優秀なビジネスマンほどリスクが高い…「母親の介護」で仕事を辞めた50代男性が妻から見捨てられたワケ

2024年2月24日(土)14時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

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働きながら家族を介護する「ビジネスケアラー」は、支援制度を利用していないと介護離職に追い込まれやすい。ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんは「1人で抱え込むといずれ経済的に困窮し、負のループに陥る。支援制度をうまく使いながら、家族間の役割を決めることが重要だ」という——。
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■静かに辞めていくビジネスケアラーたち


少子高齢社会で労働力不足が危惧される中、介護や看護のための離職者が、過去1年間で約11万人に上っています(※1)。働きながら親の介護をするビジネスケアラー(※2)の存在が可視化されるようになり、仕事と介護の両立支援の取り組みは進みつつありますが、なかなか利用にまで至っていないというのが現実です。


雇用されて働いている人に絞ってデータを確認してみると、介護を担う人は年齢とともに増えていきますが、ピークは55歳から59歳で、男性が約30万人、女性が約40万人です(図表1)。


総務省「令和4年就業構造基本調査」より(筆者作成)

そのうち、介護休業等の制度を利用した人は、どの年代においても圧倒的な少数派です(図表2)。しかし、制度を利用することなく、現役世代が介護離職しているとすれば、離職者は遅かれ早かれ経済的困難を引き起こし、老後の低年金につながるといった、まさにドミノ倒し状態に陥ってしまいます。


総務省「令和4年就業構造基本調査」より(筆者作成)

※1 令和4年就業構造基本調査より
※2 酒井穣『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』ディスカヴァー携書


■夫婦それぞれ実母の介護をすることに


Aさん(56歳)は、2人の子が独立した後、パート勤務の妻と2人暮らし。妻は姉と分担して母親(父親は死亡)の介護をするため、1カ月の半分は実家に通う生活です。


そんなある日、1人暮らしをしているAさんの母親が、入院をしたとの連絡が入りました。幸い大事には至りませんでしたが、退院後の日常生活にはだれかのサポートが必要な状況です。病院では介護保険を使うことを勧められましたが、母親が「まだ自分でやれる」「他人を家に入れたくない」と言い張るので、Aさんが仕事帰りに買い物をして実家に寄り、家事や母親の世話をしてから帰宅する生活が始まりました。


■職場では優秀でも、完璧な介護は難しい


妻は若いころ、仕事が忙しく育児にまったく関わらなかったAさんに、「育児は私がやるけど、介護は別。あなたの親の介護は私の仕事じゃない」と宣言したことがあります。


そのことが頭にはあったものの、妻が実家から戻っているときに、「母親の世話を手伝ってほしい」と切り出すと、「私は月の半分を自分の母親の介護に取られ、自宅に戻れば留守の間に家は荒み放題。パートをしながら溜まった家事をやっているのよ」とブチ切れ、売り言葉に買い言葉で、「もういい。ずっと実家に行ってろ」と怒鳴ってしまいました。


妻との諍いのあと、意地になって母親の介護を完璧にやろうとするAさんでしたが、母親は自分でやれることが少なくなってくるに従い、Aさんに依存するようになってきました。


Aさんも何とか母親のためにとがんばるのですが、仕事のようなわけにはいかず、焦りやイライラが募ってきます。仕事だけでも大変なのに、それ以外の時間をすべて介護に取られてしまい、身体だけでなく精神的にも追いつめられ、「母親のため」と思ってやっているはずなのに、ぞんざいな対応になったり、暴言を吐きそうになってしまいます。


■だれも助けてくれない無職の介護生活


今の仕事を続けていると、「仕事も介護も中途半端になってしまう」と思いつめたAさんは、退職することを決めました。それまでは優秀だと自負していたAさんですが、介護が始まってからというもの、思うように成果が出せず、同僚との付き合いもなくなり、少し浮いているなと感じていたことも背中を押しました。


退職後、介護と両立できそうな、短時間の仕事を探すつもりでしたが、なかなか希望に合う仕事は見つからず、結果的に、介護だけに専念する日々となりました。仕事を辞めれば楽になると思っていたのに、来る日も来る日も家事と介護に追われ、仕事のような達成感が得られるわけでもなく、弱っていく母親を見るのはつらく切ないものでした。


