なぜ「紅麹サプリ」で死亡例が起きたのか…健康に良いとされる「機能性表示食品」の制度的な欠陥

2024年3月27日(水)17時15分 プレジデント社

摂取者に腎疾患などの健康被害が確認されたとして自主回収が進められている機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」(小林製薬プレスリリースより)

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小林製薬の紅麹原料を使ったサプリメントを摂取した人に健康被害が出ている。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「機能性表示食品は『健康によさそう』『医薬品に似ている』というイメージから安全性が高いと勘違いされがちだ。しかし、実際は安全性のチェック制度に重大な欠陥がある」という——。

■「紅麹コレステヘルプ」を飲んでいた2人が死亡


小林製薬が3月22日、「機能性表示食品」として販売した紅麹のサプリメントの使用中止を顧客に呼びかけ、関連5製品の自主回収を始めました。摂取していた人たち13人に腎疾患やむくみ、倦怠(けんたい)感などの健康被害が確認されたというのです。うち6人は入院しました。


摂取者に腎疾患などの健康被害が確認されたとして自主回収が進められている機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」(小林製薬プレスリリースより)

25日には別に20人が入院していたこと、26日には死亡との因果関係が疑われる事例が1件あることを公表し、厚労省が2人目の死亡も明らかにしました。入院患者もさらに増え続けているようです。


■原因はカビから産出された物質?


同社の紅麹は食品原料として約50社にも供給されており、他社の酒や塩辛、菓子などの自主回収も始まっています。症例との因果関係はまだはっきりせず、原因物質も不明ですが、摂取した時期や製品などから、同社は問題のある製造ロットを特定して分析し、カビから産生された物質ではないか、と発表しました。同社は複数の大学と協力して、この物質を特定すべく調査中、とのことです。


想定されていない成分を含む可能性がある紅麹原料を使用した「紅麹コレステヘルプ」の製造番号(小林製薬プレスリリースより)

機能性表示食品は、国が審査するのではなく、企業が自身の責任で安全性を確認して機能性を表示する制度です。2013年、当時の安倍晋三首相が規制改革の一環として「世界で一番企業が活躍しやすい国の実現」を高らかにスピーチして制度創設を宣言し、15年から制度が始まりました。


当初から安全性や機能性の根拠の弱さなどが指摘されていましたが、今回の“事件”は、問題点が端的に表面化したようにも思えます。この事件を、科学と制度からどのようにとらえたらよいのか、解説します。


■「麹菌」と「紅麹菌」はまったくの別物


まず、明確にしておかなければならないこと。紅麹菌は、多くの人がイメージする「麹菌」とは、生物としての「種」が異なります。日本の国菌とも呼ばれる麹菌は、ニホンコウジカビ(Aspergillus oryzae)。黄麹とも呼ばれ、安全性を示す各種のデータがあります。一方、小林製薬が紅麹菌としているのはMonascus pilosusです。


報道されているニュースやSNSなどの中には、紅麹菌を麹菌の一種と紹介したり、紅麹菌を語るにあたって、発がん物質を産生する他のAspergillus属菌の例を引用したりするものがあります。また、紅麹にもさまざまあり、今回問題になっているのは、小林製薬が使用していた菌株です。こうしたことが混同されると風評被害につながりかねないので、区別ははっきりしておきたいところです。


■カビ毒シトリニンは検出されなかった


今回、健康被害が懸念される小林製薬の5製品には、精米を紅麹菌(Monascus pilosus)で発酵させ滅菌乾燥させた食品が原材料として使用されていました。機能性関与成分は「米紅麹ポリケチド」とされていますが、物質名としてはモナコリンK。LDL(悪玉)コレステロールを下げる、とうたいます。1日摂取目安量あたりの米紅麹ポリケチド含有量は、2mgです。


紅麹菌の中には、カビ毒シトリニンを生成する菌株があり、EUは紅麹サプリメント中のシトリニンについて、100μg/kgという基準値を設定しています。しかし、同社は製品に使用する紅麹の菌株については「シトリニン産生遺伝子が機能しておらずシトリニンを産生しないため安全」と従来から説明していました。また、問題になったロットにおいても、シトリニンが不検出であることを確認しています。


