指導者の転職で部員ほぼ全員"福岡→鳥取の集団転校"…駅伝の強豪・大牟田高の大騒動の背景に"大人の論理"
2025年3月20日(木)10時15分 プレジデント社
男子5区、仙台育英の市川太羅(奥)を引き離し、競り合う大牟田の塚田虎翼(左)と佐久長聖の酒井崇史=2024年12月22日、京都市内[代表撮影] - 写真=時事通信フォト
■駅伝強豪・大牟田高校“集団転校”のウラにあるもの
全国高校駅伝準優勝校の“集団転校”が話題になっている。
全国高校駅伝で5度の優勝を誇る名門・大牟田高(福岡)の赤池健ヘッドコーチが新年度から鳥取城北高の監督に就任。赤池氏の指導継続を求めた大牟田高の長距離部員19人中18人が鳥取城北高へ転校する見込みだという。
写真=時事通信フォト
男子5区、仙台育英の市川太羅(奥)を引き離し、競り合う大牟田の塚田虎翼(左)と佐久長聖の酒井崇史=2024年12月22日、京都市内[代表撮影] - 写真=時事通信フォト
果たして、この判断は正しいのかどうか。選手の意思や希望を尊重することも大切だが、今回の集団転校には高校スポーツ界を考えるうえで、さまざまな問題が潜んでいる。
■赤池氏にあった体罰問題
ことの発端は赤池氏の体罰問題だ。
赤池氏は大牟田高の監督時代、部員に対して平手打ちなどの体罰を行っていたことが発覚。2023年4月に退職願を提出した。しかし、部員や保護者の要望を受けるかたちで、学校は部活のみを指導する「部活動指導員」として赤池氏を復帰させた。その後はヘッドコーチという肩書ながら、実質、駅伝部の指揮を執っていた。
2021年と2022年は全国高校駅伝の出場を逃したが、2023年は3年ぶりに出場して6位入賞。2024年は2位と赤池氏が監督に就任した2006年以降、最高成績となった。結果的に、体罰問題から右肩上がりで結果を残していることになる。赤池氏の教え子には今年の箱根駅伝でも活躍した太田蒼生(青学大)、馬場賢人(立教大)らがおり、選手育成力は多くの関係者が認めている。
過去に体罰問題で退職した指導者のなかには、部員や保護者から熱烈な支持を受けていた者がいた。赤池氏と同じように結果を残すという意味では“抜群の指導力”があったからだ。
大きな実績を残している赤池氏に対して、学校は教諭(&駅伝部監督)から駅伝部ヘッドコーチに“降格”したことで、収入面でも影響があったと思われる。さらに、同校は監督に同校OBを招聘することを決め、赤池氏を排除するような動きに出た。それを受け、待遇などを考慮して、新天地からのオファーを引き受けたのではないだろうか。
もし、過去の体罰問題がなければ、大牟田高での指導が続き、今回のような騒動は起きていなかったと考えられる。赤池氏の鳥取城北高監督就任はいわば“転職”であるため、外野がとやかく言う問題ではない。しかし、今回の“集団転校”は考えないといけない問題がたくさんある。
■新生チームと鳥取王者の実力差は圧倒的
まずは大牟田高から鳥取城北高に転校予定の選手たちだ。全国高校体育連盟の規定では、転校後、6カ月は同連盟の主催大会に出場できない。駅伝シーズンには間に合うが、陸上競技のメイン大会となるインターハイ路線には参戦できないことになる。全国で上位を狙える選手にとっては厳しい決断になるだろう。
またメンタル面も心配だ。大牟田高の駅伝部は寮生活をしているとはいえ、部員の大半は地元福岡出身。実家にすぐ帰ることができたが、鳥取から博多までは特急と新幹線を乗り継ぎ3時間半以上かかる。金銭面を考えても、頻繁に帰宅することができなくなるだろう。
加えて、誹謗中傷を浴びる危険性もはらんでいる。なぜなら全国高校駅伝は各都道府県で1校(+各地区から1校)しか出場できないからだ。全国高校駅伝は全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)と似たシステムで、各都道府県から代表1校(+地区代表1校)しか出場できない。昨年の鳥取県の高校駅伝は米子松蔭高が優勝し、鳥取城北高が2位。両校のタイム差は1分42秒だった。
出典=日本陸上競技連盟公式サイト「男子第75回 全国高等学校駅伝競走大会」より
では、来年度、両校の戦力はどうなるのか。
鳥取城北高に集団転校する大牟田高は昨年12月に行われた全国高校駅伝の準優勝メンバー7人中2人が2年生だった。最長1区を2位と快走した選手と最終7区で区間3位だった選手だ。前者は5000mで13分台の記録を持っており、他の選手(転校見込みの17人)も大半が5000mで14分台の実力を持っている。
一方の米子松蔭高は、昨年の全国高校駅伝は3年ぶり8回目の出場で50位だった。出走メンバーは全員が鳥取県内の選手たちだ。そのメンバーが4人残っているとはいえ、区間上位で活躍した選手はいなかった。5000mのタイムも1、2年生で14分台は2人しかいない。
大牟田高からの集団転校によって、来季の鳥取県高校駅伝は鳥取城北高が圧倒的に優勢となる。ただし、同高が全国高校駅伝に初出場した場合、地元の選手がまったくいないというケースも考えられる。仮に全国高校駅伝で大躍進を遂げたとしても、地元の人々は複雑な心境になるだろう。
■地元選手がいないチームは応援されるのか
はたして、地元の選手がいないチームが全国大会で活躍した場合、世間からどんな声が上がるのか。
2016年に夏の甲子園に出場した秀岳館高はベンチ入りした18人に地元・熊本出身者が一人もいなかった。スタメンメンバーの多くが鍛治舎巧監督が率いていた大阪のオール枚方ボーイズ出身者だったため、「大阪第二代表」と揶揄する人もいた。
