受信料維持のためには大谷翔平も使う…重要な報道番組を「MLB生中継」に変えてしまうNHKの恍惚と不安

2024年3月25日(月)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/egadolfo

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NHKは3月20日、大谷翔平が所属するLAドジャースのソウルでの開幕戦の様子を看板ニュース番組「ニュース7」内で生中継した。元NHK職員で次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「若年層の視聴率が急騰したため、若年層対策が急務なNHKの狙い通りにはなった。しかし、公共放送の報道番組がこれでいいのか、という声もSNSにはあった」という——。
写真=iStock.com/egadolfo
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■視聴率快進撃


韓国ソウルでMLB開幕戦が行われた先週水曜(20日)、NHK「ニュース7」(総合1:毎日午後7時〜)の視聴率は急騰した。


サブチャンネルで中継しただけでなく、ともにWBC日本代表のダルビッシュ有(サンディエゴ・パドレス)が投げ大谷翔平(ロサンゼルス・ドジャース)と対決する1回表の攻撃を、ニュースを中断してサブ以外にメインチャンネルでも放送したことが大きい。結果としてこの日の個人視聴率は最高で約14%に達し、前十週平均の2倍近い視聴率となった。しかも、若者では3倍前後に急伸した年層もあり、受信料制度維持のため若年層対策が急務なNHKにとってはウハウハの放送となった。


ところがNHKの看板報道番組内でMLBの試合を10分強も中継したことによるハレーションも起きていた。大谷が強豪ドジャースに移籍した最初の公式戦での、NHKの恍惚(こうこつ)と不安を考えてみた。


この日の「ニュース7」は普段と比べトンデモない数字となった。


出典=スイッチメディア「TVAL」関東地区データから作成

オープニングで試合開始直前の大谷の姿を生中継したため、冒頭数分で数字は爆上げ。その後しばらくタンカー転覆などのニュースが伝えられた後に、プレイボールにあわせて7時5分頃から野球中継に戻ると個人視聴率は3倍近くまで急騰した。


1回表の終了で中継からいったんニュースに戻ったが、視聴率は大きくは落ちなかった。それだけでなく、異例の野球中継を差し込んだためか番組全体は通常時の11分拡大版となったが、前十週平均の2倍という異例の高値になった。


この措置への驚きの声は、SNSにもいくつかあがった。


「ニュース7のトップがMLB開幕戦とは驚いた」
「ニュース7見ようとしたらオオタニさんばかりでビックリ」
ダルビッシュvs大谷見れて良かった」

ニュースの後、MLB中継は7時40分頃から10時20分まで続いた。そこまでの3時間ほど、NHKは他のチャンネルに3倍以上の圧倒的な大差をつけた。大谷効果は絶大だったのである。


■若年層をゲット


実はNHKにとっては、「ニュース7」の個人視聴率が2倍になった以上に、若年層で注目されたことが大きい。


例えば、F1(女性20〜34歳)で3倍弱、M1(男性20〜34歳)で3.5倍と全体平均より大きく上がっていた。他に高校生や大学生、さらにZ世代(10代後半〜20代後半)やコア層(男女13〜49歳)でも軒並み2以上で、この日に限っては「ニュース7」が裏の民放全番組を上回った。


出典=スイッチメディア「TVAL」関東地区データから作成

例えばコア層だと、日テレ「有吉の壁」を約1%凌駕した。テレ朝「世界アニマル&キッズ動画スペシャル」からフジ「志村けん&ドリフの爆笑コント祭り」までには2倍の差をつけた。Z世代に限れば、NHKはテレ朝とフジに対して2倍以上の差をつけたことになる。


バラエティ番組は「暇つぶしや慰安のための番組」と言われることがある。それだけに一定程度の視聴率が見込めるが、大谷翔平のようなキラーコンテンツが登場すると、「積極的に見たい」と思われない番組はひとたまりもないようだ。


NHKは、日頃は若者に顧みられない。基本、必要とされていない。受信料制度の理解を得るためには、あらゆる世代に見られることが求められる。そんなNHKにとって、若年層で断トツとなったのはこの上ない喜びだったに違いない。


■非難も轟轟


かように大谷効果は絶大だったが、マイナスの効果も忘れてはいけない。


局を代表するニュース番組に野球中継を入れたことで、非難轟轟の声も多かったからだ。SNSには批判ツイートが相次いだ。


「タンカー転覆で7人も亡くなってるのにMLB中継かよ」
「大谷選手は本当にすごいけど(中略)生活に関わるニュースより大事なんでしょうか」
「NHK! ニュースの役目を忘れてどうする?」
「さすがにやりすぎじゃないの」
「あほらし。もちろんチャンネル変えました」


