リニア工事は「自然への影響」で妨害するのに…「環境保護の鬼」川勝知事が富士山の保全にはノータッチの謎

2024年2月14日(水)5時15分 プレジデント社

「弾丸登山」の注意を呼び掛ける吉田口の看板 - 写真提供=山梨県

写真を拡大

山梨県が、観光客の殺到などを理由に今夏から富士山の入山に2000円を徴収する方向で議論を進めている。ところが、リニア問題でやたらと「自然環境保護」をうたう静岡県の川勝知事からは富士山保全の議論は聞こえてこない。ジャーナリストの小林一哉さんは「山梨と静岡では事情は違うが、山梨が行うのであれば、川勝知事も対応を考えるべきだ」という——。

■富士山では弾丸登山やオーバーツーリズムが問題に


コロナ禍明けの昨夏の登山シーズン中、富士山では、夜通しで一気に標高3776mという日本最高峰に登り、ご来光を仰いだ後、その日のうちに下山する無謀な「弾丸登山」が大流行となった。


観光客らが独立峰の頂上に押し寄せるオーバーツーリズム(観光公害)によるごみ、し尿のマナー違反や自然環境への影響なども改めて浮き彫りとなった。


写真提供=山梨県
「弾丸登山」の注意を呼び掛ける吉田口の看板 - 写真提供=山梨県

サンダル、Tシャツなどの軽装で頂上を目指し、体調不良や極度の疲労で緊急搬送されるケース、高山病や心臓発作で死亡するトラブルなども相次いだ。


この緊急事態を受けて、首都圏からのアクセスがよく、富士登山客がもっとも多い吉田口コースを有する山梨県の長崎幸太郎知事は2月1日の会見で、今夏から、富士山入山に2000円を徴収するとともに、人数制限などの入山規制を行う方針を表明した。


長崎知事は「富士山世界遺産登録時の(登山者抑制など)イコモス(世界文化遺産審査機関)からの『宿題』を解決していきたいが、抜本的解決からは遠い状況にある。


昨年、ご来光目当ての過度な混雑などが生じるなど、登山者数の抑制は喫緊の課題」と“宿題”解決に向けて入山規制の意義を強調した。


■同じく登山口を持つ静岡県はどう対応するのか


2000円は5合目付近にゲートを設けて、「通行料」として徴収する。「通行料」の支払いは任意ではなく、義務となる。


「通行料」の名称だが、世界遺産登録に当たって静岡県とともに協議してきた入山規制のための「入山料」と変わらない。


富士山の場合、ごみ、し尿の垂れ流しといった環境問題は世界的に有名であり、過剰利用(オーバーユース)が最大の問題となっている。


もし、初めての入山規制が富士山で実施されれば、自然保護団体など世界中から、長崎知事の英断を高く評価する声が届くのは間違いない。


富士山の登山コースは、山梨県の吉田口コースだけでなく、静岡県には富士宮口コース、須走口コース、御殿場口コースがある。


しかし、静岡県の3コースでは、入山料徴収を含めた入山規制を行うことはできないし、いまのところ考えてもいない。


■リニアでは「環境保全」を叫ぶ川勝知事が沈黙している


川勝平太知事は、リニアトンネル問題で、ユネスコエコパークの「南アルプス」保全は国際的な公約であるとして、JR東海に厳しい姿勢で、環境問題への対応でさまざまな難くせをつけ、静岡工区の着工を認めていない。


ところが、エコパークよりも、一段と厳しい世界遺産レベルの環境保全を求められる「富士山保全」には沈黙している。


今回の富士山の入山規制で、長崎知事に一歩も二歩も、後れを取ることになった。人一倍、負けん気の強い川勝知事だが、リニア妨害のあの手この手と違い、何もできずに切歯扼腕(せっしやくわん)するのが精いっぱいである。


ただ、今回の山梨県の取り組む入山規制には複雑な事情がある。


いったい、どんな入山規制なのか?