とはいえ大阪の選手にとって“野球留学”はよくある話だ。より良い野球環境や優秀な指導者を求めたり、甲子園に出られる確率が高い地域の強豪校を選んで、越境進学したりすることは珍しいことではない。
鳥取城北高は部活動が盛んで、特に相撲部は照ノ富士、逸ノ城ら多くの関取を輩出している。しかし、先述した両名はモンゴルからの留学生だ。
学校自体は県外だけでなく、海外からの選手もウエルカムかもしれないが、地元の反応は同じではないだろう。
報知スポーツ(3月6日)の取材に対して赤池氏は、「今回の件で鳥取の方々に心配をかけて申し訳ありません。大牟田から転校する選手だけではなく、現在、鳥取城北に在籍している選手を強くすることが私の使命です。力を合わせて頑張っていきたい。また、鳥取県内の高校と切磋琢磨し、鳥取県のレベルアップに貢献したいと思っております」とコメントしている。
鳥取県は昨年の県駅伝参加校が10校(+オープンで3チーム)しかなかった。高校長距離ランナーが最も少ない都道府県のひとつだ。県内選手だけを強化して、全国大会の上位を目指すのは無理がある。おそらく県外からも選手を集めることになるだろう。
また集団転校することで、名門・大牟田高の戦力が大幅にダウンすることになる。それどころか、新入生も大半の選手が鳥取城北高へ進路変更したため、大牟田高は駅伝メンバー7人すら集まらない可能性があるのだ。
大牟田高は来年度から同校OBの磯松大輔氏が新監督に就任する予定。学校側は赤池氏を磯松氏のサポート役にまわす方針だったが、選手と保護者は反対し、撤回を求めていた。しかし、その要望はかなうことがなく、赤池氏は1月に退職願を提出した。
福岡県大牟田市にある大牟田中学校・大牟田高等学校(写真=hyolee2/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
赤池氏と磯松氏はともに大牟田高OBで、赤池氏が1学年上になる。しかし、ふたりのキャリアはかなり異なる。赤池氏は全国高校駅伝の出場はなく(2、3年時は補欠)、進学した日本体育大でも箱根駅伝を走ることはできなかった。母校に教師として戻り、指導者として実績を積み上げてきた。
一方の磯松氏は全国高校駅伝に3年連続で出場(3年時は優勝)して、法政大時代は箱根駅伝に4年連続で出場。いずれもエースとして活躍した。大学卒業後はコニカミノルタの中心選手としてニューイヤー駅伝で6度の日本一を経験。その後はコニカミノルタの監督も務めた。
赤池氏からすれば、いくらエリート選手だったとはいえ、後輩のサポート役は我慢できなかったのかもしれない。
■大牟田高に残ったほうが良かったと言える理由
以上のような背景を踏まえて筆者が思うのは、1年生や新入生はともかく、2年生(新3年生)はインターハイのチャンスを含めて、大牟田高に残ったほうが良かった、ということだ。赤池氏だけでなく、磯松氏の指導を受けることで得られるものは大きいはずで、選手としてさらに伸びる可能性が大きい。
今回の転校騒動では“集団心理”が働いているとしか思えない。
高校駅伝界でも過去に同じようなことがあった。2012年3月に宮城・仙台育英高の1、2年10人(男子7人、女子3人)が愛知・豊川高に集団転校した。このときは東日本大震災の不安が転校の大きな理由だったが、陸上界では疑問視する声が強かった。しかも、男子は全国高校駅伝に初出場して初優勝。出走メンバー7人中5人が仙台育英高から転校した選手だった(残り2人のうち1人はケニア人留学生)。
前述した秀岳館高もそうだったが、指導者が新たなチームへ移るとき、選手も一緒に“移籍”するケースはたびたびある。
陸上界でも過去に高校教諭から大学や実業団の指導者に転身した元監督を追いかけるように、高校を卒業した後、そのチームに進んだ選手は少なくない。ただし、今回は“転校”だけに事情が異なる。
昨年12月の全国高校駅伝で連覇を果たした名門・佐久長聖高(長野)も県外者は少なくない。高校卒業後も大活躍しているOBでは、東京五輪マラソン6位の大迫傑(早稲田大→ナイキ)が東京出身、佐藤悠基(東海大→SGホールディングス)と鈴木芽吹(駒澤大→トヨタ自動車)が静岡出身だ。
とはいえ高見澤勝監督は全国から有望な選手をかきあつめているわけではないという。選手自らの意思で入学を希望しているのだ。今季の主力だった濵口大和は徳島出身、佐々木哲は愛知出身だった。
以前取材したとき、高見澤監督は、「私は県外の選手は積極的に誘っていませんし、佐久市は標高が700m程度あって、冬は寒さもあります。入学を希望する選手に『ウチは厳しいよ』という話はします。でも県外から来る子は、覚悟を持って来てくれるので、志も高いのかなと感じています」と話していた。
自らの意思で厳しい環境に飛び込む選手は成功する可能性が高い。しかし、親や学校OBなど周囲の意見に流されてしまった選手はどうなのか。もし、将来有望な長距離選手や駅伝選手が“大人の論理”で決断させられ、その後挫折してしまったら、どうやって気持ちを整理すればいいのだろうか。
スポーツに限らず、指導者(先生)や環境が合わず他校に転校する選手(生徒)はおり、それは否定されるべきものではない。ただし、集団での転校は考え物だ。「みんなそうするから」といった考えではなく、視野を広く持ち、ベストの選択をしてほしい。本当の勝負は高校ではなく、ずっと先にあるのだから。
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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)