「風邪に抗生剤は有害無益」日本人の半分は知っているのに"すぐ抗生剤を出す医師"が消えない根深い理由

2024年2月15日(木)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dolgachov

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風邪に抗生剤は無効である。それでも処方する医師がいるのはなぜか。小児科医の松永正訓さんは「開業医が風邪に抗生剤を処方する問題は根深いものがある。患者とのコミュニケーションを抗生剤を出すことで省略している部分があるのではないか」という——。(第3回/全3回)

※本稿は、松永正訓『開業医の正体 患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


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■鼻水が出るという4歳の男の子


「○○という薬をください」と言われると、開業医は正直言って萎(な)える。クリニックは街のドラッグストアではない。医師が診察する場所なのだ。


こういう患者もいた。4歳の男の子で汚い鼻水が出るという。ひと月前にも同じ症状があって、かかりつけの小児科へ行った。最初は風邪薬が出た。でも1週間経っても治らなかった。そこでアレルギーが関与しているかも……と、アレルギー止めを出された。それでも治らない。最後に抗生剤のクラリスを処方されたら治った……こう母親は言うのである。


「……」


ぼくは返答に窮した。もしかして、「風邪薬」と「アレルギー止め」と「クラリス」を処方しろってこと?


でも母親はそれ以上、何も言わないで黙っている。ぼくもどうしたらいいか分からず黙っている。診察室はしーんとなってしまった。最後に抗生剤って……それはたまたま風邪が治る時期だったとしかぼくには思えない。


■「使った」「治った」だから「効いた」なのか


医者も患者も、薬を「使った」「治った」だから「効いた」とすぐに考える。いわゆる「3た」療法である。


この患者家族は少しでも情報提供をと思って1カ月前の治療経過をぼくに教えてくれたのかもしれない。たぶんそうだろう。でもぼくには、こういう薬を出してくださいと言われているようなプレッシャーとなってしまった。4歳なんだからしっかりとハナをかんで、風邪薬(カルボシステインのみ)を飲んでいれば十分とぼくは言いたいところだったが、散々迷ってアレルギー止めも処方した。さすがに抗生剤は出さなかった。


■風邪に「抗生剤」は有害無益


最近はさすがに減ったが、「抗生剤を処方してください」という患者家族もいる。数年前の調査(東北大学・2014年)だが、日本国民の約半数が「風邪に抗生剤は無効」と知っているそうだ。逆に言えば、半数は知らないということだ。この責任は医師にある。成人の内科医や、耳鼻科医は、子どもの風邪に対して平気で抗生剤を処方する。風邪に抗生剤は無効であり、害である。2016年の伊勢志摩サミットでも、抗生剤乱用による耐性菌の増加を抑えるための首脳宣言が出された。厚労省のホームページにも、「抗微生物薬適正使用の手引き」というものが公開されている。専門的な内容で、量もかなりあるが、厚労省は医師のみでなく患者にも読んでほしいと言っている。


正直に告白すると、本当に恥ずかしいことだが、ぼくは一度だけ患者家族から「抗生剤を出してください」と言われて風邪の子に処方したことがある。その子は小学校高学年でこれまで風邪のたびに抗生剤を他のクリニックで出され続けていたため、親は抗生剤を飲むのが常識と思っていたのである。


押し問答になってもしょうがないと思って、いやそれもあるが、あまりにもクリニックが混雑していたので、ぼくには抗生剤の害を説明する気力がなかった。


■ちゃんと丁寧に説明すれば、家族は分かってくれる


ところが3カ月後にその患者家族が風邪で再びうちを受診した。ぼくは患者に誠実にならなければならないと思い直し、時間をかけて、風邪に抗生剤を飲んではいけないこと、この前は抗生剤を処方したことを謝罪した。ぼくはてっきり親から「この子には抗生剤が効くんです!」と反論を受けると思っていたが、意外な反応が返ってきた。


写真=iStock.com/takasuu
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「そうなんですか。抗生剤を飲むと、体内に耐性菌というのが増えて将来怖いことになるんですね。知りませんでした。この子、この先どうなってしまうんでしょう?」
「……」
「今までの先生はそんな説明はなく、いつも抗生剤を飲んでいました」
「今からでも遅くありませんよ。これを機会に抗生剤はやめましょう。ちゃんと風邪は治りますよ」


この一件によって、自分の医師としての未熟さを思い知らされることとなった。ちゃんと丁寧に説明すれば、家族は分かってくれるのだ。それを「抗生剤を出さない」と言えば、家族と一悶着(ひともんちゃく)になると思い込んで安易に抗生剤を処方してしまった。たった1回の処方かもしれないが、一事が万事である。


■抗生剤が「アリバイ作り」になっているのではないか


開業医が風邪に抗生剤を処方する問題はなかなか根深いものがある。ぼくはうちを受診する患者のお薬手帳を見て、広域スペクトルという強い抗生剤を過去に大量に飲んでいるのを知って唖然とすることがある。この子の未来の健康はどうなってしまうのだろうか。


ぼくが患者家族に「風邪に抗生剤は効果無し、それどころか有害」と言うと、保護者から「ではなぜ他の先生は抗生剤を出すんですか?」と聞かれることがよくあり、言葉に詰まる。


なぜ出すのだろう? ぼくもよく分からない。


一部に抗生剤を歓迎する患者がいることも事実だろう。患者は一般的に薬をたくさん出される方が喜ぶ傾向にあるようにぼくには見える。それは、その方が医者の姿勢があたかも熱心に見えるからだろう。


もう一つ考えられる理由は、抗生剤を出すことが、病気が悪化したときのアリバイ作りになっているのではないだろうか。自分(医師)はベストを尽くしましたよと。そんなことでいいのだろうか。


■患者とのコミュニケーションを「抗生剤を出します」で省略


でも、もしかして最大の理由は、患者とのコミュニケーションを抗生剤を出すことで省略しているのではないか。はい、これがマックスの治療ですよ……みたいな感じで。



松永正訓『開業医の正体 患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)

医者と患者の関係で一番大切なのは、相互の理解を深めるコミュニケーションである。自戒を込めて言うが、抗生剤を欲しがっている患者に抗生剤を出すのは極めてイージーな医療で、いかに抗生剤が不要であるかを説明するのは時間もかかるし、骨も折れる。だが、それが医師の使命であろう。なお、念のために言っておくが、成人の風邪にも抗生剤はまったく効果はない。ぼくはこれまでの人生で風邪で抗生剤を飲んだことは一度もない。


患者家族にはいろいろなニーズがあって開業医を訪れているのであろう。それはよく分かる。だけど、薬だけを求めて来院するのではなく、医者とよくコミュニケーションをとって、まず診断をはっきりとつけ、薬はその次と考えてほしい。薬だけでつながっている医師と患者の関係はちょっと寂しいとぼくは思う。


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松永 正訓(まつなが・ただし)
医師
1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。19年、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)で第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』(中央公論新社)、『どんじり医』(CCCメディアハウス)などがある。
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(医師 松永 正訓)

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