離れて住んでいる弟に「仕事が休みの日に手伝いに来てもらえないか」と連絡をすると、「仕事をしていないんだから兄貴がやれよ」と言われる始末です。収入がないため、日々の暮らしは母親の遺族年金が頼りです。無職のままだと老後の年金が少なくなるので、自分の将来に対する不安も頭をよぎります。さらに、妻は勝手に仕事を辞めたAさんに愛想をつかし、実家から戻ってこなくなりました。


■負のスパイラルに陥らないための「ケア活」


ある日突然、親の介護が始まったAさんのトホホなケースを見てきましたが、親の介護問題は、ケアを担う子どものキャリアや家族関係、その老後にまで影響を与える重大なライフイベントです。


Aさんのように行き当たりばったりの対応を繰り返していると、自分の殻の中で負のスパイラルにはまり込んでしまいます。就活や保活、婚活などと同じように、自分自身のライフプランやキャリア戦略を考えるうえでも、できるだけ早い段階から「ケア活」に取り組む必要があります。


多くのビジネスケアラーにとって、自分が経験するまで介護は未知の世界で、介護保険の存在は知っているものの、どうやったらサービスが受けられるのか、そもそもどんなサービスがあるのかすら知らない人は多いものです。まずは介護保険領域の基本的知識を得ることがケア活の第1歩です。冒頭で「利用者が圧倒的に少数」と述べた介護休業等の制度を知るところから始めましょう。


写真=iStock.com/Sewcream
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■休みたい場合は介護休暇と介護休業がある


介護休業には介護休暇制度と介護休業制度があります。いずれも育児介護休業法(※3)に基づく制度で、労働者が要介護状態にある対象家族をケアする際に利用できます。


要介護状態とは、負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態を指します。対象家族とは、配偶者(事実婚を含む)、父母、子、配偶者の父母、祖父母、兄弟姉妹、孫です。


介護休暇を取得できる期間は、対象家族1人につき年5日、2人以上で年10日です。1日単位だけではなく、時間単位で取得することもできます。企業側に給与の支払義務はありませんが、独自に有給にしている企業もありますので、勤務先に確認をしてください。


一方、介護休業は、対象家族1人につき通算93日まで、最大3回まで分割して取得できます。雇用保険の被保険者で一定の要件を満たす場合、介護休業期間中に休業開始時賃金日額の67%相当額の介護休業給付金が支給されます。


平均介護期間は61.1カ月と、5年を超えていますから(※4)、いずれの制度も自らが直接ケアをするための休業というより、ケアする側もされる側も、できるだけ無理をせず、日常生活を維持するための体制づくりに充てる期間と考えたほうがよいでしょう。介護期間が10年以上にわたることも珍しくありません。1人でなんとかできるほど甘いものではありません。


※3 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律
※4 2021(令和3)年度「生命保険に関する全国実態調査


■1人にケアを集中させず、当事者で分担を


介護休業等の制度を使って、親を中心として兄弟姉妹など、関係者間でしっかり意見のすり合わせをしてください。親の介護を、直接ケアをする人だけの問題にするのではなく、情報を共有し、程度の差はありながらも、それぞれが当事者意識を持って可能な範囲で役割を担っていく態勢を整えることが重要です。最初の段階でこれができるかどうかによって今後の方向性が決まるといっても過言ではありません。


続いて、介護保険で受けられるサービスの種類や利用のための手順を見ていきます。


心に留めておきたいことは、介護サービスは利用する人の「望む暮らしを実現する」ためのツールの1つであるということです。親自身がどのような暮らしを望んでいるのか、それを実現するためにはどのようなサービスを利用すればよいのかという観点で検討することが大切です。前述した関係者間での話し合いは、このような「親を中心に」という前提のもとに行うことを忘れないようにしたいものです。


そして、介護の必要度は加齢とともに高まっていきます。子にとってはつらいことですが、そのことを受け止める覚悟も必要です。当初は家族のだれかがケアを担うことで日常生活が回っていくとしても、いずれ手に負えなくなっていきます。1人にケアが集中する態勢ができあがってしまうと、「もう少しがんばれる」「迷惑はかけられない」など、なかなかSOSを発信できなかったり、周囲の理解が得られず孤立したりする危険性があります。


■専門職に頼んだほうが親も子も楽になる


一方、頼れる兄弟姉妹がいないため、「自分ががんばらないと」とか「私しかいない」と思い込むのもNGです。身内は自分しかいなくても、隣近所でほんの少し手を貸してくれる人や、ホームヘルパー、理学療法士などの専門職も大事な戦力です。家族力や経済力など、個々の事情に合わせて、持てるリソースを洗い出し、プロの情報力や知見を上手に活用しながら、親の暮らしをサポートするチーム作りに取り組みましょう。