そのため科学的には、製造中になんらかの原因でほかの物質が混入したり、別のカビが混入増殖する、というようなケースのほか、紅麹菌自体の性質が変わり、なんらかの物質を生成した可能性が考えられます。


なにが原因なのか、今のところは同社などの解析結果を待つしかありません。


■健康食品は過剰摂取に陥りやすい


この“事件”を機に、健康食品・サプリメントの性質や、機能性表示食品制度における安全性確認、品質管理、機能性確認の“弱さ”については、消費者が現時点でしっかりと理解しておくべきだと思います。


まず、このような意図せずほかの物質が入り込む事故は、健康食品ではない一般的な食品においても起きています。加工中に異物が入ったり、農産物は気象条件などによりカビが増殖してカビ毒が増えていたり。微生物の取り扱いにおいても、たとえば停電で一部の菌が異常増殖したり、産生物質が変化したりして、食中毒事故も実際に起きています。


そのため、原材料や最終製品の検査をしたり、栽培時のGAP、加工時のHACCPなどさまざまな対策が講じられますが、そうであっても事故はゼロにはなりません。


ただし、健康食品・サプリメントの場合に一般的な食品と決定的に異なるのは、摂取する量です。


たかだか1日に数粒でしょう……と思われがちですが、それは外見の印象に過ぎません。特定の成分が抽出濃縮されている粒やカプセル状のサプリメントはとくに、大量摂取につながりがちなのです。それに、一般的な食品なら、穀物にしても野菜にしても、食べる種類や品種、食べる量などが日々変わるのが普通です。ところが、サプリメントは特定の製品を毎日、長期に摂取します。その中に、有害性の高い成分が含まれていたら? 容易に過剰摂取につながります。


■国も「健康を害するリスクが高まる」


もっとも有名なのは、アマメシバ事件でしょう。厚生労働省が2003年、アマメシバの粉末等を販売禁止にしています。マレーシアなどで普通に野菜として炒め物などにして食べられていた野菜アマメシバが、乾燥濃縮されて粉末の健康食品として売られ、閉塞性細気管支炎を招きました。最終的に日本で被害者8人のうち3人が死亡し、1人が肺移植につながりました。普通の野菜が、粉末化と大量摂取により、極めてリスクの高い食品になってしまいました。


内閣府食品安全委員会なども、乾燥や抽出、濃縮して毎日食べる健康食品・サプリメントは容易に多量を摂ってしまいやすく健康を害するリスクが高まる、として注意喚起していました。ところが、「天然だから」「健康によいとして売っているから」「医薬品に似ているから」などのイメージにより、消費者に安全性が高いと勘違いされがちです。


内閣府食品安全委員会は、機能性表示食品制度がスタートした2015年、健康食品に関する報告書をまとめ、注意を呼びかけた(食品安全委員会20周年リーフレットより)

■機能性表示食品は国のチェックが入らない


機能性表示食品という制度についても、さまざまな問題が指摘されています。


前述のように、国による製品審査は行われていません。特定保健用食品(トクホ)は、製品ごとに国の審査があり、安全性については内閣府食品安全委員会が食品健康影響評価を行っています。


一方、機能性表示食品は、国が機能性や安全性、品質管理についてガイドラインを示しており、企業はそれに従い検証し情報を消費者庁に届け出します。企業が自身の責任で機能性表示を行い販売し、消費者は消費者庁のウェブサイトで公表されている情報を自分で確認して購入摂取するかどうか判断する、という制度です。


今回問題になった小林製薬の紅麹サプリメントについても、消費者庁の「機能性表示食品の届出情報検索」を調べれば、同社が届け出た情報をだれでも見ることができます。私は事件発覚後、チェックしてみて驚きました。あまりにも低レベルの“安全性確認”でした。


■「健康被害の報告がないから安全」はおかしい


ガイドラインでは、安全性に係る事項について「まず食経験の評価を行い、食経験に関する情報が不十分である場合には既存情報により安全性の評価を行う。食経験及び既存情報による安全性の評価でも不十分な場合には、安全性試験を実施して、安全性の評価を行う」となっています。


