意外やZ世代も感涙した「新プロジェクトX」…旧同枠「ブラタモリ」に迫る高視聴率もTV界から"致命的欠落"の声

2024年4月10日(水)11時15分 プレジデント社

NHK放送センター(写真=Samulili/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

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18年ぶりに復活した「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」が好発進した。大学生や若い女性などに好評を博すなど同時間帯視聴率で1、2位を競った。だが、元NHK職員で同番組の前作シリーズに携わった次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「テレビ業界からは早くも“初めに感動ありきのマスターベーション番組”との辛辣な指摘も出ている」という——。
NHK放送センター(写真=Samulili/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

NHKの「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」が18年ぶりに復活した。


初回の個人視聴率は6%超、SNSにも高く評価する声が集まった。しかしテレビ関係者の中には厳しい見方をする人が少なくない。かくいう筆者も、前シリーズの初回に関わった経緯もあり、致命的な欠落を見つけてしまい残念でならない。何が欠落なのか記しておく。


■高視聴率・高評価という現実


復活版の初回は「東京スカイツリー 天空の大工事〜世界一の電波塔建設に挑む〜」。地上波テレビの完全デジタル化が遂行された頃に完成した東京スカイツリーの、高さ634mの天空の現場に挑んだ技術者と職人たちのドラマが描かれた。


個人視聴率は6%超と、同枠でそれまで放送されていた「ブラタモリ」に迫る高視聴率だった。


同時間帯の横並びでは、1〜2を争う好記録だった。特に男子大学生やドラマ好きな20〜30代女性では「ブラタモリ」を上回り、NHKの番組では珍しく若者にもよく見られたのである。(以上、スイッチメディア関東地区データによる)


SNS上にも高評価の声が殺到した。


「(関係者の)熱意に感動」「見入ってしまう」「様々な人間模様に涙」など、評価の声が溢れた。Yahooリアルタイム検索では、8割の投稿が肯定的だったと記録されている。


しかし「感動ありきの姿勢に違和感」など、テレビ関係者の中には問題視する人も少なくない。


筆者は2000年に始まった前シリーズの初回で、NHK職員として、番組をどう作ったら多くの人に見てもらえるかという調査を担当し、その時にできた事とできなかった事を把握しているだけに、今回復活した初回を見て暗澹たる気分になってしまった。


■前シリーズの栄光


実は前シリーズは、NHK局内的に波乱含みでスタートしていた。


NHKの編成表は、伝統的に“土地本位制”だった。ある枠が新番組になるにしても、それまで担当していたセクションがそのまま担当するのが慣例だった。つまり編成枠に制作チームが張り付くという意味で土地本位制だったのである。


ところが2000年春に始まった同番組は、他部の枠を社会情報番組部が提案競争で奪取して始まった。


番組活性化のための措置だったが、部長以下の管理職は「何が何でも成功させろ」と力んでいた。成功とは、高い視聴率をとること。ゆえに番組マーケティングという、当時のNHKでもまだあまり実施されていなかった調査を事前に行うことになった。


それを担当したのが筆者だった。やり方はこんな感じだ。


NHKの番組を見るか見ないか、境界線上にいる視聴者を集め、試作番組を見せて「どう作り変えたら見てもらえるか」を追究すること。こうした層が見てくれれば、視聴率は自ずと上がるという理屈だ。


タイトルの付け方、番組オープニングの構成、VTRの内容、スタジオ部分のあり方などを検証したのである。


この結果、番組作りの常識が大きく変わった。


それまでNHKでは、VTRに出てくる人がそのままスタジオに登場することはNGだった。ところが視聴者に問うてみると、「テーマと関係ない評論家やタレントの話を聞くより、プロジェクト当事者の生の声を聞きたい」と返ってきた。かくして同番組のスタジオゲストは、VTRにも登場するリーダー達となった。筆者が知る限り、NHKでは初めてのことである。新プロジェクトX初回でも、塔の設計や実際に工事を担当したとび職が登場した通りだ。


