「閑散期なのに毎日仕事を断っている」…地方の中小企業が直面している"ゾッとする"人手不足の窮状

2024年2月27日(火)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YOSHIE HASEGAWA

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人手不足による影響は、地方の現場ではすでに出はじめている。ある地方の警備会社では閑散期なのに人手が確保できず毎日仕事を断っていたり、建設現場では県外の警備会社に通常の3倍の単価を支払って発注しているという——。

※本稿は、古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。


■2040年に1100万人の働き手が不足する


私たちリクルートワークス研究所では、2040年までに日本全体でどれくらい働き手が足りなくなるのか、労働の需要と供給をシミュレーションしたところ、次のような日本社会の未来の姿が浮き彫りになった。


社会における労働の供給量(担い手の数)は、今後数年の踊り場を経て2027年頃から急激に減少する局面に入る。2022年に約6587万人であった労働供給量は、現役世代人口の急減にともなって2030年には約6337万人、2040年には5767万人へと減少していく。


労働供給不足の規模は、2030年に341万人余、2040年には1100万人以上に及ぶ。1100万人というのは、およそ現在の近畿地方の就業者数が丸ごと消滅する規模である。


このように労働供給が減少していくことによって発生する労働供給制約という問題は、成長産業に労働力が移動できない、人手が足りなくて忙しいというレベルの不足ではない。結果的に、運搬職や建設職、介護、医療などの生活維持にかかわるサービスにおいて、サービスの質を維持することが難しいレベルでの労働供給制約が生じるのである。


■働き手不足の最前線・地方企業の窮状


生産年齢人口比率の低下による影響が真に深刻化するのはこれからだが、すでに一部の地方の現場を皮切りに、労働供給制約を背景としたさまざまな影響が出はじめている。


私たちは研究の一環として、各地に足を運び、その課題感を一端でも把握しようと努めるとともに、試行錯誤に加わるべくワークショップを実施したり、自治体と協働したりと、調査研究に限らず活動している。


本稿ではそうして見聞きしてきた実情を、労働供給制約という観点から紹介する。数多くの産業・職種で同時多発的に働き手が足りていない状況のなかで、地方の企業や自治体は、どのような現場と向き合っているのだろうか。


ここに記している内容は地方の現場においては、もはや当たり前かもしれないし、とくに切迫した人手不足に直面する職種で働いている人にとっては「何を今さら」と感じるかもしれない。


しかし、地方の労働供給制約という課題がどのような状況を生み出しているのか、“最前線”をより多くの人が知ることなしには議論は進まないと考え、日本の地方とその現場を見ていきたい。


まずは、現在の地方企業がひしひしと感じている切迫感と、試行錯誤をはじめている状況がよくわかる、とある社長の話から紹介する。課題意識の高い地方の企業の声としてお読みいただきたい。


写真=iStock.com/YOSHIE HASEGAWA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YOSHIE HASEGAWA

■【事例①】「地元の企業同士で若者の取り合いになる」


東北地方で100人ほどの従業員を抱える製造業のA社。創立から100年以上の歴史を誇り、その市に住む人なら誰もが知るような地域企業である。


代表取締役も代替わりして、これまでにない規模の設備投資をおこない、最新の機材を入れるなど大きな経営判断を経ている。その技術に目を付けたのか、私がうかがった際にはあるグローバル企業が工場を視察しているところに出くわした。


そんな地域を支えるA社の代表取締役は、経営者として人手不足をどう感じているのか。


「人手不足の問題は経営上、優先順位が非常に高いです。デザイナー職や営業職はおかげさまで足りています。ただ問題は、肝心の現場でモノをつくる作業をする人材です。全然、採用はできていません。中途採用も多く採っていますが、現場職への応募はまったくないのです。取り合いになっているので、より条件のいいところに行っているのかもしれませんが……」


モノづくりの根幹を支える生産工程に携わる人材が、まったく採用できていない。そんな危機感を強め、A社ではやれることはやろうと、手を打ちはじめていた。


「労働環境改善に強い関心があるんです。とくに女性活躍を進めており、なんとか働きやすい会社にしようとしています。その結果か、すでに社員の45%は女性です。厚生労働省が女性活躍の推進が優良な企業を認定する『えるぼし』も取得しました。まずは女性が仕事をしやすい環境にしないと、人手不足の問題がまったく解決されないからです。


また、現場の労働環境も人手がなるべくかからないよう自動化を進めており、モノづくり現場の“3K”のイメージを変えていこうとしています」


■社員の賃上げは毎年実施


地方の中小企業が抱える人手不足の問題をどう解決するのか。試行錯誤の様子が垣間見える。さらに、A社では労働環境の改善だけでなく、賃上げにも取り組んでいた。


「社員の人数が減っても効率的にどう回すかも考えています。“賃金を上げましょう”という社会環境になってきたので、1人あたりの賃金を増やすためにも効率化が必要です。社長としても、社員の賃金は上げたいし、とくに若くて未来のある人や、がんばっている人にはしっかり報いたい。弊社でもベースアップはここ数年、毎年実施しています。今年は弊社として近年で最高水準の引き上げをしましたが、すべて人手不足対策のためです」