食経験というのは、日本人のこれまでの食生活において食べられてきた実績があるかどうかを問うもの。これに対して、小林製薬が消費者庁に届け出た「安全性評価シート」で示していたのは、サプリメントとしての販売歴でした。


2018年からサプリメントとして20万食以上提供してきたことや、2007年からサプリメントの原料として販売をはじめ、2020年6月までに約17.5トン(=約1.75億食分)を国内外に流通させてきたが健康被害は報告されていない、としています。


これはおかしい。サプリメントとして販売されている場合、健康被害などの情報はまずは企業に入るのが普通です。健康被害が報告されていない、という主張に客観性がありません。


■トクホだったら到底認められない内容だった


さすがにこれではエビデンスとして不足していると同社も考えたのか、安全性評価シートには、マウスに大量に投与した急性経口毒性試験や、ラット90日間反復投与毒性試験、遺伝毒性を調べた試験、ヒトでの臨床試験の結果が記載されていました。


しかし、これらの試験に用いた動物の数や、投与する量の設定などは、OECD(経済協力開発機関)が定めたテストガイドラインから大きく逸脱しており、信頼度の低い試験でした。ヒト試験も行われていますが、被験者数は少なく参考程度にしかなりません。


結局のところ、もし同じデータがトクホや農薬・食品添加物等の審査に出されていたら、安全だとは到底認められないような内容しか、提示されていませんでした。


ちなみに、海外にもこうした機能性表示の制度があります。米国の「ダイエタリーサプリメント」制度は緩くてサプリメント天国になっている、とよく言われますが、安全性については実は、日本よりもかなり厳しい制度になっています。1994年10月15日以前に使用歴がない新規食品成分(new dietary ingredient:NDI)についてはとくに厳しいのです。


■日本の安全性チェックは著しく不足している


食品医薬品局(FDA)の文書は、少なくとも25年にわたって広く安全に食べられてきた、ということを「食経験」としています。さらに、安全な食経験があったとしても、摂取頻度や期間、摂取量が多くなったりする場合については、動物への90日間投与試験や生殖・発達毒性、1年間慢性毒性または2年間発がん性、体内動態などを調べる試験の実施が求められています。当然、OECDのテストガイドラインに沿うように推奨されています。


EUも、1997年5月15日より前に、EU域内で食経験がない食品を新規食品(Novel Food)とみなして、認可制度としています。食べられてきたものでも、抽出や濃縮などが行われている場合は新規食品とみなされ、審査が必要。EU域外で食べられてきた食品については、少なくとも25年の食経験を求めています。


いずれにせよ、欧米ではサプリメントとしての販売歴など、食経験としては認められません。


日本はそもそも、機能性表示食品に限らず一般の新規食品についても、国の審査がなく、安全性の確認や販売の開始が企業の自主的な判断に任されています。人々が食べ始めてもし問題が生じれば、食品衛生法違反に問う、という事後処理型の食品衛生行政です。


新規性が問われ、機能性を追求し、摂取量が多くなりがちな健康食品である「機能性表示食品制度」においても、欧米に比べて安全性の確認は著しく不足していたのです。


■消費者が「安全」と錯覚してしまう理由


また、製造における品質管理の規定も、トクホに比べて弱いと言えます。トクホにおいて原材料や製品の規格、製造方法の変更などを行う場合、その理由や変更しても製品の同一性を失わないとする科学的な根拠などを届け出なければなりません。一方、機能性表示食品のガイドラインでは、生産工程・品質管理の変更について、そのような細かい規定はありません。


医薬品の場合には、原材料や製品の規格、製造方法など変更したい場合には厚生労働省に申請して承認を受けなければ変更できないのです。


安全性や機能性の担保は、製品の品質管理と品質保証が適正に行われているのが大前提です。機能性表示食品は、その点も著しく緩かったのに、錠剤やカプセルなどの形状や国の制度に則った製品であることなどから、消費者が大丈夫と錯覚していたのではないでしょうか。


