ガザの市民など眼中にない…「第2次トランプ政権」が誕生すればアメリカは親イスラエルで突き進む

2024年3月20日(水)11時15分 プレジデント社

第1期トランプ政権時代の2020年9月15日、前月に発表されたアブラハム合意に基づき、ホワイトハウスで国交正常化合意文書の署名式に臨む(左から)バーレーンのザイヤーニ外相、イスラエルのネタニヤフ首相、トランプ大統領、アラブ首長国連邦(UAE)のアブドラ外相 - 写真=AFP/時事通信フォト

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もしトランプ元米大統領が再選されたら、パレスチナ問題はどうなるのか。国際政治学者の篠田英朗さんは「ハマスの過激路線を否定するという観点から、イスラエルとの間に共通の利益を見いだすよう、トランプ氏はアラブ諸国に働きかけるだろう。ただし現時点でうまくいくかどうかは不透明だ」という——。
写真=AFP/時事通信フォト
第1期トランプ政権時代の2020年9月15日、前月に発表されたアブラハム合意に基づき、ホワイトハウスで国交正常化合意文書の署名式に臨む(左から)バーレーンのザイヤーニ外相、イスラエルのネタニヤフ首相、トランプ大統領、アラブ首長国連邦(UAE)のアブドラ外相 - 写真=AFP/時事通信フォト

■歴代の米大統領の中でも際立って「親イスラエル」


トランプ大統領は、歴代のアメリカ大統領の中でも、際立って親イスラエル的であると評される。娘のイヴァンカ氏を通じて、ネタニヤフ首相を含めたイスラエルの要人の人脈に通じるユダヤ系の人々と姻戚関係にある。第1期政権時には、エルサレムへのアメリカ大使館の移転など、それまでの政権がなさなかったレベルの親イスラエル的な政策をとった。


ただし、現在のところ、表向きはガザ危機をめぐって旗幟(きし)を鮮明にするような発言はあまり行っていない。双方に大変な惨劇が起こっていることを嘆きつつ、自分が大統領だったら危機は発生しなかっただろう、というおなじみのレトリックも用いて、バイデン大統領の批判につなげている。


もっとも宗教右派系の集会などでは、断固としてイスラエルを支持する、という趣旨の発言をしているようだ。選挙を意識して、発言を操作しているようである。


親イスラエルのイメージは、バイデン大統領よりも、圧倒的にトランプ氏の方が強い。親イスラエル系の票の読みは安泰だろう。これに対して、リベラル系が基盤のバイデン大統領は、現在、親パレスチナの立場の人々からも不信感を持たれている。これらの人々を刺激して反トランプで結束させすぎず、「どちらも同じだ」と思わせて、選挙の際には棄権してもらうのが、トランプ氏の利益だ。


いずれにせよ、トランプ氏がもし選挙に勝ったとしても、大統領に就任するのは1年近く後のことだ。現在のガザ危機が1年後にどのような展開を見せているのか、予測することは非常に難しい。トランプ氏はそのこともふまえたうえで、1年後の自分の行動を縛り付けるような発言は控えているとも言える。


だがそれにしても、いくつかのカギはあるかもしれない。トランプ第2次政権発足後の外交政策の可能性を、中東情勢の観点から考えてみることは、その他の領域について考える際のヒントも提供する意味があるだろう。


■追い求めるのはアメリカの「直近の利益」


トランプ氏の政策の基本スタンスは、「アメリカ・ファースト」である。これは内政面においてだけでなく、外交政策においても同じだ。アメリカの利益になる外交関係を追求し、そうではないものを忌避する。


※写真はイメージです(写真=James McNellis/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

ポイントは、追求する利益が、わかりやすい直近の利益でなければいけないということである。多国間主義や自由貿易の追求は、長期的な観点からはアメリカの利益になる、といった議論は、トランプ氏の関心対象ではない。


この点をふまえてトランプ氏の中東へのまなざしを見てみよう。トランプ氏は、イスラエルを擁護する立場は、アメリカの直近の利益になる、と考えているようである。経済的な視点もあるかもしれないが、安全保障面から見た場合でも、中東における反米勢力の台頭を封じ込めるための最強のカードがイスラエルだ、ということだろう。したがってハマスを撲滅しようとするイスラエルの政策に、トランプ氏が躊躇(ちゅうちょ)をする可能性は乏しい。