労働環境改善、賃上げ、こうした手を打ったうえで、老若男女の多様な人材に魅力的な会社をつくろうとしている様子がうかがえる。驚いたのは、人材採用の実際について、会社のトップである社長が相当に詳しかったことだ。


「シニアの方はもともと弊社には少なかったのですが、今は60歳以上のスタッフが15名います。ここからさらに増えていくと思います。『まだまだ、働きたい』という人が多いのは頼もしいですね。もちろん、若手の採用もしています。新卒採用では、大学生のインターンシップを毎年、2週間ほど実施して10名前後受け入れているんです。


だいたいこの中から、入社者が出てきています。正直、インターンシップの受け入れは大変ですが、先行投資としてやっています。面接では、当たり前のように『土日は必ず休みですか』とか『残業はどれくらいありますか』と聞かれますね(笑)」


■若手の稀少性が高まっている


A社の代表取締役は経営者としてはまだ若いほうで、リーマンショックを若い頃に経験している世代でもあり、その当時の就職活動の状況と比べると、今の学生たちが面接で待遇や休みについて単刀直入に聞いてくることに驚いていた。


ただ、地方の企業で採用の話を聞くと、初対面の社長であっても学生が待遇の話を聞くのはもはや当たり前になっているようで、それは別に学生が変わったわけではなく、社会が変わったのだと思わされる。1人の人材、若手の稀少性が高まっているのだ。より条件のいい会社で働ける可能性が高いのだから、就職活動でそれを確認したいと思う気持ちを誰が責められようか。


「学生向けのPRは本気で考えないといけないと思っています。今後、もっともっと採用が厳しくなるのは目に見えていますので。若者がどんどん貴重になるなかで、地元の企業同士で地元の若者の取り合いになると考えたら、ぞっとする。そのなかで、どう会社と地域が生き残っていくかを考えています」


これほど問題意識を持ち、先手を打って設備投資や労働条件・環境改善をおこなっている企業であっても、人手の確保に苦心していることを痛感した。とくに衝撃を受けたのは、社長が「地元の企業同士で地元の若者の取り合いになる」という近未来を明確に感じていたことで、「ゾッとする」という社長の言葉にその場で戦慄(せんりつ)を抑えることができなかったのを憶えている。


■【事例②】「閑散期のはずなのに毎日仕事を断っている」


さまざまな場で必要性が高まっている警備業の企業からも、現場で何が起こっているのかを聞くことができた。建設工事において必須の、道路などのインフラ工事の現場での交通誘導や工事警備を担う企業の声である。


「地域全体で警備員のなり手が減っています。かつては市内の警備会社で合計300人ほどいたのが、ここ3、4年で200人ほどに減っているんです。その影響もあり、閑散期にもかかわらず、毎日のように仕事を断っています。もっと言うと、工事現場などはすでにうまく回っていない感覚もあります。原材料費の高騰や人手不足もあると思います。これから10年後、20年後の現場を考えても、昨今話題のAI(人工知能)の導入がどれだけ私たちの現場の仕事に効果があるのか……」


写真=iStock.com/Tuayai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tuayai

■他県の警備会社に3倍の単価で依頼


道路工事などのインフラ工事には警備が必須であり、C社はそれを担っているのだが、地域の業界全体でなり手が急激に減少している。警備の仕事は「立ち仕事=つらい仕事」というイメージがあり、人材難に拍車がかかっているのかもしれない。C社はそんななか、労働環境改善などさまざまな手を打っている会社だが、それでもこれまで当たり前にできていたことができなくなってきているという。



古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)

「先日、市内のすべての警備会社が人手不足で警備を断らざるをえなかった工事現場がありました。もちろん警備は工事を進めるうえで必須ですから、この現場には県外から警備会社が来ていました。ただ、建設会社はその警備会社に対して通常の3倍の単価に加えて、警備員の交通費や宿泊費を支払っていたそうです。それくらい、人手が足りなくなってきているんです」


地域のすべての警備会社が人手不足で地元の仕事を断り、それに対して県外の会社に頼まざるをえない状況。もちろん今はまだ警備の単価が数倍になっても、その建設会社の経営努力によりしっかりと業務を遂行できたようだが、もしさらに人手不足が加速し、より遠くの会社に頼まざるをえなくなった場合、その工事は安全に遂行できるのだろうか。


地方の現場ではすでに、労働供給制約によって当たり前が当たり前でなくなりつつある。


「いつになったら人手不足は解決できるのか」——。


多くの中小企業の声だ。伝統ある会社、技術力のある会社、社会にとって必要なモノやサービスを提供している会社でも、状況は変わらない。人手が確保できず、自分たちがこれまで当たり前にできていたことができなくなる、という不安と戦っている。


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古屋 星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員
1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。
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(リクルートワークス研究所主任研究員 古屋 星斗)

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