厚労省の目安「1日にロング缶1本」はアテにならない…「飲んでいいお酒の量」がコロコロ変わっている本当の理由

2024年4月19日(金)15時15分 プレジデント社

1日に飲んでいいお酒は「ロング缶1本まで」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/katleho Seisa

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■1日に飲んでいいお酒は「ロング缶1本まで」


2024年2月19日に厚生労働省が「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表しました。報道では、このガイドラインによって、1日あたりの「純アルコール量」で男性40g以上、女性20g以上の摂取は生活習慣病のリスクを高める、と伝えられました。


大腸がんに関しては1日あたりの純アルコール量で20g以上、週で150g以上でリスクが高まると報じられています。


「純アルコール量」はお酒に含まれるアルコールの量を表しており、アルコール度数と量、アルコールの比重で求められます。


5%のビールを500ml飲む場合、500×5%=25ml、これにエタノールの比重およそ0.8g/mlを掛けると、「純アルコール量」は20gとなります。


ビールの場合、アルコール5%前後が多いため、500ml缶1本あるいは中瓶1本でおおよそ20gです。


写真=iStock.com/katleho Seisa
1日に飲んでいいお酒は「ロング缶1本まで」(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/katleho Seisa

■これまでも似たような基準が作られてきた


これまでにも国内外で類似の推奨文は数多く作られ、おおむね飲酒はごく少量、たとえば1日にビール1瓶とか日本酒1合程度にとどめるのがよいとされてきました。


同じ厚生労働省から2005年に出た「食事バランスガイド」にも「日本酒 コップ1杯(200ml)、ビール 缶1本半(500ml)、ワイン コップ1杯(260ml)、焼酎(ストレート) コップ半分(100ml)」という記載があります。


また、やはり厚生労働省が5年ごとに更新している「日本人の食事摂取基準」の2020年版は「過剰摂取による健康障害への注意喚起を行うに留め、指標は算定しないことにした」という立場をとっています。


指標がないのでどれくらいの量が「過剰摂取」にあたるのかもわからないのですが、参考情報として「総死亡率を低く保つための閾値(上限)を100g/週としている」という研究を紹介しています。


「食事バランスガイド」にある数字は20g/日、すなわち140g/週でしたから、「日本人の食事摂取基準」の「100g/週」のほうが厳しいことになります。ただしこの量を守るよう明確に推奨されたわけではありません。


■新たな基準が作られたわけではない


ほかの基準値もあります。2000年の「健康日本21」は「2010年までに、1日当たり平均純アルコールで約60gを越える多量飲酒者を減少させることを目標とする」と言っていますが、2013年に全面改訂された「健康日本21(第二次)」では「1日の平均純アルコール摂取量が男性で40g、女性で20g以上」と大幅に厳しくされました。


さて、今回のガイドラインはいくらを基準にしたか覚えていますか? 健康意識は高まっているのでさらに厳しくなったのでしょうか?


実は、基準は設定されていません。冒頭に紹介した報道では「ビールなら500ml缶あるいは中瓶1本まで」という数字も紹介されたので、筆者もうっかり「また新しい基準値が作られたのだろう」と勘違いしたのですが、よく読むとこの数字は「健康日本21(第二次)」のもので、ガイドラインはそれを「紹介」しているという立場です。同じ基準値を引き継いですらいないのです。


■結局どれくらい飲んでいいのかはわからない


さらに奇妙なことに、ガイドラインには基準めいた数字がいくつも出てくるのですが、どれも結論には至らず、結局どれくらい飲んでいいのかは読んでもわからないのです。ガイドラインに出てくる表(図表1)を引用して説明します。


出典=厚労省「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」(別添)

この表には、それぞれの疾病リスクが高まる飲酒量が書かれていますが、その量は疾病ごとにバラバラです。


この表に基づき、あらゆる病気のリスクを最低限にするなら「全面禁酒」ということになります。


それは厳しすぎると思うなら、たとえば女性の場合、脳出血と高血圧のリスクを無視すれば、「11g/日」を採用することもできます。


あるいは「個々人がおのおの防ぎたい病気に対応する許容量を選んでください」と言ってもいいわけです。


■海外でも飲酒量の基準はバラバラ


しかし、今回のガイドラインでは推奨量を決めませんでした。前述の「日本人の食事摂取基準」では「指標は算定しないことにした」と明言していますが、今回はそれすらうやむやにされています。


これは日本人得意のうやむや話法というわけでもなく、海外でも事情は同じのようです。ガイドラインからもうひとつの表を引用します(図表2)。


出典=厚労省ガイドライン「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」(別添)

おおむね20〜30g/日前後としている国が多いようですが、アメリカ(28g/日)に比べてオーストラリア(100g/週、1日あたり約14.3g)は半分ほど。カナダ(26g/週)はそのまた4分の1ほどと、各国でバラバラです。


■誰も正解を知らない


バラバラなのは誰も正解を知らないからです。この表の注に「単純に比較することはできません」とありますが、それほど性質の違う数字しか出せないなら、問題設定そのものに疑問が生じます。


