75歳を過ぎたらメタボ対策をしてはいけない…高齢医療のプロが見た「老化がゆっくり進む人」の特徴

2024年3月25日(月)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Satoshi-K

写真を拡大

人生の最後まで元気に過ごすためには、どんなことに気をつければいいのか。高齢者の在宅医療を行っている医師の木村知さんは「75歳からはメタボ対策をする必要はない。高齢者が厳格な食事制限をすると、低栄養を招くことになる」という——。

※本稿は、木村知『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/Satoshi-K
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Satoshi-K

■そもそも「老化」とはなにか


そもそも「人の老化」とは、いったいどのような現象なのでしょうか。少し医学的な話にお付き合いください。


人体は数十兆個の細胞によって構成されていますが、分裂を終えた細胞はDNAやタンパク質、細胞膜が傷つくことによって老化していくことがわかっています。老化した細胞は動きも悪くなり機能も低下することから、そのような細胞で構成された臓器は、当然ながら「老化した臓器」ということになります。


臓器によって時間差はあるにせよ、各臓器の機能も低下していくことは避けられません。すなわちそれらの老化した臓器を有する個体自身も、各種の生理機能が低下した「老化した個体」となると言えるわけです。個体により差はありますが、心臓、肺、腎臓といった主要な臓器の機能は30歳以降ほぼ直線的に低下し、それぞれ60歳代から80歳代にかけて70%から40%レベルに落ち込んでいくと言われています。


加齢によってどのような具体的変化が身体に起きてくるのか見ていきましょう。


■身体の総水分量もみるみる減っていく


まず変化するのは「体組成」です。人の身体は、水分、脂質、タンパク質、ミネラルで構成されていますが、そのバランスが変わってきます。年齢とともに肌がかさついてくることを実感している人もおられるでしょうが、身体の総水分量は、絶対量でも体重あたりの量でも、高齢者は若年者と比べて少なくなっていきます。


水分のうちでも、血漿(けっしょう)やリンパ液といった細胞外液はあまり減少しないものの、細胞膜の内側にある細胞内液は著しく減少していくことが知られています。


たとえば脱水によって細胞外液が失われると、細胞内液が細胞外へと移動して体内をめぐる循環血漿量を維持しようとします。しかし高齢者の場合は、もともと細胞内液量が減少しているため、軽度の脱水であっても循環血漿量が保てずに血圧が低下するなど重症化しやすくなるのです。


さらに水分量の減少は薬物を投与した場合の血中濃度も上昇させてしまうため、薬が効きすぎたり副作用が出やすくなったりする可能性もあります。


■内臓脂肪と臓器の老化がもたらす「3つの低下」


また体組成のうち、脂肪の量は加齢によって比率が上がることが知られていますが、これは一部の睡眠薬など薬剤によっては蓄積効果(繰り返しの投与によって薬剤の消失よりも蓄積が上回り中毒を起こすこと)をもたらす危険性があります。高齢者への薬物投与が種類、量ともに気をつけなければならないと言われるのは、このような理由もあるからです。


加えて、内臓脂肪が増えると高血糖や高血圧、脂質異常をもたらし病的老化を促進させることにも繋がっていきます。これらの体組成の変化と臓器の老化は、次の3つの低下として現れてきます。


予備力の低下、適応力・回復力の低下、感染にたいする防御力の低下です。それぞれについて簡単に記しておきます。


予備力の低下とは、安静時や負荷のかからない状況では見えない機能の低下が、運動などの負荷がかかった際に現れてくることを指します。若年者よりも高齢者の方が少しの負荷や軽度の疾患が重なることによって心不全を起こしやすくなりますし、瞬発力の低下によってつまずくなど、少しバランスを崩しただけで転倒してしまうという現象が生じるのはこのためです。


■老化は避けられなくても、ゆっくりにすることはできる


適応力・回復力の低下とは、身体の内部環境がなんらかの原因でバランスを崩した際に、正常な状態に戻す力が低下することです。


たとえば、寒冷や高温など急激な環境の温度変化に体温の調節機構が対応できなくなることで低体温や高体温を起こしやすくなりますし、血圧を調節する機能も加齢によって低下するため些細(ささい)な負荷で変動しやすくなります。


さらに免疫系の機能低下によって感染にたいする防御力も低下します。基礎疾患を有していたり寝たきりの高齢者では、新型コロナウイルスはもちろんのこと強毒性でない病原体によっても重篤な感染症が引き起こされやすくなります。


