起きていることがあります。


あるとき、大学で学生とともに、施設のひと月分の食事内容と栄養についてチェックする機会がありました。


おかず(主菜と副菜)は同じ献立で、主食は、それぞれ患者さんの噛む力、飲み込む力に合わせ、食べやすい状態に調整したものでした。


「普通に炊いたごはんの通常の1人前の120g」「普通に炊いたごはんの少なめ60g」「ごはんをおかゆにしたペースト状にしたごはん60g」、「完全なゼリー状のごはん60g」の4パターン。


■栄養を補うなら、タンパク質と炭水化物もしっかりと


この食事は、一見、十分な食事に見えますが、栄養価を調べてみると、これらの4パターンの食事は、タンパク質や脂質に大きな差はなかったものの、普通に炊いた一人前120gのごはん以外は、炭水化物だけが極端に少ないことがわかりました。ごはんをおかゆにすると、カロリーが減ってしまいますが、食べやすさを優先して水分を多めにした食形態では、1食の炭水化物、つまり「糖質」が足りていない状態になってしまっていたのです。



川口美喜子『100年栄養』(サンマーク出版)

施設の職員たちは、「おやつにタンパク質を足しましょうか?」と言いましたが、足りなかったのは、タンパク質ではなくて、炭水化物だったのです。


脂質やタンパク質は十分。しかし、炭水化物(糖質)が足りていないと、タンパク質や脂質がエネルギーに回され、結果としてタンパク質が不足してしまいます。


医療や介護の専門職も「高齢者のタンパク質不足」にばかりに目が向いていることがあります。栄養を補うなら、タンパク質ではなく炭水化物を補うのが早道。つまり、おやつ(補食)はおせんべいや、冷凍のホットケーキと牛乳、バナナにヨーグルトを添えたものなどがいいのです。


前項の夫人は、「行政から配布されるパンフレットにも、タンパク質、タンパク質と書いてあったから」と言っていました。だから「がんばってタンパク質を食べている」と。行政の保健担当者は「食べすぎ」をまねくつもりはないでしょうが、誤解のモトになってしまっているのです。


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川口 美喜子(かわぐち・みきこ)
医学博士 大妻女子大学家政学部教授 管理栄養士
専門は「病態栄養学」「がん病態栄養」「スポーツ栄養」。島根大学医学部附属病院で栄養管理室長を務め、NST(栄養サポートチーム)を立ち上げるなど、“食事をとおした治療”に積極的に参加。現在は、大学で後進を育てながら、地域医療のパイオニアである「暮らしの保健室」(東京都新宿区・江戸川区)や、がん患者とその家族が訪れるマギーズ東京(東京・豊洲)などにて、栄養指導、栄養ケアを行う。病気や日々の暮らしに問題を抱える多くの人のために、卓越した栄養学の知識を具体的な食事に落とし込んで支援している。著書に『老後と介護を劇的に変える食事術』(晶文社)など。
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(医学博士 大妻女子大学家政学部教授 管理栄養士 川口 美喜子)

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