「認知症の人はそっとしておく」日本とは大違い…ドイツ人が「認知症になったからこそ」起こす意外な行動

2025年4月22日(火)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bennymarty

少子高齢化はGDPで日本(4位)を抜いたドイツ(3位)でも進んでいる。エッセイストのサンドラ・ヘフェリンさんは「中高年の認知症患者も増えている。しかし、日本に旅行に来た認知症の男性とその妻に会ってみると、夫婦の『今やりたいことをやる』という合理的でポジティブな考えに元気づけられた」という——。

※本稿はサンドラ・ヘフェリン『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』(講談社)の一部を再編集したものです。


■50代で若年性認知症になった夫を連れ、ドイツから日本へ


弟も私も仲良くしている、60代のアンナ(Anna)さん夫婦が日本に遊びに来た時のこと。


夫婦が滞在中、彼らの長年の友達だという別のドイツ人の夫婦、ペトラ(Petra)さんとトビアス(Tobias)さん(ともに50代)も、観光に加わりました。


私はガイドも兼ねて同行したのですが、事前にアンナさんから言われました。


「トビアスは若年性認知症なの。でもペトラがちゃんと見てるから、あなたは心配しないで」


それでも「ペトラとトビアス夫婦」だけと待ち合わせた時は、ちょっと不安でした。


ペトラさんは精神科医で絵画やアートが大好き。ファッションも個性的で、オレンジ色の物を上手に取り入れた派手めのコーディネートが素敵でした。そして夫のトビアスさんも、こざっぱりとしたきれいな格好。笑顔がほわーんと温かい、とても感じの良い人でした。もし認知症だと言われなければ「話し好きのドイツ人にしては珍しく、あまりしゃべらないもの静かでニコニコしている人」で通りそうです。


トビアスさんはかつてミュンヘンの病院の、小児科部門の主任医師でした。同じく小児科医であるアンナさんの夫、シュテファン(Stefan)さんの同僚で、公私ともに親しい間柄だったとのこと。ちなみにアンナさんも医師です。


■妻は最初、夫の認知症発症を信じられなかったが…


ある時から、トビアスさんの様子がおかしくなります。職場で契約書にサインをしたのに、30分後には忘れてしまったり、事務方にすでに確認を済ませたのに、30分後にまた同じことを確認しに行ったり。


みんなに好かれていただけに、誰も彼に「あなたは、おかしいです」と面と向かって言えませんでした。でも、職場は子どもたちの命を預かる小児科です。万一のことがあっては大変だと同僚たちが話し合ったうえで、夫婦で親しかったアンナさんが、代表して妻のペトラさんに電話をすることになりました。「センシティブな話は、妻から妻へと伝えたほうがスムーズにいく」とみんなで考えてのことでした。


アンナさんが病院でのトビアスさんの様子を話したところ、最初はペトラさんに信じてもらえませんでした。夫の変化に気づいていなかったのです。配偶者は毎日一緒にいるので、意外とその変化に気づかないケースもあるようです。


もともと夫婦間でリーダーシップを発揮していたのはペトラさんでした。妻が様々なことを決め、計画するという夫婦の「リズム」は、ずっと「変わっていない」のです。二人は旅行が好きで、今まで世界のいろんな場所を旅してきました。そこでトビアスさんの認知症が発覚してからペトラさんは決心したと言います。


「今まで通り旅行をして、トビアスにこれからも世界のいろんな場所を見せてあげよう」と。


写真=iStock.com/bennymarty
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bennymarty

■人付き合いが「カップル単位」になっているドイツ人の強み


私は「欧米流のカップル文化」のファンではありません。どちらかと言うと、日本の「おひとり様文化」のほうがいろいろ自由で良いなと感じています。それでも旅行中にトビアスさんの楽し気な様子を見ていると「こういう時は『カップル文化』って強いなあ。いいなあ」と感じました。


「いつでもどこでもカップルで出かけるのが当たり前」という文化があるからこそ、ペトラさんは認知症の配偶者とともに、迷いなく世界旅行に出かけて行く。そして元気だった頃から「カップル同士での付き合いがある」からこそ、「自力で友達に電話やメールができない」夫に代わって、妻がマメに連絡を取り、友達夫婦と一緒に旅行をしたりディナーをしたりと楽しめるわけです。


