人は生きているだけで価値がある…4000人を看取ったホスピス医が「早く死にたい」という人に伝えること

2024年2月29日(木)13時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn

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死の直前に後悔しないためには、どうしたらいいのか。4000人の患者を看取ったホスピス医の小澤竹俊さんは「たとえまったく誰かの役に立つことができなくなったとしても、人には、ただ存在するだけで価値がある。頑張って生きてきた自分を、いたわり、受け入れてあげてほしい」という——。

※本稿は、小澤竹俊『自分を否定しない習慣』(アスコム)の一部を再編集したものです。


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■ホスピス医が患者に必ず問いかける質問


私は、がんをはじめ、苦しい病気を患い、人生最後のときが近づきつつある患者さんに関わるとき、必ず次のような問いかけを行います。


「あなたは今まで、なぜこのような大変な病気と闘ってこられたのですか?」
「病気を抱えながら生きる際に、あなたを支えてきたものはなんですか?」


なぜなら、この問いかけをすることにより、「どうして自分ばかりがこんなに苦しい思いをしなければならないのか」「自分の力で動くこともままならず、誰の役にも立てない自分など、死んでしまったほうがましだ」などと思っていた患者さんが、「自分はたくさんの人に支えられている」と気づき、自分が存在する価値や意味を実感し、自分自身を受け入れられるようになることが少なくないからです。


■1〜2割が「支えてくれた存在はいない」と答える


なお、こうした問いに対し、8〜9割ほどの方は、自分を支えてくれた存在として、すぐに家族や友人、私たち援助者などを挙げ、周りの人たちに感謝し、「大切な人たちのために、一日でも長く生きよう」という思いを新たにします。


ところが、残りの1〜2割ほどの方は、最初のうちは「自分には、支えてくれた存在などいない」と答えます。


そうお答えになるのは、「誰にも頼らずに生きてきた」という気持ちが強い人、人に甘えたり大事なことをゆだねたりすることが難しい人が多いように思います。


こうした人にとってもっとも幸せなのは、自分自身が納得できる選択肢を自分自身で選び、それによって望む結果が得られたときです。


しかし、彼らは病気になり、一人でトイレに行くことすらままならなくなると、大きな絶望を味わいます。


自分の力では、自分の望みが何一つ叶わなくなるからです。


そして必ず、私たちに向かって「早く死なせてほしい」と口にします。


写真=iStock.com/ipopba
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■「死んでしまいたい」という人が変わる瞬間


そんなとき、私たちは、患者さんの気持ちを聴いたうえで、「この先、何があれば安心ですか?」という問いかけを行います。


はじめは自暴自棄に陥っていた患者さんでも、この問いかけを丁寧に繰り返していくうちに、少しずつ自分の気持ちを整理していきます。


やがて、「会社の経営を、Aさんに任せたい」「自宅の庭の手入れを、Bさんに頼みたい」、あるいは「自分の排せつ物の世話を、病院のスタッフのみなさんにお願いしたい」といったことをぽつり、ぽつりと話すようになります。


本当は自分でやりたいけれど、どうしてもできない。その事実に向き合い、認めたとき、今まで「誰にも迷惑をかけたくない」「迷惑をかけるくらいなら死んでしまいたい」と思っていた彼らが、初めて自分ではない誰かにゆだねる勇気を持ちます。


そして、ゆだねられる誰かが見つかったとき、表情が一変し、それまで見たことがないような、穏やかなほほえみを浮かべるようになるのです。


■誰になら、自分が大切にしていることをゆだねられるか


この段階に至るまでには、かなりの時間がかかりますし、患者さんの心の中で、さまざまな葛藤があると思います。


しかし、人は解決できない苦しみを抱えていても、自分を支えてくれている存在、自分が大切にしているものをゆだねられる存在に気づくことで、自分を肯定し受け入れ、心の穏やかさや前向きに生きる力を得ることができるのです。