写真=iStock.com/byryo
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Aさんの事例のように、家族以外の人にケアされることを嫌がる親や、他人に任せてしまうことに罪悪感を持つ子もいますが、訓練された専門職にケアされるほうが、親自身も楽なはずです。


たとえば、介護保険で利用できる生活援助は、単なる家事支援ではなく、利用者の残された力を見極めて、やれるところはサポートしながら本人にやってもらいつつ、同時に、部屋の中の動線を確認して転びそうなところをチェックするなどの目配りを行っています。このようなプロの力を借りることによって、気持ちに余裕が生まれ、親との時間を大切に過ごすことができれば、親も子も笑顔でいられる時間が増えそうです。


■「ケア活」の情報収集は地域包括支援センターへ


家族それぞれに事情がありますので、1カ月に1回、半日くらいならケアを担えるとか、週3日は家事のサポートができるとか、個々にできる役割を持ち寄って、それらと介護サービスとをうまく組み合わせるという発想で乗り切ります。ビジネスケアラーであれば、仕事でも同様のスキルを発揮しているかもしれません。自らケアをするだけでなく、マネジャーの役割を担うこともできるのではないでしょうか。


介護に直面したときに頼りになるのが、地域包括支援センター(以下、支援センター)です。名称は自治体によってさまざまで、地域によって管轄の支援センターが決まっています。元気な高齢者のための介護予防事業として、体操教室や学習会などを開催しているところもあります。特に差し迫った事情がなくても、将来に備えたケア活の一環として、親が住んでいる地域の介護事情がどのようなものか、情報収集に出かけてもいいと思います。


■介護保険で幅広いサービスが受けられる


支援センターには保健師もしくは経験豊富な看護師や社会福祉士、ケアマネジャーが配置されています。介護に限らず、医療や保健などの関係機関と連携し、高齢者の生活を支えるための方法を一緒に考えてくれます。介護保険申請のサポートや、他の福祉制度につなげる役割も担います。


親と離れて住んでいて、すぐには帰れない場合でも、「最近どうも親の様子が心配」など、気になることがあれば、電話をして相談してみてはいかがでしょうか。必要に応じて、実際に親と面談をし、状況を確認してくれることもあります。


介護保険で受けられるサービスには、施設に入居して利用するものと、自宅での生活を基盤としながら利用するものがあります。今回は、自宅で生活しながら受けられるサービス(居宅介護サービス)を見ていきます(図表3)。


筆者作成

■ケアマネジャーと上手に付き合っていこう


居宅介護サービスのうち、自宅内で利用できるものは「訪問介護」「訪問看護」「訪問入浴」「訪問リハビリ」です。訪問介護では、定期的にホームヘルパーが自宅を訪れて身体介助や生活支援を行います。身体介助では食事介助、着替え、排せつ介助などがメインとなり、生活援助は買い物、部屋の清掃、衣服の洗濯、通院の付き添いなど多岐にわたります。


施設に通いで利用できるデイサービスでは、レクリエーションや食事、入浴などの利用ができます。デイケアは機能回復訓練(リハビリ)に特化したサービスで、理学療法士や作業療法士などの専門家が常駐し、体調や運動能力に応じた指導に当たります。


ショートステイは、集中的に機能回復訓練を行いたいときや、家族が数日間家を空けなければならないときに、短期間(最大で連続30日間)施設に入所できるサービスです。その他、自宅・通い・泊りを組み合わせて利用したり、自宅で介護を行いやすくするための福祉用具貸与や住宅改修なども可能です。


介護サービスの提供体制は地域によってさまざまです。最も情報を持っているケアマネジャーや支援センターの職員と相談しながら、本人の希望や状態に合わせたサービスを選びます。介護は長期にわたる可能性がありますので、状況の変化や家族の都合など、その時々のニーズに合わせられるよう、どんな選択肢があるかを知っておくことが大切です。


■要介護度に応じて自費負担額は異なる


次に費用負担を見ていきます。介護保険で利用できるサービスは、要介護度に応じて上限額が決まっています。もし、上限額を超えてサービスを利用したいという場合は、超えた部分は全額自費となります。


自己負担割合は所得に応じて1割〜3割となっています(図表4)が、1カ月あたりの利用者負担の合計が負担限度額を超えたときは、超えた金額が払い戻される高額介護サービス費の制度があります(図表5)。


