現場は「人手不足」を主張しても、会社は「上司のスキル不足」と却下…管理職が「罰ゲーム化」する負のループ

2024年3月19日(火)8時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rachasuk

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日本企業で管理職の「罰ゲーム化」が進んでいる。パーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児さんは「職場の状況について、人事や経営は意外と把握できていない。このため現場の管理職が人手不足や業務量の増加を訴えても、人事はマネジメント・スキルの不足と捉えてしまい、問題解決が遠のいてしまう」という——。(第2回)

※本稿は、小林祐児『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。


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■部下には“3つのパターン”がある


私たちの調査をより詳しく分析していくと、さらなる管理職負荷要因が見つかりました。それは、負荷が上がった管理職が「自らの首を絞めはじめる」ということです。


我々は、部下の行動に着目し、管理職自身の行動が、どのような部下の行動を引き出しているかを分析しました。そして部下の行動を測るために、先行研究を参考にしつつ「配慮的」「批判的」「積極的」という3つの行動のパターンを用いて測定しました(※1)。


「配慮的行動」とは、いわば「ビクビク系の部下」の行動で、やたらと会議への同席を求めたり、メールにCCを入れてくるといった行動です。「批判的行動」とは、「言うこと聞かない系の部下」の行動です。上司に反対意見をぶつけ、指示に従おうとしない行動を指します。「積極的行動」とは、いわば「先回り系の部下」の行動です。彼らは「一を聞いて十を知る」のように、前もって主体的に積極的な仕事をしてくれます。


「ビクビク系」「言うこと聞かない系」「先回り系」。これら3パターンの行動が部下に表れたとき、管理職の負担感に、それぞれどのような影響を与えているのかを確認しました。


(※1)西之坊穂、2021、『日本の組織におけるフォロワーシップ フォロワーはリーダーと組織にどう影響を与えるのか』(晃洋書房)


■「ビクビク系」を怯えさせる“厳密な指示”


やはり予想通り、「ビクビク系」「言うこと聞かない系」の行動は、管理職の負担感を増大させていました。例えば、些細なことまで逐一報告する配慮的な行動や、言われたことに従わず反抗的な態度をとる批判的な行動……。管理職がため息をつきたくなるのは、部下がこういう行動ばかりとるときでしょう。


一方で、唯一負担感を下げていたのは「先回り系」の部下行動です。上司が指示すれば意図を汲んで率先してやってくれる積極的な部下の行動によって、管理職の負担は軽減されます。これらは、誰しもが納得する結果でしょう。


本題は、管理職のどのようなマネジメント行動が「ビクビク系」「言うこと聞かない系」「先回り系」の部下行動を引き出すのかということです。上司の部下マネジメントの行動を「信頼する・認める」と「臨機応変に対応する」、「厳密に指示する」の3タイプに分類し、それぞれの行動が部下の行動にどのような影響を与えているかを分析しました(図表1)。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査

すると、「厳密に指示する」マネジメントは、「先回り系」の部下行動にややつながるものの、「ビクビク系」と「言うこと聞かない系」の部下行動に対して、より強い影響を及ぼしていることがわかりました。


■「ガミガミ系」の上司は考える力を奪う


厳密に指示するというのは、「仕事量のことを厳しく言う」「規則に従うことを厳しく言う」「その日の仕事の計画や内容を知らせる」といった、いわば「ガミガミ系」のマネジメントです。専門的な言葉で「マイクロ・マネジメント」と言います。


つまり、マイクロ・マネジメントをすると、部下はある程度は動いてくれるようにはなりますが、それと同時にビクビクと配慮的になったり、言うことを聞かず批判的になったりしているということです。


「言ったことだけやる」「思うように動いてくれない」「自分で判断しようとしない」といった部下は、上司自身の行動と紐づいているのです。さらに、こうした管理職のマイクロ・マネジメント行動は、働き方改革・ダイバーシティ・業務量の増加によって促進されていることもわかってきました。


まとめて言い換えましょう。多くの管理職は多忙になると、「部下に考えさせる」ための時間の余裕を失います。するとプレイング・マネジャーでもある管理職は、部下に「あれやっておいて」「いつまでにこれをやっておいて」という自由度の少ない指示を出し、行動レベルで直接コントロールしようとします。


■「考えるより、動け」は管理職の首を絞めることになる


そのようなマネジメントを受けたメンバーは、やたら上司の顔色をうかがいはじめるか、やたら反抗するようになり、その行動がさらに管理職の負荷を上げる、という悪循環が起こるということです(図表2)。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査」より筆者が独自に作成

