世耕氏を追い出し松野氏、萩生田氏を救った…岸田首相が"処刑"した人、残した人にみるエグい自民権力闘争

2024年4月9日(火)11時15分 プレジデント社

2023年2月18日、松野内閣官房長官記者会見(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

写真を拡大

派閥の政治資金パーティーをめぐる問題で処分された安倍派・二階派の議員ら39人は今後、どんないばらの道を歩むのか。元自民党参議院議員で大正大学准教授の大沼瑞穂さんは「岸田首相は今回、安倍派5人衆の世耕氏を追い出し、松野氏、萩生田氏を救う形をとった。この判断の裏には次期総裁選を念頭に置いた党内の権力闘争がある」という——。
2023年2月18日、松野内閣官房長官記者会見(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

政界を揺るがした裏金問題は、自民党の党紀委員会による処分決定で一定のけりをつけた形だが、「離党勧告」処分を受けた安倍派幹部議員と、それを免れた同派議員とでは今後、その歩む道は大きく異なっていく。


■1:離党宣告とは露ほども思わなかった安倍派幹部


政界を揺るがしている「裏金問題」。検察は、還付金(キックバック)の不記載が高額だった中堅の3人(池田佳隆氏、大野泰正氏、谷川弥一氏)を起訴した。結果的に政治資金収支報告書への不記載が「4000万円以上」という金額が起訴の基準となった。この金額は、2022年末に議員辞職し離党した薗浦健太郎元衆議院議員が政治資金規正法違反で略式起訴された時の金額がひとつの目安となったと言われている。


国民からすれば、この3人は裏金づくりの主犯ではなくスケープゴートにされただけで責任を取る幹部は他にいるはずだとの見方が強まる中、自ら手を挙げ役職を降りた安倍派幹部たちは「起訴されていない」のであるから、役職辞任で責任は十分に取ったという認識だったのだろう。離党する者や議員辞職する幹部はいなかった。


世耕弘成経済産業大臣(当時)(出典=経済産業省ウェブサイト/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

3月半ばに実施された政治倫理審査会において世耕弘成参議院議員が「昨年12月に政治的、道義的責任を取る意味で参議院幹事長を辞任した」と述べたことは、すでに役職辞任によって政治的、道義的責任を取ったのだから、それ以上の責任を取る必要はないとの認識の表れだったとも言える。


その証拠に、世耕氏は昨年末に参議院幹事長のポストを降りた後も、その後任には安倍派の自分の部下や自分の思い通りになるパペット(操り人形)を幹事長ポストへ置くべく画策してきた。そのため参議院幹事長のポストは衆議院側とは異なり年をまたいで2024年1月末にようやく決まることになったが、そんな抵抗もむなしく、参議院幹事長には岸田文雄総理側近の旧宏池会の松山政司氏が就任した。


その後も世耕氏は、参議院の安倍派(清風会)を期別に集めて懇親会を精力的に行い、「せいぜい役職停止1年だろうから、1年経ったら戻ってこられるので、一致団結みんなでがんばっていこう」と声がけしていたという。この時は自らが離党勧告されるなどとは露ほども思っていなかったはずだ。


塩谷立安倍派座長(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

塩谷立安倍派座長に至っては、「自分は年長者という理由だけの座長で、実権も決定権もないのだから、処分などされるはずもないし、されるべきでもない」と強く信じていた節がある。そのため、離党勧告処分に対し「心外だ」として、党紀委員会に再審請求を検討しているという(2024年4月8日現在)。


塩谷氏は弁明書の中で、「私が座長を務めたのは令和5年8月から本年2月1日までの5カ月余りです。令和4年の打ち合わせ時には、私は下村博文先生と共に会長代理に就いていましたが、そもそも、会長代理は、会則に規定された役職ではなく、清和研の運営に関する決定権限がありません。当時の清和研は、会長不在で決定権限を有する者がいなかったことから、複数の幹部で協議して運営を決めていました。ですから、還付への対応の議論に加わった者の責任の有無は措くとしても、議論に加わった他の方と比較して私の責任の方が重いということはありません」として、「党員資格停止」にとどまった他の衆議院の安倍派幹部たちとの処分の差を不服としている。


しかしその後の政倫審でも安倍派幹部から長年にわたる組織的な裏金づくりが、いつから、どのように始まり、その違法性を誰が気づき、還付金(キックバック)をやめようと話した安倍晋三元総理の遺志を誰がどのように覆したかは明らかにならず、安倍派幹部は全員が「他人事」のようにふるまう始末であったため、国民からの安倍派幹部に処分を科すべきとの声は日に日に大きくなっていった。一部世論調査では、離党などの厳しい処分をすべきとの声は84%にも上った。


