自宅に石を投げられ、玄関前には鳥の死骸が…性犯罪者と誤解された独身男性が味わった"地獄のような日々"

2024年1月30日(火)11時16分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

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性加害事件が起きた際、「独身」というだけで無実の男性が犯人扱いされることがある。犯罪加害者の家族を支援するNPO法人の代表を務める阿部恭子さんは「私が支援していた男性は、警察から事情聴取を受けただけで犯人だと疑われてしまい、いやがらせを受けた。いままで1000件以上の性犯罪事件に関わってきたが、犯人像は多様であり特定の属性に偏っているわけではない」という——。
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■連続性加害事件の犯人と疑われた独身男性


筆者は、2008年から家族が事件・事故を起こした「加害者家族」の支援を行っている。これまで、マスコミが注目した重大事件も数多く扱っており、犯人の家族だけでなく友人や知人、犯人と疑われている人々からも相談を受けてきた。


子どもが犠牲となった事件や性犯罪が起きると、「犯人扱いされて困っている」という独身男性から相談が寄せられることがある。


2018年、新潟県新潟市で小学2年生の女児が殺害され線路に遺棄される事件が起きた際も、事件直後に犯人だと疑われたのは、事件現場から70メートルほどのところにある銀行の社員寮に暮らす男性だった。この男性は社員寮のなかでは唯一の独身であり、犯行が発覚してから犯人が逮捕されるまでの1週間にわたって報道陣に追いかけられるという報道被害を受けていた。このように、独身だというだけで犯人扱いを受けている男性がいる。


筆者が相談を受けた田辺登(仮名・40代)は、北陸地方で工場に勤務する非正規社員である。大学は卒業しているが、正社員の職に就くことができず、パートやアルバイトなど、職を転々としてきた。人付き合いよりアニメやゲームが趣味で、結婚する気はないという。


「『あいつはアニメにしか興味ない』って、気持ち悪がられることもあるんですが、本当にそうなんですよ。だから、子どもなんかに全く興味ないんですけど……」


登は、近所で連続して起きている小学生へのわいせつ事件の犯人と疑われていた。近所の小学校に通う女子児童が通学路で男に声をかけられ、身体を触られたり、刃物で脅されたりといった被害が複数寄せられていたのだ。


■警察官に女性関係までしつこく聞かれる


登の住んでいるアパートは小学校の側で、登は夜間から早朝にかけてのシフトのため、昼間は自宅におり、夕方から仕事に出る生活を送っていた。登の自宅には何度か警察が訪れ、生活状況など詳しく聞かれていた。


写真=iStock.com/akiyoko
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「女性経験までしつこく聞かれて、なんでそんなこと言わないといけないのか、屈辱的でした」


しかし、犯人の目撃情報による容姿と、登の体形や髪形はあまりにかけ離れており、次第に捜査の対象からは外れたようだった。ところが、登の自宅には石が投げられたり、ドアの前に鳥の死骸が置かれたりといった嫌がらせが始まったのだ。


「警察が連日うちに来るのを近所の人は見ていたでしょうから……、僕が犯人だと疑われているようです。いつも使うコンビニとか、飲み屋にも怖くて行けなくなりました」


噂は、登の職場にまで広まっているようだった。


「いままで私生活のことなんか聞かれたことないのに、上司にはいろいろ聞かれるし、周りもよそよそしいんですよ」


登は帰宅する度に、自宅に何か嫌がらせがされているのではないかと、鍵を開ける瞬間が怖くなった。


「いつまでこんな思いをすればいいのか……。早く犯人を捕まえて下さいって泣きながら警察署に駆け込んだこともありました」


しばらくして、隣町に住む無職の男が逮捕され、容疑を認めていると報道された。


「やっと終わった……」


登は胸を撫で下ろした。


■犯人逮捕後も危険視される


ところが、自宅の郵便受けには風俗店のチラシが大量に入れられたり、昼間、寝ていると玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると誰もいないといったいたずらは止まらなかった。


職場の人々のよそよそしい態度も変わらず、親しくしていた友人に率直に聞いてみると、この付近でまた女児を狙った事件が起きていて、登はまた犯人視されているのだという。


「この地域では一度、噂が出るとなかなか消えないんですよ。本気で疑ってるのか面白がってるのかわかりませんが……、いちいち、『僕は犯人じゃありません』って説明して歩くわけにいきませんし……」


登はこの件をきっかけに上京している。


「あんな経験するまでは田舎が好きだったんですが、いまでは、人目の気にならない都会が自由で本当に楽です」


■再発防止策は「独身男性は採用しない」


吉田亮(仮名・40代)はいわゆる大学院卒で就職先が見つからない「高学歴難民」で東京近郊の学習塾の講師をしている。大学院の奨学金の返済が残っており、非正規という状況で、とても家庭を持つことなど考えられなかった。


亮の同僚の男性も同じ境遇で働いていたのだが、生徒に性加害を行っていた事実が発覚し、クビになってしまった。この件は、地域でも噂になり、会社としては対策を迫られることになった。


ところが、再発防止策としての社長の提案は、講師に独身男性は採用せず、代わりに定年退職しているシニア世代を採用するというのである。


「女性を入れるとかならまだわかるんですが……、一気に講師の高齢化が進みました。独身だと性犯罪を起こすという発想が差別だし、こんな偏見に満ちた会社だから事件を防げないんですよ……」


いまの時代にあまりに酷い対応である。結局、生徒は集まらずに会社は潰れている。


■「非モテ=性犯罪者」という発想は差別でしかない


筆者は加害者家族支援において、1000件以上の性犯罪事件に関わってきたが、性犯罪者となった人々の容姿、年齢、社会的地位は実に様々であり、いわゆる「非モテ」で性に飢えた孤独な男性像というのは必ずしも当てはまらない。精神保健福祉士で社会福祉士の斉藤章佳さんが『男が痴漢になる理由』などで指摘しているように、性犯罪の根底にあるのは、性欲より支配欲だと解されており、高齢者であれば性犯罪に手を染めないという根拠もなく、実際、事件も起きている。


「アニメ」や「オタク」は、昭和の凶悪事件を象徴する東京・埼玉幼女連続誘拐殺人事件の犯人・宮崎勤氏のイメージから、未だに犯罪者と結びつける人々もいる。膨大な量のビデオや漫画で埋め尽くされた宮崎氏の部屋の映像は、あまりに衝撃的で脳裏に焼き付いているが、後にこれらは一部メディアによる過剰な演出であることが明らかとなった。


昨今起きている事件でも、女性が殺害された事件ではアイドルを、銃が使用された事件では、犯人は戦闘ものの作品を好んでいたといった偏向報道が繰り返されているが、いずれも男子なら興味を抱くような作品であり、犯行に大きく影響しているかは疑問である。


性犯罪とは人を支配し、屈辱を与えることであり、性犯罪者となってしまった人々のなかには、過去に容姿をからかわれ、いじめられたり、性暴力を受けたりして育つなど、屈辱的な体験によって心に傷を負っている人々も少なくない。差別や偏見はむしろ、加害者を生む要因となり得るのである。


犯罪が差別を生み、差別が新たな犯罪を生むという悪循環を断つには、声を上げにくい男性の被害に耳を傾けることも不可欠である。


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阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。
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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子)

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