ハイアールの成長と変革の源泉、「リーディング・ターゲット」とは何か?

2024年3月11日(月)4時0分 JBpress

 未だ大企業が抜け出せない官僚主義。変化の激しい時代にあって、イノベーションの創発によって成長し続ける企業へと進化するには、どんな組織改革が必要なのか? 本連載では、世界で最も影響力のある経営思想家の1人、ロンドンビジネススクール客員教授ゲイリー・ハメル氏による『ヒューマノクラシー ——「人」が中心の組織をつくる』(ゲイリー・ハメル、ミケーレ・ザニーニ著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第5回は、第4回に続きハイアールに注目し、同社を構成する小規模な事業体(ME:マイクロエンタープライズ)の目標設定や社内契約について紹介する。

<連載ラインアップ>
■第1回 「人間らしさ」が失われると、なぜ組織は病んでしまうのか?
■第2回 高収益体質で業界トップを独走、米国鉄鋼大手・ニューコアの企業文化とは?
■第3回 業界平均より25%高い報酬を実現、米ニューコアの独自のボーナス制とは?
■第4回 8万人の「起業家集団」! 中国家電大手・ハイアールの「人単合一」とは?
■第5回 ハイアールの成長と変革の源泉、「リーディング・ターゲット」とは何か?(本稿)
■第6回 ライバルの足をすくったことは? 官僚主義的思考から脱却する12の問いかけ

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■2 漸進的な目標からリーディングターゲットへ

 成功したすべてのスタートアップに見られる特徴は、向こう見ずであることだ。スタートアップでは願望にリソースが追いつかず、イノベーションだけでそのギャップを埋める。

 これに対して、確立された大企業では、願望はごくわずかしかない。去年より少しよくなって、同業他社のグループに追いついていければ十分だと考える。

 ハイアールでは、すべてのMEが「リーディングターゲット」と呼ばれる、野心的な成長と変革の目標を追求している。成長の目標は昨年の実績を基準に考えるのではなく、「外側から」考える。専門の調査ユニットが、製品ごとに世界中の成長率のデータを集め、それを使ってMEの成長目標を設定する。中国市場では、特定の顧客セグメントと製品カテゴリの規模と成長予測を、数千地域にわたって細かくボトムアップで計算して目標を導き出す。

 自己変革型のMEは、売上と利益の成長速度が業界平均の410倍となることが期待され、実際の数値目標はそれぞれのMEの競争力によって決まる。ハイアールが出遅れている製品カテゴリや地域では、市場シェアを拡大する余地がたくさんあることから、目標は高めに設定される。ハイアールがリードしている分野や地域では目標値は低めになるが、それでも業界平均の数倍という値だ。

 MEのリーディングターゲットは、変革的な要素も含んでいる。市場を直接相手にしているすべてのMEは、「エコシステム」事業となるために努力することが期待されている。その最初のステップはマスカスタマイゼーションだ。

* マスカスタマイゼーション:大量生産による効率を保ちながら、 顧客の個別のニーズに対応すること。

 ハイアールは先進的な製造方法に多額の投資をしており、いまや大半の工場は注文に合わせて生産することができる。次のステップは、継続的な売上につながるサービスを提供して、顧客をそのユーザーに変えることだ。たとえば、ヒートポンプを売っているMEであれば、リアルタイムのモニタリングサービスを提供して、顧客のオフィスビルのエネルギー効率を高めるといったことが考えられる。

 究極の目標は、ユーザーをサードパーティのサービス提供者につなげられるプラットフォームの構築だ。その一例である「コミュニティ・ランドリー」は、中国の約1000の大学のキャンパスに、4万台を超えるインターネット接続の洗濯機を設置し、運営している。これを担当するMEチームは、学生たちが洗濯機の予約と支払いに使える人気アプリを開発し、いまでは1000万人以上となったアプリユーザーに、外部のベンダーがアクセスできるようにした。

 今日では、コミュニティ・ランドリーのプラットフォームには、食事のデリバリーや寮の部屋向けの家具など、何十もの事業が参加しており、コミュニティ・ランドリーはそうした事業の売上の一部を受け取っている。同M Eは、このモデルを低価格のホテルにも広げている。また、日本やインドに展開する類似のハイアールのMEもコミュニティ・ランドリーのモデルを参考にしている。

 ハイアールがプラットフォームの構築にフォーカスしているのは、ユニコーン企業のように企業価値を高くするには、ユーザー基盤を着実に拡大しながら、一方で限界費用を減らしていく以外に方法はないと考えているからだ。目指すのは、低資本で変動費がゼロに近い事業である。

 ハイアールはすべてのMEの変革を「ウィンーウィン付加価値」計算書で追跡している。そこでは製品開発へのユーザーの関与や、ハイアールの製品が顧客にどのくらい独自の価値を提供しているか、また、エコシステムから得られた売上の割合など、詳細な指標が採用されている。

 ノードMEにも、外部のベンチマークを参考にしたリーディングターゲットがある。たとえば、製造を担当するノードであれば、コストの削減、納期の短縮、品質の改善、製造設備のさらなる自動化などが目標となると考えられる。

