イーロン・マスクは「AfDだけがドイツを救える」と絶賛…「投票率82.5%」の総選挙でドイツが大混乱に陥った理由
2025年3月5日(水)7時15分 プレジデント社
プレジデントオンライン編集部作成
■記録的な投票率で終えた選挙結果は…
2月23日はドイツの総選挙だった。本稿を書いているのは、その翌日の24日。
産業の空洞化、エネルギーの高騰、インフラの崩壊、治安の悪化など、ドイツの衰退を国民が肌で感じるようになっていた矢先の前倒し選挙で、ドイツの運命を決定する選挙と言われた。
また、選挙前にはどんでん返しもあり、議席数も連立の組み合わせも、最後まで予測できない選挙でもあった。そして、国民はその重要さをしっかりと認識していたらしく、82.5%という記録的な投票率の高さが、その気持ちを如実に示していた。
選挙結果は図表1の通りだ(2月24日ドイツ時間で午前6時44分現在)。
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選挙前からトップを走っていたCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)が、28.5%の得票で予想通り第1党(ただし、前回が党史上最低の得票数で、実は今回は2番目に最低)。
CDUのメルツ党首は「防火壁、防火壁」と喧(かまびす)しく、極右政党といわれるAfD(ドイツのための選択肢)とは「何があっても、絶対に、絶対に、絶対に連立しない!」と言っていたし、今も言っている。
■「絶対に連立しない」のに第2党に躍り出たAfD
そして、その“ナチ”のAfDが予想通り第2党。得票率は20.8%で、前回に比べて倍増。政府、他の全政党、主要メディアによるありとあらゆる妨害工作を受けながらの選挙戦だったことを思えば、この躍進ぶりには目を瞠(みは)らざるを得ない。ただ、本当の得票率はもっと高かったのではないかという噂も、すでに流れている。
ちなみに、AfDを誹謗中傷する報道はドイツでも日本でも日常茶飯事だが、実はこの党の政治家は極めて優秀で肝が据わっており、今のドイツでは一番まともな主張を展開している。だからこそ、既存の政党はそのポテンシャルを恐れ、ありとあらゆる手を使って潰そうとしている。
一方、緑の党は落ち目で11.6%。前回より3.1ポイント減だった。ハーベック経済・気候保護相の非現実的なエネルギー政策と経済政策が、ドイツ経済の没落の一因であることは、今や誰の目にも明らかだが、ハーベック氏は何の反省もない。そこで、これを継続されては大変だと危惧した有権者が緑の党を離れた。
なお、自民党とBSWは今回、議会から退場となる。ドイツでは、ワイマール時代に小党乱立で政治が機能しなくなったことへの反省から、得票率が5%未満の政党は、国会で議席を持てないことになっている。
■好調だったBSWが急落した謎
さて、ではBSWとは? これは、左派党を離党したヴァーゲンクネヒト氏が24年の1月に立てた新党で、去年1年間、羽が生えたような伸長ぶりだった。
ヴァーゲンクネヒト氏の出自から言えば、もちろん左翼の党だが、しかし、同じ左翼でも、現在の社民党や緑の党のような中途半端なエリート組織とははっきりと一線を画しており、私の見る限り、社会の平等や平和といった社会主義の原点を追求している人だ。
そのため、馴れ合いで利権を分け合っている既存の政党に対しては極めて批判的で、難民政策でも、エネルギー政策でも、ウクライナ戦争でも、どちらかというとAfDの主張との共通点が多かった。特に、緑の党のエネルギー政策には批判的で、「一番愚かな政党」と攻撃し、緑の党贔屓のメディアを敵に回した。
実は、そのBSWをめぐり、今回の選挙前、奇妙な現象があった。アンケート調査において、それまで6〜8%と好調だった同党の支持率が、突然、3〜4%に落ちたのだ。有権者としては、前述の5%条項があるため、5%を確保できなさそうな党への投票は避ける傾向がある。
アンケートの数字が突然落ちたことに関して、ヴァーゲンクネヒト氏は情報操作の可能性を訴えていたが、真実はわからない。結局、BSWはその後、支持率を回復できないまま、敗退の道を歩んだ。5%にはわずか1万票ほどが足りなかっただけだという。
