入院できません、外来時間短縮します…4月からの「医師の働き方改革」は病院難民が続出する可能性大な一大事

2024年2月11日(日)11時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Akarawut Lohacharoenvanich

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2024年4月から医師の「働き方改革」が施行される。違反判明の場合、労働者1人あたり「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」の罰則付きだ。医師の筒井冨美さんは「以前から医師の過酷な労働環境改善が訴えられてきた。この改革により、病院では入院できない、外来時間短縮をする、といった患者への影響が出る可能性がある」という——。
写真=iStock.com/Akarawut Lohacharoenvanich
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■医師の「働き方改革」は罰則規定あり


2019年度から「働き方改革」関連法が施行され、一般労働者には「時間外労働時間の上限(年720時間)」などが施行されるようになった。徐々にではあるが「昔よりは仕事が楽になった」と感じるビジネスパーソンも増えていると思う。


一方、医師に関しては「長時間労働の背景に業務の特性があることから、時間外労働の上限について適用が5年間猶予」と先送りされたが、その期限が2024年4月と迫っている。また、「違反が判明した労働者1人あたり6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という厳しい罰則規定も設けられた。


この法律によって、昭和・平成・令和と「長時間労働」「多発する過労死・過労自殺」の常連職種のひとつであった勤務医の世界もようやく変わるのか。そして、それにより一般の患者にどのような影響が出るのか。病院を利用する場合、今後はどうすべきなのだろうか。


■「医師の働き方」3つの方法


「医師の働き方改革」そして「長時間労働軽減」を実現するには、大まかに3つの方法がある。「働く人を増やす」「仕事を減らす」「効率化する」である。順番にその現状と課題を示していこう。


(1)「働く人を増やす」の現状と課題

医学部の定員は厚生労働省および文部科学省によって厳格に定められているが、地方の医師不足対策として、入学定員は7625人(2007年度)から徐々に増えてゆき、2017年度からは9400人前後で推移している。確かに医療現場には若手医師が増えてきているが、それも限界がある。


他国のように外国人医師を投入する方法もある。日本の医師免許取得には日本国籍は条件に含まれず、海外医大出身者の医師国家試験受験も認められている。しかし、試験そのものは日本語で行われる。さらに、「産褥期子癇(さんじょくきしかん)」「尋常性天疱瘡(じんじょうせいてんぽうそう)」などの医学用語をスラスラ読み理解できるだけの日本語能力が必須であり、外国人には高いハードルとなる。それが「外国人医師を“輸入”の障壁」となっている。


欧米で医師の過労死ニュースを見かけないのは、人材不足部門への補充がしやすいという面も大きいが、これを日本が簡単にマネすることはできない。よって、医学部定員増加や外国人医師輸入など、医師数増加による「働き方改革」には限界があるだろう。


(2)「仕事を減らす」の現状と課題

厚労省が「働き方改革」の柱にしているのが、「医師に集中している業務の一部を看護師などに移したり・共同実施したりする」であり、それぞれタスクシフト・タスクシェアと呼んでいる。


とりわけ「特定行為研修」と呼ばれる高度な研修を修了した看護師を2025年までに10万人以上養成し、医師業務の一部を移管する計画だったのだが、2022年3月までの「特定行為研修」の修了者は約4800人と報告されており、当初の見込みを大きく下回っている。端的に言って、「看護師の待遇で医師の仕事をやらせる」ための研修を、積極的に受けたいと思う看護師は少なかったのだろう。


また2024年1月「三重県松阪市は、救急車で搬送されても入院に至らなかった場合、7700円を徴収する」と発表した。松阪市の担当者は「救急車の出動件数がこれ以上増えると限界を超え、助かるはずの命が助からなくなってしまいます」と説明しているが、今後もさまざまな形での時間外受診の抑制策が増えると予想される。


写真=iStock.com/Casarsa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Casarsa

■「当直月8回」という“非人道的”な職場


(3)「効率化する」の現状と課題

「医師の働き方改革」「医療の効率化」の切り札とされるのが「病院の集約化」である。国立・市立・日赤・済生会・医大附属病院……日本は昭和時代より設立母体の違う中小病院が乱立しており、その非効率ぶりはコロナ禍でも問題視された。


年功序列文化が強く、乱立する病院それぞれに院長・副院長・理事・参与・センター長といった高齢管理職が在籍する一方で、若手医師は「当直月8回」のような過酷な勤務体制を強要されやすく(医師の中には「非人道的」と形容する者もいる)、それに耐えられなくなった一部の若手医師が「美容外科などへの転職」も後を絶たないのも事実だ。


しかしながら、4月からの「最悪の場合は懲役刑」という法律の施行を前に、長年の課題であった病院の統廃合も徐々に進めている。3つの病院が合併すれば、院長ポストは1つになり管理職ポストも減るが、当直回数を3分の1にすることが可能である。


兵庫県三田(さんだ)市の三田市民病院は、神戸市の済生会兵庫県病院と再編統合して、両病院の中間地点である神戸市北区に移転する予定だった。しかし、2023年7月の市長戦では「三田市から市民病院を消さない」「神戸市移転を白紙撤回」と公約した候補者が新市長に選ばれた。8月には「病院の集約化」および「働き方改革」が握りつぶされそうになった三田市民病院の医師59人が、「集約化しないなら退職」と宣言した。結局、11月には市長が「白紙撤回を撤回(つまり集約化推進)」することとなり、「公約違反だ」「だったら辞職して選挙やりなおせ!」と市民に詰め寄られる事態となっている。


