サービス開発、ファンド組成を“卒業生”と実現 住友商事とアルムナイの「成果を求めすぎない」協業術とは?

2025年2月4日(火)4時0分 JBpress

 少子高齢化や人材不足を背景に、またサステナビリティーや企業変革の観点から、退職者を「アルムナイ」(卒業生)と呼び、有力なパートナーとして関係構築に動く企業が増えている。アルムナイとの連携は企業にどんなメリットをもたらすのか、ネットワークづくりのポイントは何か。本連載では『アルムナイ 雇用を超えたつながりが生み出す新たな価値』(鈴木仁志、濱田麻里著/日本能率協会マネジメントセンター)から内容の一部を抜粋・再編集。先進事例として、住友商事の取り組みを取り上げる。

 今回は、アルムナイとの協業の成果をどう評価すべきか、同社の考え方を明らかにする。

事例 住友商事
アルムナイと共に価値を創造する
人的資本として存在感を増すアルムナイ・ネットワーク

■ ネットワークの取り組みに対する社内外からの評価のあり方

──ネットワークがあることで実現した、アルムナイとのビジネス協業についても聞かせていただけますか。

柴田 アルムナイとの協業はこれまでも複数実現しています。例えばアルムナイが立ち上げた医療系のベンチャーとの共同サービス開発であったり、最近では、アルムナイと共同で中堅中小企業のDX推進を軸としたPEファンドを組成した事例もあります。人事では、アルムナイが提供するコーチングビジネスのパートナーになった事例もありますね。

 ただ、正直なところ、事務局でも全てを把握することは難しいですし、そもそも全てを把握しておく必要もないのではと感じています。もちろん、取り組みの成果としてオープンにできるものはどんどんオープンにしていきますが、成果を把握することが目的にすり替わってはいけません。

──おっしゃる通りですね。ただ、「全部把握する必要はない」と言い切ることのできる事務局の方は、なかなかいらっしゃいません。

柴田 どちらの企業でもおそらく、現場主導でそれなりに労力をかけて取り組みを実施しようとすると、どうしても「KPIを設定しなければいけない」という話になってくるのでしょう。そういう意味では、取り組みを始めた時期が早く、何をもって成果指標とするのかなど知見がない中で手探りでのスタートであったことが逆に良かったのかもしれません。

柴田 とはいえ、一定のコストもかかっている中で「全く知りません」という状況も許されないので、把握できる限りではアンテナを張っておくようにしています。ただ、アルムナイ・ネットワークを閉じた世界として会社の事務局が囲っていくようなやり方はしたくないなと思っています。

 実は、私自身、担当になった時に、ネットワークの成果をどうやって捉えようかと悩んだ時期もありました。ちょうどそんな時期に他社のアルムナイ・ネットワーク事務局の方が「アルムナイとの関係にKPIなんて置いたら駄目ですよ」と明言されたのを聞いて、やっと腑に落ちました。

──アルムナイ・ネットワークは様々な分野で価値が生まれていくので、広報にKPIを置くことと近いものがあると私も考えています。もちろん何か狙いがあって、そのためにKPIを使うシーンがあることは否定しませんが、KPI、つまり数値として成果を求めすぎるのもよくありません。

柴田 おっしゃる通りです。KPIの置き方を間違えてしまうと、途端に窮屈になって何も進まなくなってしまう。

 アルムナイ・ネットワーク導入を検討している他の企業の方からも、そこを心配してよく質問をいただきます。皆さんマネジメントからのプレッシャーがあり「KPIを置く必要がありそうです」とおっしゃっていますが、私からは「弊社では置いていません。置いたら駄目です。アルムナイ領域での常識です」と、極端な会話をしています(笑)。

──これからアルムナイ・ネットワークを始めようと考えている企業にとっては、既に成果が出ている住友商事だからこそKPIを置かずにうまくやっていけているのではないかと不安を感じてしまうかもしれません。成果に向けた動きの捉え方として、どんなところに秘訣があるとお考えでしょうか。

柴田 厳密にいうと「KPIを置かない」ということが秘訣ではなく、大切なのは「KPI」の設定の仕方だと捉えています。例えば、ビジネス協業を○○件/年実現する、再雇用人数を○○名/年にする、というのは会社ではコントロールできません。

 コントロールできないところにKPIを設定することは適切ではないでしょう。ですので、例えばネットワークの活性化状況など、事務局がきちんとコントロールできる範囲に限って、一定の成果をモニタリングしていく体制とマインドが必要なのではないかと思います。

──おっしゃる通り、コントロールできない部分が多いですよね。

柴田 その辺りは、やはり取り組んでみないとわかりにくい部分ではないかと思います。

──それは日本における企業アルムナイ先駆者である住友商事さんが言っているからこそ、とても意義がありますね。今、日本では「アルムナイ・ネットワーク=再雇用の手段」というかたちで受け取られてしまう傾向があります。おそらく、採用という土俵に持ち込むことで、目に見えて成果やKPIとして捉えやすくなるという観点から、皆さん最初に進めやすい点なのかなと思います。

柴田 それ自体は否定しませんし、再雇用を主目的にされている企業では、その目的に向かって然るべき策を講じるべきです。ただし、KPIの置き方次第で、どうしても可能性を自ら狭めてしまってやりにくくなってしまうところがある、それがアルムナイ・ネットワークの特色だなと感じます。

──ネットワークとして走り出してみると、アルムナイとの関係性を通して「それだけじゃもったいないよね」という意見が社内で多く出てきます。そこで、「それでは今後どのような成果を目標にやっていこうか」と考え始めた企業が増えてきているというのが今の状況かもしれません。

柴田「アルムナイ・ネットワークの存在の有無」が、企業の人的資本経営の側面での価値を測るひとつの指標になっていくのかもしれません。例えば、新卒採用の現場でも、ひとつの企業でずっと働こうと考えている学生は少なくて、自身のキャリア観に沿ってキャリアを積める場所を探す、という考え方が多いと思います。

 キャリアチェンジの可能性を考えた時に、アルムナイ・ネットワークがあることで、その企業とのつながりを保てて、場合によっては再入社のチャンスがある、それが学生にとってはプラス要素に働く可能性があります。

 社外にいる貴重なリソースであるアルムナイと連携し、双方のメリットを享受しながら共に歩んでいく。それが企業としてもネットワークを持つことによる大きな価値になっていくのではないでしょうか。

<連載ラインアップ>
■第1回 住友商事は、なぜ“卒業生”と交流するのか? 変わり始めた「退職者は裏切り者」「出戻りはあり得ない」の風潮
■第2回サービス開発、ファンド組成を“卒業生”と実現 住友商事とアルムナイの「成果を求めすぎない」協業術とは?(本稿)
■第3回 どうすれば「元住友商事」の経歴は輝くのか? 住友商事がアルムナイとつくる「ポジティブな循環」とは

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筆者:鈴木 仁志,濱田 麻里

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