「大手の賃上げ」でむしろ中小企業が犠牲に…マスコミの報じる「景気のいいニュース」がまるでデタラメな理由

2024年3月29日(金)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fatido

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今年の春闘では、賃上げ平均5%超と33年ぶり高水準となった。日経平均株価の最高値更新など、テレビや新聞では「景気のいいニュース」も増えている。しかし、それを実感できないのはなぜだろうか。ジャーナリストの浅井秀樹さんが、大手金融機関のエコノミストらを直撃した——。

■「ロスジェネ世代はほとんど所定内給与が増えていない」


今年の春闘(春季生活闘争)は、労働組合側の高い賃上げ要求に対して企業側から満額回答が続出した。「引き出した回答は高い水準を維持している」と芳野友子・日本労働組合総連合会(連合)会長も会見で評価した。


連合によると、今年の賃上げは速報値の平均で5%超と33年ぶり高水準となった。日経平均株価の最高値更新など最近の株高もあり、消費マインド好転に期待もある。このまま景気がどんどん拡大していく……という楽観的な見方をする人もいる。


ところが、そんな空気に水を差すように、賃上げは消費回復の好循環につながらない、とみる専門家は少なくない。実際、個人消費は国内総生産(GDP)の約6割を占める主役だが、物価高もあり低迷している。


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賃上げでも、消費が好転しないのはなぜなのか。


長く続いたデフレで節約志向が浸透してしまっていることや、物価高の影響を差し引いた実質賃金の目減りが賃上げでも力強くプラス転換するのは難しいとみられることがある。さらに、賃上げを年代別に見ると、働き盛りでボリュームゾーンの中間層の賃上げが弱く、全体の消費回復につながりにくいという指摘もある。


今年の春闘を少し詳しく振り返ってみよう。労組の上部団体となる連合は傘下労組の賃上げ状況について、第1回集計結果が平均で5.28%と発表。第2回集計結果もほぼ同水準の同5.25%。1991年の5.66%以来の5%超えとなった。今年の賃上げは大企業のみならず、中小企業への波及も、全体を見るうえで注目されていた。


こうした一般的な見方に対して、「今年の賃上げ効果は中小企業よりロスジェネへの波及が重要」とレポートにまとめたのが第一生命経済研究所の永濱利廣・首席エコノミスト。そのリポートはこう指摘する。


《年齢階級・学歴別にみると、(賃上げの)けん引役は20代の若年層と60代以降のシニアであり、むしろ30代後半〜50代前半のいわゆるロスジェネ世代では30年ぶりの賃上げにもかかわらずほとんど所定内給与が増えていない》


これは約5万の事業所をカバーする厚生労働省の賃金構造基本統計調査を分析した結果だ。「20代は少子化で人口が少なく、労働市場で流動性も高く、賃金が上がりやすい。60代以降は雇用延長などで、シニアになる前の賃金の抑制要因となっている能性があり、総賃金でみれば増加要因と前向きにとらえられるか微妙だ」と永濱さんは指摘する。


物価高で目減りしている実質賃金はどうなるのだろうか。


■30年間デフレで節約生活に浸った人はお金を使わない


永濱さんは「実質賃金がプラスになるかわからない」と話す。春闘の賃上げには定期昇給(定昇)分の2%近くが含まれており、ベースアップ(ベア)はそれを差し引いた分となる。さらに、物価上昇の影響も除く必要がある。物価上昇が続いており、実質賃金がプラスになるのかわからないというわけだ。さらに、永濱さんはこう話す。


「新卒の賃金を上げる一方で早期退職を募集する動きがあり、賃金のフラット化が起きています。また、労働時間を規制する影響で残業を減らす動きがあるほか、一部の企業では賃上げをする一方でボーナスを減らすところもある。企業は目立たないところで賃上げを抑制しています」


この指摘は、所得水準が低い新卒者の総収入を増やして、所得の高い年配者を減らすことで、全体の賃金構造を平準化することを意味する。さらに、残業代の減少やボーナス削減は、賃金が上がっても年収が増えない可能性を示唆する。さらに、国策の子育て支援金を捻出するため、国民負担が増えるほか、再生可能エネルギー普及で電気料金に上乗せする賦課金も増え、負担感は増す。


こうしたなかで、永濱さんは「賃金が上がっても財布のひもが緩むのでしょうか。デフレマインドが定着しています。デフレ世代が交代しないと消費行動は変わりません」と話す。