ガザの一般市民や、パレスチナ問題に対する関心によって、第2次トランプ政権の政策が左右される可能性は乏しい。シェール革命を果たしたアメリカにとって、エネルギー問題への関心で産油国に気遣いをしなければならない理由も乏しい。


■「イスラエルとともに世界から孤立」も辞さない


バイデン政権とも良好な関係を築こうとしたという理由で、トランプ氏がネタニヤフ首相に不信感を持っている、という説もある。だが現在は、イスラエルの過激なガザ攻撃に苦言を呈するバイデン大統領に、ネタニヤフ首相はいちいち反発を示している。トランプ氏の大統領就任を、ネタニヤフ首相は歓迎するだろう。そしてトランプ氏もそれを受け入れるはずだ。


※写真はイメージです(写真=IDF Spokesperson's Unit/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons/)

第2次トランプ政権の成立は、国際社会の逆風をものともせず、アメリカがさらにいっそう明確なイスラエル擁護の立場をとるということを意味する。そしてアメリカは、イスラエルとともに、国際的には一層の孤立をしていくだろう。


第2次トランプ政権の中東政策で、最も不透明な要素は、トランプ氏の無類の「交渉(Deal)」好きな性格が、ガザ危機後の地域情勢で、どう働いてくるか、という点である。


ワンマン経営者から、大統領に一気に転身したトランプ氏にとって、「取引」こそが、自らの存在価値を証明するものだ。破天荒なイメージが強いトランプ氏だが、原則を無視したり既存の政策を見直したりするのも、すべて自分の思い通りに「取引」がしたいからである。無類の交渉好きだと言える。


■第1期政権の外交成果「アブラハム合意」


第1期トランプ政権の外交成果の一つが、「アブラハム合意」であった。狭義の「アブラハム合意」は、2020年8月にイスラエルとアラブ首長国連邦との間に締結された平和条約および国交正常化の合意のことを指す。その後、類似の合意が、バーレーンとの間にも締結され、さらにスーダンやモロッコが追随する流れとなった。広い意味での「アブラハム合意」は、こうした一連のイスラエルのアラブ諸国との国交回復の流れを指す。


この「アブラハム合意」の現象が、バイデン政権の時代になっても続いていることの象徴として、イスラエルとサウジアラビアとの間の国交回復が予定されていた。だが、2023年10月のハマスによるテロ攻撃と、その後のイスラエルの苛烈(かれつ)なガザ攻撃は、この「アブラハム合意」の動きを停止させた。イスラエルを批判する世論が、アラブ地域はもちろん全世界で高まっている中で、あえて火中の栗を拾ってイスラエルとの国交合意を誇示しようとするアラブ諸国は、存在しない。


■イスラエルもアラブも共通の敵はイラン


しかしイスラエル政府とアラブ諸国政府の利益計算が、大きく狂ったわけではない。双方の共通の敵が、イランだ。さらに言えば、地域内のイスラム過激派勢力である。イランの影響下にあるイエメンのフーシー派などだけではない。ガザを基盤にしていたハマスも、イスラム過激派勢力の一角を占めていると言える。


現在、アラブ諸国が、ガザ危機に際して具体的な行動をとろうとしない大きな理由の一つが、ハマスに対する警戒心だ。ハマスの勢力の伸長は、イランを後ろ盾にするイスラム過激派の勢力の伸長につながる——そう考えるアラブ諸国の権威主義的な政権は、ハマスの弱体化に、イスラエルとの共通の利益を見いだす。


■エジプトの行動に見る「アラブ諸国の立場」


1979年にアラブ国家として最初にイスラエルとの国交を回復させたのは、エジプトである。「アラブの春」によってムバラク独裁政権が倒れた直後の2012年、エジプトではイスラム原理主義的な性格を持つ「ムスリム同胞団」のモルシが大統領選挙に勝利した。しかしモルシ大統領は、わずか1年余りで軍事クーデターによって倒された。モルシやその他のムスリム同胞団の幹部の多くが逮捕され、死刑判決を受けた者も少なくない。その弾圧を指揮した軍事政権の主導者が、国軍幹部であった現在のシシ大統領である。


