娘に「こんなバカな大学に行くなんて俺の血筋じゃない」…差別的な手紙を繰り返す夫に家族が下した最後の決断
2025年4月22日(火)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/simarik
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
写真=iStock.com/simarik
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■気になることはすべて貼り紙に
主婦のA子さん(61歳)は、4歳年上の会社員の夫、25歳の長女と3人で暮らしていました。30歳の長男は結婚して妻と住んでいます。
昔ながらのサラリーマンだった夫は、定年退職して毎日家にいるようになりました。すると夫は、それまで無頓着だった家のことにあれこれと口を出すようになったのです。
A子さんの毎日の掃除や洗濯をチェックして、効率が悪い、こうしたらいいと口を出すものの、手伝いは全くしません。A子さんがスーパーで買い物をしてくると、買ってきたものをチェックして、こんなものはいらない、不要な出費をしていると言ってきます。
やがて夫は、家中にメモを置いたり貼り紙をしたりするようになりました。
掃除機をかけたのにごみが残っていると、そこの壁に「掃除が不十分な箇所あり。再確認せよ」という紙が貼られます。壁の電気のスイッチや換気扇のスイッチには「消し忘れに注意!」「消し忘れた場合電気代○円の無駄」という付箋があちこちに貼られるようになり、気が付くと家中が貼り紙だらけになっていました。
とはいえ、やはり夫は手伝いはしません。ごみは拾わず、消し忘れた電気に気づいても消さず、ただ貼り紙や付箋だけが増えていくのです。A子さんは「自分でやってくれればいいのに」と思っていました。
そんなある日、夫が過去の預金通帳を全て出してきて、リビングで何時間もかけてチェックし始めました。
そして、まとまった出費を見つけては、A子さんに「何に使ったんだ」と聞いてきます。長男の塾代、大学の学費、一人暮らしの引っ越し代、長女の学費……。A子さんが記憶を頼りに答えていると、夫は長女の進学関連の出費に目を付けました。
■一緒に住む長女にも高圧的な手紙
長女は25歳ですが、紆余曲折があり、まだ大学に通っています。高校生の時に人間関係に悩んだことで退学して大検を取り、一度入った大学を休学したのちにほかの大学に転入しました。現在は卒業を目指してアルバイトをしながら大学に通っています。
その都度A子さんは長女の進路について夫に相談してきましたが、夫は「つまらないことを聞くな、勝手にしろ」と答えるばかりで、親身になってはくれませんでした。
それを夫は今になって、「お前の育て方が悪い」「こんなにバカな大学に行くなんて俺の血筋じゃない」「金を無駄にしたな」と言い出したのです。
A子さんが進学の経緯をいろいろと話すと、夫は黙りました。しかしその数日後、長女が「お父さんからこんな手紙が来た」と便箋を持ってきました。長女の部屋のドアの隙間から入れたもののようです。
そこには、「怠惰で出来の悪い娘(?)へ」というタイトルに続き、便箋3枚にもわたってびっしりとこんな文面が書いてありました。
「自分の家系はもっと優秀であるはずなのに、こんな娘が育ったのは、母であるA子の怠慢と娘自身の生まれついての劣等によるものである。この知能の低さから見ておそらくお前は私の娘ではない可能性が高いが、これまで養ったよしみもあることだし親子関係の断絶はしないで許してやってもよい。ついてはこれまでに出費した学費○百万円の即時返還を求める」……。
目を疑うような高圧的な文面に、A子さんは驚きました。もちろん長女もショックを受けています。
■長男にも「即刻離縁すべし」
夫にこんなことはやめてほしいと言いましたが、夫は言い返してくるわけでもなく、普通に家で過ごしています。
しかし今度は長男から連絡が来ました。長男の妻について、夫が「即刻離縁すべし」と手紙を送ってきて困っているというのです。
