平社員のままのほうがコスパがいい…日本企業で「管理職の罰ゲーム化」が進行している根本原因

2024年3月18日(月)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

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管理職になりたがらない若手社員が増えている。パーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児さんは「いまの管理職は一般職との賃金差がなくなりつつある。役割が増え、責任も重いのに、一般職より“タイパ”は悪い。だから出世を目指さずスタートアップ企業などに転職する若手社員が増えている」という——。(第1回)

※本稿は、小林祐児『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。


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■この40年で管理職の割合はピークの半分に


この数十年で、日本の雇用社会は大きく変わりました。まず、管理職の「数」です。


バブル崩壊以降、日本企業が行った施策に「組織のフラット化」があります。旧来のピラミッド型組織を平らにし、階層を減らし意思決定を速くしよう、というものです。階層が減りますから管理職も減り、結果的に管理職一人当たりの部下の人数は増えることになります。


実は、管理職の数の推移を統計上で正確に調べるのは極めて困難です。統計上の分類には、国勢調査が用いている日本標準職業分類の「管理的職業従事者(大分類)」がありますが、ここには会社・団体等の役員も含まれてしまいます。賃金構造基本統計調査では「役職」がわかりますが、それがいわゆる管理職なのかは、会社ごとに異なります。


また、部下無し管理職・スタッフ管理職など、部下のマネジメント業務を行わない管理職は、統計上の扱いが難しくなっています。それでも断片的にデータを追えば、概観を掴むことはできます。


例えば、統計学者の本川裕氏が国勢調査をもとに狭義の管理職数の推移をまとめたデータを見ると(図表1)、管理職の割合は1980年の4.7%をピークに長期的な低下傾向を示しています。2005年にはピーク時の約半分である2.4%にまで低下しています。男女の年齢別のデータ(図表2)から男性の1995年と2015年の数値を比べれば、1995年に50代前半で11.1%だったものが、2015年にはなんと5.0%と約半分になっています。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、図表は『社会実情データ図録』より
出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、図表は『社会実情データ図録』より

■80年代までに増えた「部下無し管理職」


管理職の削減というと、解雇やリストラなどが原因のようにイメージされるかもしれませんが、実際には管理職は徐々に引退していきますので「新しいポストを増やさない」という自然減による影響もあります。反対に、管理職ポストをかなり自由に「増やしてきた」のが80年代までの日本企業ということです。


人を長く雇用する場合、「いつまでたっても出世できない」ということは仕事のモチベーションに響きます。80年代までの日本企業はモチベーション低下を防ぐために、「あいつは長年頑張っているから、会社でなんらかの上位ポストを用意しよう」ということが多くの企業で行われてきました。「部下無し管理職」、課長・部長の「補佐職」、「スタッフ管理職」など呼び方は多様ですが、直接的な部下を持たないが管理職扱いである層が多く生まれました。


こうした「昇進のためのポスト」「部下無し管理職」の存在が、80年代までの管理職増大の背景にありました。高度〜安定成長期では企業全体が成長しているので、ポストが増えてもそれほど問題ではありません。組織の高齢化も今よりも進んではいませんでした。しかしバブル崩壊後、徐々にそうしたことは行われなくなりました。


上の世代の引退やポストオフなどで管理職は減っても、増えることはなくなり、結果的に管理職数は大きく減少していきました。


■一般職と管理職の賃金差は縮まりつつある


管理職の「数」と同時に、もう一つ減ってきたものがあります。管理職の「賃金」です。


正確に言えば、管理職ではない一般職層と管理職層の賃金の差、つまり管理職になることで期待できる上積み金額が、長期的に減少してきているのです。厚生労働省の賃金構造基本統計調査(図表3)から計算してみると、1981年には、部長の賃金は非役職者の約2.2倍だったのに対し2022年には約1.9倍に、同様に課長の賃金は非役職者の約1.8倍から約1.6倍に、係長の賃金は約1.5倍から約1.3倍に下がっています。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、厚生労働省の賃金構造基本統計調査より筆者が作成。2015年以降は集計・推計方法の変更により参考値

賃金構造基本統計調査は集計・推計方法の変更があるため、連続性は正確ではありませんが、大きな傾向は掴めます(※1)。


日本には労働組合による「春闘」と呼ばれる春季労使交渉が毎年あり、最近も、世界的インフレで物価高が続く対応として組合交渉が盛んに行われ、数十年ぶりの高水準で賃上げが行われました。その交渉の場でも、組合員ではない管理職の賃金は議論の優先順位が下がります。そのため賃金の伸びへの圧力が低い状態になります。