ハマスは、ムスリム同胞団と同じ起源を持つとも言われる。現在も緊密な関係を持っているとまで見る者は少ないが、イスラム原理主義的で反イスラエルであるという思想において、ハマスとムスリム同胞団を同じ系統に分類できることは間違いない。モルシ政権がハマスに親和的であったのとは対照的に、エジプトのシシ政権はハマスを警戒してきた。このエジプトの立ち位置は、「アブラハム合意」で明らかになったアラブ諸国の立場を代表している。


トランプ氏が大統領に返り咲いた場合、「アブラハム合意」路線の再確立に奔走することは確実であると思われる。ハマスの過激路線を否定するという観点から、イスラエルとの間に共通の利益を見いだすよう、トランプ氏はアラブ諸国に働きかけるだろう。その点で合意ができるのであれば、イスラエルがハマス掃討後のパレスチナ政策を穏健化させるなどの「取引」を持ちかける可能性もある。


それは、さらに踏み込んで、(明白に国際法違反の)イスラエルのガザ占領統治体制をアラブ諸国に認めさせ、「アブラハム合意」路線のアラブ圏への普及を根拠として事態の収拾を主張する、という路線にもつながっている。


■トランプの「取引」が成立する条件


この「アブラハム合意」における「取引」を、第2次トランプ政権も踏襲できるか、あるいはそれが何らかの成果をもたらすかは、幾つかの条件が達成できるかどうかにかかっている。


第一が、イスラエルのハマス掃討軍事作戦の成功だ。もしイスラエルがハマスの撲滅に成功し、さらには残ったパレスチナ人勢力の穏健化にも成功するのであれば、「アブラハム合意」路線は、イスラエル圧倒的優位の現実を追認する政策としての重みをもってくる。


とはいえ、この原稿を書いている2024年3月の段階で、この見込みの行方は全く不透明だ。イスラエルは約5カ月にわたって大々的な軍事作戦をガザにおいて行ってきているが、成果は芳(かんば)しくない。民政施設と市民の犠牲だけが累積し、人質の解放やハマス指導者層の掃討に目立った戦績をあげることができていない。いわば非武装のガザの人々に力を誇示するパフォーマンスに終始するだけで、ハマス掃討という実質的な成果を見せられていないのである。これでは「アブラハム合意」の路線が復活する見通しが立たない。


もちろんイスラエル政府は戦果を出すために、今後も頑(かたく)なに軍事攻撃を続けるだろう。だが5カ月の間、ハマスの側が座してその瞬間を黙って待っていたとも思えない。イスラエルがどのような形で軍事作戦を終了させるのか、あるいは終了させることができない状態に陥るのか、形式的な終了宣言は出しても戦果はもちろん事態の解決が見いだされない泥沼に陥っていくのかは、まだ予断を許さない状況だ。少なくとも、ガザ攻撃開始当初のイスラエル側の楽観論は、消えている。


第2が、国際的なイラン包囲網の強化の是非である。イランの脅威を強調し、アラブ諸国がそれに同調してくる限り、イスラエルは周辺諸国との一定程度以上の安定的な関係を維持することができる。


しかし国際世論は、パレスチナに同情的である。イランはイスラエルとの直接的対決を避けながら、親パレスチナの行動に出ているレバノンのヒズボラやイエメンのフーシー派の後ろ盾としての存在感を強めている。現状では、イランよりも、イスラエルのほうが、国際秩序をかく乱する要素になっている。


■イランと他の中東諸国が「BRICS」でつながる可能性


イランは2024年1月1日、エジプト、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エチオピアとともに、BRICSに加盟した。エチオピアがUAEに非常に親密な東アフリカの大国であることを度外視しても、新規加盟5カ国のうちの4カ国が中東の国々であった。本来は、上述の国々が一枚岩であるわけではない。むしろイランと、それ以外の諸国との関係の間には、猜疑心(さいぎしん)しかない。とはいえ、イラク、シリア、イエメン情勢の戦火が激しかった一時期と比べれば、イランとサウジアラビアをそれぞれの盟主とみなすシーア勢力とスンニ派勢力の対峙(たいじ)の構図は、だいぶ緩和されてきている。