今、苦しみを抱え、自分を否定してしまっている人は、「なぜ自分は、こんな苦しみを抱えながらも生きてこられたのか」と、ご自身に問いかけてみてください。


あなたを支えてくれている存在に気づくことができるかもしれません。


もし「そんな存在はいない」と感じたなら、「自分のいのちの終わりが近づいているとしたら、誰に自分の大切なものをゆだねられるか」を考えてみてください。


その人が、これからあなたが生きていくうえでの支えになるかもしれません。


■支えがいなかったとしても、誰かの支えになれる


これまで私が出会った方の中には、重い病気を抱え、一時は「自分には、支えてくれた存在などいない」と絶望や孤独を感じたものの、自分自身が誰かの支えになることで幸せを感じ、自分を肯定し、前向きに生きる力を得た人もいます。


現在、私が講師を務める「エンドオブライフ・ケア援助者養成講座」を受講されたMさんは、40代のときに乳がんと診断され、片方の乳房を全摘することになりました。


独身だったMさんは大変なショックを受け、不安や後悔に襲われました。


乳房が片方しかなくても、自分を愛してくれる人はいるのだろうか。
年齢を考えても、化学療法などの後遺症を考えても、出産は無理だろうか。


そして、「生きなければ」と思えるような、支えになるようなパートナーや子どもがいない寂しさ、つらさを痛感し、大きな苦しみと絶望を抱えていました。そんなある日、Mさんは検査のために病院を訪れ、待ち時間の間に、本棚に置いてあった私の本を手にしました。


たまたま開いたページに、「あなたに支えがいなかったとしても、あなたは誰かの支えになれる」と書いてあり、Mさんは「そうか、私が誰かの支えになればいいのか」と気づき、がんを宣告されて初めて、人目をはばからずに泣いたそうです。


■人は、ただ存在するだけで価値がある


Mさんは、「重い病気を患っていても、誰かの役に立とう」と気づいたりすることで、心の穏やかさを取り戻し、自分を肯定し、前を向いて生きる力を手に入れました。


今までのように動くことはできなくても、支えがなく絶望しても、一つでも誰かの役に立てることがあり、支えになることができれば、幸せを感じられる。


それはもちろん、とても素敵なことです。


ただ、私自身は、次のように考えています。


たとえまったく誰かの役に立つことができなくなったとしても、人には、ただ存在するだけで価値がある。そして、その人が生きている、今日という何気ない一日に意味がある、と。


■大事な人をいたわるように、自分自身をいたわろう


近年、「セルフコンパッション(self-compassion)」という概念(がいねん)が、さまざまなメディアで取り上げられるようになっています。


セルフコンパッションとは、「自分自身」を意味する「self」と、「思いやり」を意味する「compassion」を組み合わせた言葉で、「ストレスや苦しみを抱えながらも自分自身を慈(いつく)しみ、前向きな気持ちを維持すること、およびそのための方法」を指します。


写真=iStock.com/AH86
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AH86

現代はストレス社会だといわれていますが、特にコロナ禍によって社会全体の不安感が増したり、人との交流などが制限されたりしたことで、知らず知らずのうちにストレスを抱え込んでいる人が増えています。そんな中で、セルフコンパッションによるストレスの軽減に注目が集まっているのです。



小澤竹俊『自分を否定しない習慣』(アスコム)

そして私は、このセルフコンパッションの考え方は、自分自身を肯定し、受け入れるうえで、非常に有効だと思っています。たとえば、セルフコンパッションでは、自分自身を大切な家族や友人のようにとらえることがすすめられています。


自分を肯定できない人は、苦しみを抱えたとき、「なぜこんなこともできないのか」「この程度のことでくじけていてはだめだ」といった具合に、自分を責めてしまいがちです。しかし、人は、大事な人が悩んだり苦しんだりしているときには、優しい言葉や態度で接するはずです。