(※1)大井(2005)では、1979年から2004年までの管理職と一般職の相対賃金を調べ、同様の結果を得ている。また、この論文では各種公式統計における「管理職」の範囲や定義についても詳細な議論が行われており、詳しく知りたい方は参照されたい。大井方子“数字で見る管理職像の変化”日本労働研究雑誌2005,545:4-17


■一般職と管理職の“賃金逆転”が起きている


また、雑な賃金設計が行われている企業では、一般社員の給与と管理職の給与の「逆転現象」さえも起きる場合があります。残業手当のつかない管理職と、手当のつく一般社員を比べて、残業が多かった月には、一般社員が管理職と同等かそれ以上の給与をもらうことが、会社によっては頻繁に起こっています。


「責任は高まるものの報酬に反映されない。仕事も定時で終われず、サービス残業もあるので後悔しかない」(47歳、男性、サービス業)


「一般的な通常の会社なら係長までは平社員扱いで時間外手当などもつくのに、係長以上は管理職だということで手当もつかないのに責任だけが重い」(51歳、男性、運輸・郵便業)


これらの賃金逆転は、単純に言えば賃金設計の「失敗」ですが、ここまでわかりやすい失敗ではないものの、次のようなことも起こりえます。管理職とメンバー層の「タイパ逆転」の現象です。「タイパ」とは最近よく言われる「タイム・パフォーマンス」(時間対効果)の略称です。


仮に、そこそこ残業が多めのメンバー層(非管理職)がいるとします。この人の基本給が26万円だとして、残業を月に25時間して、休日手当・深夜手当含め残業手当を6万円、合計32万円の給与を貰ったとします。この人の給与を時給換算すると、1時間あたり1592円になります。


■“タイパ”は悪く、責任も重い


一方で、同じ会社の管理職が貰っている月額給与が、役職手当含めて36万円だとします。残業しないメンバー層とは10万円の差額が設定されており、この時点では「賃金逆転」は起こっていません。しかし、多くの会社で管理職は所定労働時間を超えて労働をしており、残業手当はつきません。


例えば残業を50時間した場合、この管理職の給与は時給換算すると1592円になります。先程の「そこそこ残業が多めのメンバー層」と同じ金額になってしまいました。これ以上に管理職の残業が増えれば「タイパ逆転」現象の出来上がりです(図表4)。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、筆者が独自に作成

メンバー層に比べ、管理職のほうが責任も重く役割も多く、負荷が高いにもかかわらず、まったく同じタイム・パフォーマンスになるとしたら? いくら管理職層が、表面上は高い給料を貰っていても「苦労が報われている」と考えるのは難しいでしょう。


「自分のキャリアのために副業でもしたほうがマシだ」となってしまいそうです。もちろん処遇は月額給与だけではなく、賞与も関係してきます。しかしほとんどの企業で、管理職の賞与は成果と強く紐付いています。管理職が成果を上げるためにより残業を増やせば、やはりタイパは悪くなります。また、会社全体の業績が反映される場合には、管理職個人がコントロールできる範囲を大きく超えていきます。


これらは簡易的なシミュレーションですが、こうした「タイパ逆転」現象は世間で多く起こり、管理職の魅力を減じています。「自分の仕事を時給で計算したら、とてもやってられないよ」という声は、多くの管理職から聞かれますし、もはや「タイパには目をつぶることにしている」という人も多く目にします。


■「管理職になりたい」と思う人は2割しかいない


企業は、この「タイパ逆転」が自社でどのくらい起こっているのか、月額給与と残業時間のデータを使って一度計算してみることをおすすめします。意外なほど多くの従業員に起こっていることに気がつくはずです。


「罰ゲーム」の状況は、どの立場から見るかによって姿が変わります。先程、管理職と「非管理職」の賃金差について少し触れましたが、ここでは、その「非管理職」から見たときの状況を確かめてみましょう。近年、日本の管理職の求心力、魅力が落ちているという事はしばしば指摘されてきました。図表5はパーソル総合研究所が行った国際調査のデータです。ご覧の通り、日本は各国と比較し、管理職になりたいと思っているメンバー層の割合が21.4%と、断トツの最下位となっています。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査」(2019年)