消費行動については、若い時に不況を経験してきた世代は生涯にわたり価値観が変わらないという論文が米国で出ているという。日本ではバブル崩壊後にデフレ経済が長く続き、節約志向の生活をしてきた人が少なくなく、賃金が多少上がっても、気前よく消費を増やすのかは懐疑的にならざるをえないというわけだ。


最近の日経平均株価の高値更新についても、消費への影響は限定的とみられている。永濱さんは「日本経済と日本株は別もの。日経平均株価は、日本企業のなかでも上澄みの225社がどれだけ世界で稼いだかという指標です」と指摘する。


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連合が春闘の賃上げ回答を集計・発表していることについて、「最終集計に向けて賃上げ率が下がっていく」と話すのは、みずほリサーチ&テクノロジーズ調査部の酒井才介・主席エコノミスト。


大企業に比べ、中小企業は賃上げ率がそれほど高くないところが多く、集計が進むにつれて中小企業の回答が多く反映されていくからだ。酒井さんは賃上げの実態について、次のように指摘する。


「日本全体では組合もないような中小企業も含めると、春闘だけを見ていてもわかりません。厚労省の毎月勤労統計調査で、夏ごろの公表資料を見て確認する必要があります。賃上げの現実は厳しいだろうと思います」


実質賃金については過去2年マイナスだったが、今年後半、おそらく10〜12月期にはプラスになるとみている。ただ、力強いプラスとはみていない。酒井さんは次のようにも話す。


「消費も回復に向かうだろうとみていますが、これまでのマイナスを取り戻すほどではありません。消費は回復に向かっても、好循環とまでは言えません」


そんな見方をしている酒井さんが、懸念材料というのが円安だ。「思ったよりも円安が長引き、物価上昇率が下げ渋るかもしれません」という。


お金は金利の高い国に流れるので、日本より米国の金利が高いとドル高・円安となる。日米の金利差が縮小に向かい、円高・ドル安に向かうかもしれないとみられてきたが、米国が利下げに転換するのが不透明な状況になっているほか、日本も利上げに慎重な姿勢となると、シナリオが狂ってくる。


■賃上げの動きが中小企業の淘汰・再編を加速


さらに酒井さんも、前出の永濱さんと同様に子育て支援金を捻出するための国民負担が増えることや、再生可能エネルギー普及で電気料金に上乗せする賦課金も増えることが消費マインドに悪影響となる懸念を示す。最近の株高についても「株を持っている人が高所得層や高齢者などに限られ、中間層に恩恵が及んでいない」とみている。


今春闘の賃上げの動きが広がっていくのか、注目されたのが中小企業だ。酒井さんは次のようにみている。


「中小企業にはいろいろあり、賃上げできるところも、できないところもあります。人手を確保しないといけない危機感から、無理をして賃上げしたところもあるのではないでしょうか。中小企業は二極化していき、倒産や廃業するところも出てくるかもしれません」


中小企業はコスト増分を価格に転嫁していけるのだろうか。酒井さんは、円安などによるコスト増の要因は取引先や顧客に対して説明しやすいが、賃上げ分の価格転嫁に中小企業は慎重とみている。コスト増を十分に価格転嫁できないと、省力化やDX(デジタル・トランスフォーメーション)化などの必要な投資ができない。生産性を向上させて、賃上げもできる中小企業でないと、生き残りは難しくなる。


酒井さんは「継続的な賃上げには生産性の向上が欠かせませんが、その明確なビジョンが見えてきません」とも話す。


永濱さんも「中小企業の淘汰が進むと思う。賃上げできない中小企業は淘汰される」という。


歴史的な高い賃上げとなった今春闘。だが、消費回復までの好循環は期待できそうにない。むしろ、賃上げの動きが中小企業の淘汰・再編を加速していく恐れがある。高水準の賃上げの話ばかりがニュースが取り上げられるが、その裏には厳しい現実も見えてくる。


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浅井 秀樹(あさい・ひでき)
ジャーナリスト
米国証券会社調査部を経て東洋経済新報社、米通信社ブルームバーグなど国内外の報道機関で30年以上にわたり取材・執筆。森林文化協会の月刊「グリーン・パワー」で森林ライターも続ける。
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(ジャーナリスト 浅井 秀樹)

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