東京ではアンナさんの家族4人、ペトラ・トビアス夫婦の計6人を私が案内し、いろんな所を回りました。ペトラさんはいつも夫を気にかけ、ちょっとぼーっとしていると「トビアス、こっちよ、こっち!」と呼びかけていました。決してモラハラ的な感じではなく、愛情をこめて面倒を見ていることがすぐにわかりました。


認知症の影響で話すこと自体が難しくなっており、言葉があまり出てこないなど、困難な部分もあります。初日にアンナさんが「トビアス、今日はどこのホテルに泊まるの?」と聞いたところ、彼は「ペトラに聞かなくちゃ……」と自信なげに答えました。


それでも私が「トビアスさん、電車の切符はもっていますか?」と聞くと、Suicaをポケットからサッと出し、子どものように得意げに見せてくれて、その姿はとてもかわいいものでした。困難な部分があっても、それが「すべて」ではないのです。


写真=iStock.com/Lordn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Lordn

■夫が認知症になっても揺るがない妻の愛情


トビアスさんは認知症が進んでいますが、体力があるため、「長く歩くこと」も平気です。みんなで1日東京を観光した後は鍋料理を食べに行きましたが、元気いっぱいでした。駅の改札口で別れる時に、アンナさんやシュテファンさんたちに付いていこうとする一コマがあり、みんなで「よほど楽しかったのね」と大笑い。もちろん妻のペトラさんが「違うわよー! トビアス、こっちよ、こっち!」と改札の前で手を振っていました。


その光景を眺めていて思ったのは、トビアスさんは本当に愛されているということ。認知症なのに、彼を地球の反対側にある日本まで観光に連れて行ってくれる妻ペトラさんの彼への愛情は、全く揺らいでいないように見えました。かつての同僚も、認知症を発症した後もトビアスさんを気にかけ、いろんなイベントに誘ってくれています。だから、こうやってみんな一緒に観光をしているのです。


■日本では認知症の知人・同僚は「そっとしておく」が…


認知症の症状は様々です。トビアスさんの場合、「アグレッシブになることなく、笑顔あふれるキャラのままだった」のはラッキーでした。そして病気になる前の彼の「生き様」と「人徳」が今の彼を支えてくれています。


日本では「かつての同僚が認知症」と聞いたら、それまでどんなに良い関係を築いていたとしても「そっとしておこう」と考える人が多い気がします。この「そっとしておく」というのは、つまり「積極的にはかかわらないで、遠くから見守る」という意味です。


こういう時に、日本とドイツの文化の違いを感じます。ドイツでは仲良くしている人とは、できる限りずっと「積極的にかかわっていく」ものです。だからアンナさんたちにとってもトビアスさんと交流を続けることは自然なことで、こういう面ではドイツ人のほうが情に篤いのかもしれません。


■病状は進行するかもしれないが、旅行できる「今」を楽しむ


誰もがそうであるように、もちろんトビアスさんが「今後どうなるか」は誰にもわかりません。でも、「今」のトビアスさんは配偶者とかつての同僚や友達に囲まれてとても楽しそうでした。その後、プロのガイドさんを頼み、二人だけで金沢へ向かったペトラさんとトビアスさん。私にも「浴衣を着て旅館の部屋でくつろぐトビアス」の写真が送られてきました。そのほのぼのする姿を見ていると「人間、どんな時でも『生きる楽しさ』を優先していいんだ」と前向きな気持ちになりました。


■ドイツでもハードワークをいやがる若手の医師が増えている


子どもの頃から医師になるという夢を抱いていたアンナさんにとって、小児科医として働いた数十年は充実した日々でした。もちろん大変な激務で、大病院に勤めていた時代はまともに食事もとれず、仕事中にトイレの窓から顔をつき出してサンドイッチを口に入れることもあったのだとか。


「その後、学習して白衣のポケットにハリボー(HARIBO)のグミを沢山入れておくようになったの! ところで、30年ぐらい前までは医者が『時短で働きたい』なんて申し出るのは『あり得ないこと』だったのよね」


そんなアンナさんが最近感じているのが「世代間ギャップ」。かつての自分が全力で働いてきたという自負があるため、最初から「時短で働きたい」と語る若い医師に驚くのだそうです。ドイツの若い医師は急な呼び出しのある救急医もやりたがらない人が多いのだとか。日本もそうですが、ドイツでも「働く」ということに対するスタンスは、世代によってだいぶギャップがあります。