こうした努力もあり、当初は好調だった。


平均視聴率は最初の1年で2%、次の年は3%ほど上昇した。独特のナレーションと中島みゆきの主題歌の効果もあり、次第に“プロジェクトX現象”と言われるほどだった。


■厚化粧で課題噴出


ところがその後、同番組には「事実が違う」などの抗議が来るようになった。マンネリ化も加わり、視聴率の勢いは衰えた。そして2005年で事実上の打ち切りとなった。


問題の背景には、わかりやすい感動のための単純化や事実改ざんがあった。


実は筆者は前シリーズ初回の調査の際に、番組責任者とこんな議論をした。


「技術や組織論などの事実4割、厚化粧演出6割でできているが、事実を6〜7割淡々と見せても十分視聴率はとれる」


これに対する回答は「絶対に失敗するわけにはいかない。今のやり方しかない」だった。


当時の事実改ざんややらせについては、これまでに複数の業界関係者や専門家から指摘されている。筆者が残念でならないのは、過去の成功物語を再現映像中心に描いており、過剰演出となりやすい状況にあった点だ。番組マーケティングという調査手法では、そんな演出の危険性について根拠をもって指摘できなったのである。


■初めに感動ありき


こうした経緯の前シリーズを経て、18年ぶりに新シリーズが始まった。


ところが過去の教訓は活かされていなかった。世界一の電波塔を建設するための技術論と、実際に担った3つの異なるとび職チームの組織論や人間関係はよく描かれていた。


しかし興味深い事実の数々を、完成前に亡くなった関係者の死で引き取るのは正しかったのか。


エンディングで総合所長の妻が登場する。


江戸川の土手を歩き、亡き夫の遺影にスカイツリーを見せている。普通こんなことを遺族がするだろうか。明らかに依頼したシーンだ。“お涙ちょうだい”が前提ゆえのロケと言わざるを得ない。


市川市からみる東京スカイツリーと富士山(写真=Atomark/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

前シリーズは“失われた10年”のタイミングで放送された。


さまざまなプロジェクトで活躍した無名の人々の奮闘ぶりを描こうというものだった。日本に元気を取り戻そうという狙いがあった。


ところが“10年”は“30年”となった。


そのタイミングで放送される「新プロジェクトX」について、MCを務める有馬嘉男記者は「人びとの働き方や価値観が大きく変わった平成・令和のプロジェクト。個人的には、昭和からの決別とでもいうような裏テーマを考えてみた」としながらも、「上司と部下との信頼関係やチームワーク、家族愛や友情といったいつの時代も変わらない人びとの思いが突き動かしている。だから新シリーズでもやることは変わりません」と、昭和からの決別という言葉とは裏腹に、むしろ昭和踏襲を目指すかのような発言をしている。


つまり“初めに感動ありき”の姿勢は変わらずに、再スタートしたのである。


■時代認識は如何?


しかし有馬氏は経済部や国際部を経験した記者だ。


昭和のプロジェクトや当時のやり方が、90年代以降で容易に通用しないことは知っているはずだ。それなのに「努力はきっと報われる」「夢はきっとかなう」などの精神論。“初めに感動ありき”のマスターベーションでは令和の時代に通用しない。


もちろん難工事をやり遂げた現場の奮闘には頭が下がる。


しかし“失われた30年”を経た令和では、もう一歩踏み込まないと社会の前進につながらない。現場の努力は、前提となるグランドデザイン次第で意味合いが変わってしまうからだ。


東京スカイツリーは、地上波テレビの電波を発信する塔だ。


ところがプロジェクトが決まった頃にはすでに、エリア内の半数以上の家庭は直接電波を受信していなかった。ケーブル経由の方が多数派だったのである。


しかも完成した時には、アンテナで受信する家庭はもっと減っていた。


さらにインターネットで動画を見る人が増え、リアルタイムにテレビ放送を見る人は現状では3割以上も少なくなっている。


スカイツリーが無駄で、東京タワーの改修で十分だったと言うつもりはない。ただし、同電波塔の存在意義が薄まっている事実に言及しても良かったのではないだろうか。実際に入場者数も年々減少しており、観光施設としての価値は低下している。


令和の今、プロジェクト内で奮闘した人々の感動だけでは不十分だ。


時間経過の中でのプロジェクトの意味合いなど、時代認識も提示すべきではないだろうか。感動は見る者の思考停止を招きかねない。“失われた30年”を克服するためのヒントも出してこそ、公共放送の存在意義ではないだろうか。


次回は「弱小タッグが世界を変えた〜カメラ付き携帯 反骨の逆転劇〜」と予告された。


なるほど世界初の製品だったかもしれないが、その後の日本は携帯電話の製造市場で苦戦を強いられた。その事実を無視して、「日本は頑張ったよね」と情に訴えて終わってもらいたくない。


教訓と正対するためにも、負の側面も客観的に描いてもらいたいものである。現場制作者の奮闘に期待したい。


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鈴木 祐司(すずき・ゆうじ)
次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。
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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)

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