「なぜ僕だけ乗れないの?」両腕がない男の子の涙が忘れられない…元ディズニー社員がその後とった行動
2025年4月25日(金)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marvin Samuel Tolentino Pineda
※本稿は、大住力『残り30年ジャーニー 悔いなき人生を歩むための50の教え』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/Marvin Samuel Tolentino Pineda
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marvin Samuel Tolentino Pineda
■「会社のルールは変えられない」は本当か?
オフィス街で昼の12時くらいの時間帯を歩いていると、ビジネスパーソンがランチタイムでビルからたくさん出てきます。
会社のルールがあるのでしょうが、人によって朝起きる時間も、朝食の時間も違うわけですし、仕事の進み具合もそれぞれ異なるにもかかわらず、多くの人が同じ時間にランチをすることに違和感を覚えます。
当然ですが、みんなが同じ時間に同じ行動をするから、お店も混み合って誰も快適に過ごすことができません。人気の店は行列ができるほどですから、時間だって余計にかかるでしょう。そこにメリットはないように感じますが、誰もルールを変えようとしないのは、流れに身を任せていれば、自分で判断しなくていいので楽だからかもしれません。
楽の代償として、いまの世の中は、自分で考え判断する力が奪われているように思えて仕方ありません。しかし、本来は「そういうものだ」「前からそうなっている」という慣習や先入観、世の中の常識を疑うことからしか、イノベーションは生まれません。
「会社のルールは変えられない」と思っているのかもしれませんが、変えることは可能です。わたしはオリエンタルランド社時代、それを実際に経験し、自信を得たことがありました。
■「カヌーに乗りたい」とやって来た両腕がないゲスト
わたしがオリエンタルランド社に入社して最初に配属されたのは、ジャングルクルーズの船長、ウエスタンリバー鉄道の車掌、カヌーの3つのアトラクションを担当するチームでした。
東京ディズニーランドで働くスタッフは、9割がアルバイトです。このチームには40人ほどが在籍していましたが、社員はたったの4人だけ。新入社員とはいえ、トラブルなどが起こったときの最終決断は、社員であるわたしが行うことになっていました。
ある夏の日、夕立が上がったあと、雨で中断していたカヌーを再開しようとしていたときのことです。
東京ディズニーランドのロゴが入った真っ赤なポンチョを着た男の子が、カヌー乗り場へ走ってきました。ポンチョで隠れていましたが、実はその男の子は両腕がなかったのです。
当時のカヌーは両手でオールを持てないゲストは乗船できないというルールがありました。ですから、「ごめんね、僕。カヌーには乗れないんだよ」とキャストは男の子に伝えたそうです。
すると男の子は、「どうしてみんな乗っているのに僕だけ乗れないの?」と大泣きしてしまいました。母親に事情を説明して理解してもらえましたが、男の子はしばらく泣き続けていました。
わたしも個人的には乗せてあげたい気持ちがありましたが、新入社員のわたしの一存でルールを変えることはできません。「これは仕方ないことなんだ」と自分に言い聞かせました。
■オールを持てない人でも乗船できるルールに変更
でも、その日の終礼後、「大住さん、あの対応はないでしょう?」と3人のキャストに詰め寄られました。そのうちのひとりが、ディズニー社の企業ミッションでもある言葉を使って発した、「なにがギブ・ハピネスだよ!」という捨て台詞はいまでも耳に残っています。
その1年後、カストーディアルキャストに異動したわたしのところに、カヌーの担当キャストが訪ねてきてくれました。
「大住さん、マニュアルが変わりましたよ!」
実は、先の出来事があった日、わたしは上司に報告し、「マニュアルを変えたほうがいい」と訴えたのです。