それと同じように、みなさんもぜひ、苦しみを抱えた自分、できるはずのことができない自分のことも否定せず、いたわり、丸ごと受け入れてあげてください。


■自分を受け入れるためにディグニティセラピー


では具体的に、どのように自分をいたわればいいのか。さまざまなやり方がありますが、ここでは「ディグニティセラピー」を用いた方法をお伝えします。


めぐみ在宅クリニックでは、「ディグニティセラピー」を取り入れています。これは、「人生の中でもっとも大切だと考えている出来事は?」「大切な人に伝えておきたい言葉は?」といった9つの質問を参考にしながら、患者さんにご自分の人生を振り返っていただくというもので、カナダの精神科医であるチョチノフ医師によって考案されました。


ディグニティセラピーの目的の一つは、質問に答えることで、患者さんがさまざまな記憶を掘り起こし、自分自身やご自分の人生について考えるきっかけをつくることにあります。その過程で、ご自分が生きてきた意味に気づき、人生を肯定できるようになる方が少なくありません。


病気であることがわかってから、ずっと「死にたい」と言い続けていた患者さんの表情が、ディグニティセラピーを受けた直後から穏やかになり、「あのとき死ななくてよかった」とまで言って下さった、というケースもあります。


おそらくその患者さんも、質問に沿って自分の人生を振り返りながら、自分の存在価値を見つけることができたのではないかと私は思います。


■自分の生きてきた意味や存在価値を見つける「9つの問」


そして私は、ディグニティセラピーは、人生の最終段階を迎えた人だけでなく、大きな苦しみを抱えている人、自分や自分の人生を肯定できずにいる人にも、気づきと、前を向いて生きていく力を与えてくれると考えています。


過去を丁寧に振り返り、自分自身が生きてきた意味や存在価値を発見する。それはまぎれもなく、頑張って生きてきた自分をいたわること、自分自身や自分の人生を肯定し、受け入れることにつながります。


できれば、信頼できる人と対面し、会話形式で進めていくのが望ましいのですが、9つの質問に沿って導き出した答えをノートに書いてもよいでしょう。


以下に質問の内容を記しておきますので、ぜひやってみてください。


[ディグニティセラピーの質問]
1.これまでの人生について少し教えてください。特に、あなたがもっとも憶えている、あるいはもっとも大切だと考えているのは、人生のどの時期でしょうか。もっとも生き生きしていたと感じるのはいつのことですか。
2.あなたのことで、大切な人に詳しく知ってほしいことや、特に憶えておいてほしいことがありますか。
3.これまでの人生であなたが果たしてきた役割(家族の中での役割、仕事での役割、社会的な役割など)の中で、あなたにとってもっとも大切な役割は、どの役割ですか。どうしてそれがあなたにとってそれほど大切なものなのですか。その〜という役割では、どのような役割を果たすことができたと思いますか。
4.これまでやり遂げたことで、あなたにとって、もっとも重要なことはなんですか。もっとも誇りに思うのはどのようなことでしょうか。
5.あなたから、大切な人に伝えておかなければと感じていることや、もう一度時間をとって伝えたいことが、何か特別にありますか。
6.あなたの、大切な人に対する希望や夢にはどんなことがありますか。
7.あなたが人生から学んだことで、誰かに受け渡したいと思うことはありますか。大切な人へ受け渡したいアドバイスや指針にはどのようなものがありますか。
8.大切な人が将来に備えるうえで役立つように、伝えておきたい言葉や、指示などはありますか。
9.この手紙は(大切な人の手元に)ずっと残るものですが、ほかにも入れておきたいものはありますか。
(エンドオブライフ・ケア協会による訳を引用)

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小澤 竹俊(おざわ・たけとし)
医師
1963年東京生まれ。87年東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業。91年山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。救命救急センター、農村医療に従事した後、94年より横浜甦生病院ホスピス病棟に務め、病棟長となる。2006年めぐみ在宅クリニックを開院。これまでに3800人以上の患者さんを看取ってきた。医療者や介護士の人材育成のために、15年に一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会を設立。著書に『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』(アスコム)がある。
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(医師 小澤 竹俊)

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