なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み

2024年4月19日(金)5時55分 JBpress

 大胆な構造改革でV字回復を果たし、2022年3月期決算では過去最高益を達成。さらにUSスチールの買収発表と、勢いの止まらない日本製鉄。前編に続き、2024年1月に著書『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』(日経BP)を出版した日経ビジネス前副編集長(現日本経済新聞編集ユニット記者)の上阪欣史氏に、V字回復成功の背景にあった収益構造改革や、同社が米鉄鋼大手USスチール買収の先に見据える新たなステージについて話を聞いた。(後編/全2回)

■【前編】日鉄再建の号砲、製鉄所を訪れた社長が危機感なき現場に放った「辛辣な一言」
■【後編】なぜ生産量25%減でも儲かるのか?日本製鉄が需要減でも利益を確保する仕組み(今回)
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大口顧客を前に一歩も引かない「橋本社長の哲学」

──前編では、V字回復を果たした日本製鉄の改革に着手した当初の状況について聞きました。著書『日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか』では、「負け犬体質を変えるための営業改革」として、30年間押し負けてきた大手顧客との価格交渉にメスを入れた様子が描かれています。当時の社長だった橋本英二氏(現在は会長兼CEO)が営業改革に本腰を入れた背景には何があったのでしょうか。


上阪欣史氏(以下敬称略) 背景には2つの問題点がありました。1つは、製鉄所サイドと営業サイドがお互いに赤字の責任をなすり付け合っていたことです。販売量が増えても黒字にならないことに対して、製鉄所は「安く売っている営業側に赤字の原因がある」、営業は「生産コストが高いことが原因だ」と互いに不満を抱いていました。

 もう1つは、看板商品である自動車用高級鋼材の「ハイテン」などを価値に見合った価格で販売できていなかったことです。本来であれば商品の付加価値を認めてもらって高く売らなければならないにもかかわらず、自動車メーカーなどの大手顧客に価格交渉で押し切られた結果、価格よりも販売量を優先して安値で提供していました。

 日本製鉄に限らず、メーカー、特に素材メーカーは市場シェアに敏感です。市場シェアを競合に奪われるくらいなら、安値でもよいので販売数量を確保しようとします。販売数量を確保できれば、たとえ赤字になっても製鉄所の稼働率が下がることはありません。そうした意味では、営業と製鉄所は共犯関係にあったとも言えるでしょう。

 しかし、橋本氏の「価格は売り手が決めるもの」という持論は揺らぎませんでした。連日のように営業部長たちを叱咤激励し、時には飲みに誘って、値上げの必要性を説き続けました。「値上げで取引数量を減らされてシェアを奪われても、それはそれで構わない」と伝え、最後には「俺が責任を取る」と付け加えました。

 こうして正面突破での交渉を続けたわけですが、値上げをかたくなに拒む顧客もいました。そこで橋本氏は、さらに大胆な策を講じます。顧客に対して「値上げを受け入れてもらえないなら受注・供給はできない」と伝えるように、営業担当副社長に指示をしたのです。これは素材メーカー側からなかなか言えることではありません。


値上げに踏み切る背景にあった「合理的な理由」

──値上げを受け入れてもらうために、どのような考えがあったのでしょうか。

上阪 そこにあったのは「日本製鉄のハイテン鋼材がなければ自動車を造れない。造れないならば、(顧客は)値上げを受け入れざるを得ない」というシンプルな理論です。値上げとなれば、これまで購買担当者止まりになっていた価格の問題が自動車メーカー側の社長の耳に入ります。相手と同じ土俵に立つためには、値上げ受け入れを社長マターにして、社長同士、同じ土俵に立つ狙いがあったわけです。

 また、価格の交渉のタイミングにもメスを入れました。日本製鉄では半期に一度、大口の顧客と交渉し、半期分の出荷価格を決めていました。この価格を「後決め」(例えば、4〜9月期の出荷分の価格が8月に決まる)としていたため、価格が決まっていない状況で出荷をし続けることになり、収益管理ができていない状況だったのです。

 そこで、価格を「先決め」(4〜9月期の価格を2〜3月時点で決める)に変更するための交渉を行いました。結果、大手の自動車メーカーから「先決め」への変更を勝ち取り、市況の見通し予測を反映して価格交渉に臨めるようになりました。価格を決めた上で出荷すれば、収益管理もしやすくなります。こうして橋本氏は、日本製鉄の歴代トップが成し得なかった改革をやり遂げたのです。 

——橋本氏の構造改革が結実し、日本製鉄は2022年3月期決算において過去最大の最終赤字からV字回復を遂げました。一連の改革を通してどのような収益構造を目指していたのでしょうか。

上阪 需要が減っても儲かる仕組みを作り、筋肉質な収益構造を目指したことが挙げられます。

 例えば、高炉を15基から10基に減らし、32ラインを休止して固定費を4割下げました。そして、利幅の大きい高級鋼材の比率を高めることで、限界利益(売り上げから変動費を引いたもの)を4割増加させています。固定費が下がり、限界利益が上がったことで、利益の幅が一気に広がりました。このように収益構造を大きく変えたことが、過去最高益の原動力になっています。