今世紀に入って、NHKのニュースでは「国民の関心に応える」という選択基準が散見されるようになった。「多くの国民が知りたい・見たいを優先する」考え方で、これは視聴率をより重視するという方針とも読み取れる。


■NHKのお得意様はソッポを向いた


大谷の中継はそれに大いに貢献したわけだが、副作用も小さくなかった。SNSでつぶやかれた批判の数々もそうだが、実際にMLB中継で放送から離れた人々もいるという事実だ。


出典=スイッチメディア「TVAL」関東地区データから作成

個人全体や若年層での視聴率は急伸したと述べた。


同様に「スポーツに関心あり」層や「野球好き」層も、この日は視聴率を大きく伸ばした。興味深いところでは、ふだん「ニュース7」をあまり見ない「芸能人・タレントに興味あり」層にもこの日はよく見られた点だ。


その一方、大谷が登場するMLB中継を柱にしたために「ニュース7」を敬遠した人々もいる。例えば、「政治に関心あり」の全年齢層は数字を上げていたが、同女性コア層は微減に転じた。また、「地域に関心あり」や「福祉・介護に関心あり」も全年齢層は視聴率が高まったものの、女性コア層は横ばい、あるいは6割減など厳しい結果となった。いわばNHKのお得意様と思われる社会的な問題意識を持つ特定層に反感を抱かせてしまった可能性がある。


■中途半端という落とし穴


ではどうするべきだったのだろうか。


「ニュース7」は1日の出来事をコンパクトに伝える使命をもった報道番組だ。情報は吟味され、適切に編集されている。そこに、究極の撮って出しである、未編集の生中継映像がどんと居座ることに違和感が抱く人が少なくなかった。


実はコロナ禍の3年間で、何度も教訓があった。


2000年4月の最初の緊急事態宣言発出時、当時の安倍晋三首相による記者会見の生中継では視聴率も落ちなかったし、視聴者の不平不満も出なかった。報道として本当に必要な措置だったと皆が認めたからである。


ところがその後ニュース内で何度も行われた、菅義偉前首相や岸田文雄現首相の記者会見の数々は全く異なる結果となった。30分ほどの会見や官邸記者とのQ&Aの間、視聴率は右肩下がりとなり、SNS上では批判が殺到したのである。


さすがに学習したのか、この半年、岸田首相はニュースの時間帯では記者会見をしていない。生中継での露出機会を増やしても、支持率向上につながらないことを学んだからかもしれない。視聴者の生理に精通することも、“聞く耳を持つ”ことの一つだろう。


■もう一度公共放送NHKとは何かを再定義するべき


話をMLBと「ニュース7」の関係に戻そう。


どう行われるべきだったのかは、やはりSNSのつぶやきの中にヒントがある。


「サブで大リーグやってるのに、ニュース7でも大リーグやるのはやりすぎだった」
「ニュース7内に大谷くんの中継も含めるなら、字幕が何かでお知らせ欲しかった」
「最初からニュース7を短くすれば良かったのでは」
「ニュース7を18時30分とかから放送しておけば良かったんじゃね」


これらはいずれも一理ある。


サブとメインの両方で放送するために画質が落ち、野球ファンからも不平が出ていた。二兎を追ったことのマイナスだったと言えよう。


事前のお知らせがないための不満も出た。知らなかったために見逃した、あるいは録画に失敗したなどの不満が視聴者に生じていたのである。


もしMLBは欠かせないと判断したのなら、ニュースの側が譲歩する選択もあった。夕方6時台に放送を前倒しする方法や、7時台にこだわるなら冒頭5分で1日のラインナップをやり、その後はパドレスの攻撃中(大谷が映らない)やイニングの変わり目に数分ずつニュースとする手もあった。ダルビッシュが降板した後は、打順的に大谷が打たないイニングもニュース時間にできただろう。


リアルタイムにテレビ放送を見る人々のニーズとは何か。


公共放送として伝えるべきニュースや娯楽とは何か。


今回のNHK「ニュース7」が得た高視聴率という“恍惚”と、SNSに批判が殺到したという“不安”は、NHKの放送姿勢が定まっていないことに起因するのではないか。


経営、編成、放送現場、そして調査研究分野の人々が、もう一度公共放送NHKとは何かを再定義しないと解決策は見えてこないだろう。次の一手では、ぜひ説明責任を果たしていただきたい。


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鈴木 祐司(すずき・ゆうじ)
次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。
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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)

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