「3分診療」ができるのはいい医師である…開業医がお金と時間をかけて作った"秘密道具"の正体

2024年2月13日(火)6時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

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診察時間は長ければ長いほどいいのか。小児科医の松永正訓さんは「医療で一番大事なのは診断である。早く、的確に診断して、処方できるのはいい医者だ。私はそのために準備しているものがある」という——。(第2回/全3回)

※本稿は、松永正訓『開業医の正体 患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


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■電子カルテは小さなクリニックでも300万円以上かかる


さて、最後の買い物は電子カルテである。ぼくより若い開業医で紙カルテを使っている医者はまずいないだろう。紙カルテで診療すると、カルテを保管する広大なスペースが必要になる。しかし紙は安い。1枚1円もしない。あとはボールペンがあればOKだ。一方、電子カルテは、うちのような小さなクリニックでも300万円以上もかかる。なぜ、電子カルテが必要になるのだろうか。


まずは、カルテに記載するスピードが全然違う。電子カルテの場合、患者の症状別に「ひな型」を作ってパソコンの中に入れておく。たとえば、「感冒」とか、「嘔吐(おうと)・下痢」とか、「湿疹」とかである。そしてすべての質問項目と、得られた所見をチェックボックスやプルダウンメニューにしておくのである。つまり文字を書かない。そのためには、ひな型を自分で作成しなければならない。


業者から電子カルテを購入するとデフォルトで、患者の所見を書き込める画面がパソコン内に入っている。だがそういうデフォルトでは、自分の思い通りの診療はできない。要は、電子カルテを「買う」だけではダメで、中身を自分で「作る」のだ。ぼくは開業の前に何カ月もかけてひな型を作ることに精力を注いだ。


ひな型を作ることはカルテの記入のスピードを上げることだけに役立つわけではない。たとえば、「不明熱」というひな型を作るとする。不明熱とは、風邪症状がないのに熱だけが何日も続く状態だ。原因は様々でそれを追求していかなくてはならない。


■このひな型があれば川崎病を見逃すことはない


そのひな型には、以下のような項目を作っておく。


・発熱期間(いつから)
・頸部(けいぶ)リンパ節腫脹(しゅちょう)(あり・なし)
・眼球結膜の充血(あり・なし)
・手掌の紅斑と腫脹(あり・なし)
・口唇の紅潮やいちご舌(あり・なし)
・体の発疹(あり・なし)

これらの症状は何を意味するか分かるだろうか。これらの6項目のうち5項目以上が「あり」ならば、その子は川崎病である。川崎病とは現在でも原因は不明で、全身の血管に炎症が起きる病気。心臓の冠動脈に動脈瘤(りゅう)を作ることがあるので、命にかかわる。4項目でも精密検査が必要である。こうしたひな型を作っておけば、否が応でも全項目を埋めていかなければならないので、川崎病を見逃すことがなくなる。実際ぼくは、開業して17年で川崎病を見逃したケースは一度もない(川崎病を疑って大学病院に患者を送ったけれど、川崎病ではなかったことはある)。


これは一例だが、ひな型にあるチェック項目をしっかり埋めていけば、ついうっかり悪い病気を見逃す可能性が大きく減る。これが電子カルテと紙カルテの大きな違いだ。つまりカルテの果たす役割が根本的に異なっている。こういう部分は患者側からは見えないが、実は医者がどういう電子カルテを作っているかでそのクリニックの医療レベルが決まっていたりする。


■診断がつけば治療法はほとんど自動的に決まる


診断を付ければ次は処方だ。この業界には約束処方という言葉がある。風邪なら○○という処方をし、喘息のゼーゼーがあれば××という処方をするという決め事だ。これを予(あらかじ)め、子どもの体重を2kgごとに計算して電子カルテの中に入れておく。子どもによっては粉末よりもシロップがいいという患者もいるので、約束処方の数は膨大になる。ここが成人の医療との違いであり、大人は体格が少々違っても1日に飲む錠剤の数は変わらない。


こんなことを書くと、医療はオーダーメイドではないのかと、読者は白けるかもしれない。いや、それは誤解である。医療で一番大事なのは診断である。診断がつけば治療法はほとんど自動的に決まる。


極論かもしれないが、例えば小児白血病を考えてみよう。白血病の治療は、全国で統一されたプロトコール(治療の手順)に則って行われる。ちょっと試しに抗がん剤Aを足してみようとか、抗がん剤Bは効いていない印象があるから止めてみようなどということは絶対にしてはいけない。


クリニックで喘息の子どもを診ているときも、治療の仕方は基本的に『小児気管支喘息治療・管理ガイドライン』に沿って行われている。こうしたプロトコールやガイドラインというのは、科学的根拠の集大成として完成している。処方に匙(さじ)加減が必要になるのは、患者が定型的な経過を取らないときや、最初から診断が明確でないケースに限られる。


■早く、的確に診断して、処方できるのはいい医者である


約束処方は電子カルテに入れておけば、ワンクリックで処方が終了する。要するに診療が早く終わる。早く終われば患者家族の待ち時間が減る。待ち時間が減れば、家族の負担も減るし、待合室で病気が他の子どもに移る可能性も下がる。ちなみに、うちのクリニックでこれまでに待合室でインフルエンザや新型コロナが広がった例は1件もない。


写真=iStock.com/Pogonici
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ぼくの診察室でこういう光景がよくある。子どもの風邪の診察が終わって、ぼくが「じゃあ、お大事に」と声をかけると、子どもが「はや!」と声を上げるのだ。そう、早いのである。世の中には「3分診療」なんて悪口があるけれど、早く、的確に診断して、処方できるのはいい医者である。なお念のために言っておくと、患者家族から深刻な育児相談やセカンドオピニオン的な相談があるときは、診察時間が30分以上になることもある。


■電子カルテの作り込みが、クリニックの屋台骨を作る


さて、電子カルテは買うものであり、自分で作るものであるということがお分かりいただけたであろう。電子カルテの作り込みが、クリニックの屋台骨を作る。ぼくは、大手コンピューターメーカーFの代理店の会社の電子カルテを使っている。自分専用の電子カルテを作るという作業は、ぼくとカルテ会社の共同作業である。



松永正訓『開業医の正体 患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)

その点、ぼくの選んだ会社は、ぼくの期待に確実に応えてくれている。それくらい電子カルテは今の時代のクリニックに重要である。苦労してカスタマイズするだけの見返りはあると言えるだろう。


紙のカルテから電子カルテに時代は大きく変わった。現在は、データをクラウド上に保管するクラウド型電子カルテも登場してきた。クラウドを利用すれば、サーバーが不要なので、コストを抑えて電子カルテを導入することができる。


ただし現時点では、クラウド型電子カルテは、自分の思う通りに中身をカスタマイズすることはできないらしい。しかし、いずれクラウド型が主流になる時代が来るだろう。カルテの変化に医者はついていかなければならない。将来は、患者の診療録をサマリー(要約)の形でデジタル形式によって患者に渡すことができるかもしれない。新しい形のカルテは、きっと患者家族にも恩恵をもたらすとぼくは期待している。


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松永 正訓(まつなが・ただし)
医師
1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。19年、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)で第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』(中央公論新社)、『どんじり医』(CCCメディアハウス)などがある。
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(医師 松永 正訓)

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