そうしたゴタゴタはあるが、「働き方改革」や「日本の人口減少(特に地方)」が既定路線である以上、市町村や国立私立を超えての病院再編は今後も続くだろう。


■乱用される「自己研鑽」


「働き方改革」施行が近づくにつれて、医師(特に勤務医)がよく聞くようになったフレーズがある。「自己研鑽」である。本来の自己研鑽とは「自らの知識の習得やスキルアップを図るために自主的に行う学習や研究」のはずだが、「長時間労働の抑制」を要求された病院管理職は、「労働時間を圧縮しつつ、人件費を節約する魔法の言葉」として「自己研鑽」を多用するようになった。


2022年、神戸市の病院に勤務していた3年目医師(26歳)の自殺が過労自殺と労災認定された。労基署が認定した「直前1カ月に200時間超の時間外労働」「100日連続勤務」に対し、この医師が申告できた時間外労働はわずか7時間であり、病院側は「自己研鑽の時間も含まれる」と説明している。193時間が自己研鑽というわけだ。


写真=iStock.com/XH4D
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/XH4D

2023年11月、名古屋大付属病院が「勤務医が時間外に病院に残り、学生に教えたり研究論文を書いたりしても労働時間と認めず自己研鑽として扱っている」ことが報じられた。さすがに「教えられる側ならばまだしも、教える側を自己研鑽と主張するのはムリ筋だろう」と医療関係者でなくても思ったのではないだろうか。


そこへきて2024年1月に厚労省が、想定外の指針を発表した。「大学病院勤務医の教育・研究は労働に該当する」というものだ。


厚労省が明示したのは「医学部生らへの講義▽試験問題の作成・採点▽学生らの論文の作成・発表に対する指導▽大学の入学試験や国家試験に関する事務▽これらの準備は労働時間に該当する」というものだ。


これには全国の勤務医が珍しく厚労省を称えた。その結果、病院の管理職がさらに難しい労務管理が要求されることになるのは必至だ。


徐々に、医師の働き方が変化すると、患者にも一定程度の影響が出ることは予想される。例えば、「入院制限」や「外来診療時間の短縮」などだ。そうなると、患者側からの病院バッシングが始まる可能性がある。なぜなら……。


■「医師の働き方改革」時代の病院との付き合い方


2024年元旦の能登地震の際に5歳男児がやけどを負い、1日に金沢医大を受診するも「軽傷ではないが重傷でもない」と判断され帰宅となり、3日に病院で診察を待っていた際に容体が急変し、5日に死亡したというニュースが報じられた。母親が撮影したらしいグッタリした子供の動画がテレビで報道されるとSNSでは「入院させなかったのは医療ミス」「発熱患者を診療拒否かよ」など、金沢医大を責めるコメントも散見された。


しかし、客観的に考えれば正月三が日は日本中のほとんどの病院が休日体制であり、必要最小限のスタッフしか出勤していない。それに加えて元旦に発生した地震により、数少ない「正月に稼働している病院」に、多くの患者が殺到していたことが推測できる。


入院できる病床数には物理的な限りがあり、普段なら入院させるレベルのやけどでも、いたしかたなく「自宅安静を指示」することはありうるだろう。3日の急変も、診察を拒否したのではなく、多数の患者を順番に診ているため待機時間が長びき、急変……という流れだったと推測できる。


それを、温かい部屋でテレビニュースをみている人が、東京の平日の感覚で「5歳のやけどは入院が常識だろ」「熱でぐったりしている子供を先に診ろよ」とSNSに書き込むのは、「ちょっと違うのでは」と心の中でつぶやいた医療関係者は少なくないだろう。


医師をひいき目に見るわけではない。「医師不足の北陸地域において、さらに安月給の大学病院で、正月三が日働いている医師」とは、日本の医療界の中でも、かなり献身度の高い、頑張っている医師である。


全くジャンルの異なる話だが、先月、『セクシー田中さん』の原作者である漫画家の芦原妃名子さんが、「テレビドラマ化の脚本トラブルで自殺」と報じられたが、SNSの匿名非難も積もれば人の心を折るのだ。


もし大学病院当直医の心が折れて、もし漫画家と同じような行動をしてしまったら、あるいは医師をやめたり美容外科医に転職したりして救急病院が減れば……結局のところ損するのは誰か。SNSで勝手気ままに書き込む人を含む一般の患者なのではないだろうか。


患者が「治療してほしい、助けてほしい」と病院に駆けつける気持ちは理解する。しかし、その一方で「医師も人間であり、24時間対応は不可能。稼働できる医師数も限られる」という事情も理解しなければならない。今後は、病院受診の前には受付時間を確認し、可能ならば予約を入れ、基本的には時間内に受診するのがスタンダードになっていくだろう。


働き方改革がすすめば、今後は「複数の主治医が日替わりで対応」のような病院も増えると推測できる。当惑する患者もいるかもしれないが、休息十分な医師に診てもらうことは患者にもメリットとなるだろう。


不幸にも、時間外に病院を受診する際は、スタッフや検査機器が揃っていない(専門医が不在、CTが撮れない、など)ので、長時間待たされたり、精度の低い医療サービスしか受けられなかったりすることがある。体調が悪い中、平日昼間と比べて不満を覚える心境はよくわかるが、その鬱憤(うっぷん)を懸命に働くスタッフにぶつけても結局、誰の得にもならない。


写真=iStock.com/RRice1981
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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)

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