これは筆者も含めて耳が痛い分析結果です。忙しくなればなるほど、「グズグズ考えてないで、早く行動に移ってほしい」「いいから言ったことだけきちんとやってほしい」という思いは、現場管理職の思考に絡みついてくるものです。


しかし、こうして管理職は自らの首を絞めていくことになります。管理職から毎日のように聞かれる「部下が自分で考えてくれない」「今どきの子は、指示待ちばかりだ」という声は、自分自身のマネジメントから導かれている側面がありそうだということです(※2)。しかもこうした行動管理は、組織的に奨励されている場合も多々あります。


例えば、営業機能を持つ会社の多くは、営業職に対していつまでに「何件電話する」「何件訪問する」といった定量的な行動目標を立てます。受注という目標に向けたプロセスを定量化し、そのプロセスをコントロールすることによって営業活動全体をマネジメントしようとします。「考えるより、動け」。これは多くの営業組織に共通して見られる暗黙の規範ですが、先ほどのデータを踏まえると、こうした営業プロセスの管理がどのような人材を育てることになるか、皆さんはもうおわかりでしょう。


(※2)こうしたマネジメント行動から、部下行動の影響について、厳密な因果関係を特定するのは容易ではありません。共に人間行動と人間行動の組み合わせである上に、職場という複雑な環境は、厳密な比較や時系列での分析が極めて困難だからです。部下の行動は学術用語でフォロワーシップ行動と言いますが、今後多くの研究の蓄積が望まれる分野です。


■人事部と現場の認識は“すれ違っている”


さて、ここまで、管理職の負担増がロング・トレンドとして続きそうだということを確認してきました。そんな中で、企業の人事はどのような改善策を講じているのでしょうか。負担感が軽減されるような方策をとっているのならば、問題は徐々に解決していくはずです。


しかし、ここで見られるのは、現場と会社の完全なる「すれ違い」です。そのことを客観的に議論するために、人事部が管理職の課題をどう認識しているのか、また、それが管理職自身の認識と合っているのかについても調べました。図表3をご覧ください。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査

右側には、人事部門が考える管理職の課題が並んでいます。上位から「働き方改革への対応増加」「ハラスメントの対応増加」「コンプライアンスの対応増加」という項目が並んでいます。一方、左側には、管理職自身が感じている課題を高い順に並べています。こちらは「人手不足」「後任者の不在」「自身の業務量の増加」が上位に並んでいます。


■人事は「マネジメント・スキル」を問題視しているが…


二つを比べると、人事部の課題意識で最も高い「働き方改革への対応増加」は、管理職自身の課題意識では6番目に下がります。また、人事部が考える課題で2位、3位の「ハラスメントの対応増加」「コンプライアンスの対応増加」は、管理職自身の課題意識では、上位10位以内にも入っていません。


逆に、管理職自身が感じている課題の1位「人手不足」は、人事部では9位まで下がり、2位の「後任者の不在」も人事部では8位まで下がります。3位の「自身の業務量の増加」は、人事部の課題意識の上位10位以内にも入っていません。


このように、管理職自身が抱えている課題と、会社が管理職に対して持っている認識は大きく食い違っています。管理職からは「会社には期待していない」「人事は何もわかっていない」といった会社側への不満がでてくる一方で、会社側からは「現場はいつも人が足りないと言うものだ」といった言葉が聞かれます。こうした食い違いが、「罰ゲーム」問題をさらにややこしくしています。


管理職に対して人事部(会社側)が問題に感じていることと、実施している管理職への支援について、さらに聴取しました。図表4に結果をまとめます。ここで最も多く挙げられたのは、管理職の「マネジメントの知識・スキルが高まらない」という問題でした(36.0%)。企業人事は、自社の管理職のマネジメント・スキルが低いことを問題視しているようです。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査

■負担が増幅する「インフレ構造」が出来上がっている


会社が行っている支援については「IT化やシステム化などによる省力化」が1位、2位が「研修などによる、管理職本人のマネジメント・スキルの向上」です。これらは構造的・組織的な支援というより、対症療法的なものです。ツールを渡しておいて、あとは管理職個人のスキルや力量で乗り切ってもらおうとする姿勢が見られます。管理職に対するサポートを「特に行っていない」と回答した企業が24.0%ある点も見過ごせません。