結果、岸田総裁含む執行部は、衆議院側の責任者として安倍派座長であった塩谷氏、参議院側の責任者として40人ほどを取りまとめていた参議院安倍派である清風会会長であった世耕氏の2人を、「除名」の次に重い「離党」勧告とし、裏金問題の責任を取らせたのだ。


塩谷氏の言い分には、多少同情の余地もあるが、もし結果責任を取る気がなかったのであれば、そもそも座長を引き受けるべきではなかった。本人の言う通り安部派内での実権はなかったのだろうが、実権の有無に関係なく、組織として責任を取るのがトップの仕事であるということを認識できなければ、どんな組織のトップも務まらない。それが世間の「常識」である。


また、塩谷氏が弁明の中で、岸田総理の責任を追及するというのは筋が違う話だ。最大派閥の安倍派による組織的な裏金づくりこそが国民の自民党への不信感の最大要因という認識、その安倍派の幹部だったという認識が全く欠けているからだ。無派閥の議員が言うのであればまだ理解できるが、まさに「おまいう」だ。


■2:離党勧告後は一体どうなるのか


離党勧告された世耕氏と塩谷氏は当然のことながら、永田町の自民党本部への出入り、つまり部会や政調会への出席が不可能となり、政策決定に携わることもできなくなるばかりか、自らが支部長となっている政党支部を解散しなければならない。


このことは、自民党から各所属議員に支給される年1200万円ほどの政党助成金や企業からの寄付の窓口がなくなることを意味する。そして何よりも厳しいのは選挙である。自らの選挙区には自民党所属の国会議員が存在しなくなるゆえ、党本部が「自民党公認候補」を送り込んでくる可能性は濃厚だ。


特に参議院の選挙は3年に一回であり、自民党公認候補を立てなければ、自民党所属議員が3年間不在になることを意味するため、自民党が候補者を立てないということは想定しにくい。世耕氏は来年改選期を迎えるため、無所属のままとなれば、全県(和歌山県)の選挙戦では到底戦えない。支持母体である農協、建設、医療・福祉団体は、仮に新人であっても自民党候補に投票するからだ。同県における最近の参議院選挙の投票率は5割程度であり、組織戦がものを言う。


写真=iStock.com/oasis2me
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oasis2me

しかも、裏金づくりにかかわってきた派閥幹部という負の“実績”に加え、「秘書に任せていた」という言い逃れのような物言いなどから無党派層からの心証も悪いだろう。筆者の周りの現役議員を含む知人友人も「世耕さんってこれまでは政策通で発信力もあって、にこにこしていていい人そうと思っていたけれど秘書のせいにしまくる記者会見見て、あんな人だったの? とびっくりよ」と言っていた。そうしたリアクションは1人や2人でない。それだけこれまでの世耕氏の議員としてのイメージづくりは上手だったのだろう。今回の処分は、長年培ってきた信用や実績を一気に失墜させ、議員として“処刑”されるに等しい厳しい内容と言えるだろう。


西村康稔(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

そういう意味では、同じ安倍派幹部の西村康稔氏(兵庫・九区)はこれまでパワハラや女性問題などで週刊誌を賑わせ叩かれてきた分、逆にイメージダウンは少ないかもしれないという皮肉な結果となった。次の選挙で苦戦必至と見た世耕氏が衆議院への鞍替えを検討しているという報道もあり、その可能性は高いだろうが、こちらも当選のハードルは決して低くはないと言わざるを得ない。


塩谷氏も苦境に立たされている。仮に、次の衆議院選挙で自民党が公認候補を塩谷氏の選挙区(静岡・八区)に送り込まないとしても、戦況は厳しい。そもそも前回の衆議院選挙では選挙区では負けており、比例復活での当選だったからだ。当然、無党派層は塩谷氏に冷たいだろう。次回の選挙は党の比例名簿に掲載してもらえないため当選は前回以上に困難な状況と思われ、すでに赤信号状態である。


■3:党員資格停止と役職停止となった5人衆


筆者は、プレジデントオンラインで〈「安倍氏亡きあとの親分は俺だ」内閣改造・党役員人事から読める岸田首相の真の狙い〉(2022年8月13日配信)と題する記事を執筆した。その中で、当時の内閣改造・党役員人事は国民向けというものではなく、「安倍氏亡きあとのリーダーは、安倍派の『松野、西村、萩生田』の中で誰かを優遇するのではなく、平等に扱うことで同派の安定化を図ること、さらには、岸田総理自身の立ち位置を明確にし、安倍氏の代わりになるリーダーは自分だということを党内外に誇示したかったのではないかと推察できる」との見立てを書いた。