つまり「酒はどれくらい飲むと体に悪いのか」はわからないだけでなく、「酒が体に悪い」とはどういう意味なのかも決まっていないのです。


■基準値はコロコロ変わっている


ここまでをまとめます。厚生労働省は昔から何度も飲酒量の基準を示してきましたが、基準値はそのたびごとにコロコロ変わっています。


しかも今回は10年以上前の基準値をなんとなく紹介しているだけで、いったいどれくらいの量が適切なのかはうやむやのままになっています。


そしてどうやら海外の事情も似たりよったりです。


わざわざ新しい飲酒量のガイドラインを作る目的が筆者にはよくわかりません。


写真=iStock.com/oatawa
基準値はコロコロ変わっている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/oatawa

酒は体に悪いに決まっていますし、そのことは誰でも知っています。「そんなことはない」と思う人は飲酒運転が禁じられている理由を思い出してください。


ガイドラインが飲酒量を決められないのは、「長年毎日飲み続けると、怖い病気になる確率が上がるだろうか」というきわめて抽象的な問いを立てているからです。


■「酒は体に悪い」はみんな知っている


酒は体に悪いので、飲みすぎないほうがいいのは誰でも知っています。みんな知っていて飲んでいるのです。「ガイドラインが新しくなったから、明日からは酒を減らそう」と決意する人がいるでしょうか?


加えてこのガイドラインにはいくつかの深刻な問題を指摘できます。


第一に、ガイドラインが多すぎる状況に対する配慮があまりに希薄です。厚生労働省のガイドラインだけでも複数存在しており、どれを見ればいいのか、どれが本当でどれが嘘なのかもわかりません。


■利益相反の開示がされていない


第二に、ガイドライン作成のプロセスがわかりにくくなっています。誰がこのガイドラインを作ったのかは別の場所で公開されているのですが、ガイドライン本文には名前がありません。


しかも公開された氏名一覧には、所属が一行で書かれているだけで、利益相反開示の項目が立てられていません(図表3)。


出典=「飲酒ガイドライン検討会開催要領

医療機関などの教授とか所長といった肩書がずらりと並んでいます。


一般に、「ガイドラインを作成したことで、自分の医療機関に来る人が増える」といった利害関係を代表として、営利非営利を問わずガイドラインの内容に関連する団体に所属するとか、金銭や物品・労働などの協力関係があるとか、株式保有があるといった関係は潜在的にガイドラインの内容に影響する可能性があるとみなされ、詳しく公表することが求められます。利益相反は必ずしも悪いこととは限らず、ガイドラインが信用できないとも限らないのですが、読む人の判断材料として重要な情報です。ところが今回の飲酒ガイドラインには利益相反のある人が関わっているかどうか、確かめにくくなっています。


■「正月の餅」を規制すべきではない


第三に、そもそもの問題意識が偏っています。個人的にはこのガイドラインの導入部分にある何気ない一言が一番気になりました。


「お酒は、その伝統と文化が国民の生活に深く浸透している一方で、不適切な飲酒は健康障害等につながります。飲酒する習慣がない方等に対して無理に飲酒を勧めることは避けるべきであることにも留意してください。」


一見ごもっともな指摘ですが、わざわざ「伝統と文化」を持ち出す意味がわかりません。


常識的には「伝統と文化」のほうが優先です。「正月の餅」は多くの犠牲者を出していますが、それを理由に禁止するべきでしょうか。「相撲」とか「岸和田のだんじり祭り」といったものも同様です。


なのに、さも当然のことのように、「健康」と「伝統と文化」が対等かのように言い張っています。


無理に飲ませてはいけないという後半も唐突な印象があります。そんなことは健康を持ち出すまでもなく当たり前です。それなのに無理に禁酒させるのはいいのでしょうか?


そもそも、このガイドラインは前述の通り、具体的な基準値を示していないわけですから、飲みすぎないほうがよいという常識をなんとなく追認しているだけで、ガイドラインとしてはまったく無意味です。


つまり、このガイドラインは伝統も文化も個人の自由も実質的に無視しただけでなく、飲酒量の基準値を示しもしないのに、「専門家である医師の言うことに従え」と主張しているのです。


そんな世迷い言に付き合う暇な人がどこにいるのでしょうか。


日常生活をいちいち医者に指導してもらう必要はありません。みんな自力で情報を集めて、自分の価値観に照らしたうえで酒を飲んでいるのですから、いまさらガイドラインは要りません。


「それでも何らかの基準は欲しい」という方には、「日本人の食事摂取基準」がおすすめです。


こちらはちゃんと、わからないことはわからないと書いていますから。


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大脇 幸志郎(おおわき・こうしろう)
医師
1983年、大阪府に生まれる。東京大学医学部卒業。出版社勤務、医療情報サイトのニュース編集長を経て医師となる。首都圏のクリニックで高齢者の訪問診療業務に携わっている。著書には『「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』、訳書にはペトルシュクラバーネク著『健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭』(以上、生活の医療社)、ヴィナイヤク・プラサード著『悪いがん治療 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか』(晶文社)がある。
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(医師 大脇 幸志郎)

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