長男が夫の手紙を写真に撮って送ってくれましたが、長女への手紙と同じように、長男の妻への外見や性格についての信じられないような罵詈雑言や、出自について国籍を疑っているような差別的な文言が羅列されていました。
もちろん妻は夫が疑っているような出自の人でもないので、なぜこんなことを言い出したかわからないと長男は困惑していました。
そしてA子さんにも「恐怖の手紙」が届きました。A子さんがいつも使っているテーブルの上に置いてあったのです。
そこには、A子さんの両親の職業や出自に関するありもしない批判が大量に書いてありました。A子さんの両親はすでに故人ですが、ごく普通の農家をしていました。夫はそれを根拠もなく疑って、違法な商売をしていたのではないか、戸籍を捏造していたのではないかなどと延々と書いているのです。
■“恐怖の手紙”に耐え切れず「離婚しかない」
A子さんも長女も、いよいよ夫が怖くなってしまいました。「嘘ばかり書いてくるのはやめてほしい」と言っても、夫は黙るばかりで、掃除などに文句を言いながらも毎日一緒に食卓を囲んでいます。
夫が何を考えているかわからず、このまま一緒に過ごすことはできないと思ったA子さんたちは、荷物をまとめて長男の家に逃げました。
そして離婚しかないと考えて、私の事務所に相談にいらしたのです。
相談を聞き、手紙も実際に見せてもらいました。どの手紙も余白がなくびっしりと印刷されていて、文面も相まって非常に高圧的な印象を受けます。
A子さんは、「夫は愛想のいい人ではないですが、むしろ気が小さい方だと思っていました。こんな人だとは知りませんでした」と話しました。
■面談では反省し謝罪の言葉も
依頼を受け、夫に離婚の話し合いをしたいと連絡を取ると、夫は弁護士をつけずに一人で事務所にやってきました。
夫はどちらかと言えば小柄な、ごく普通の初老の男性で、非常におどおどした様子でした。
手紙を見せて、「このような根も葉もない文章で責め立てたので、A子さんや子どもたちはとても怖い思いをしている」と伝えると、夫は反論するわけでもなく、「そんな思いをさせるつもりはなかった、つい書きすぎてしまっただけで誤解をさせたなら申し訳ない」とひたすら謝りました。
家で一人になってしまって寂しい、これからの老後もA子さんと過ごしたいのでとにかく修復したい……。
その日の面談は終わりました。A子さんに面談の内容を伝えると、「反省してくれたようでよかったです」と安心していました。
■一転し「悪徳弁護士に依頼するなど言語道断」
数日後、夫から書面が届きました。しかしその内容は、面談の内容とはかけ離れていたのです。
「結婚から三十数年養ってやった恩も忘れ、家を出て悪徳弁護士に依頼するなど、A子の所業は言語道断であり、やはりA子の両親の出自の疑惑に間違いはなかったという確信に至った。当方も徹底抗戦を行う所存であり、ついては結婚契約違反の慰謝料○百万円を要求する」……。
申し訳なさそうな態度や修復したいという言葉はどこへやら、あの「恐怖の手紙」の文体が復活していました。A子さんに見せると、「急に気が変わったんでしょうか?」と、怖いというより怪訝な気持ちが上回っているようです。
夫に「このような手紙が来るということは態度に改善が見られないので、離婚調停を申し立てます」と返事をすると、夫は事務所に電話をかけてきました。
「嫁は周りに踊らされてバカなことをしているから、強く言えば目が覚めて戻ってきてくれると思った」というのです。
夫の考えはわかったものの、これでは話し合いのしようがないと判断したので、離婚調停を申し立てました。
■調停にも妻子を非難する書面を持参
夫はやはり弁護士を立てずに一人で調停にやってきて、「修復したい」と言うのですが、毎回「恐怖の手紙」と同じようにひたすら妻と子どもたちを非難する書面を持参しました。
書面の内容はどんどんエスカレートして、実は妻の両親は犯罪者であるとか、子どもたちは自分の子ではなく不貞してできた子の可能性があるといったことを書いてきます。調停委員に「それは根拠があるのか」と聞かれると、「特にありません」と答えるそうです。
夫は調停前に電話をした時と同じように、「離婚したくない」「帰ってきてほしい」という発想自体がなく、相手を強い言葉で非難すれば相対的に自分が悪くないことになって離婚しないで済むと考えているようでした。