今回の処分でも、そのことがよくわかる。筆者の見立てでは5人衆の中でもっとも総理が嫌っていたであろう人物は世耕氏である。参議院の本会議場で、議事録にもしっかり残す形で、岸田総理のリーダーシップや言葉の重み、発信力をこき下ろしたためである。あの時は安倍派議員からも、「さすがにやりすぎ」との声があったという。そのため、参議院側の安倍派の会長という肩書きであることを理由に、派閥座長である塩谷氏とともに、復党もできない可能性がある離党勧告という厳しい処分を下した。


一方、西村康稔氏は党員資格停止1年になり、松野博一氏と萩生田光一氏は党の役職停止1年という処分になった。


第29回 東京国際映画祭 オープニングセレモニーに出席した萩生田光一氏(写真=Dick Thomas Johnson/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

党員資格停止は、自民党を離党するわけではないのでいずれ自民党で仕事ができるということが確約されており、離党勧告との大きな違いはそこになる。


つまり前出2人の離党勧告者が再び自民党に戻るためには党紀委員会での再度の議論を経て、復党を認められるかどうかが決められるため、自民党に戻れるかの保障はないのだ。世間的には、「いずれしれっと復党する」との意見もあるが、それほど簡単ではない。


では、党員資格停止はどうか。この場合、1年が過ぎれば自民党員としての資格が戻ってくるものの、次期選挙では自民党の公認がもらえず、自民党での部会などに出ることもできないのは離党勧告者と同様である。そういう意味では、党員資格停止の西村氏と、役職停止の松野氏・萩生田氏の処分には極めて大きな差がある。


西村氏は次の選挙は自民党からの公認をもらえないものの、その選挙区に自民党公認候補が本部から送り込まれることはないため、無所属で勝ち上がってくることができれば議員を続けることは可能で、さらに選挙を経ることで、一定のみそぎが済んだということになれば、大きく影響力がそがれることはないかもしれない。


ただ、西村氏は選挙に強いと言われているものの、最近メディア出演の多い元衆議院議員で、前明石市長の泉房穂氏などが野党候補として出てくれば苦戦を強いられる可能性は高い。


一方、松野氏、萩生田氏は政府や党の役職はすでに降りていることもあり、今回はさらなる処分はなかった。岸田総理も安倍派の中で森喜朗元総理と距離のある松野氏と萩生田氏を頼ってきたという経緯がある。今後は検察審査会での審査が待ち受けているが、松野氏と萩生田氏が次の総裁選でどう動くのか注目される。


写真=iStock.com/7maru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/7maru

今回の処分では、役職が処分の基準となったことに注目したい。なぜなら、金額での処分が検察の処分基準であり金額も処分基準に入れることもできたからだ。


安倍派「座長」や「参議院会長」「事務総長」経験者として、還付金(キックバック)の戻し方を安倍元総理が今のやり方から変えようとしたにもかかわらず、幹部として変えようとしなかったというところに処分の力点が置かれている。


5人衆のうち、世耕氏が離党勧告、西村、高木氏が党員資格停止、松野、萩生田氏が党の役職停止という段階的処分になったことの意味は、金額をあえて処分基準に入れないことで、松野氏、萩生田氏を救い、世耕氏を追い出したことだ。


そこに今回の党内権力闘争の本当の意味が隠されている。


下村氏は、安倍元総理の死後、森元総理によってすでに次期リーダーを外されていた。そして今回、世耕氏は岸田総理によって次期リーダーを外された。生き残ったのは松野氏と萩生田氏だが、検察審査会や総選挙といった壁が立ちはだかる。


国民の支持率が依然低迷し、「なぜ岸田首相自身への処分はないのか」と厳しい意見も出る中、自民党内では「岸田の後も岸田だ」と言われているゆえんはそこにある。今回の処分で、松野氏と萩生田氏のチームは反岸田として動きたいところだろうが、義理と人情が大切な政治の世界でそれを実行したら……。上に行けば行くほど、そのことはよくわかっているはずだ。


とはいえ、いつの時代も政界には魔物が住んでいる。一寸先は闇であり、どうなるかは誰にもわからない。


----------
大沼 瑞穂(おおぬま・みずほ)
大正大学地域創生学部公共政策学科准教授
慶応義塾大学法学研究科(修士号)修了、NHK報道記者、外務省専門調査員、東京財団研究員、内閣府上席政策調査員を経て、2013〜2019年まで参議院議員(山形選挙区)。
----------


(大正大学地域創生学部公共政策学科准教授 大沼 瑞穂)

プレジデント社

「岸田首相」をもっと詳しく

「岸田首相」のニュース

「岸田首相」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