まとめれば、今、企業の中には、管理職負担が増幅し続けてしまうインフレ構造が形成されている、ということです。管理職の「罰ゲーム化」は、「時代の流れの中で業務が大変になっている」という地殻変動的なものもあるのですが、会社内部における問題解決のフレームが誤った形でかみ合い続けてしまっていることからも導かれています。この管理職負担のインフレ構造は、図表5のように図解できます。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査」より筆者が独自に作成

インフレ構造は大きく分けて、「人事の個別対処ループ」と「現場のマネジメント・ループ」、「管理職人材不足ループ」という3つのフィードバック・ループで構成されます。まず1つ目の「人事の個別対処ループ」では、調査結果で示された通り、人事が組織の問題を現場にいる個々の管理職に帰責させていきます。コンプライアンスや働き方改革への対応は、多くの企業で、管理職個人の手腕・スキルで解決されようとします。こうした新たな課題への対応で負荷が増大した分、代わりに他の業務が楽になる、ということはほぼありません。


そして、会社は「管理職に変わってもらおう」と個別スキル開発中心の訓練を行います。調査でも、管理職のスキル不足を認識している人事ほど、研修を多く行う傾向が確認されています。


■「諸悪の根源」が罰ゲームを生み出しているわけではない


2つ目の、「現場のマネジメント・ループ」では、中間管理職が部下の行動管理を厳格に行ってしまうマイクロ・マネジメントの問題が生じます。負荷が増大し、仕事が忙しくなった管理職が、マイクロ・マネジメントを強め、部下を思い通りにコントロールしようとするのです。すると部下は「指示待ち」や「批判的な行動」を取るようになり、結局、管理職の負荷は増大していきます。


3つ目の「管理職人材不足ループ」では、業務量が増加し、部下の育成に手が回らなくなった管理職が、自分でやるしかない状況に陥ります。その仕事ぶりは、部下の「管理職になりたくない」という意志を強めることにつながります。それにより「後継者候補の優秀人材を選抜できていない」という問題意識が(人事部門に)生じます。これは「人事の個別対処ループ」の「マネジメント・スキル不足の認識」に直結していくことになります。


この3つのループがまるで永久機関のようにずっと回り続け、次々とバグ(課題)を生み出し、現場の管理職の負荷が上がり続けているのが、バブル崩壊後の日本企業です。このループのどこかを止めない限り、流れは永遠に続いてしまいます。


この構造が理解できれば、管理職の「罰ゲーム」には「ラスボス」が存在しないということも同時に理解できます。諸悪の根源のような存在がこのゲームのバグを創り出しているわけではありません。「管理職が大変だ」という問題の背景にある、こうした全体像を理解していなければ、間違った対処を続け、この構造を抜け出すことはできないでしょう。


■チェックリストで「罰ゲーム化」の度合いを見極める


さて、ここまで読んだ読者の方々が気になるのは、「管理職の『罰ゲーム化』が自社でどの程度起こっているのか」という点だと思います。そこで「兆候」となる現象を一覧にしたチェックリストを作成しました(図表6)。


出所=『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』、筆者が独自に作成

その問題と紐付きやすいカテゴリもまとめました。自社や職場において、リストにあるようなことが多く起こっているほど、管理職の「罰ゲーム化」は深刻な状態まで進んでいると考えられます。



小林祐児『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)

一方で「罰ゲーム化」現象に対する職場の耐性はそれぞれです。「ここまではOKで、ここからはNG」と一律の基準を設けられるものではありません。耐えられるストレスの範囲が個人によって異なるように、職場における負荷の許容量も当然異なります。ですので、チェックリストは、自社の「過去からの変化」を中心に確認していくことをおすすめします。


管理職の「罰ゲーム化」は、ロング・トレンドとともに進行しています。そのチェックが自然と解消されていくことは少ないでしょう。なお、チェックリストのうち、自社の実態がわからない項目には「?」をつけてみてください。


自社の管理職や職場の状況について、人事や経営は意外と把握できていないことも多く、それ自体が大きな問題です。放置しておくと管理職の「罰ゲーム化」は潜在化していき、いつまで経っても問題解決の入り口にも立てないでしょう。ぜひ、「チェックマーク」の数とともに「?」の数もチェックしてみてください。


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小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(ダイヤモンド社)など共著書多数。新著に『リスキリングは経営課題〜日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)、『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)がある。
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(パーソル総合研究所上席主任研究員 小林 祐児)

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