筆者作成
筆者作成

■介護保険を利用するための7つのステップ


最後に、介護保険を利用するための手順を見ていきます。


1.役所の窓口に申請

要介護認定には主治医の意見書が必要ですが、主治医がいない場合、ときどき風邪などでかかる医師でもかまいません。ただし、1〜2カ月以上受診していないと医師は意見書を書けませんので、申請前に受診をして、介護保険を申請することも伝えておくとよいでしょう。


介護認定には定期的な更新がありますので、その度に主治医に意見書を書いてもらわなければなりません。主治医の情報はケアプラン立案にも活かされますし、リハビリなどを利用するときは医師が指示書を出します。主治医は介護生活において重要な役割を担うことになります。


2.訪問調査

介護認定調査員が自宅を訪問して、寝返りや起き上がり、意思伝達等の状況や介助方法、障害の有無などの基本調査を、項目ごとに選択方式で実施します。本人が入院中であれば、病院に出向いて調査を行います。退院後、スムーズに介護サービスがスタートできるよう、入院中に介護認定を受けておくとよいでしょう。


調査の際、本人は緊張のあまり、できないことでもできると言ったり、ありのままを伝えないケースがあります。いつもの様子をよく知っている人が立ち会ってフォローしてあげてください。本人の前で言いにくければ、メモや手紙にして渡したりしてもよいでしょう。


■居宅介護支援事業所を調べておくと安心


3.介護認定審査会

訪問調査の結果をコンピュータに入力して一次判定をし、その結果と訪問調査の特記事項、主治医意見書をもとに審査をして判定を行います。


4.要介護認定

審査結果に基づいて、要介護度が認定され通知されます。通常、介護認定申請から結果通知まで30日程度、地域によっては1〜2カ月かかる場合もあります。


5.ケアプランの作成

認定されるとケアマネジャーを選んでケアプランの作成を依頼します。ケアマネジャーとの個人契約ではなく、ケアマネジャーが所属する居宅介護支援事業所との契約になります。厚生労働省には「介護サービス情報公表システム」というサイトがあり、都道府県を選択し、受けたいサービスや市区町村などをチェックして検索をすると事業所の一覧が出てきます。認定結果が出る前に情報を集めておくと慌てずにすみます。


■「介護される側」になったときの予行演習


契約締結後にケアマネジャーとのやり取りが始まります。ケアマネジャーは介護保険に関してはプロでも、利用者のことは何も知りません。本人がどのような暮らしを望んでいるのか、そのためにどのようなサービスをどのくらい使うのが適切なのか、今の状態を維持するにはどうすればよいかなど、ケアマネジャーと相談しながらケアプランを作っていきます。親自身が伝えられれば良いのですが、子のサポートが必要な場面かもしれません。


6.サービス担当者会議

ケアプラン実行に関わる関係者が一堂に集まる機会です。司会進行役はケアマネジャーですが、主役は利用者本人なので、本人の希望を伝えることが大事です。ここで意見を集約してケアプランを完成させます。離れて暮らす親の介護認定に奔走していた人が、担当者会議に出席したとき、「親のためのケアチームが作動し始めたと実感し、心から安堵(あんど)した」と振り返っています。


7.サービスの利用開始

利用開始後はケアマネジャーが利用者と事業者との間で潤滑油のような役割を果たします。実際にサービスを利用してみて、うまく暮らしが回っているかどうかなどのモニタリングのため、1カ月に1度は訪ねてきますので、困っていることやこうしてほしいといった希望を伝え、必要があればサービス内容を変更してもらいます。


親の介護に関わるということは、将来、自分自身が介護される側に回ったときの予行演習にもなります。生きていれば「老い」はだれにでも訪れるものですが、自分事としてはだれもが初めての体験です。だからこそ不安や恐怖も感じますが、親は自分の介護を通して、子どもに学ぶ時間を与えてくれているのかもしれません。


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内藤 眞弓(ないとう・まゆみ)
ファイナンシャルプランナー
1956年生まれ。博士(社会デザイン学)。大手生命保険会社勤務後、ファイナンシャルプランナー(FP)として独立。金融機関に属さない独立系FP会社「生活設計塾クルー」の創立メンバーで、現在は取締役として、一人ひとりの暮らしに根差したマネープラン、保障設計などの相談業務に携わる。『医療保険は入ってはいけない![新版]』(ダイヤモンド社)、『お金・仕事・家事の不安がなくなる共働き夫婦最強の教科書』(東洋経済新報社)など著書多数。
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(ファイナンシャルプランナー 内藤 眞弓)

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