■吉田口からの登山道は「山梨県道」


まず吉田口登山道について説明する。


山梨県富士吉田市からの有料道路「富士スバルライン」は富士山5合目ロータリーで終点となる。大型駐車場、土産物店、レストランなどが軒を連ねる5合目付近から県道702号線の登山道が始まり、富士頂上まで県道の登山道が続いている。


今回の入山規制が複雑なのは、その手続きにある。


5合目ロータリーから泉ヶ滝までの約900mの区間(幅員は6mから24m)を道路法の適用から除外する措置を行ったのだ。


登山道の歩行者には「通行の自由」があるため、これまでの道路にゲートなどを設けることはできない。歩行者に、この区間だけを有料道路とする根拠もない。


このため、山梨県は2月1日に道路法の適用解除を公示した。つまり、法律上は道路ではなくなったのだ(図表1)。


出典=山梨県知事会見資料より

このあと、道路ではなくなった区間を「県有施設」とする手続きが始まる。


県有施設にゲートを設けて、県道路管理課ではなく、県観光文化・スポーツ部世界遺産課が管理することになる。


県有施設に設置したゲートで2000円を徴収、時間規制や人数制限の入山規制を行う予定である。


道路法上の道路ではなくなり、たとえ県有施設であっても、実態は単なる道路に変わりない。だから、ゲートを抜けて、泉ヶ滝からは再び、無料の道路となり、頂上へ続く。


■道路を「県有施設」とみなすロジック


県有施設にゲートを設けるために、山梨県は、2月15日に開会する山梨県議会に2000円を徴収するなどの施設設置管理条例案(名称、内容等不明)を提案する。


本会議、委員会の審議を経て、3月21日閉会日に条例案が可決されれば、入山規制が来夏から始まる。


ただ簡単には、条例案が可決されないかもしれない。


施設設置管理条例によって、「公の施設」(公立美術館やプールなど)への入場料を徴収するというかたちだが、富士山のケースはそこに何らかの施設を造るわけではないからだ。


単に、これまでの道路にゲートのみを設けて、「通行料」を徴収する仕組みである。


言うなれば、条例上は施設への「入場料」なのに、実際は何らかの施設ができるわけではない。道路を通過するだけだから、「通行料」と呼ぶほうが正しいことになる。


客観的に見れば、これまでの道路に入山規制のゲートが設置されるだけで、公の施設に入場するための施設設置管理条例の制定が本当に適正なのか、という疑問が生じてくる。


「公の施設」とは、地方自治法では、地方自治体が住民の福祉を増進する目的で、その利用に供される施設を指す。たとえば公営住宅、美術館、学校などの施設である。


当然、道路も含まれるが、自動車有料道路と違い、それまで無料で通行できていた道路が、歩行者である登山者に一定区間のみ有料となる根拠など示すことはできない。


だから、やむを得ず、道路を施設としてみなす条例で対応することになったのだ。


■長崎知事は「ゲート維持のため、全体の安全のため」


今回の「通行料」は「富士山登山適正化指導員」配置や、登山道への噴石、落石に対応するシェルター設置などの安全対策に充てられるというが、約900m道路の「公の施設」とは無関係のように見える。


これに対して長崎知事は、会見で「地方自治法では、施設の維持管理などのために必要な経費を賄うために利用金を徴収できる規定がある。ソフト、ハードを合わせてゲートを維持するために必要なもの、全体の安全を確保するため」などと説明している。やはり非常にわかりにくい。