こうして、数回の期日を重ねた結果、夫の二面性が調停委員にも伝わったようでした。調停委員にも「こんな言葉を投げかけている以上修復は難しいですよ」と説得されて、夫はようやく離婚に応じました。
こうしてA子さんは離婚することができました。
長男の家で長女と一緒に暮らし、長女も大学に通っています。
写真=iStock.com/manbo-photo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/manbo-photo
■文章を書くと暴走する「書面弁慶」夫
A子さんの夫のような人は、実は中高年世代に一定数存在します。文章を書くと暴走して高圧的になってしまうタイプで、「内弁慶」ならぬ「書面弁慶」と言えるかもしれません。
そうなってしまう理由として、二つの要因があります。
まず、自分の若いころとは時代が変わっていることを知らないため、相手を責める時に、度を超えた差別用語や侮蔑的な言葉が出てきてしまうのです。
本人は相手を糾弾するための悪口程度にしか考えておらず、今は絶対に言ってはいけない言葉になっていると知らないため、周囲が驚くような言葉を平然と口にしてしまいます。
セクハラやパワハラなどについてのニュースで、「どうしてこんな言葉を」と驚くほどの暴言が報じられることもありますが、そういったケースもこれに通じるものがあります。
もう一つの要因は、やり直したいと思っていても、謝ることができず、相手に非を認めさせたいという考え方をしてしまうことです。
離婚の際にこのように考える人は少なくありません。離婚を申し出た相手をやりこめて否定すれば、自分が悪くないことになり、離婚しなくて済むと思ってしまうようです。
おそらくA子さんの夫も、内心では勝手に家を出た妻子に腹が立っていたのだと思います。やり直したいと言ってはいても、それは自分が変わってやり直すという意味ではなく、相手に謝らせて元に戻るという意味だったのです。
■「威厳を保ちたい」裏目に出て相手を批判
この二つの特徴が合わさると、A子さんの夫のように、信じられないほど高圧的な文章で家族を責め立てる人になってしまいます。
A子さんの夫は、定年退職した後も家の中で威厳を保ちたいと思ったのでしょう。
しかし、口下手でコミュニケーションの取り方がわからないため、極端に相手を批判することしかできず、メモでA子さんの家事や家計管理を批判することから始まり、思い通りにならないと、言うことを聞かせるためにさらに強い表現を探して、自分の中にある古い差別的な表現で家族の人格や出自を否定するようになったのだと思います。
そしてA子さんや娘が家を出てしまっても、謝罪することができず、弁護士が間に入っても、調停が申し立てられても、妻が間違っていることを知らしめるために、より高圧的な文章になっていったのです。
■言葉の激しさで自分の正しさを証明できるわけではない
手紙に限らず、LINEやメールでだけ高圧的になる人を見かけることがあるかと思いますが、それも似たタイプと言えるでしょう。また、SNSやネットニュースのコメント欄で過激な言葉を書いている人も、実際はおとなしいのに文章ではそうなってしまうのかもしれません。
差別的、侮蔑的な言葉は使ってはいけないものであり、それを使うと相手は傷つくこと。言葉の激しさで自分の正しさを証明できるわけではないこと。
熟年世代になってそれを自覚できないままだと、家族や周囲との関係がうまくいかなくなり、A子さんの夫のような負のスパイラルに陥ってしまうかもしれません。
「書面弁慶」にならないように、自分自身の語彙や周囲とのコミュニケーションを見直してみましょう。
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堀井 亜生(ほりい・あおい)
弁護士
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。
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(弁護士 堀井 亜生)