マニュアルを変えるにはアメリカ本社の承認を得る必要があり時間がかかってしまいましたが、キャストが同乗することでオールを持てない人でも乗船することができるように、ルールが変更されたのです。
写真=iStock.com/miniseries
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miniseries
いまあなたの前にあるルールや常識は、すべてが正しいわけではありません。「おかしい」と思うことがあれば、自分の考えを主張したほうがいいのです。
「しようがない」「決まりだから」と引き下がらずに、おかしさを変えるためにはどうすればいいかを考え、勇気を出して一歩を踏み出してください。
■ゲストに「土下座」できる精神で生きよう
オリエンタルランド社に入社してすぐ、わたしはディズニー氏の考えを研究するサークルをつくりました。最大時には300人近くが集まるほど好評を博し、新人のくせに、サービス論を偉そうにキャストに語っていたというわけです。
調子に乗っていたわたしは、これまでのマニュアルを否定するかのような、オリジナルの方法をすすめはじめました。
すると、あるとき先輩に呼ばれ、「おまえはゲストに土下座できるのか?」といわれたことがありました。その場では、「この人は一体なにをいっているのか?」とまるで理解できませんでした。
「ゲストにただ頭を下げ、ひれ伏すことが真のサービスではないだろう」とも思いました。そこで家に帰って、「土下座」の意味や由来をいろいろと調べてみたのです。
すると、土下座はただ頭を下げて謝ることではなく、「首を差し出して、切るも切らないもあなたに委ねます」という意味だと知ったのでした。
要するに、先輩が伝えたかったのは、「すべてを相手に委ねられるほど、やれることはすべてやり尽くしたのか?」ということだったのです。
これはサービスに限らず、人生を生きる姿勢でも同様ではないでしょうか。つまり、本気で生きるということは、「やれることはすべてやり尽くした」と自分で思えることだという意味です。
少しでも、「あれをやり残したな」ということがあるなら、それはやはり後悔の残る人生になるでしょう。
「すべてを出し切った」「わたしにはこれ以上はできない」と言い切れるほど本気で生きていれば、誰に対しても、堂々と「土下座」できるはずです。
■自分ができることを「やり尽くす」ことが重要
試合への意気込みを聞かれたアスリートがよく、「相手にどう適応するかよりも、まず自分のできることに集中したい」と話すことがあります。
「敵を知る」こと、つまり、試合であれば対戦相手のデータ分析、仕事でいえば業界のマーケティングなども必要なことではありますが、それはあくまで補足的なものに過ぎません。
それよりも大切なのは「己を知る」ことであり、自分自身ができることを「やり尽くす」ことが重要だと、多くのアスリートが考えているのではないでしょうか。
この考えに、わたしはとても共感を覚えます。試合に負けて泣いている選手を見ると、彼ら彼女らはきっとその悔しさを糧に成長していくに違いないと思う一方で、わたしは、負けたときでもすっきりとした表情を見せている選手により魅力を感じます。
自分の過去を振り返ってみても、準備の段階から100パーセント、120パーセントを出し切れたときは、たとえ望んだ結果に至らずとも、悔しさより充実感に満たされていたように感じます。
逆に、いつまでも思い出すたびに悔しいときは、「あのときもっと長く練習をしておけば」「もっと積極的にプレーしていれば」などと、なにかしら心残りがあるときです。
■89歳でハーモニカを始めた母
わたしの89歳の母は、いま老人ホームに入っています。父は2022年に87歳で亡くなりました。父はとても社交的で、誘われたらどんなことでも先入観なくチャレンジする好奇心旺盛な人でしたが、母はどちらかといえば誘われても断るタイプでした。
新しいコミュニティに入っていくのが苦手だったので、老人ホームという新たな環境に馴染(なじ)めるのか心配していました。
その母が圧迫骨折をして動けなかったとき、老人ホームの理事長がハーモニカをすすめてくださったそうです。体が自由に動く状況ならハーモニカにトライすることはなかったかもしれません。