 たいていの組織では、古いやり方が見直されるのは、事業が壁にぶつかったときだけだ。変革は受け身であり、主体的ではない。ハイアールでは、リーディングターゲットによって、MEは継続的に自分たちの中核にある見方を検証しつづけることとなる。スタートアップ企業と同じく、ハイアールでは全員が、同じことを繰り返していても成功しないと知っているのだ。

■3 社内独占から社内契約へ

 スタートアップ企業では、社員全員にとって顧客が上司だ。従業員の多くが自社の株式を保有しており、価値を創造する唯一の方法は顧客を喜ばせることだと知っている。これに対して大企業では、市場から隔絶されている従業員が多くいる。

 彼らは、人事、研究開発、製造、財務、IT、法務などの機能部門で働き、これらの部門はいわば独占状態にある。社内へのサービス提供がどれだけ不手際で非効率だったとしても、彼らはクビにならない。社内での関係は、権限や社内取引の価格、間接費の割り当て、ヒエラルキーなどによって決まり、自由な交渉による契約で決まるのではない。その結果、社内サービスは平凡で柔軟性に欠け、効率が低くなる。

 この点に関しても、ハイアールは異なっている。すべてのMEは他のMEと自由に契約できるし、契約しなくてもよい。一般的に、ユーザーとなる1つのMEは10あまりのノードMEと契約を結んでいる。もし、外部の業者のほうがニーズに合ったサービスを提供してくれると思ったら、外部の業者と契約できる。社内でも社外でも、ほぼ上級幹部の介入なしに、交渉して合意を結ぶことができる。

 すべてのMEは自分たちの業績目標を念頭に、「この目標を達成するには、どんなデザインや技術、生産、マーケティングのサポートが必要だろうか」と考える。そして、ノードに入札を求める。サービス提供の希望1つに対し、通常は2つか3つの提案が出される。そのあとのディスカッションは、既存の手法を見直し、新しいアプローチを編み出す機会ともなる。たとえば、販売やマーケティングのノードは、自分たちの地域に出荷される製品の品質について、製造のノードに要求を出すかもしれない。

 面倒なプロセスのように聞こえるかもしれないが、このプロセスはあらかじめ決められたルールをもとに進められる。このルールは、最低限の業績基準やマージンの分配について定めたもので、交渉中の摩擦を減らす役割を果たす。交渉が成立すると、それぞれのノードのパフォーマンスが目標と比べてどうであるかが、モバイルアプリでリアルタイムに提供される。その後1年間、状況が変わった場合には、条件を交渉し直すことができる。したがって、ハイアールは「契約」よりも「合意」という言葉を好む。あるMEのリーダーは過去1年半の間に、10以上のノードを別のノードに換えたと話した。競争力のあるサービスを提供できないノードは、事業が停止される。ノードの売上のかなりの部分が、顧客となるMEの成功にかかっている。

 ハイアールは2019年には、配送や製造といった供給を担当するノードどうしが直接に合意を締結することを促進しはじめた。この目的は、供給側のノードが、顧客に対してさらに責任を持つようにするためだ。初期の結果は期待が持てるものとなっている。ある地域では、不具合のある冷蔵庫の部品を交換するための待ち時間が、5日から24時間に短縮された。

 自己変革型MEがリーディングターゲットに達しないと、ノードも打撃を受ける。というのも、ノードの報酬は自己変革型MEの業績に左右されるという条項が、すべての社内合意に含まれているからだ。これによって、全従業員の報酬は市場での成果にリンクすることになる。張(チャン)は「ハイアールでは、会社はもはや従業員に賃金を支払ってはいません。顧客から賃金をもらっているのです」と言うが、この言葉もあながち誇張とは言えない。また、ある上級幹部は筆者らに、「ハイアールでは全従業員が資本家です」と表現したが、これもそれほど言い過ぎではないだろう。

 ハイアールの報酬モデルには、3つの利点がある。

 第1に、高みを目指すよう仕向ける。高いレベルのサービスを提供できないノードは、社内の顧客を失ってしまう。

 第2に、顧客に優れた体験を提供するという目標に向けて、全員が一致団結する。ユーザーとなっているMEが目標を達成できそうにない様子が見えると、サプライヤーとなっているすべてのノードの代表がすばやく集まって、問題を解決しようとする。

 第3に、柔軟性を高める。自己変革型MEは、新しいチャンスが生じたら、社内外のベンダーのネットワークを自由に組み直すことができる。

<連載ラインアップ>
■第1回 「人間らしさ」が失われると、なぜ組織は病んでしまうのか?
■第2回 高収益体質で業界トップを独走、米国鉄鋼大手・ニューコアの企業文化とは?
■第3回 業界平均より25%高い報酬を実現、米ニューコアの独自のボーナス制とは?
■第4回 8万人の「起業家集団」! 中国家電大手・ハイアールの「人単合一」とは?
■第5回 ハイアールの成長と変革の源泉、「リーディング・ターゲット」とは何か?(本稿)
■第6回 ライバルの足をすくったことは? 官僚主義的思考から脱却する12の問いかけ

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筆者:ゲイリー・ハメル,ミケーレ・ザニーニ,東方 雅美,嘉村 賢州

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