写真=iStock.com/neirfy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/neirfy
■「死んだはず」の左派党はなぜ蘇ったのか
もう一つのどんでん返しは、左派党の復活。ヴァーゲンクネヒト氏がごっそり党員を引き連れて離党した後、もう死んだと思われていた党だったが、昨年の暮れ、古参の政治家3人が“銀の巻き毛”と名付けたアクションで党の救済に立ち上がった結果、8.8%という奇跡のような得票率を達成。TikTokで大々的に運動した結果だというが、それ以外にいったいどんな力が働いたのか、骨董品のような3人を見ている限りはわからない。選挙は水物である。
なお、昨年11月に政権から離脱した自民党(FDP)は、4.3%で議会から脱落。リントナー党首は、政治から引退だそうだ。リントナー氏は緑の党とは犬猿の仲で、特にハーベック氏のエネルギー政策を強く批判していたこともあり、緑の党贔屓のメディアに最大限に嫌われた政治家の一人だ。ちなみに、ドイツではメディアの持つ影響力が強大すぎて、政治の方向が歪められているのではないかと、私は常々感じている。
■650議席、誰と組むのが得策か
さて、国会における650の議席は5党で分けることになったため、その配分が図表2だ(SSWというのは、デンマークと国境を接するシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の、デンマーク系の住人を代表する政党で、例外的に5%条項に縛られない)。
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では、連立の組み合わせのパターンはどうなるかというと、図表3の棒グラフ。
一番上がCDU/CSUと社民党。2番目がそれに緑の党を加えたもの。3番目は、メルツ党首の言葉を借りれば、絶対に、絶対に、絶対にあり得ないAfDとの連立。なお、左派党は極左としてCDU/CSUに敬遠されているので、連立のオプションには含まれていない。
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■BSWが「わずか一万票ほど」足りなかった意味
興味深いのは、もし、ここにサラ・ヴァーゲンクネヒト氏のBSWが5%を獲得して加わっていたら、当然、議席配分は変わり、CDU/CSUと社民党だけでは過半数に足らなかったことだ。そうすれば、緑の党を加えざるを得ず、これまでと同じく喧嘩ばかりで、何も決められない政府が出来上がっていたに違いない。
それに比べれば、CDU/CSUと社民党の連立は収まりは若干良いだろうが、しかし、野党には、全議席のほぼ4分の1を占めるAfDが居座ることになる。また、各種委員会の一部もAfDが率い、その存在感は無視できなくなるはずだ。
実は、ドイツでは近年、難民による凄惨な無差別テロが相次いでいたが、12月、1月にも、いたいけな子供がナイフでめった刺しにされるなどという凄惨な事件が起こり、国民の不満と不安が異常に高まっていた。そこで、CDUのメルツ党首は、AfDが賛成することを承知で、1月29日、難民法を厳格化するための動議を提出した。それはAfDが過去10年間主張していたこととまさに瓜二つの内容だった。
■「空が青い」と言われても否定する不可思議な政治
信じがたいことに、これまでのドイツの議会では、AfDが出した動議は採択せず、また、他の政党が出した動議でも、AfDがそれに賛意を表明しそうなら取り下げることが常だった。BSWのヴァーゲンクネヒト氏はそれを揶揄し、「空が青いときは、AfDが青いと言っても、それは青いままだ」と言っていたが、これを思えば、ドイツの政治が次第におかしくなっていったのも無理はなかったかもしれない。
ところが、この時のメルツ氏は、「正しい動議は、たとえ正しくない政党が賛成したからといって、その正しさが損われるわけではない」と屁理屈を捏(こ)ね、AfDの賛成を得て動議の採択に漕ぎ着けた。選挙前の日和見的な行動かもしれないが、しかし、これは多くの国民が待ち望んでいた法律でもあった。議会での採決は2日後の31日とされた。