■健康被害の公表と国への報告が遅すぎる


それにしても、小林製薬に最初の症例報告があったのが1月11日であり、2月1日までに計5例の症例の情報が寄せられた、と同社が記者会見で説明しています。それから3月15日までに合わせて13人の報告があり3月22日にやっと発表し消費者庁へも報告。あまりにも遅すぎるのではないでしょうか。


機能性表示食品のガイドラインには、健康被害に関する事項が定められており、「万が一、健康被害が発生した際には、急速に発生が拡大するおそれが考えられる。そのため、入手した情報が不十分であったとしても速やかに報告することが適当である」と記載されています。今回の同社の対応は、このガイドラインを大きく逸脱している、と思えます。


今、健康被害の訴えが続々、広がっています。報告の2カ月の遅れは、被害拡大につながっていないでしょうか。


写真=時事通信フォト
記者会見で頭を下げる小林製薬の小林章浩社長(中央)ら=2024年3月22日午後、大阪市中央区 - 写真=時事通信フォト

厚生労働省は3月22日、都道府県等に情報を上げることや、消費者への適切な対応を「事務連絡」として伝え、25日には日本医師会に協力を要請しました。しかし、対応が弱いように思えます。今回の事案は、非常に大きくかつ深刻な「食中毒」事案です。「直ちに摂取の中止を」と強く呼びかけるとともに、厚生労働省が中心になり、「食品衛生法違反のおそれあり」として、自治体や国立研究機関と共に迅速に原因調査すべきではないでしょうか。


■消費者庁は制度の問題点を洗い出すべき


小林製薬は、複数の大学と共に解明を進めていると記者会見で説明しましたが、同社が大学に調査費などを提供している以上、調査に第三者性がありません。当事者に調査を任せてよい軽微な事案ではありません。


また、消費者庁は、機能性表示食品の届け出手続きなどをすべてストップし、紅麹サプリメントの調査、制度上の問題点洗い出しを進めるべきです。また、安全性や品質管理等の見直しを全事業者に求め、第2、第3の“事件”が発生しないように姿勢を示すべき、と考えます。


消費者も、当該製品が手元にないか調べ、使用を中止しなければなりません。


また、情報にも注意を。麹菌と紅麹菌は区別しなければなりませんし、紅麹から抽出した「ベニコウジ色素」が食品添加物として用いられていますが、この添加物については「ベニコウジカビの培養液から得られた、アンカフラビンおよびモナスコルブリンを主成分とするもの」という規定があります。今回問題になっている製品と同一視はできません。


■機能性表示食品の弱点はわかっていたが…


機能性表示食品について私は、制度がはじまった2015年からしばらく、「制度に問題あり」として記事を執筆したり、消費者団体の一員として疑義情報を消費者庁に出したりしていました。とくに、食経験として健康食品の販売実績が用いられていることや、安全性・機能性を確保するには製品の品質管理や品質保証が大前提なのに、その点が著しく弱いことを問題視していました。今でも、ウェブサイトで読める記事もあります。


食品分析開発センターSunatec・機能性表示食品、消費者はどう見るか⁈(2016年、松永和紀執筆)

その後、大量の機能性表示食品が届け出され一つずつの精査ができなくなったことや、個人的に忙しくなったことなどにより、機能性表示食品ウォッチングをやめてしまいました。


当時心配していたことが、もしかすると今、事件となり大量の健康被害につながっているのではないか。そう思えてならず、個人的にも悔いが残ります。


※記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます。


〈参考文献〉
小林製薬
消費者庁・紅麹を含む健康食品関係について
厚生労働省・「いわゆる健康食品」による健康被害事例
内閣府食品安全委員会・欧州連合(EU)、モナスクスの紅麹由来の食品サプリメント中のかび毒シトリニンの基準値の改正を公表
消費者庁・機能性表示食品について
内閣府食品安全委員会・「健康食品」に関する情報
消費者庁・特定保健用食品について
米食品医薬品局(FDA)・Draft Guidance for Industry: New Dietary Ingredient Notifications and Related Issues


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松永 和紀(まつなが・わき)
科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書、科学ジャーナリスト賞受賞)など。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。
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(科学ジャーナリスト 松永 和紀)

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