■保全協力金と合わせて3000円がかかる計算に


地方自治法を所管する総務省では、今回のゲートだけという公の施設は、全国的にも初めてのケースとなるだけに、「慎重に調べている」と口を濁す。


果たして、道路上のゲートが住民の福祉を増進する「公の施設」なのかという疑問も生じるが、富士山保全の趣旨から言えば、頭から否定はできないのだろう。


いずれにしても山梨県議会で慎重に審議される。


ゲート設置で、午後4時から翌日午前3時まで山小屋宿泊者以外は通行できなくなる。また1日当たりの登山者は4000人を上限とする入山規制を行う予定である。


当然、「通行料」徴収などの管理業務は、民間業者へ委託することになる。


麓から約2000メートルの地点までの往復、24時間徴収を行う厳しい業務だから、交代制となり、管理業者費用も大きな負担となる。


だから、ゲート設置で、長崎知事は「ソフト」面で多額の費用が必要となると強調したことも理解できる。


現在、静岡、山梨の両県で実施している任意の富士山保全協力金も、今回設置される「ゲート」で同時に支払いを要請することになる。


保全協力金は1000円だが、吉田口ルートではゲートで徴収することになるから、富士登山をする場合、山梨県側の登山客のほとんどが3000円を支払うことになるだろう。


筆者撮影
静岡県の保全協力金に応じた登山者ら(富士山5合目富士宮口) - 筆者撮影

■なぜ静岡県は入山規制に着手できないのか


山梨県議会で可決されれば、昨シーズン(7月1日〜9月10日)、吉田口ルートから約15万人が富士登山をしたから、通行料金は約3億円の収入が見込まれる。


保全協力金を合わせれば、4億5000万円程度の収入が見込まれる。


吉田口ルートには、20軒程度の山小屋が点在する。


山小屋関係者からは「高すぎる」との声も上がり、長崎知事は2月1日の時点で、「使用料は2000円で調整している」と述べている。


15日に提案される条例案で金額などが明らかにされる。


富士山北側の山梨県の長崎知事が、富士山の「入山料」徴収、人数制限などの入山規制を行うことができるのに、南側の静岡県の川勝知事は入山規制には消極的である。


そのいちばんの大きな理由は、富士山麓がもともとは天皇家の財産だったという特殊事情がある。


■山梨県側の富士山麓は天皇家から県に譲渡されたもの


「恩賜林」というキーワードで特殊事情を簡単に紹介する。


江戸時代から明治時代に入ると、日本全国の地域、部落などで所有していた山林の大半が国有地に組み込まれた。


1880年前後から全国的に自由民権運動が盛り上がると、政府は国有林を御料林として天皇家の財産に付与してしまう。つまり、そうすれば、誰も手が出せなくなるからだ。


明治国家から付与された山林で、天皇家は日本一の山林地主となる。


戦後になって、天皇家は東京、神奈川、大阪、香川、佐賀、鳥取の6都府県の合計面積に匹敵する、日本全国に及ぶ広大な山林地主だったことが明らかにされている。


その中で、山梨県の山林だけは例外だった。


明治天皇が、1911年(明治44年)3月11日、山梨県土の35%を占める御料林約16万4000ヘクタールを山梨県へ無償譲渡したからである。


1907年、1910年などの相次ぐ大水害で深刻な被害を受けた山梨県を救援するために明治天皇が行ったとされる。


この無償譲渡された山林を「恩賜林」と呼んでいる。だから、山梨県の富士山麓の5合目まで恩賜林が広がっている。


つまり、長崎知事が入山規制を実施できるのは、富士山5合目までの山麓付近はすべて山梨県有地だからである。


だから、これまでの道路を「公の施設」として、他から見れば無理筋とも思える入山規制に踏み切ることが可能なのである。


■静岡県の山麓は国有地で川勝知事に打つ手なし


これに対して、静岡県側の登山道は県道だが、国有地(林野庁管理)である。静岡県は土地の権利を持っていない。


だから今回のような、法律の趣旨に適合しているのかどうかわからない「入山規制」を行うことはできない。


そもそも昨年8月22日の会見で、川勝知事は入山規制に消極的な発言をしていた。


筆者撮影
富士山の入山規制に消極的な発言をした川勝知事(静岡県庁) - 筆者撮影

それだけに、どのような複雑な事情があったとしても、入山規制を実施しようとする長崎知事の英断に期待が集まる。


初めての入山規制がスタートすれば、環境問題の「総合デパート」と揶揄されてきた富士山にとって、画期的な出来事となるはずだ。


15日開会の山梨県議会の審議は注目に値する。


----------
小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
----------


(ジャーナリスト 小林 一哉)

プレジデント社

「知事」をもっと詳しく

「知事」のニュース

「知事」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