でも、怪我で動けなかったこともあり、ひとりベッドでハーモニカを吹いてみたそう。すると思いがけず、とてもハッピーな気持ちになったといいます。
「あのとき、すすめられるままに吹いてみてよかったわ」と嬉しそうにしていました。
「それでね、理事長がわたしへの断りもなしに、ハーモニカのコンサートを開催するってみんなにいっちゃったのよ。困ったわ」とまんざらでもない顔をしていました。
人間誰しも、年を重ねてくると腰が重くなりがちです。でも、人の誘いをおっくうに思いはじめたら、それは老化のはじまりかもしれません。逆に、年を重ねても生き生きとしている人には、やはり好奇心旺盛な人が多いですよね。
■ディズニー氏の「角を曲がれ」という言葉
ディズニー氏の言葉に、「角を曲がれ」というものがあります。
実はディズニーリゾートのアトラクションにおいてシーンを変えるときには、必ず扉をつけるか、ゲストに角を曲がってもらうことになっています。
「この扉の先にはなにがあるのだろう? 角を曲がったらどんな景色が待っているのだろう?」と、先が見えないことによって好奇心を刺激されるからです。
「この先になにがあるのだろう?」というワクワク感よりも、行くのが面倒だという気持ちのほうが先に立ったら要注意。体力の衰えよりも、好奇心の衰えのほうが老化につながるように思うからです。
自分の好みというのは、どうしても似通ってしまいがちです。これから先の人生を変えたいと思うのであれば、慣れ親しんだコンフォートゾーンを抜け出すことです。
そのためには、人の誘いを断らず、まずは一度、軽い気持ちでトライしてみましょう。それから判断しても遅くはありません。チャンスというのは、そんな機会にこそ隠れています。自分自身より、周囲の人のほうが、あなたのよさを知っていることだって珍しくないのです。
■誘われる人間であり続けよう
これに関連して、誘われる人間であり続けることも大切にしたいポイントです。
「忙しいから」と誘いを断り続けたら、いずれ誘われなくなってしまいます。それは、ふたつの意味でチャンスを手放していることになります。
ひとつは、新しい出来事に出会う機会の損失であり、もうひとつは、これからの人生を歩んでいく仲間を得る可能性の損失です。
大住力『残り30年ジャーニー 悔いなき人生を歩むための50の教え』(KADOKAWA)
ちなみに母は、ハーモニカのコンサートを開催したそうです。十数名しかいない小さな老人ホームですが、「凄く嬉しかった」とキラキラした目で話してくれました。
「高度成長期のサラリーマンは、名刺を取り上げられると一気に自信を喪失してしまう人が多いけれど、あの人は変なプライドもなく、なにごとにも挑戦して、本当にいつも楽しそうだったよね」と、常に好奇心を持って生きていた父のことも見直したようです。
母は、「もっとうまくなりたい」「またコンサートをしたい」と練習を続けています。なにをはじめるにしても、決して遅過ぎることはない─—。89歳からでも、毎日成長できるのです。
----------
大住 力(おおすみ・りき)
ソコリキ教育研究所代表
Hope&Wish公益社団法人 難病の子どもとその家族へ夢を代表。大学卒業後、株式会社オリエンタルランドに入社。約20年間、人材教育、東京ディズニーシー、イクスピアリなどのプロジェクト推進、運営、マネジメントに携わったのち退職。その後、「Hope&Wish公益社団法人 難病の子どもとその家族へ夢を」を創設。2020年に同法人は日本における「働きがいのある会社ランキング小規模部門第3位」、アジア地域における「働きがいのある会社ランキング中小企業部門第17位」を受賞。東京2020オリンピック・パラリンピックのボランティア人材育成統括も務める。これまでに業種業態を超えた行政、企業、団体に講演、人材教育指導、コンサルティングをおこなっている。『一度しかない人生を「どう生きるか」がわかる100年カレンダー』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マンガでよくわかる ディズニーのすごい仕組み』(かんき出版)など、著書多数。
----------
(ソコリキ教育研究所代表 大住 力)