だからこそ、BRICSの従来の加盟国は、それらの諸国の同時加盟を狙ったのだと言える。言うまでもなく、BRICSにはロシアや中国が存在し、反米的な傾向が顕著だ。国際司法裁判所(ICJ)でイスラエルをジェノサイド条約違反で訴えた南アフリカも含めて、BRICS諸国は、ガザ危機をめぐって、イスラエルに批判的である。イスラエルを批判できない欧米諸国とは、鮮明な対照関係にある。


今後、イスラエルが長期の軍事作戦で国力を疲弊させ、支援する欧米諸国の威信も低下していくのであれば、イランはBRICSの枠組みなどを活用して、他の中東諸国とも一定の対話関係を持つ多国間協調の枠組みに入ってくる可能性がある。そうなれば、「アブラハム合意」の「取引」を模索するトランプ路線は、行き詰まりを見せるだろう。


注目すべきは、トルコのエルドアン大統領が、際立って強いイスラエル批判を繰り返していることだ。ガザは、中東が欧州列強の植民地化の憂き目にあう前までは、オスマン帝国の一部だった。今でも、地中海世界の一部としての強いアイデンティティーを持つ地域だ。北大西洋条約機構(NATO)構成諸国であり、ロシア・ウクライナ戦争に対しても絶大な存在感を見せるトルコの反イスラエルの姿勢は、アメリカ外交にとっても重たい意味を持つだろう。


ガザ危機の国際的な注目度は高く、中東域外のインドネシアやマレーシアなどのイスラム諸国はもちろん、その他の諸国においても、反イスラエル・反欧米の機運は高まっている。仮にイランの脅威への対抗を共通の利益にして、アメリカがイスラエルとアラブ諸国との間の「取引」を持ちかけようとも、そのこと自体が反発を招いて国際的孤立に至る可能性も高まっている。


■短期的な方向性は見えるが…


第三が、イスラエル、アメリカ、そしてアラブ諸国の国内世論の情勢である。イスラエルとアメリカの国内世論は、少なくとも当面は、右派的な路線から動くことはないだろう。アラブ諸国の権威主義体制が大きく揺らぐ兆しも見られない。だがいずれの場合にも、国内世論は一枚岩ではない。


ネタニヤフ首相は、非常に脆弱(ぜいじゃく)な政権基盤の上でようやく成立している。アメリカの国内世論は2極分裂の傾向を強め続けており、トランプ第2次政権の中東政策は、その傾向を強めるものになる恐れがある。アラブ諸国の権威主義体制は、「アラブの春」で噴出した民衆の不満を、強権体制で封じ込めているだけだ。それぞれの国内における反対勢力の勢いが高まるならば、当然のことながら外交政策も円滑には進められない。


第一のイスラエルの軍事作戦、第二のイランの孤立と欧米諸国の優位、第三のイスラエル/アメリカの国内世論の右傾化とアラブ諸国の権威主義体制の国内情勢の継続は、いずれも短期的には見込みの高い路線である。しかし長期的に持続可能性があるのかどうかについては、かなり疑わしい、と見ざるを得ない要素が多々ある。「ガザ危機」は、地域情勢の流動化をもたらしかねない大きな要素だ。


バイデン大統領よりわずかに若いだけで、当選の暁には、やはり大統領在職中に80歳を迎えるトランプ大統領だ。彼の政策が、極めて近視眼的であり、長期的視野に立った洞察に欠けるものになる可能性は、大いにある。


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篠田 英朗(しのだ・ひであき)
東京外国語大学教授
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『戦争の地政学』(講談社)、『集団的自衛権で日本は守られる なぜ「合憲」なのか』(PHP研究所)、『パートナーシップ国際平和活動:変動する国際社会と紛争解決』(勁草書房)など
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(東京外国語大学教授 篠田 英朗)

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