意識調査において、日本で控えめな回答傾向がでることはよくあるのですが、それにしても他国と大きな差があります。単純な比較から少し数字を操作してみると、状況はより立体的に見えてきます。例えば日本の管理職意欲の男女比率を見ると、男性を1としたときの女性の意欲が0.57。女性の管理職意欲は、男性の意欲のおおよそ半分強です。他の国は0.7を切っているところすらありません。また20代の管理職への意欲を100としたときの、年代ごとの管理職意欲の国際比較(図表6)を見ると、日本の異常さがさらに際立ちます。管理職への意欲が、日本だけ40代から一気に下がるのです。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査」(2019年)

■男女ともに「昇進はどうでもいい」と思い始めている


その他の国では40代と50代以上計でも横ばいの国が多くあります。横ばいということは、働いている限り、管理職を目指し続ける人が多いということです。日本は、適齢期に管理職になれなかった人は、もうそこでキャリア上昇を諦め、「管理職になれなかった人」として自己認知し始める国だということです。


こうした意識を時系列でも確認してみましょう。日本生産性本部が実施している新入社員についての調査の、平成最後の10年間のデータを見ると、昇進について「どうでもよい」という回答だけが高まっています。この期間は女性活躍推進が進められた10年でもありますが、皮肉にも男女ともに「どうでもよい」が上がっています(図表7)。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、日本生産性本部・日本経済青年協議会「平成31年度 新入社員『働くことの意識』」調査より筆者が作成

同様に経年比較が可能な、博報堂生活総合研究所による長期時系列調査「生活定点」のデータを見てみると、「会社の中で出世したい」という設問に肯定的な回答をする人は、1998年の19.1%から徐々に低下し、2022年には13.2%となっています(※2)。


日本は、管理職への出世に魅力を感じる人が少なく、特にこの20〜30年ほどでより少なくなってきていることは明らかです。さらに「管理職になれなかったベテラン社員」の意欲の落ち方、そして女性の意欲の相対的な低さというジェンダー格差も、日本の管理職問題が国際的に見ても特異であることを示しています。


(※2)博報堂生活総合研究所「生活定点」調査


■出世するよりもスタートアップで活躍したい


若手にとって管理職が「罰ゲーム」になると、組織・会社の「次世代リーダー」が育ちにくくなるという問題が生まれます。次世代リーダーの育成は、企業の「人」に関わる課題の中で、最も大きな部類のものです。



小林祐児『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)

例えばHR総研の実施している企業調査(人事の課題とキャリアに関する調査)では、どの企業規模でも「次世代リーダー育成」が、直面している課題の断トツ最上位です。少し先の「3〜5年後の課題」でも同じです。他の多くの調査でも同様の傾向が見られ、幹部層候補や次の経営リーダーの育成は、近年の日本企業が抱える差し迫った問題と言えるでしょう。


さらにここ数年、安定した大手企業から優秀な若手が続々と辞めている、という話をよく耳にします。「うちは優秀な若手から辞めていくんですよ」という話が、そこかしこで聞かれます。安定企業で将来有望とされていたキラキラした若手が、スタートアップ企業などに転職していくのです。


ベンチャーキャピタルの発達によって、スタートアップ企業が徐々に高待遇化してきたこともあるでしょう。管理職になる人が減り、一般社員との給料の差がなくなり、「タイパ」も悪くなれば、その会社で出世するインセンティブが下がりますので、早めに辞めてしまう若手が増えて当然です。年功的な賃金のフラット化が早期離職につながることは、すでにいくつかの実証研究でも示されてきています(※3)。


20年も会社に奉仕した挙げ句に大した給与も貰えず、部下とのコミュニケーションで苦労ばかりする環境よりも、同年代の仲間たちと切磋琢磨(せっさたくま)しているスタートアップ企業のほうが魅力的に映るのは仕方のないことでしょう。


(※3)「賃金プロファイルのフラット化と若年労働者の早期離職」村田啓子(首都大学東京)/堀雅博(一橋大学)RIETI Discussion Paper Series 19-J-028


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小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(ダイヤモンド社)など共著書多数。新著に『リスキリングは経営課題〜日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)、『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)がある。
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(パーソル総合研究所上席主任研究員 小林 祐児)

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