くり返しになりますが、老化によるこうした変化は、程度の差や時間差はあるにせよ、誰にでも生じ得ます。そのような変化が生じてもいかに急速に進ませないか、その変化とともにどう前向きに生きていくかということが、「幸せな最期」を迎えるうえで非常に重要と私は考えます。


■「メタボ」は何歳まで気を付けるべきなのか


その「幸せな最期」を迎えるためには食事、栄養が重要であることは言うまでもありません。高齢者における栄養についても触れておきたいと思います。


食事、栄養というと、まず頭に浮かぶのが「食べ過ぎ、飲み過ぎ」による栄養過多、いわゆるメタボかもしれません。「メタボ健診」(特定健康診査)が国民に浸透してきたこともありますが、この「メタボ」は一生涯気にしながら生きていかねばならないものなのでしょうか。それともある年齢以降は気にせず生活しても良いものなのでしょうか。



木村知『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』(KADOKAWA)

そもそもこの「メタボ健診」は、いわゆる生活習慣病といわれる脂質異常症や糖尿病、高血圧症などを放置することによって生じる脳卒中や心筋梗塞といった血管の病気を減らすことを主眼としています。


これらの疾患によって生じる医療費と、後遺症で要介護状態になる人にかかる介護費用を減らすために、若いうちから対処せよという政策とも言えます。「メタボ健診」の対象は74歳まで。多忙のあまり食生活や運動習慣などが疎(おろそ)かになっている働きざかりの人たちが、この健診のターゲットです。


75歳を迎えると、同様の検査項目でありながら自治体によっては「長寿健診」とその名を変えます。しかしこの診査を受ける人は、つい前年までは「メタボ」を意識させられてきました。


■75歳からは食事制限をしてはいけない理由


中性脂肪やコレステロール値などに、少しでも正常範囲を逸脱して「*」が付いていると、心配したり落胆したりする人も少なくないでしょう。もちろん心血管疾患等の術後でこれらの厳格なコントロールを指示されている人は別ですが、基礎疾患のない人やこれまでの健診でほぼ問題なしとされていた人は、まず心配ありません。


なぜなら75歳を超えて以降、厳格な食事制限をおこなってコレステロール値をコントロールしても、生命に大きな影響を及ぼす病気の予防に繋がらないからです。厳格な食事制限をおこなうことは、予防にならないばかりか、むしろ低栄養を招いてフレイルに陥らせ、悪影響を与えてしまうことにもなりかねません。


写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

「74歳まではメタボ対策を、75歳からは十分に栄養を摂(と)って」などと言うと、混乱してしまうかもしれませんが、これも万人に当てはめるべき指針ではありません。


食事が美味(おい)しく食べられる、食欲旺盛(おうせい)というのは、健康の一つの重要なバロメータではありますが、コントロールされていない糖尿病はさまざまな合併症を引き起こしますし、肥満は体の動きを悪くしますから、サルコペニアから転倒、骨折リスクをも高めます。


■「食欲がある」のは高齢者にとって重要な指標


私が高齢者においてとくに大切と考えるのは、厳格な食事療法まではせずとも、食欲に任せて量を摂取するのではなく、タンパク質の摂取不足を意識しつつバランスよく食べることです。


もっとも「食欲がある」ということは、高齢者にとってとても重要な「予後の指標」です。人はいずれ死を迎えますが、老衰で亡くなる方の終末期は徐々に食欲がなくなっていくことから始まります。しだいに元気、活気がなくなり、食事量が減ってくると、遠くない将来に生命の終わりが訪れます。


しかし、それが自然の経過なのです。「食欲がなくなる」ということは、本人の、「もうそろそろお終(しま)いにしよう」という意思表示、言うなれば「声なき訴え」でもあるのです。それを周りの人たちがいかに騒がずに穏やかに温かく見守っていくか、という視点も高齢者に接する際にはとても大切なことだと私は思っています。


----------
木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。10年間、外科医として大学病院などに勤務した後、現在は在宅医療を中心に、多くの患者さんの診療、看取りを行っている。加えて臨床研修医指導にも従事し、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。2024年3月8日、角川新書より最新刊『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』発刊。医学博士、臨床研修指導医、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。
----------


(医師 木村 知)

プレジデント社

「5歳」をもっと詳しく

「5歳」のニュース

「5歳」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