ところが、動議の通ったその日、左翼の過激派による激しいCDU攻撃が始まった。社民党、緑の党、左派党の政治家たちも、「CDUがナチになった」、「ドイツは今、1933年(ナチが政権に就いた年=筆者註)だ」と、メルツ党首をヒステリックに糾弾。彼らの理屈では、AfDはナチであり、AfDと協働したCDUもナチだった。
写真=iStock.com/Andrey Danilovich
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■イーロン・マスクは「AfDだけがドイツを救える」
その2日後に行われた採決では、恐れをなしたCDUの中から脱落者が出て、難民法の改正は成らずじまい。結局、難民法は放置され、今も釈放された犯罪者が普通に道を歩いている。採決のちょうど2週間後の2月13日には、ミュンヘンでまた難民による無差別テロが起こり、2人が亡くなった。国民の憂鬱は晴れない。
では、AfDは、なぜ、ここまで徹底的に悪魔化されているのか? いくつか理由があるが、一番大きな理由は、AfDが普通の保守の党と見做(みな)されるならば、CDUと組んで、非常に安定した政権を作ることができるからだろう。AfDとCDUは難民法の一件でもわかるように、主張にかなり親和性がある。現在、CDUが第1党でAfDが第2党であることを見れば、国民も間違いなく保守の政治を求めている。
しかし、CDUとAfDがくっつくと、社民党、緑の党、左派党などは出番がなくなる。そもそも弱小政党である社民党が首相府を担っていること自体がおかしかったのだが、それでも、AfDが「絶対に連立してはいけないナチの党」である限り、CDUが政権を取るためには、社民党か、緑の党、あるいは、その両方と連立しなければならなくなる。だから、AfDをナチだとして、厄災はすべてAfDのせいにしておけば、自分たちの安泰につながるわけである。
ただ、今回は、そのトリックに気づいた国民も多かった。イーロン・マスク氏が12月にXで、「AfDだけがドイツを救える」と投稿して、ドイツの政治家を怒らせたが、マスク氏の言っていることは正しかった。国民が社民党と緑の党の左翼政治に愛想を尽かし、保守のCDUを選んだつもりでも、このままでは必ず緑の党か社民党がくっついてくる。現在の状況が、実際にそれを示している。
■勝ったのに、メルツ氏は憂鬱そう
2月28日、早くもCDU/CSUと社民党の連立交渉が始まった。ウクライナ情勢などが緊迫しており、ドイツは一日でも早く、交渉可能な政府を立てる必要に迫られている。しかし、連立はすんなりと決まるものだろうか。
社民党はたがの外れた難民政策も、行き過ぎた社会福祉も、開発援助という名のお金のばら撒(ま)きも、抜本的に修正することを好まないことは確かだ。そうなれば、CDUは妥協して、自分たちの公約を縮小するしかない。もし、妥協しなければ、CDUに連立相手はいなくなるからだ。CDUは自分で作った「防火壁」で、自分の首を絞めている。
それどころか、緑の党が何らかの理由で連立に参加させろと言ってくるかもしれない。こうなると、強いのはCDUではなく、完全に社民党や緑の党。メルツ党首の表情がどこかしら憂鬱そうなのには、ちゃんと理由があるのだ。
写真=AFP/時事通信フォト
ベルリンで記者会見するドイツのキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首(2025年2月24日、ドイツ・ベルリン) - 写真=AFP/時事通信フォト
他人事なら今回の選挙ほど面白い選挙はこれまでなかった。ただ、私にとってドイツの動向は、まるで他人事とも言えず、かなり複雑な心境だ。結局、ドイツを覆っていた霧は晴れるどころか、今も重く立ち込めている。
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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。
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(作家 川口 マーン 惠美)