 注目すべきは、粗鋼生産量が10年前に比べて25%減っている点です。通常、素材産業は価格が適正であれば量が出れば出るほど利益が膨らむので、25%も量が減ると利益は落ちます。しかし、日本製鉄の利益は上がっているわけです。これは生産設備の固定費を下げて販売価格を上げたことによって、粗鋼の生産量を減らしても利益を確保できるようになった成果と言えます。


レジリエントな経営の肝になる「職人技のデジタル化」

——著書では、日本製鉄の収益力が向上した一方、高炉トラブル発生時の対応力が低下したことに言及しています。「止めない」操業の難易度が高まるなど、改革後の副作用とも言える事象に対してどのように対応しているのでしょうか。

上阪 構造改革による高炉削減によって、需要と供給の均衡が取れるようになりました。しかし、生産能力を落とした副作用として、トラブル時の安定供給が難しくなった点は否めません。そこで日本製鉄では、匠とも呼べる高炉担当者を中心に、経験豊富なベテランの経験や勘を「形式知」に変えるための取り組みを始めています。

 例えば、「どうすれば炉を冷やさずに銑鉄(せんてつ)を取り出せるか」という課題です。高炉の底にたまった溶けた鉄を取り出す「炉前(ろまえ)作業」は温度管理などを間違うと銑の排出口である出銑口(しゅせんこう)に冷えた鉄が固着しやすくなります。

 すると、高炉自体が冷えて機能しなくなる恐れがあります。溶けた鉄の色や体に感じる熱に問題がないか注意を払いながら銑鉄を取り出すという職人技、つまり暗黙知を形式知に置き換え、さらにデジタル化することに取り組んでいるのです。

 鉄の製造工程には、多くのデジタル技術が用いられています。自動化が進み、AI高炉の開発も進む中、トラブルの発生頻度は減り続けるでしょう。しかし、システム依存が進むほど、トラブルへの遭遇頻度が低くなり、現場の経験不足を招きます。だからこそ、レジリエント(復元力のあるしなやかさを持った)な高炉を目指し、10年に一度あるかないかの大トラブルにも的確に対応できる体制が求められています。


「グローバル3.0」の鍵を握るUSスチールの買収

——2023年12月、日本製鉄は米鉄鋼大手USスチールの買収を発表しました。そこにはどのような狙いがあるのでしょうか。

上阪 これまでの海外事業は高炉や溶けた鉄を板状にするなどの「上工程」を国内で行い輸出。輸出先の海外工場で板状の鉄をコイルにする「下工程」を行う分業方式を取っていました。これらを私は「グローバル2.0」と呼んでいるのですが、1990年代から2010年代にかけて取り組まれてきました。これらの工程を一貫して海外で行う形態が、今井社長が構築中の「グローバル3.0」です。

 国内マーケットの縮小が見られる今、海外に活路を見いだすことが欠かせません。日本製鉄では中核となる経営目標として「グローバルで1億トンの粗鋼生産、連結事業利益として1兆円確保」を掲げています。そのための布石として、タイやインドの鉄鋼大手を買収し、現地設備への投資を行っています。

 これらの戦略の背景にあるのが、世界で進む「保護貿易」です。例えば、米国やインドは自国の鉄鋼産業を守るために関税障壁を高くしています。グローバル展開を急ぐには直接海外の高炉メーカーを買収し、上工程から下工程まで一貫した生産をしなければなりません。

——USスチールの買収が成功するか、大きな注目を集めています。日本製鉄がどうしてもUSスチールを買収したい理由は何でしょう。

上阪 USスチールを買収できるかどうかは、日本製鉄にとって最も大きな経営課題でしょう。USスチールは高炉を持っているだけでなく、電炉(鉄スクラップを溶かして鉄を作る炉)の設備増強も進めています。設備が充実している上、米国の関税障壁の中で商売ができるわけですから、買収が成功すれば手っ取り早く米国市場への参入を実現できます。市場は守られているので鉄鋼価格も相対的に高いのです。

 また、電磁鋼板(でんじこうばん)を米国で製造できるようになることも大きなポイントです。電磁鋼板は電気自動車(EV)などのモーターに使われる鋼材ですが、特許の塊のような特殊な材料ですから、なかなか海外で作ることができません。しかし、USスチールを100%子会社化できれば、特許技術を米国で使うことができます。日米で技術を守りながら付加価値の高い製品を作ることで、中国に対抗するための経済安全保障にもつながります。

 さらに、長期的な目線で見たときに見逃せないのが「脱炭素」です。橋本氏は「脱炭素の鋼材でなければ顧客が買ってくれなくなる時代が来る」とにらんでおり、経営目標として2050年のカーボンニュートラル達成を掲げています。

 その鍵を握るのが、二酸化炭素を出さない「水素還元製鉄」の研究開発や、スクラップから鉄を作る「電炉」への投資です。日本製鉄では、歴史ある八幡製鉄所の高炉を電炉に切り替えることも検討しており、「電炉をどこまでものにできるか」というテーマは重要な経営課題になるでしょう。

 このように日本製鉄ではグローバル展開を視野に入れつつ、技術にも大きな投資を続けており、事業領域は広く、深くなっています。同社の今後の動きにも注目していきたいと思います。

筆者:三上 佳大

JBpress

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