「50代までは、医師の仕事をして家族の面倒を見て、本当に時間がなくて大変だったけど、すべてをやり遂げて良かったと思える。経済的にも、一軒家のローンを私の収入だけで返し終えた時はものすごい達成感だったわよ。『やったー!』と叫びたいぐらい。すべての思い出が今の私の力になっている」


そんなアンナさんに「あなたの人生にとって一番大事なことは?」と聞くと「やりたい! と思っていることを、今実行すること」という答えが返ってきました。


「日本に行きたい! と思っていて、夫も一緒に旅行ができたのは本当に良かった。夫も私も60代前半でしょう。やりたいことは絶対に今、やるべきだと思うの。私は救急医もやってきたから、昨日まで元気だった人の健康状態が急激に悪化したり、もっと言うと『昨日まで元気だった人が次の日に死んでしまう』というケースをたくさん見てきているのよね。人の健康、そして人の命は永遠ではない。何の保証もないから、やっぱりやりたいことは早くやるのが勝ち! そう思っているの」


■「年齢は自分で変えられないから、悩まない」


なるべく長く元気で健康でいられるように、アンナさんは食事に気を使い、定期的に水泳をし、毎日ジョギングをしています。


「私が10代の頃のドイツはね、『ジョギング』という概念がなかったの。私は体育が好きだったから、『かけっこ』のタイムを上げるために近所を走ったりしてたんだけど、家族にも近所のおじさんおばさんにも、『だいじょうぶ? どうして走っているの?』と聞かれていたぐらい(笑)。それが今や世界中でジョギングが人気。私も毎日走って、その日の天気を肌で感じたり、体調の変化に気づいたりと、心身ともに前向きになれると実感してる。それに面白いのよ。何年か前から地元のジョギング・クラブに入ってるんだけれど、昨年、急に順位が上がったの。別にタイムが速くなったわけではないのよ。60歳を過ぎるとだんだんクラブをやめる人が出てくるから、ライバルが減ったの。タイム自体は上がっていないのに笑っちゃうでしょ。歳を取るのも悪くないわよ!」


写真=iStock.com/FamVeld
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FamVeld

豪快に笑うアンナさんに、私が「日本では年齢を重ねて外見が衰えることを気にする女性が多い」という話をふったところ、きっぱり言われました。


「年齢って、自分では変えられないものだから、私はいっさい悩まない」


名言だと思いました。


■白髪を染めるより、自分のやりたいことをやっていく


体型の変化から顔のシミまで、日本では何かと「年齢、年齢」と言いがちです。一方、ドイツの女性は一般的にアンチエイジングには積極的ではありません。「白髪は染めるもの」「シワはなくすべきもの」とは考えられていないのです。



サンドラ・ヘフェリン『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』(講談社)

そういった背景も影響しているとはいえ、アンナさんの言う「今の年齢で元気に過ごせるためにできるだけのことをやる」「自分のやりたいことができていること」が人を幸せにするのだと感じました。


「夫と私は同い年だから、2027年に二人とも66歳になって定年なの。それまでは、若い人がやりたがらない救急医として、体力が続く限りやり続けるつもり。それにね、老後もきっと忙しくなると思う。医者としてドイツの難民収容施設で働いてみたいとも思うし、私は国語が得意だから、ドイツ語ができない難民の子どもたちの宿題の面倒を見る、というボランティアもやってみたい」


まだ仕事を続けているアンナさん、シュテファンさん夫婦と、認知症を発症したトビアスさんとペトラさん夫婦の、置かれた状況は異なります。しかし、どちらも「今、やりたいこと」をやるドイツ人的カップルであり、だから長年、友達でいるのかもしれません。


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サンドラ・ヘフェリン(さんどら・へふぇりん)
著述家・コラムニスト
ドイツ・ミュンヘン出身。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフ」にまつわる問題に興味を持ち、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。著書に『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)、『なぜ外国人女性は前髪を作らないのか』(中央公論新社)、『ほんとうの多様性についての話をしよう』(旬報社)など。新刊に『ドイツの女性はヒールを履かない〜無理しない、ストレスから自由になる生き方』(自由国民社)がある。
ホームページ「ハーフを考えよう!
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(著述家・コラムニスト サンドラ・ヘフェリン)

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